■ 269 ■ 神よ無辜なる民を救い給え Ⅱ
緊急の呼び出しを受けた
訪れた先、
何が起こっているか、は今更聞く必要はない。
何故なら【
「ディー、大丈夫ですか、ディー!」
「だい、じょうぶだ。すぐに神殿を張れ、カイ姐」
ぴき、と背中の骨にヒビが入り、そこから少しずつ芽生えのように柔らかな羽毛が顔を覗かせ始めていれば、もはや状況はのっぴきならない非常事態だ。
「ジィが、臨界しているのですね。
しゃがんで手を差し伸べるカイのそれを、ツァディは乱暴に打ち払った。
「違う……これは――確かに、怒りだけど、もっと、単純で――根本的な、殺意……急げカイ姐! 多くの、人が死ぬぞ!」
自分に構うな、というディーの雄叫びで、カイは状況がどうやらディー一人の範疇を超えて、事態が想像以上に最悪であることを覚らざるを得なかった。
「……分かりました、シンを呼びます」
「ああ、そうだな。シンばーちゃんなら、安心、か」
返事を最後まで聞かずに【
緊急用に準備されている、これまで一度も使用したことがなかった拡声のアミュレットを手にして、
『【
最高指導者カイ・エルメレクからの通達に、一瞬にして【
無理もあるまい。傍目には何の予兆もないというのに、いきなり最高指導者が戦時体制へと移行、などと言い始めるのだ。ある種のジョークか、訓練かと誰もが首を傾げる中で、
『
【
『
『
『
『
『
『
『
『
【
歴代の【
――ありがとう、ラジィをここまで育ててくれた人たち。
頭の中に響いた声にカイが動じたのは一瞬のことだ。
「っ!? 誰が――いえ、天使、なのよね」
ラジィ・エルダートは神臓を引き抜かれ、その神臓を確保しているのはツァディだ。
で、あるというのにツァディは今や神臓に引きずられるように臨界を開始していて、しかしそれはラジィの神臓なのだ。
「そう、ジィに直接神臓の代わりとなる生物を繋げたということね」
カイが想像するよりはるかに、世の中の人間たちは天使を己の都合よく使い尽くすことに貪欲だったとみえる。
ラジィがこの臨界に同意しているかいないかはさておき、ツァディ曰くラジィの
「神がこの世に降臨するのは、【
カイ・エルメレクは己の聖霊銀剣を両手で掴み、【
そこには【
「皆さん、覚悟は宜しいですね」
この場にいるのは誰もがカイの指導を受けることを許された、
然るにその返答は当然のように定まっていて、
「
只人を守る為に己には力を与えられ、またその力を磨いてきたのだと自負する者しか、この場に足を踏み入れることはない。
カイが聖霊銀剣の先端を神殿の祭壇、その足元に開いた穴に突き入れ半回転させると、低い鳴動音と共に聖霊銀剣が固定される。
そのまま魔力を流せば、放たれた魔力は【
「
その宣言を起点に、【
此なるは歴代【
【
逆に言えば【
「【
【
――掬いましょう。
――救いましょう。
――あらゆる魔術から、貴方たちを救いましょう。
――ここに降臨は為されるでしょう。
――子どもたちよ、喜びなさい。
――この
――喜びなさい、子どもたちよ。
――貴方たちはもう二度と、魔術に苦しめられることはないのだから。
どこかで弾けた神気が怒涛となって超大型神殿、【
その余波は余すことなく【
あっという間にカイを取り巻いている【
――無理もないか、本来なら入念に準備を重ねて発動するものですしね。
あっさりと数人が昏倒し、残る面々も脂汗を流しているというこの現状に、カイ・エルメレクは歯噛みする。
【
平時の人員のみで突貫運用することなど、本来の運用方法として想定されていない。
こんな使い方をすれば、恐らくこの魔術の中核を担う【
だが【
ツァディが語ったように、悪意ではない。純粋な怒り、神気である以上は救いを求める願いであることは疑いないのだろう。
だがラジィが
であれば、人を当然の顔で殺すような神が降臨するのもまた必定。
だが、それが必定だろうと死に甘んじてやる理由は、生物である人にはない。人は、生物とは生きるために生まれてきたのだから。
「皆さん、辛いでしょうが耐えて下さい。シヴェル大陸全ての人々の命が私たちにかかっているのですから」
「はい、【
だから、カイ・エルメレクと
ラジィを生かすと決めたときから、己の命を捨てる覚悟はとうにできていた。
仮に幼き頃のラジィをカイが殺していても、天使を利用しようとする者がいるなら、いつかの未来に今と同じことは起こっただろう。
たまたま自分の時代にこれが起こっただけであるに過ぎない以上、カイ・エルメレクに後悔は無い。
ただ、
――貴方を信じますよジィ。そもそもそう簡単に果てるような子に育てた覚えはありませんからね。
ラジィ・エルダートとツァディ・タブコフはカイ自らが手塩にかけて育てた、カイの自慢であり誇りである。
仮に神化に利用されていようと、悪意在る臨界をただ指をくわえて見ているような娘では、ラジィは決してない。
だからあとは、ラジィが臨界を止めるか、【
「
故にカイ・エルメレクは全力を絞り尽くす。
神に挑むのはこれが最初ではない。此度で二度目、未だ二十代半ばながらも生涯で二度も神に挑みし魔術師がカイ・エルメレクだ。
そう簡単には、負けてやれない。
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