■ 333 ■ お前も地母神教徒にならないか?





 とりあえずクィスとしてはカイには立ち直って貰わないといけないわけで、どうしたもんかと悩みつつも、語れることは真実のみだ。


「いえ、その、カイさんには【神殿テンプル】になって頂かないと歴史が変わってしまうので……」

「いや貴方、未来を変えるために過去に来たんですよね!?」

「そうなんですけど回帰神ノルティアからツッコミ受けてまして」

「神がツッコミするわけないでしょう!?」

「するんですよ、色々と不完全な神なので……」


 とりあえず義姉のティナが獣為変態で神化したため、まだ神として不完全であること、その為にまだ自分一人しか過去に送れる力がないこと、クィスのせいで天使であるラジィ――訓練兵Gが観測した事実と明確な乖離が生じると【創造神デウス】による修正が入り回帰神ノルティア魔術が再行使され、ティナが回帰神ノルティアとしての強度を強め、別の者まで過去に来かねないことを伝えると、


「つまり……貴方は訓練兵Gを救うために過去に来たのに、訓練兵Gにそれを悟られてはいけない、と」

「はい、ジィが命を落とす直前までの過去は大幅には変えられません。少なくともジィが観測済みの範囲内では」

「……つまり、天使に先の時間軸で【神殿テンプル】になったと既に観測されている私はもう【神殿テンプル】になるしかない、と」

「…………はい、すみません」


 カイにものっそいゲンナリした顔を向けられたクィスは申し訳なくなってきたが、クィスにもどうしようもないのだ。

 もしカイが【神殿テンプル】にならなかったらクィスはまたやり直しになり、今度はカイに説明しないルートに入り、その流れでもどうせ前時間軸通りカイは【神殿テンプル】を襲名する。結局は同じことなのだ。


――それにしても、随分と親しみやすい人だな。ジィやディーの在り方から、「いいからやれ」みたいな指導する人だと思ってたけど。


 ラジィやツァディの話から【神殿テンプル】カイは厳しい人柄だと思っていたのだが……

 どうやらカイは厳しいから【神殿テンプル】になったのではなく、【神殿テンプル】になったから厳しく自他を律するようになったのだろう。


「とするとリュキア殿下、貴方が他の訓練兵を拐っていったのは……」

「はい、僕のいた時間では訓練兵と貴方の指揮する神殿騎士は相討ちになった、と聞いていましたので」


 それを阻止し、仲間を助けたいとラジィが願ったからこそ、自分が過去のこの時点に送り込まれたのではないか。そうクィスが己の推察を話すと、カイも納得したように頷いた。

 カイとしてもまるで赤竜が助力してくれたようだ、という違和感がこれでようやく払拭できたのだ。ようだ、ではなく実際に赤竜は助力をしてくれていたわけだが。


「では、私はリュキア殿下に感謝しなければなりませんね。部下の命を救って頂いてありがとうございます」


 そうカイが頭を下げてくれて、ここからがクィスにとっての本筋である。


「いえ、それでここからが僕の厚かましいお願いになるんですが……訓練兵六人の麻薬が抜けきり、ダート修道司祭のやり方が間違っていたのだと彼女たちが理解するまで矯正、生活するための場所をどこか紹介頂けないかな、と。僕はこの大陸、というかこの時代に一切伝手がなくて」

「ああ、そういうことですか……」


 ようやくカイはクィスが自分に接触してきた理由が胃の腑にストンと落ちた。

 訓練兵Gにとって、前時間軸で他の訓練兵たちは自分で観測こそしてはいないけど、死んだことにはなっている。


 だから他の訓練兵が生きている、とわかった場合、今後のラジィの人生に差が出てやり直しになってしまう可能性が高いのだ。

 ラジィが観測済みであるその先までは、他の訓練兵が生きているという事実は伏せておくべきだ。それがクィスの結論である。


 だから自分一人だけが生き延びた、という自虐からラジィを救ってやることがクィスとティナにはできない。

 前の時間軸とほぼ相似の人生しかラジィに歩ませてやることしか、クィスにはできないのだ。クィスが変えられるのは唯一、その先にあるラジィの死によって誰もが喪失を味わう、あの絶望の未来だけだ。


「貴方は、訓練兵たちをどうするつもりなのですか? リュキア殿下」

「ジィにはあと十年程は会わせてあげられません。ですので離脱症状から開放されたら、【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】ではない別の場所で真っ当な指導を受けさせてやれたらいいな、と」


 地母神教マーター・マグナではない別の道を歩ませてやることも考えたのだが、それだとこれまでの彼女たちの苦労と苦痛が無駄になるし、何より彼女たちは魔力持ちだ。

 天使ラミが臨界したとき、神殿内にいないと彼女たちも死んでしまう。であればシヴェル大陸の地母神教マーター・マグナに置いておくべきだろう。


 それでラジィが他の訓練兵と出会う確率は万に一つも無い。以後のラジィは【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】で修行三昧の日々を送った後、【書庫ビブリオシカ】を襲名して以降は自発的に神殿に閉じこもってしまう。

 その挙げ句に巡礼ではとっととシヴェル大陸を去ってしまうのだから、接点がどこにも無くなるのだ。


「と、そうだ。未来で【リベル】に情報を書き込んで貰ったんですが、僕は地母神教マーター・マグナではないから読めなくて。カイさんに読んでもらうことは可能ですか?」

「……ええと、それは貴方の中にある【リベル】を起動して【写本トランスクリーヴォ】してほしい、ということですか?」


 そうカイが若干挙動不審気味に尋ねてくる理由がクィスには分からないが、


「はい。恐らく僕がどうこう語るより、カイさんが【リベル】という地母神教マーター・マグナの魔術で情報を得るほうがより、僕が未来から来たと信じられると思うんです」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


 カイが恥ずかしそうにモジモジし始めるのは何故? とクィスは首をかしげ、


「あの、【写本トランスクリーヴォ】と言っても僕がカイさんの【リベル】から個人情報を吸い上げるつもりはありませんよ? というか僕自身は【写本トランスクリーヴォ】できませんし」

「いえ、そういう事を言いたいのではなく……ええい、分かりました。では目を閉じていて下さい!」

「はっ、はい!」


 そうカイにすごい剣幕で睨まれたクィスはカエルのようにすごすごと目を閉じて――

 唇に柔らかい感触を覚えて思わず目を開けば、カイの黄金の瞳が目の前にあり――




――そうは言うけど、他人の体内にある霊精アストラル体を引っこ抜くのは流石に私にも無理よ。


――粘膜接触すれば問題あるまい。




 未来の過去に語られたラジィと【宝物庫セサウロス】サヌアンの会話が頭をよぎって、そこでようやく思い出した。

 他人の体内にある魔術を発動させるには密着、特に体内に入り込むのがもっとも確実なのだと。



――つまりこれってカイさんにディープキスしろって迫ってたわけかよ! アホか僕は!



 一気に赤面したクィスの口にカイが舌を忍ばせてくれば、もうなるようにしかなるまいとクィスは観念した。後で二、三発ぐらいぶん殴ってもらえばよいだろう。

 そうしてクィスの胸の辺りに【リベル】が浮かび上がってきて、口を離したカイが今度は額を付けて、


「【写本トランスクリーヴォ】」


 クィスの【リベル】からカイの【リベル】に内容を移し終えた時には、お互いに顔が真っ赤で気まずいことこの上ない。


「あ、あの、ではちょっと読ませてもらいますね」

「は、はい……よろしくお願いします」


 そうしてカイが【リベル】の内容を検めることしばしの後に、


「……リュキア殿下、いえ、クィスさんとお呼びした方が宜しいですか?」


 名乗っていないクィスの魂の名前を呼んでくるカイは、ある程度の解読を終えたのだろう。


「なるほど。だいたい理解しましたが――これはクィスさん自身が確認した方がよいと思います。クィスさんの魔力で所々ロックがかかっていて私には全容は分かりませんので」

「……ロック?」

「複製拒否ですよ。【写本トランスクリーヴォ】で勝手に情報を抜かれないようにするために、重要な情報には鍵をかけられるんです」


 そうカイに真顔で語られて、クィスとしてはすっかり混乱してしまう。


――あの男は僕の【リベル】にいったい何を書き込んだんだ?


「それは、僕に地母神教マーター・マグナに入信しろということですか?」

「はい。洗礼は私が承りますので、どうぞご一考下さい」


 果たしてこれは改宗勧誘なのだろうか、と益体もないことを考えてしまうクィスである。






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