滅び行く魔術社会

 ■ 279 ■ 変わりゆく世界で






 そうして【七人神官セブンシスターズ】等と合流して訪れたリュキア王都リュケイオンだが、


「まだそこまでは話題にはなっていないようだね」


 クィスが周囲を見回しながらそう評する。

 リュケイオンの街並みは今のところは平穏そのものであり、特に騒ぎなどは起きていないようだ。


「リュキアからすれば芽蒔神スパルトイが一時的に魔力を失って、再び取り戻しただけだからね。そこまでの騒ぎにはならないはずよ」


 外套を羽織り、頭にはウシャンカのような長めの帽子を被ることで光輪と翼を隠したラジィが、周囲を観察しながら呟いた。


芽蒔神スパルトイはどうやら他の魔術師と違って、八百八に分かたれた天使の力を血で継承してきたみたいだし。他の魔力持ちとは違って――そうね、形としては冒険神アーレアに近いのよ」

「なるほど、魔力を貸し与えられているだけだから封魔神オーディナリスに魔力を封じられても被害がないんだ」


 ティナがどこか感心したように頷いた。そういう意味ではリュキア騎士団は封魔神オーディナリスの被害を免れた数少ない魔術師たちとなるのだろう。

 だが冒険者ギルドに到着した所で、


「【七人神官セブンシスターズ】の皆さん、ご無事でしたか!」


 リュキア本部の面々や冒険者たちが一斉に帰還した【七人神官セブンシスターズ】に驚きの視線を向けてくるのは、やはり――


「他の神を信奉している冒険者が軒並みいきなり絶命したと連絡が入っていて……皆さんは無事だったのですね」


 受付嬢がカウンターを越えてエーメリーたちの傍へと近づいてくる。

 

「我々は戦闘の為に神殿を張っていましたから、その影響でしょう」

「なるほど、神殿の中にいれば無事だったのですね」


 恐らく誰も正確に何が起こったか知らないために、今の冒険者ギルドには正誤も定かならぬ情報が無数に飛び交っているのだろう。

 分かっているのは、冒険神アーレア以外を信奉していた魔術師たちが突如として息絶えた。ただそれだけだ。


「中には天使を見た、天使が魔術師を殺したみたいなデマまで広がっていて正直ギルドは大混乱ですよ……」


 受付嬢はそこまでボヤいたあと、自らの仕事を思い出したのだろう。クエスト完了でいいかを尋ねてきて、エーメリーとクィスは頷いた。


「それでは我々はこれで失礼します、依頼主」


 クエストの報酬は発注時に既にギルドに預けてあるから、今さらエーメリーとクィスで金銭交渉を行う理由はない。


「ああ、丁寧かつ確実な仕事をありがとう。エーメリーさん」


 クィスが伸ばした手を、エーメリーが何故か両手でそっと包むように取った。


「……エーメリーさん?」

「今後、どれだけ辛いことがあろうとクィス様とティナ様はどうぞ、決して諦めることなき様。未来は、紡がれますので」

「え、えーと……?」


 困惑するクィスに、恐らく仮面の向こうでエーメリーは微笑んだのだろう。

 クィスの手を離してエーメリーは【七人神官セブンシスターズ】を率い踵を返した。クィスには訳が分からないが、どうやらそれ以上を語る気はエーメリーにはないと、それだけは理解できる足取りで。


「何だったんだろう。私とクィス? だけ?」

「うん……なんだろうな。よくわからないけど……」


 クィスとティナがそう首をひねっていると、再びギルドの扉が荒々しく開かれて、


「【尽務オペラ・炎】、今戻った」


 現れたのはラジィたちにも見覚えがある冒険者、ベクター・グリーズである。

 だがその顔は見たこともないほどに暗い怒りを露わにしていて、だからラジィたちも【七人神官セブンシスターズ】も受付嬢も、他の冒険者たちも自然と悟ってしまった。


「そっちは全員無事か。羨ましいよ」

「……そちらは、被害者が?」


 そう問うエーメリーに、ベクターが苦々しい顔で首肯する。

 ベクターに付き従う冒険者は、盾役のガイアン、斥候のアシャーの二人しかおらず、


「ユクタが死んだ。なんの前触れもなくだ」


 ユクタ、【尽務オペラ・炎】のCヌル冒険者、火神プロメテスを信奉する火術師が――やはり。


「あいつは故郷を出奔した恩人を探すために冒険者になって、ここまでやってきて――それが天使に殺されただと!? ユクタが何をしたってんだ!」


 そうベクターが手近にあった椅子を蹴飛ばすと、木製のそれが真っ二つにへし折れて破片を周囲へと撒き散らす。


「新たな神の降臨する声を聞いたとかなんとかで巷の噂は持ち切りだ。天使が魔術師を殺したとかな。冗談じゃねぇ。伝承によれば天使は人を救うために神になるんじゃねえのかよ、ええ?」


