■ 200 ■ 夢から目覚めたその夜に 前編
小手調べ、とばかりにクィスは火炎弾を六つ生成し、二つずつ三人の魔術師に投擲する。
リーダーの男は双剣でそれを切り裂き、長身の魔術師は躱し、
敵リーダーの双剣を固い鱗で覆われた拳で受け、追撃とばかりに尾を振るうと、硬質な何かが擦れ合う音と共にクィスの尾が何もない空間で停止――否。
――こいつ、背中から触手が生えている!?
リーダーの背中から二本、鋭い刃のような自在に踊る触手が生えているのにクィスは気が付き、
「
「了解!」
ラジィの忠告でクィスも思い出した。
相手の影を己の影で踏むことで動きを封じ、その背中から生えた薄刃で敵を切り裂く危険な魔獣、Aランクの強敵だ。
「聡いな、初観測で手の内が剥かれるとは口惜しい」
四本まで増えた相手の武器を前に、しかしクィスとて尻尾があるから手数は四対三、不利ではあるが圧倒的とまではいかない。
鱗と刃が擦れて鋼のような悲鳴を上げ、合間合間にクィスは残る二人へ火炎弾を撃ち出していく。
どうやら
残る一人の魔術師が意識を人形操作に向けている
――この
ラジィの体力気力も限界に近いし、長期戦は不利だ。
そう判断したクィスは大きく息を吸い込んで、
「ガァアアッ!!」
後方へ跳躍すると同時に
「躱された!?」
――馬鹿な、今あいつら「瞬間移動した」ぞ!?
確実に捉えたと思った一撃を、二人の魔術師は一切の身動きもせずに射線上から別の場所へ瞬時に移動することで回避してのけたのだ。
空間跳躍などという魔術も、それが可能だという魔獣の存在も聞いたことがない。またしても知名度の低い未知の神か、とクィスは歯を食いしばったが、
「躱したんじゃない! 外したの! 幻像よ、見えている場所に其奴らはいないわ!」
そんなラジィの指摘に、再びクィスは思い出した。レウカディアに入る奴隷船へ仕掛ける前にフィンがやっていたことと同じだ。
「……なんという子供だ」
そして開示された一の手札を見るや否や十を知るラジィを前に、
狙いをクィスからラジィへと変え、
「そうはさせ――くっ、邪魔だ!」
ラジィの周りにいた土塊人形が即座に動きを停止し、クィスの周りで地面が次々と隆起し始めたちまち人型を取ってクィスに抱きついて来る。
それ自体に攻撃力はないが、密着されれば身動きが取れないそこを、
「!?」
一瞬、光った。
そう思うと同時に、
肌見離さず着用してしていたラジィ製のアミュレットが割れて、地面へと落ちる。
熱線。回避など試みる余裕もなくアミュレットの防御をも貫通して、クィスの目を狙って放たれたそれは――
「【
お礼代わりに大きく息を吸って、ブレスを解放。薙ぎ払うように面でぶちまけると、流石に
「お前の相手はこの僕だろうがぁ!」
ラジィを狙っていた
踊る二本の薄刃がクィスの爪を受け止める。
然らばとクィスは胴を大きく捻って全体重を乗せた尾撃を振るえば、
「チッ!」
流石にこれは薄刃で受け止められるものではない。
「無事!?」
「防具のおかげで何とか。私はいいから攻めて」
「了解」
ラジィの身を包むのは、【
男の両手に握られた刃は防ぎきれずとも、背中の薄刃程度の膂力では突破ができなかったようだ。ホッとクィスは安堵し、爪に焔を宿して近づいてくる土塊人形を三枚に下ろし――
――しまった!
ピタリと動きを止められてしまう。
影を踏まれた。
月の位置は把握しているつもりだったが、
――くそっ、
クィスもまた火弾を作り出して急ぎ影の位置を変えるが、今一歩遅い。
「獲った!」
「【
しかし、クィスの目の前を走り抜けた斬撃を躱すために踏み止まるしかない。
――今の援護は!?
