リュカバース開港記念祭――黄昏編

 ■ 198 ■ リュカバース開港記念祭、四日目






――まだここまで動けるのか!


 そろそろいけるか、とドン・ウルガータの首を狙いに行ったダリルは、仮面の下で舌を巻かざるを得ない。

 両手の双剣を振り下ろすも、まるで太刀筋を読んでいるかのように薄皮一枚の距離で躱す。ダリルの追撃を妨げるべく暗闇から投擲されてきた短刀を弾き、その隙に白いローブの少女の聖霊銀剣が踊り、


「【裂空剣フィンド エンシス】」


 そこから放たれた斬撃が虚空を割いてダリルに迫り、これを切り払えば不動の少女が月下に立ちはだかって、猛然とダリルを睨み付けてくる。


――あの歳で既に体調不良のまま戦うことに慣れているのか!? どういう人生を送っているんだ。


 続けて投擲されてくる短刀を弾きながら、ダリルは敵であるはずの少女に紛う事なき敬意を抱いた。

 とっくに仲間の病呪が全身を侵しているはずだというのに、立っているだけでも辛いはずなのに、あの少女はそれでも倒れない。

 倒れないどころか隙あらばダリルの喉を掻っ捌こうと隙を伺っている。


 少女の後方から投擲される短刀も危険だ。

 ダリルが悠々と避けられないということは身体強化込みでの投擲だ。つまり闇に潜む支援者もまた魔術師、ダニ呪に侵されている筈なのに、短剣の冴えは未だ衰えを見せない。


 恐ろしい程に、強い。ここまでの信念を持ってマフィアを守っているということは――


――自分の正しさを信じているが故の強さだな。


 そうダリルは判断し、まだ強攻すべきではないと少女から距離を取る。


「あと三日、耐えきれるものなら耐えてみよ」


 どこか、耐えきれている少女の姿を見てみたい、なんてことを思いながらダリルは闇へと撤退する。

 今日はジェロームも別の魔術師に仕掛けている手筈になっている。あちらも無事だとよいが、なんてことを考えながら。




 幸い、別の頭領カポを攻めていたジェロームも無事に帰還した、のみならず、


「見て下さいリーダー! これ戦利品なんですが!」


 そうホテルの一室にてジェロームが全身鎧を手に目を輝かせていた。


「鎧か? 探知の魔術などはかけられていないだろうな」

「大丈夫みたいです。あとこれ鎧じゃないんですよ!」


 ほら、とジェロームが兜の庇を開いてみせると、中は空洞ではなく謎の機工がぎっちりと詰まっているようだった。


「なんだ、これは」

「魔術で操って動かす人形みたいです。凄いですよ! こんなもの見たの初めてです!」

「そんな貴重なものとなると返してきた方がいいんじゃねぇか? 希少品なら取り戻しに来るだろうが、危ねぇぞ」


 そうシェリフがもっともな意見を述べるが、ジェロームは興奮しきった顔で首を横に振って否定する。


「確かに凄いものです。ですがこれが凄いのはね、作ろうと思えば多分私でも作れるからなんですよ!」

「……すまん、言っている意味が分からない。お前も作れる程度、なのに興奮するほど凄いのか?」


 ダリルとシェリフは顔を見合わせてしまうが、ジェロームはすっかり出来上ってしまっているようだ。


「凄いですよ。いいですかリーダー、シェリフ。誰にも作れないモノを作れる人は確かに天才です。唯一無二でしょう。だけどこれはあえて普通の魔術師でも何とか作れるようにまで簡易化されているんです」

「分からん。それっつーと、要するに超凄いものじゃなくてちょっと凄い程度、ってことだろ?」


 そうシェリフが問うと、なんで分からないんだとジェロームが悶絶せんばかりに頭を振る。


「いいですか? 百の才能を持つ一人の天才がいるより、十の道具を持つ凡人が百人いる方が強いんです。量産を前提として道具をより洗練させる、これが文明なんですよ! 誰にも作れないモノを誰でも作れるモノに落とし込む。これはただの天才にできることじゃあありません。大天才の仕事ですよ!」


