■ 280 ■ 世界情勢とリュカバースの立ち位置
「とまあ、そういった状態ね」
リュカバースに帰還して即ウルガータとブルーノに呼ばれたラジィは改めてここ数日の間に起こったことをウルガータと共有する。
行きつけの酒場に集ったウルガータ、ブルーノ、シェファの三人はどういう顔をすればいいのか分からず、珍しくも胡乱な表情になってしまっている。
それも仕方のない話で、ウルガータが散々羨んだ魔力持ちが実際には魔力が使えないと生きていけない
それが
「魔術師の皆殺しとはとんでもない話だね……いやまあ、そのミカとやらが消滅した今ならもう再発はしないから問題ないんだろうけどさ」
「再発しないとは限らないのよシェファ、ほら」
ほら、とラジィが額にある第三、第四の赤い瞳を開いてみせれば、剛胆なシェファですら一瞬ギョッとした視線をラジィへと向けてしまう。
「もっとも天屍たちの神臓はあらかた砕け散ったはずだから、もうあれほどの規模の臨界は行えず、ただ普通の
そのまま帽子と外套を脱いでみせれば、その背中には薄く輝く三対六枚の翼が生え、頭上には光輪が輝いている始末である。三人共が咄嗟にポカンと開いた口をすぐには閉められずにいた。
「今シェファの目の前にいるのは天使ラミ。ラジィ・エルダートとミカ・エルフィーネがもはや分離することすら能わぬほどに混ざった複合天使よ。今は私の意識が強く出てるからラジィとして振る舞っているけどね」
リュカバースに戻るまでの旅路の中、ミカの意識が時折己を圧倒せんとする気配を幾度かラジィは感じ取っていた。
だがそのたびに【
それでも、封じられているだけで消えてはいない。何らかの原因によりラジィの意識が希薄になり、【
「……つくづくお前さんが人間じゃないって事を思い知らされるな」
「正直、この身体自身も結構困ったんじゃないかしら? 神臓を抜かれて人型に戻そうとしたら、どういうわけか二人分の肉体があるんですもの」
ただまあ、余分な肉体は恐らく翼の構築に回されたのだろう。今のラジィは前のように若返ることなく、十六歳程度の美しい少女の外見へと再構築されている。
見た目はほぼラジィそのままなのだが、よく見れば所々にミカの面影が見え隠れしているのはまぁ、仕方ないと諦めるしかない。
さておき、紛れもない魔力持ちであるブルーノが無事だったという事は、
「対レウカディア用の神殿は上手く作動したのよね」
「ああ――ただ教会を守っていたソフィア嬢が今完全に寝たきりになってしまっているが。リッカルドも活動休止状態だ」
シェファの前だからだろう。親心から来る苦々しさを押し殺して語るブルーノの声には、どこにも向けようがないやるせなさが僅かに籠もっている。
無理もない、いくらラジィが備えていたとは言え、リュカバースの下町全体を守護する神殿を一人で維持させられたのだ。
ラジィが魔力を込めて教会や街の方々に仕込んでいたアミュレットも一つ残らず砕け散ってしまっていたし、それらが失われたあとは最終的にソフィア一人で神殿を担当せねばならくなったのなら、そのしわ寄せが行ってしまうのは仕方のない話だ。
「
留守の護りを担っていたナガルとオーエンも無事だそうで、リュカバース自体の戦力は低減していないが、
「問題は世界全体の方だな。魔術師の一斉死で社会がどのように変化する?」
「そうね……大神教の本部教会なら大半は神殿化されているから、中核戦力は維持されているとは言え――楽観できる状況じゃないのは間違いないわ」
これまで貴族として社会を牛耳ってきた魔力持ち――魔術師たちの大半が倒れたのだ。
平民がこの手に覇権を掴まんと立ち上がる国家も少なくはないだろう。他国が興ろうが倒れようがウルガータらにとっては大した問題ではないが、
「リュカバースは貿易で外貨を得ている都市だからなぁ。船が減ったら立ちゆかなくなっちまう」
「幸い商船航路そのものは今後も維持できると思うわ。
元々船足を鈍らせるレモラ対策として、
だから航行中の
「ただ、船が無事でも顧客が無事とは限らないからねぇ」
シェファの不安そうな呟きに、ウルガータもブルーノもラジィも静かに頷いた。グラスに注がれた美酒が、それぞれの手の中で波紋を立てる。
抑止力たる魔術師が一斉に倒れた以上、治安の悪化はどうやっても避けられまい。
私腹を肥やしている商家に打ち壊しに入る貧乏人もいるだろうし、そういった暴動が一斉に起きれば流通はガタガタになる。
暴漢に商人が殺され荷が奪われてしまえば、運ぶ荷の無くなった船乗りは商売あがったりだ。そのままリュカバースも干上がってしまう。
「ひとまずリュカバースの安全性を船乗りたちにアピールしていきましょ。世の危険が高まれば高まるほど、安全な港の価値も高まっていくし」
あまり褒められた話ではないが、他の港の危険が高まっている現状、リュカバースの価値もまた相対的に高まっていると言える。
ただ、リュカバースもダリルの襲撃によって警邏艇の回転力が全盛期の半分程度にまで落ち込んでしまっている。
商船が集まるところに賊ありだ、あまり手を広げすぎるとリュカバース近海は海賊蔓延る危険地帯へと変わってしまうだろう。
「要するに、身を固めながら様子見して手探りで何とかしていくしかない、ってことか」
「そうなるわね。流石に世界規模の予測となると私の【
そうラジィが締めくくると、シェファもウルガータもブルーノも顔を引き締めて頷いた。
いずれにせよ、一都市でしかないリュカバースにできることはそう多くはないのだから。
§ § §
そうして、安全を優先する方針を取ったリュカバースはなんとか身を持ち崩すこともなく、世間の荒波を回避することができたようだった。
他の都市はどこも程度の差はあれどある程度混乱し、庶民が暴発し。それを魔術師が武力で押し留めた結果として、険悪な空気が発生しているような状況である。
そんな中で一切の暴動も起きず通常運営が続いてるリュカバースの噂は瞬く間に船乗りを通じて広まったのだろう。
リュカバースを母港とする船は、全体的に商家が減りつつある現状そう瞬時には増えなかったが、ひとまずの補給地とする船は増加の一歩を辿った。
やがてリュカバースの治安の良さを補給に立ち寄った船の荷主が理解し始めると、リュカバースから荷を買い付け、暴動などで生産力が落ちている土地に売りさばく船も出始め、リュカバースの港は更にその存在を世界に示し始める。
これには同じリュキアの大港湾都市であるレウカディアが統治者不在による混乱に陥っていたことも、その一助として理由付けられるであろう。
不慮の死を遂げたレウカディアの支配者、ファウスタ・ユーニウスはまだ年若く実子がいなかったため、その親戚が侯爵家を継いで立て直しを図っているが――ファウスタほどの辣腕を振るうには至らない。
これにはレウカディアの治安を陰で支えていたオクレーシア・レーミー率いる
だがそうやって安定したリュカバースが情報をある程度整理できるようになったことで、ある噂がようやく平穏を取り戻したエルダートファミリーの元にも届いてしまった。
曰く、
「四大神教はシヴェル大陸が誇る
と。
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