ラジィからの援護、ではない。今の声はラジィのそれではなく声変わりした男性のもので、
「助太刀します!」
月光の下でも明らかに悪い顔色ながらも、その場に馳せ参じたのは、
「二人とも、大丈夫なのか!」
「【
マルク、そしてクリエルフィの両者が聖霊銀剣を手にラジィの周囲を守るように陣形を組む。
助かった、とクィスは正直に思った。ラジィのそれほどではないが、元貴族の二人のローブも高位
装備の質で殴る
多勢に無勢、だが
「何故……」
形勢というのは、一瞬で逆転できてしまうものらしい。
新たに三人、黒服マントに仮面姿が三人、マルクたちを包囲するように姿を現している。
数的有利は相変らず敵の側にある。ラジィたちに二人の増援、的には三人の増援なのだから当たり前だ。だが、その何故という声は敵の方から漏れた。
つまり、増援が来たという事実に何より動揺したのが
「二人とも速攻よ! 攻めて!」
ラジィは瞬時に判断し、決定し、賭けに出た。
「仰せのままに!」
「畏まりました!」
機を読むに敏いラジィが即座にマルクとクリエルフィに攻勢を促せば、それは敬すべき手練からの命令だ。戦場の機微に疎い二人とて迷うことなく即座に身体を動かせる。
「我ら
「奮い立て、【
即座にマルクとクリエルフィが
「ッ!!」
ラジィ、マルク、クリエルフィの攻撃を受けた三人のうち二人が、ショートソードでその攻撃を受けたはいいが、堪えきれずにたたらを踏んだ。
何とか耐えきれたのはラジィと大差ない身長の小柄な一人だけだ。
やはりこの三人は恐らく後方支援がメインだ。恐らくは
ラジィたちの体調が最悪だから生き残れたが、もし万全の状態だったら先の斬撃で二人は仕留められていたはずだ。だから、
「ここで!」
「仕留めます!」
猛然とマルク、クリエルフィが病呪を押して前に出て、
「やらせん!」
「お前の相手は僕だと言ったはずだぞ!」
後衛を庇おうとする
周囲を照らしておけば影はクィスの足元にしか落ちず、敵の影縛りは効果を為さない。
ピーカブーをとり相手の刃を鱗で弾き、攻撃は専ら尾で行なってジリジリと前進。
クィスが
「ぐっ!?」
「あうっ!」
明らかに身体能力が劣る敵後衛魔術師二人に、イオリベが投擲した手裏剣が突き刺さった。
相手も身体強化をしている関係上、致命傷ではないが、そこそこの痛手にはなったはずだ。
その上で、
「いたぞ、あそこだ!」
「領主様の御子息からのご命令である! リュカバースの敵を仕留めろ! なんならマフィアごと巻き添えにしてしまえ!」
『おおっ! 我ら大地に蒔かれし竜骨、
遠くからリュキア騎士が近づいてくる声と足音が響きわたれば、これ以上は難しいと判断したのだろう。
「撤退する!」
その土塊人形を盾に、六人の仮面魔術師たちが即座に撤退を始めていく。
乗り切った、という安堵と、しかしまだ気を抜くな、という警戒の狭間で、クィスの脳裏に浮かんだのは怒りだ。
味方が手傷を負うや否や即撤退を判断するその冷静さ、あるいは人を案じる気持ちがあるならば――
「ふざけるな! 罪もない街の人を巻き添えにしておきながら! 自分たちが傷ついたらとっとと逃げるのか!」
そんな挑発で「ならばここで決着を付けよう」と相手が翻意したらどうなるかなんて考えもしなかった。
「逃げるな卑怯者! お前たちのせいでこの祭りを心待ちにしていた市民がどれだけ涙を呑んだと思ってるんだ!」
そもそもこれは挑発ではない。ただの怒りの発露、理不尽に対する怒りの咆哮だ。
クィスは思う。サリタやコルナール、ヤナらの、露店を回っているときの楽しそうな顔を。
ダニ魔術師の巻き添えを食らってファッションショーに参加できなくなったモデルたちにだって、同じように笑う権利があったはずだ。
同じように笑顔で出店を周り、遊覧船に乗ってハラハラドキドキしたり、歌姫の歌唱に心を揺さぶられ、舞台の上で光を浴びる権利があったはずだ。