 要するに、自分一人が凄いで終わらず、周りが真似できるレベルにまで一般化させられるということそれ自体が優れている証だ、とジェロームは言いたいようで、


「凄い、凄いや! これを設計した人に会ってみたいなぁ。会って教えを請いたい、どれだけ頭のいい人なんだろう……!」


 すっかりジェロームはこの機械人形に魅了されてしまったようだった。

 まあ、ジェロームの魔術に鑑みれば仕方がないか、とダリルたちは生暖かい目で見守るのみだ。


「そういえば、今日はサリタたちもどこか浮かれているようだったな」


 ふと思ったことを口にすると、シェリフがケラケラ笑いながらダリルの肩をがしっと掴む。


「ああ、聞いてくれよ大将、あいつらクィスのコネでファッションショーに出たんだぜ。おすましした顔しやがってよ! 俺らにも気が付かねぇでやんの」

「大将ではなく分隊長だ。ところでファッションショーとはなんだ?」


 夜の襲撃のために専ら昼は寝ているダリルが首を傾げると、シェリフが流石に咎めるように眉をひそめ、肩にかけた手に力を込める。


「……大将、祭りの内容全然知らねぇのな。観光客のフリしてるんだから多少は知っとけよ。職務質問されたらどうするんだ」

「む、善処する。それで、ファッションショーというのは」


 舞台の上でリュカバースの各工房が全力を投じて作った新しい衣装をお披露目する場だ、とシェリフが伝えると、


「それはつまり、観衆は人ではなく服を見に来ているだけではないのか? 中身は案山子でも問題ないのでは?」

「……大将、あんたそういうところはほんと最低だよな。間違ってもヤナの前でそういう事言うなよ」


 シェリフにそう指摘されて、ダリルは素直に頷いた。自分が人として色々欠落していることは、ダリル自身が誰よりも知っている。

 だが、そうか。


「皆、色々と楽しめることがあるのだな」

「……すまねぇ。大将が頑張ってくれてる中遊び更けちまって。気を引き締める」

「いや、そうじゃないシェリフ。皆が楽しんでいることは良いことなのだ。元々俺たちは存在価値のない部隊だったからな」


 そもそも第一分隊ファーストスクワッドはグラナ抹殺用に組まれた分隊だ。

 その為に集められて、その為に魔術を磨いてきた。それしかやることがない、できることがない、期待されてない者たちがダリルたちだった。


「皆が生きるに足る意味を各々見出してくれればそれに越したことはないと思ってな。分隊スクワッドが分解されても、皆それぞれの道で生きていける」

「言われてみりゃあ確かに。今回はお情けか使って貰えたが、ママ・オクレーシアにはもう俺たちを飼ってる理由がねぇんだもんな」


 最初から目的を喪失している以上、いつ解散されてもおかしくはない。だからメンバーがそれぞれの生き甲斐を見つけてくれるのはダリルには嬉しかった。

 気持ちが上向いているサリタとヤナを、何故か赤い顔で時々唇に指を這わせているコルナールを、目を輝かせて機工人形を見ているジェロームを見ているとダリルの胸が暖かくなってくる。

