■ 332 ■ カイとの邂逅






 クスノキの大木がある丘の上にて、クスノキに寄りかかって座り一人ぽつねんと木漏れ日の日光浴を楽しんでいたクィスは、


「隣、宜しいですか」

「ええ。胡乱な手紙にもかかわらず、来てくださってありがとうございます【神殿テンプル】カイ、お会いできて光栄――」


 訪れた女性を見て軽く目を丸くしてしまった。


「そっか、同年代なんだ」


 ラジィの師匠ということで年上を想定していたし、というか前時間軸では確かに年上だったのは事実だ。

 だが今目の前にいるカイは十八歳という若さと瑞々しさに満ち溢れ、鍛錬でよく引き締まった健康的な肉体は凹凸も完璧。美しさと可愛らしさを兼ね備えた、女として最強のお年頃だ。


「まだあくまで【神殿テンプル】候補生ですが、はい。カイ・エルメレクです。貴方は……」

「グランベル大陸が小国リュキア国王シェンダナ・ウダイオス・リュキアは三男、スティクス・リュキア。貴方にはダート修道教会を襲った赤竜の正体、といった方がわかりやすいでしょう」


 そうクィスが自己紹介すると、カイは僅かに息を呑んだようだった。

 まさか本当に赤竜が人の姿で、あまつさえあの屋根を引っ剥がしたドサクサで手紙を放り込んでいたなどとは。


「正体――ということは操った、ではなく本人なのですか」

「はい。魔獣を取り込み獣為変態する心呑神デーヴォロ魔術と、先祖返りする芽蒔神スパルトイ魔術の合せ技です」

「魔獣化と先祖返り。あまり他所の大陸の神教には詳しくないのですが……なるほど、筋は通っていますね」


 一つ頷いたカイに、立ち上がったクィスが手を伸ばすも、


「何故、あの場に現れ、訓練兵を皆殺しにしたのですか? それを聞くまではその手は取れません」


 流石は【至高の十人デカサンクティ】候補生というべきだろう。子供を殺すような相手の手は取れないということらしい。


「殺してはいませんよ。拘束はしていますけど。まだダート修道司祭の洗脳は解けてない上に、これから離脱症状も始まりますので、虐待と取らずにご理解いただければと」

「……海向こうの王子様にしては随分と詳しいですね」


 それはダート修道教会の内情に関してのことか、それとも麻薬中毒の症状に関してか。


「一度、同じ状況を体験していますから。ただその時はまだ上から目線の著しい傲慢さがある、と離脱症状の看護までは任せてもらえませんでしたが」


 そうクィスが自省すると、カイは僅かに警戒を解いたようだった。


「それで、リュキア殿下はいったい何の目的でダート修道教会を襲い、その上で私に接触を?」

「未来を変えるために」

「……それはまあ、そうでしょうが」


 あれ、あんまり驚かないんだな、とクィスは内心首をひねり――よくよく考えたら誰だって望む未来の為に今の行動を選んでるんだよな、と思い至る。

 未来を変えるため、と言われてまず未来を知っている、とか未来から来た、という可能性が頭に浮かぶ方がおかしいのだ。


「すみません、僕の言い方が悪かったですね。僕は【書庫ビブリオシカ】の巡礼の季節からやって来た、と言えば分かってもらえますか?」

「ええと? 今は【武器庫アーマメンタリウム】の季節ですが……」


 他神教だからあまり良くわかってねぇなコイツ、みたいな顔してるカイに、


「そうです。その今の【武器庫アーマメンタリウム】の巡礼が終わり、次の【御厨コクイナ】の巡礼を終えた、その次の季節から来たんです」


 構わずクィスは続けることにした。一先ずはこちらの言うべきことを全て言ってしまわないと。


「……は? いや、いや、待ってください。それは、今より先の時間から来た、ということですか?」

「はい、僕がやってきた未来では回帰神ノルティアが降臨し、その権能によって僕は過去に飛ばされました。なので今のこの世界にはスティクス・リュキアは二人いるのです」


 そうクィスから聞かされたカイ・エルメレクは百面相を始めてしまった。

 新たな神が降臨したなら、これまではあり得なかった現象も魔術で起こすことができる。それはついさっきカイ自身が嫌と言うほどその身で体感したことだが……


回帰神ノルティアが降臨……? まだ存在しない神の力を――あの、なら当代の天使は――訓練兵Gは、運命神フォルトゥナはどうなったんです……?」

「……死にました。その未来を覆す為に、心呑神デーヴォロ魔術師が天使の獣為変態とジィの神臓を利用して回帰神ノルティアに臨界し、僕をここへ飛ばしたんです。未来を、変えるために」


 ただ「未来から来た」発言を「そうなのですね」と疑わず受け入れるほど、カイは能天気にはなれない性質である。


「……貴方の時代の、【至高の十人デカサンクティ】を教えて頂いても?」

「はい、【神殿テンプル】カイ・エルメレク、【宝物庫セサウロス】サヌアン・メフィン、【道場アリーナ】ツァディ・タブコフ、【スタブルム】ザイン・へレット、【菜園サジェス】テッド・ヨドカフ、【御厨コクイナ】シン・レーシュ、【温室ハーバ】ダレット・ヘイバブ、【武器庫アーマメンタリウム】アレフベート・ギーメル、【納戸ホレオルム】、ラム・メドム、【書庫ビブリオシカ】ラジィ・エルダート。以上です」

「……それは、むぅ……確かに」


 クィスの回答を吟味したカイは、これは嘘を言っているわけではなさそうだ、と安易にクィスを否定できなくなってきた。

 既に【至高の十人デカサンクティ】であるもの、まだ【至高の十人デカサンクティ】になっていない者も混ざっているが、そうなるだろうというメンバーがカイの予想通りに揃っている。

 ……一人を、除いて。


「……ラジィ・エルダートというのは誰でしょう? クリエルフィ・テンフィオスではなく?」


 今現在、資質と後ろ盾から【書庫ビブリオシカ】に最も近い、と目されているのはつい先日に洗礼を済ませたばかりの、アンブロジオ・テンフィオス肝入の一人娘であるのだが……


「ラジィ・エルダートは訓練兵Gのこれからの名前です。地母神教マーター・マグナがいずれそう名付けます」

「訓練兵Gですか……確かに天使なら地母神教マーター・マグナとして高い適性があるでしょうね……うわぁ、【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】荒れるなぁこれ」


 うわぁ、とカイは頭を抱えてしまった。

 まさかの大貴族テンフィオス侯爵家の娘を抑えて、対外的にはただの孤児でしかなく、しかも麻薬中毒である訓練兵Gが【書庫ビブリオシカ】を襲名など、


「え、ちょっと待ってそんな中で私が【神殿テンプル】やるの? ラムは【納戸ホレオルム】なのに? 私だって【納戸ホレオルム】適性悪くないのに……嫌だ、【神殿テンプル】とか絶対嫌だぁ……そんな未来は知りたくなかったよぉ」


 ふらっと蹌踉めいたカイがそのまま膝をついてしまって、クィスとすればどうしていいやら分からない。


「こうなったらラムを闇討ちして私が【納戸ホレオルム】を襲名するしか……」


 しかもかなり物騒なことまで言い始めていて、クィスとしては気が気でない。






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