■ 202 ■ リュカバース開港記念祭 五日目






 そうしていつもの待ち合わせ場所にクィスが姿を現したことで、三人はホッと胸をなで下ろした。


「おはようサリタ、コルナール、ヤナ。三人は体調は悪くなってたりしないかい?」

「おはようクィス。私たちは問題ない。シェリフも、ジェロームも」

「おはようございますクィスさん。あの、マコさんは?」


 できれば別の用事であって欲しい、とそうコルナールが祈りながら尋ねてみるも、


「ああ、あいつはちょっと身体の調子が悪いそうで、今日は家でゆっくりするってさ」


 クィスの返答に、三人とも複雑な心境になってしまう。これはもうほぼほぼマコがここの領主の息子である竜牙騎士団員で間違いないだろうと。

 だがそうすると、未だダニに襲われていないクィスという存在がますます謎めいてしまって、


「クィスはリュキア貴族の出じゃないの?」


 そう脈絡もなくヤナが聞いてしまうもので、正直サリタとコルナールは生きた心地がしなかった。

 何故今になってそんな質問をするのか、とクィスが怪しんだらどうするつもりなのだ。

 そんな不安は案の定、


「いきなりどうしたんだい? ヤナ」


 クィスからすれば藪から棒なわけで、当然のように何故そう思ったのかを聞き返してくるが、ヤナにはその問い返しが想定外であったようだ。


「えっ!? そ、それは……そう! クィスがリュキア貴族だとコルナと結婚できないじゃない!」

「へあっ!?」


 こいつ何を言いだすんだとコルナールの心臓はばっくばくである。いや、もし今日クィスが倒れてここに来なければ、コルナールも諦めがついていただろう。

 だがクィスはここにこれた。つまり魔術師ではない、コルナールたちの排除対象ではない可能性が極めて高いわけで――


「言っただろ。僕は家族に捨てられたって。過去がどうあれ今の僕はマフィアのクィスだ、それ以上でも以下でもない」

「でも、もし元貴族なら家督相続とか面倒くさいことでいきなり跡継ぎやらされる、とかあるかもしれないじゃない!」

「……ヤナ、なんか変な黄表紙三文小説でも読んだ?」

「な、なによ! 現実と空想の区別くらいついてるわよ!」


 どうやらヤナはその路線で押し通すつもりらしく、しかも隣にいるサリタが微笑ましげなのがコルナールにはちょっとイラッとくる。


「ないない、そもそも僕の両親ともリュキア貴族じゃないしね」

「そうなの? そんなに整った美しい顔しているのに」

「サリタ。そういうの、惚れてもいない男に言うのは時に世辞を超えて嫌味になるか時もあるんだよ」


 怒ったようなフリをしながらクィスがそうヤナの疑問を払拭する。実際、クィスは嘘は言っていない。

 王族を貴族とするか否かは国によって判断が分かれるだろうが、リュキア王国ではリュキア王家は並の貴族家とは一線を画す扱いで、爵位を持つ諸侯をのみ貴族と呼称している。


 故にクィスの両親は平民と王族であり、親は貴族ではないということになるのだ。詭弁ではなく解釈の違い、という意味で。


「今更の質問という意味では、そう言えばサリタたちはどこの街から来たんだい?」


 この問いにはシェリフたちも含め、リュカバース入りする前から答えを用意していたのでサリタは淀みなく応えられる。


「私たちはレーギウムで――だいたい雑用やってる。ギルドには所属していない」

「レーギウムか、鉄の街だね。あそこの街はどうだい? 治安とかは」

「良くはない。むしろ悪い。娯楽もないし服に求められるのは長持ちすることだけ」


 レーギウムはそこそこの人口を擁する都市で、王都リュケイオンとレウカディアの中間ぐらいに位置している。

 採掘量がそう多いわけではないが鉱山が近くにある為、製鉄と鉄製品を産業として栄えている街だ。

 実質鉱山都市に近いのでその日暮らしも多く、ギルド員になれなくても何とか一日を暮らせるということで、そこそこ根無し草にも人気のある街である。


 無論、そんな根無し草が多いという時点で治安は知れたものとなるが。

 故にクィスも三人がなにをして働いているかは、あえて聞かないことにしたようだ。


「でも、それだと君たち全財産持ち出してきたんだろう? 帰る家はちゃんと残ってるのかい?」


 このご時世、貧民が家に金を残しておこうものならそれは奪ってくれと言っているようなもの。