どんな服を着て街を回ろうか。恋人はいるのか? いないなら素敵な出会いがあるかもって、そんなことを考えながら祭りの日を心待ちにしていただろうに。
それを、こいつらが来たせいで――
「こっちも所詮は真っ黒なドブネズミだ。其方が僕たちを狙うのは正当だろうが――市民を巻き込んだお前らはドブネズミ以下のクソだ、必ずツケを支払わせてやるぞ!」
そうクィスが怒りを浴びせても、やはり彼らが足を止めるはずも――いや、
「1-5、回収しろ!」
イオリベの手裏剣を受けた二人が足を留めていて、そんな二人を土塊人形が抱えて走り始めた。
足を留めた、ということは多少の罪悪感はあったということかもしれないが、逃げて責任を負わぬなら結局は同じだ。追いかけて、この怒りを叩き付けてやりたい。
だが深追いをして痛い目を見る失敗は既にリッカルドがやらかしていて、兄貴分たるクィスがその二の舞を踊るわけにもいくまい。
はぁ、と残れる怒気を溜息一つに込めて体外から吐き出し、
「助かった、ありがとうクリエ、マルク。二人は体調は大丈夫?」
気分を切り替えて増援に来てくれた仲間へ労いの言葉を送る。
「良い、とはお世辞には言えませんが、まだ動けますな」
ガタイと膂力に優れるマルクは、その筋肉達磨な外見に反して理知的な思考でそう正確に己を評するが、
「すみません、私は――明日はもう無理だと思います」
小柄なクリエルフィはその聡明な理性でここが限界、とこれもまた正確に判断したようだった。
「あの、これは一応の確認なのですが、そちらの貴方はクィス、であってますよね?」
「ん? ああ、そういえば完全な獣為変態を見せるのは初めてだっけ」
服が酷いことになるのであまり普段は行なわない獣為変態を解いてみせると、
「安心しましたわ。声まで変わってますし、正直その、自信がなかったもので」
クリエルフィはホッと胸をなで下ろしたようだった。
ただ、尻に竜尾の大穴が明いているのでひとまず尻尾だけは元に戻そうか、なんてクィスが考えていると、
「おっと!」
フラッとラジィが倒れかかり、慌ててクィスは全身の獣為変態を再発動して抱き上げた。
今晩を乗り切ればダニ魔術師は止まるはずとマコは予想していたが、絶対だとは言い切れない。鱗を纏っておいた方が安全だ。
「大丈夫、ジィ!?」
抱き上げた腕の中で、もうラジィは愛想笑いをしている余裕もないみたいだ。
吐く息は荒く熱く、悪寒で震えている全身は湯たんぽのように熱くてクィスは気が気ではない。
「あー、流石に……しんどいわね。ゲロ吐きそう。胃液しか出ないけど……」
「発熱も酷いし……だから無茶するなっていったのに」
慌てて教会に戻ろうとしたクィスだが、そっと歩み寄ってくる影に気が付いて、一応膝を落とし敬意を表する。
「ああ、病人を抱えての敬礼は難しいだろう。そのままでいいよ」
竜牙騎士団の正装を纏ったラーマコスがリュキア騎士の集団より一歩進み出て、クィスに一つ目配せ。
「竜牙騎士団のラーマコスだ。病人多数のようだし簡単にこれだけ伝えておこう。竜牙騎士団はリュキア王国を富ます者、栄えさせるために努力する者の敵ではない。今後も上手くやりたまえ」
「ありがとうございます。今晩のラーマコス様の救援、ウルガータファミリーを代表して御礼申し上げます」
「うん。これからも父を支えてやってくれ。さ、話はこれでお終いだ。今晩の街の監視はリュキア騎士団が引き受けよう。君たちは下がるといい」
「畏まりました」
行け、と手で合図されたクィスはラジィを抱えて教会へと帰還する。
ひとまず今晩は凌ぎきったが――さて、明日はどう転ぶのだろうか。ラジィやマコの予想通り獣魔ダニの病呪が消えるのか、それとも……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます