■ 294 ■ リュキアの終焉 Ⅲ
「神子様、リュキア国王シェンダナ及び
リュケイオンの入口にて、ノクティルカ第四騎士団長であるランベール・ジュオーが、己が主の前に頭を垂れる。
リュケイオンの街は今や瓦礫と崩れ果て、唯一王城のみがその在りし日の姿を未だ留めるのみだ。
もっとも、そのリュケイオンの街並みを徹底して破壊したのはノクティルカではなく、工兵としての魔術を操るリュキア国王シェンダナ=ウダイオスその人であったのだが。
「お疲れ様でした。これで後顧の憂いは絶てましたし、背後を気にせずリュカバースまで攻め込めますね」
ニコリとノクティルカの礎にして神子たるエテルナリア・ユグルカ・ノクティルカがその御髪を揺らしながら微笑むが、
「神子様――リュケイオンの陥落は本当に必要だったのでしょうか?」
不敬を承知で、ランベール・ジュオーはそう問わざるを得ない。
「第三騎士団の六割を喪失、我が第四騎士団も半数以上が喰われました。残存する戦闘可能な魔術師は既に三百名を切っております」
勝つには勝った。だが、その被害は正直ランベールの想像を大きく超えていた。
同僚であり同格であった第三騎士団長ユベールはストラトス=クトニオスに討ち取られ、連れてきた戦力の半分以上を喪失。
たかだか六十人程度の魔術師を殲滅するために、その十倍の魔術師が死んだとあっては。しかも、それは礎たる予言の神子ならば最初から分かっていたはずで――
それを第三騎士団長ユベールも第四騎士団長ランベールも全く知らされないまま命令通りに戦って、果てた。
ただ、それはいい。ノクティルカの騎士は神子の予言に従って、戦って死ぬのがその聖務だ。だからそれ自体は一向に構わないのだが、
「残りの戦力で果たして本当にリュカバースを落とせるのでしょうか?」
ランベールの脳裏に、苦い記憶が甦る。
四年前、いくら獣為変態を自制していたとはいえ、たった一人の若い、というより幼い魔術師に部下を無力化された苦い記憶が。
あの
もしそうであれば三百を切った魔術師たち――しかも中にはまだ戦闘経験の浅いものも含まれる――で、本当にリュカバースを落とせるのか。
そう不安に駆られるランベールとは対照的に、エテルナリアのその微笑が曇ることはなく、
「問題ありません。我々が万全ではないように、リュカバースも万全ではありませんからね。いえ、これから万全じゃ無くなると言うべきでしょうか」
「つまり……予言の予定調和通りであると?」
「ええ。我々は目的を果たし、未来のノクティルカは救われます。ただ、ここまで被害が拡大することを隠していたのは、申し訳ないとは思いますが」
神子の謝罪にランベールは平伏した。
全ては神子の
「ノクティルカは――
「ええ。もっとも、我々が神に呪われたのは私たちの祖先の行い故――本当に我々は救われていいのか、と思わなくもないですが」
その罪から逃れて良いのか、というのはエテルナリアが唯一気がかりな点ではあるが、
「先祖の罪を子孫が永劫に渡って背負わねばならない、というのもあまりに残酷でしょう」
「そうですね――だから、私は
ランベールの言葉にエテルナリアは痛ましげに頷いた。
此は疑いなく、ノクティルカの民を過去の呪いから救うための聖戦である。
だからノクティルカという国とその民は、この作戦に全てを投じている。ノクティルカの全力を注いでいる。余力などどこにも無い総力戦に挑んでいる。
「予定通り我々はこのままリュキア王国を南下、リュカバースに攻め入り現地にいる天使の首を挙げ、その神臓を奪取します」
「畏まりました。道中の安全を確保するため、部隊を再編します。第三騎士団の生き残りを我が配下に加える許可を頂けますでしょうか」
「礎たる神子エテルナリア・ユグルカ・ノクティルカの名において、凱旋までランベール・ジュオーが第三、第四両騎士団の指揮を執ることを認めます」
「ありがとうございます」
そうしてランベールの部下に守られ、一晩を過ごす仮宿としてエテルナリアはリュケイオンの王城へと足を踏み入れる。
罠などがないこと、また隠し通路の洗い出しなどは
「もうすぐです、もうすぐ会いに向かいますわ。フォンティナリアお姉様。貴方の愛する家族を、天使を殺しにこのエテルナリアが参ります。だから、どうか最期には――」
血を分けた姉、聖務を負えなかった姉。フォンティナリア・パダエイ・ノクティルカに、だから、どうか最期には――
「お姉様が、私の最期を看取ってくれますよう。その最期を目指してエテルナリアは全力を尽くします」
一番幸せに満ちた未来に向けて、エテルナリアは全力を尽くす。
だから、
「ごめんなさい、だから貴方には何としても死んで貰います。当代の天使、ラジィ・エルダート」
エテルナリア・ユグルカ・ノクティルカはラジィ・エルダートを殺すのだ。
その先にこそ、エテルナリアの愛する人々の幸福が待ち受けているのだから。
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