 ベクターが怒りを露わにする視界の隅で、ラジィとしては俯くしかない。

 ただ、冒険者がギルド内で暴れるのを制止するのはギルドメンバーの仕事である。恐々と受付嬢がベクターの近くへと歩み寄る。


「ベクターさん、【尽務オペラ・炎】のクエストは」

「それはちゃんと終えたさ、こっちも仕事だしな」


 クエスト完了の手続きを終えたベクターは、そこでラジィたちにようやく気が付いたようだった。


「久しぶりだなリュカバースの。そっちも全員無事、ってことは高位魔術師以外は全滅ってところか?」


 そう語るベクターの口調が皮肉がかっているのも、ある意味では仕方のない話だろう。

 死んだ魔術師もいれば生きている魔術師もいる。自分の仲間だけがどうしてという感情を抱くのは人として当然の話だ。


「と、いうより神殿の中に居たか居ないか、ね」


 神殿か、とベクターは苦々しげに舌打ちした。

 神殿作成が可能な魔術師は陣神カストラ教を除けばほぼ上位魔術師のみだ。仮にその事実をベクターが知っていても、クエストのためにパーティー単位で外出していたユクタに死を回避する手段はなかっただろう。


「今回の件に関わる内容は【七人神官セブンシスターズ】から報告が上がるはずよ。信じるか信じないかは別としてね」

「……何? まさか、元凶と接触したのか!?」


 ラジィの肩に掴みかからんばかりのベクターをクィスが押し留めた。万が一ラジィの翼と光輪が露わになれば面倒な事になる。


 元より【七人神官セブンシスターズ】には此度の件をラジィのことを伏せつつ、アズライルの単独犯として報告するよう認識合わせを済ませてある。

 これを冒険者ギルドがどれだけ信じるかはまた別の話だが、これから先にまた天使狩りが盛んになるような未来はラジィとしても勘弁してもらいたいので、この件はこれで終わったのだというストーリーを流しておく必要があるのだ。


 この件は死屍化天使を操ったアズライルの単独犯で、死屍神ヤマ・ヤミー教の企みではない。

 そしてこれは【七人神官セブンシスターズ】の尽力によって阻止された。


 そういう裏口合わせを嫌がるかと思ったが、【七人神官セブンシスターズ】は快く受け入れてくれた。

 エーメリーによると、冒険者にとって知名度は何よりも有用、仕事が増えずに手柄が増えるなら文句はないとのことだそうで、これにはラジィらも納得して頷いた。


 真実ではないが、ミカとアズライルの目論見は阻止され、同じ事を繰り返そうにももう死屍化天使は残っていない。だから以後アズライルが台頭しようとしてもそれは数百年後の話だ。

 その頃まで社会が続けば御の字と思っていいだろう。天使が人にとって害悪な神にしかなれないこの時代では。


「話は【七人神官セブンシスターズ】から聞いて頂戴。私たちは急ぎリュカバースに戻らないとだから」

「……確かに冒険者じゃない者を拘束する権利は此方にはないな」


 これだけの魔術師が集っているということは、リュカバースの防衛力はかなり低下しているということ。

 それを制圧戦レイドバトルに参加したベクターも分かってしまえるので、強くは出られない。


「多くの魔術師が死に絶えたなら、今後の人類圏を守る主力となるのは貴方たち冒険者って事になるわ。大手クランたる【尽務オペラ】には模範としての振る舞いを期待するわね。それじゃ」


 ベクターやエーメリーに別れを告げて、ラジィたちは冒険者ギルドを後にする。


「急いで情報を集めないとね。世界情勢はここから一気に傾いていくし、その中でのリュカバースの在り方を模索しないと」


 まずは一刻も早くウルガータらに現状を報告して、魔獣や暴徒からリュカバースを守り民の安全を維持する方針を立てないとだ。

 リュキア騎士団は力を失っていないからまだ多少は猶予があるだろうが、それに甘えてもいられないし、そもそもリュキア騎士団は甘えられるほど頼りになる存在ではない。というか基本的に邪魔ばかりする敵だ。


 やっかいなものだ、とラジィは頭をかこうとして――既に自分が人前で頭をかける状態じゃないことに気が付いて嘆息する。


 状況は常に悪化、好転の見込みは無し。滅入る話だ。






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