 いや家自体が空にしていたら余所者が住み着いて乗っ取られるぐらい、地方では当たり前だ。サリタ達の家は大丈夫なのかとクィスは心配になったようだが、


「最悪シェリフが叩き出すから大丈夫」

「なるほど」


 その一言でクィスも納得したらしい。半ば奇襲に近いとはいえ、シェリフはクィスに気配を覚らせず殴り飛ばした喧嘩強者でもあるので、これは疑われなかったようだ。

 そうして、


「じゃあサリタたちは七日目まで祭りを楽しんで帰るんだね。とはいえそろそろ見るもののなくなってきたんじゃない?」

「確かに一通りは回ったけど、街の全てを見たわけじゃない」

「そうよ。何だかんだで見るとこ多いし。ちょっと悔しいけど」

「悔しい?」

「あっ、ちょ、つまんないレーギウムと比べてって話よ。こっちは楽しそうで羨ましいな、ってだけ!」


 ヤナがそう誤魔化すとクィスも深くは追求してこず、しかしそろそろサリタがヤナを殴りたくなっているようだ、とコルナールには推察できるのがもの悲しい。

 ただ失言に対して拳を落とすのでは余計に怪しさが増すので耐えているのだろうが、そこまで分かってしまうのもまたもの悲しい。




 商船を見たい、とコルナールが提案したことで、一路祭りの喧騒を離れて荷役の喧騒著しい商港区などを見て回る。

 それこそ各マフィアファミリーの下っ端が屯しているこんな場所こそサリタたちだけでは入れないため、ある意味貴重な見学場所でもある。


「でも、見てて楽しい光景かな」

「関係者以外立ち入り禁止の環境は見てて楽しい」

「成程、そう言われれば分かる気がするよ」


 クィスはそう苦笑してサリタの言葉の正しさを認めた。

 お祭りのような華やかさはないが、普段見ないものを見られる、という点においては退屈しない。


 ただいくらクィスが黒服とはいえ、屈強な大男たちが若いクィスを嘗めて近寄ってくる気配もない、というのはコルナールからすると驚愕でしかない。

 女三人に男一人だ。これがレウカディアなら間違いなく魔羅と脳みそにまで筋肉が詰まってるアホが絡んでくるところだろうに、どうしてそれが起こらないのか。


「リュカバースマフィア、本当に統制が効いているんですね」

「そこはかなり厳しくやっているからね」


 リュカバース在住の騎士がクズであることを逆手に取るには、マフィアもクズでは話にならない。

 故にマフィアの統制は厳しく行なわれている。その分実入りも悪くないのでバランスが取れているような状態だ。


「着服することで得するのではなく、真っ当に働く方が割が良くなる。それを浸透させたことがリュカバースの何よりの成功だよ」

「……それ、マフィアなの?」


 ヤナがもうそれただの商人じゃない? みたいな顔で聞いてくるが、


「マフィアさ。最後に頼るのは暴力だからね」


 黒服を纏うクィスの笑みは獰猛で、ああこの人もオスなんだなと少しだけヤナはクィスの評価を改めた。

 優しく紳士的だが、こいつも根っこはシェリフやダリルと同じなんだ、と。




 そうして港湾見学を終えたクィスたちは昼食後、シェリフたちと合流するというヤナと別れて三人で再び舞台袖に戻ってきたわけだが、


「おっ、あなた達まだリュカバースにいたのね。丁度いいから今日も代打頼まれてくれない?」


 そうフルールに声をかけられて、怪訝そうに三人は顔を見合わせてしまう。


「今日も、モデルが体調を崩して?」

「そーよー、今日はちゃんとリザーバーの子も呼んどいたってのにそれでも足りないとか……」


 それが余所の魔術師による攻撃と知ってか知らずか、フルールは頭をかき回して己が運命を嘆くかのように天を睨む。

 そんなフルールを前にして、コルナールの混乱は弥増すばかりだ。


――おかしい。もうヤナとリーダーがシミオンに攻撃中止を伝えたはずよ。


 静かに考え込むコルナールに、サリタが不安そうな顔を向けてくる。

 内心の不安を晴すことができず、心安らかにはいられないのだろう。


 シミオン。シミオン・ロウズ。

 第一分隊ファーストスクワッドの1-7。獣魔神フェラウンブラよりマダニの獣魔を授かった内向的な男。

 あまり人とコミュニケーションを取らず、命令に黙って従うタイプだった彼が――まさか、ここで無駄な闘争心を発揮してリーダーの命令を無視したとでも?


――シミオンとはあまり話をしたことがないから、性格がよく分からないのよね……


 第一分隊ファーストスクワッドの1-7、1-8は基本的に無差別タイプの魔術を駆使するため、チームワークを磨いていない。というか磨いてもできることがないのだ。

 それ故にあまりコミュニケーションを取る機会を設けられず、1-7は性格故、1-8はその魔術の運用上殆ど話をしたことがない。


――最低最悪の可能性としては自身の有用性が見限られたと勘違いして、シミオンがリーダーに牙を剥いたこと、だけど……


 その可能性は極めて低かろう、とコルナールは思っている。基本的にシミオンの病呪は遅効性だ。

 身体強化は魔術師の常なので可能だが、汎戦闘型であるダリルに短期決戦ではシミオンには勝ち目がない。ダリルとシミオンが殴り合いをすれば逆立ちしてもダリルが勝つ。


 だが、ならば何故まだマダニの病呪は解除されていない?


 つつっと、コルナールの背中に嫌な汗が伝った。なんだろう、理由は分からないが、何か嫌な予感がする。

 せっかくクィスと戦うことにはならないと分かったのに。そんな安堵を上回る無言の圧力が今コルナールたちの背中を押している。


 そんなサリタやコルナールの不安を後押しするかのように、


「クィス兄」

「ヒューゴか、ごめんみんな、少し待ってて」


 クィスがヒューゴという前に見た黒服に呼ばれて少しコルナールやフルール等と距離を取る。

 そこで何が話されているのかは分からないが、クィスの表情から相当に良くないことが起こっているのは間違いないようだった。

 そうして二人のもとに戻ってきたクィスだったが、


「ごめん、僕はちょっと席を外す。君たちはどうする? もしマイスター・フラーラを手伝ってくれるなら帰りには宿まで送る護衛を用意するけど」


 護衛を用意する、ということはクィスが戻ってくれる確証がない、ということを暗に示している。要するに、緊急事態だ。


「何があったか、聞いてもいいですか?」


 そうコルナールがそっと問うと、


「……まあ、君たちなら無責任に噂を広げるようなことはしないか」


 クィスはそう嘆息して、他言無用でと念を押してくる。


「誘拐だ。拐われたのはリュカバース在住の少女。安全管理のためこれ以上は語れない。ただ通りを歩いていたとかじゃなくて家屋侵入だから観光客を狙った無差別犯罪ではないし、君たちがそう怖がる必要はない。少なくとも人目も警備もが多いここにいれば安全だ」


 そう早口でまくし立てたクィスは、


「サリタ、コルナール、ごめん。責務を果たさぬ黒服には存在する価値がないんだ」

「分かった、クィスもお務め気を付けて」

「早く助けてあげてください」

「ありがとう、行ってくる」


 急ぎヒューゴと舞台袖から去っていく。

 残された二人は不安そうな顔を見合わせるのみだ。


「誘拐、リュカバース民の家に侵入してか。空巣の類?」

「かも。人が病気で倒れてる件・・・・・・・・・・とはあまり関係なさそうに思えるけど……」


 そんな二人にフルールがすがるような目を向けてくるが、


「で、引き受けてくれない? 舞台の上なら誘拐犯も手を出せないけど」

「ごめんなさい。私たちもシェリフと一度集まって話し合いしたいので」

「……昨日はありがとう。夢のような体験ができた。感謝してる」


 そうフルールの誘いを断って、緊急事の待合場所と決めていた大通り一番街のモニュメントに向かうと、


「シェリフがいる」

「やっぱり何かあったんだ」


 モニュメントのそばで長身のシェリフもまた二人に気づいたらしい、大きく手を上げてコルナールたちを待ち受ける。

 そうやってシェリフ、ジェロームと合流し、人混みを離れて宿へ戻ると、


「何があったの?」

「シミオンが消えた。リーダー曰く、攻撃停止が不服だったらしい」

「シミオンはシミオンでどうやら殺したい奴がグラナ以外にもこの街にいた――いえ、シミオンはそいつを殺す為に第一分隊ファーストスクワッドにいたんじゃないかと」


 今、臨時に押さえておいた避難場所をダリルとヤナが総当りで確認しているらしいが、そこにいる可能性は低く、発見は期待薄だという。


「シミオンは俺たちより先にリュカバース入りしてるからな。独自の隠れ家を用意しててもおかしくねぇ」

「かなり……まずい?」


 サリタの問いに、シェリフもジェロームも悲痛な顔で頷いた。


「このままシミオンが攻撃を止めなければ竜牙騎士団が本気で介入してくる可能性がある。何より、」

「何より命令一つ守れない無能と侯爵が第一分隊ファーストスクワッドの処分をママ・オクレーシアに命令しかねません。まずいとかそういうレベルを軽く超えてますよ」


 ユーニウス侯爵ファウスタからすれば第一分隊ファーストスクワッドなど所詮は僑族。自分の顔に泥を塗ったなら生かしておく理由がない。

 その程度のことはサリタやコルナールだって想像が付くが、


「シミオンは……そんな怒りを抱えていたの?」


 サリタやコルナールが分かるんだから当然シミオンだってそれは分かっているはずなのに。


「分かんねぇ、あまり話をする方じゃなかったからな。ただ」

「ただ?」

「操る獣魔がダニってのは一般ウケは悪いだろ。あいつが獣魔神フェラウンブラ狩猟騎士団にいないのもそこら辺を馬鹿にされたんじゃねぇか、みてぇなことはお前らも考えたことがあるんじゃないか」


 確かに、サリタやコルナールもそれは考えたことがある。

 サリタやコルナールはダリルに救われ、そこから魔力持ちと判明したのでグラナ抹殺部隊作成の為に信奉する神を選んだ魔術師だ。遅い早いの違いがあるがダリルもこのタイプだ。グラナを排除したいという目的が、魔術習得より先にあった。


 だがヤナやシェリフ、ジェローム、シミオンは先に魔術を身に着けていて、その魔術を見込まれて第一分隊ファーストスクワッドとして拾われたタイプだ。

 先に魔術師としての生き方があったシミオンは、ならばしがらみに囚われていたのだろうか。


「私たちも探しに行く?」


 サリタの問いにシェリフがやめとけとヒラヒラ手を振った。


「俺たちはマフィアのクィスと一緒にいるところをいろんなやつに見られている。そんな俺たちが捜し物なんざしてたらマフィアが善意で・・・協力してくれかねねぇ」


 それはまずい、とコルナールもサリタも逸る心を押し込めて捜索を諦めた。

 捜し物を表沙汰にできない以上、捜索はダリルに任せるしかないのだ。


 そうやって四人が気を揉んでいると、


「今、戻った。ヤナも一緒だ。泥を落としたらすぐここに来る」


 ダリルが戻って来て、しかし触れるべき事柄には一切触れず、暗い目のままベッドに腰をおろした。


「いい話と悪い話がある、先にいい話をしよう。敵の魔術師を一人、シミオンが半身不随にしたそうだ。前線復帰は絶望的らしいとのマフィアの会話を耳に挟んだ。ブラフの線はほぼないと見ていい」


 殺害には至らなかったがほぼ完治不能なまでに追い込んだらしく、これで第一分隊ファーストスクワッドの戦果なしは避けられたことになるが、


「次に悪い話だがシミオンが生きたまま敵の手に落ちた。シミオンの攻撃は停止し、恐らく敵はシミオンの身柄と引き換えにサリタとコルナールの魔術の停止を要求してくるだろう」


 なるほど、悪い話だと一同は呻いた。

 シミオンの攻撃を止められた以上、リュカバース魔術師に第一分隊ファーストスクワッドが勝つ為には二人の手による回復阻害を切るわけにはいかないが……


「俺が見る限りシミオンは私的な理由で攻撃を続行し、第一分隊ファーストスクワッド全体を危険に晒した。これをどう対処するべきか――決定は俺が下すが、皆の意見を聞きたい」


 嫌な選択だ、とシェリフとジェローム、サリタとコルナールが顔を見合わせてしまう。


 命令を無視し皆を危険に晒しながら戦果をあげたシミオンを助けて、ここまで積み上げた有利を放棄するか。

 それとも独断専行したシミオンを切り捨てて現在の有利を維持し、更なる戦果を積み上げるか。


「いいか、これは皆の将来どころか半月先にお前たちが生きているか死んでいるかを決めかねない選択だ。シミオンは我欲を優先した。ならばお前たちも我欲を優先して構わない。お前たちもまた幸せになるためにこの今を生きているのだからな」






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