 ダリルはもう、生き甲斐を見つけることが難しくなってしまっていたから。自分のようにはなって欲しくはない、と。常々そう思っていたから。


「だがこのリュカバースで戦果を上げれば、俺たちはグラナ以外にも有用だって証明になる、だろ?」

「ああそうだ。それが現状を維持をできるという、一番不安に怯えずにすむ未来だろう」


 ダリルは汎戦用魔術師だからなにも問題はない。シェリフもジェロームもそこは同じだ。

 だがサリタやヤナ、そして潜伏中の1-7などはかなりピーキーな魔術師だ。魔術師として、別の仕事を見つけて働けるかは極めて怪しい。


 だからママ・オクレーシア、ひいてはその背後にいるユーニウス侯爵が第一分隊ファーストスクワッドの価値を認めてくれれば理想的なのだが……




      §   §   §




「お初にお目にかかります、ユーニウス侯爵。お会いできて嬉しいです」

「こちらこそ、竜牙騎士団の精鋭にお目にかかれて光栄です、ラーマコス様」


 カルセオリー伯邸の談話室で、竜牙騎士団の正装を纏ったラーマコスが、ファウスタ・ユーニウスと固い握手を交わす。

 然る後に着席したユーニウス侯爵ファウスタであるが、此度なぜ己一人がラーマコスとの茶会に呼ばれたのか、理由が分からず若干の不安を覚える。


 そうやって内心嫌な予感に苛まれつつも、紅茶で口を湿らせた後にラーマコスから、


「時に侯爵閣下、今リュカバースの下町で奇妙な病が流行りだしていることをご存じですか?」


 そう切り出されて、益々嫌な気配が増し始める。


「いえ、初耳ですな」

「それはそれは、では益々お耳に入れておかねばならないでしょうね。これがどうやら、魔力持ちだけが罹患する病のようでして」

「ほう、魔力持ちだけが」

「ええ。そしてどうやら私もそれに罹患しているようでしてね」


 ファウスタの、口元にカップを運ぶ手が空中でピタリと止まった。


「これがですね、ポーションで治療できない病呪のようなのですよ。要するに魔術師から攻撃を受けている、ということです」

「そ、それはお気の毒と言うか……」


 馬鹿な、とファウスタの内心は怒りで荒れ狂っていた。第一分隊ファーストスクワッドに対する怒りではち切れそうだった。

 あれほどこの館にだけは攻撃をするなと言い含めておいたのに、これだから下民は――まで、考えて、そして聡明なファウスタは怒りに飲まれる前に気が付いた。ダリルたちの努力によらず、発生してしまう可能性があることを。


「もしや、ラーマコス様は下町に?」

「ええ、私がこの街に帰ってこれるのはこれが最後になるかもしれませんからね。軽く視察を、と思ったら魔術師が病呪をこの街でばらまいているじゃないですか」


 そう語るラーマコスの袖から覗く手首には、赤い小さな斑点のようなものが刻まれている。

 まさしくもそれは噛み傷。ファウスタがオクレーシアから聞いていた第一分隊ファーストスクワッドの攻め手そのものだ。


 そこまで考えて、ファウスタはハッと気が付いた。それはダニの獣魔による噛み傷である。

 その噛み傷があるラーマコスがここにいる、ということは……


――このガキ、あのダニをこの館に連れてきたということではないか!


 ファウスタは驚愕し、歯がみし、そして戦慄した。


――もう、この館内は……私もアンティゴナの狸も一切安全ではないということだ! なんてことを!


「竜牙騎士団であるこの私にまで攻撃を仕掛けた魔術師です。これを捉えた暁にはその目的を正さねばならないでしょうな」

「リュカバースは僑族が幅をきかせていると伺っております。奴らが御身を害そうとしているのでは?」


 どうせマフィアの仕業であろう、とファウスタは嘯くが、


「それがですね、そのマフィア擁する魔術師も満遍なく被害を被っているらしいのですよ。害虫のやることならさておき、魔術であれば自爆、ということはありますまい」


 やはりその程度の示唆ではラーマコスは納得してくれはしないようだ。

 所詮はアンティゴナ・カルセオリーの息子だと甘く見ていたことを、ファウスタは今になって後悔した。


「私はこれから竜牙騎士団員として、リュカバースの街を害する賊を検挙に向かいます。下手人も首謀者もリュキア貴族に仇なす重罪人。斬り捨てたとて国王陛下もなにも申しますまい」


 竜牙騎士団員として国を守るというラーマコスが、ぎらりと鋭い視線をファウスタに向けてくる。

 下手人のみならず首謀者も、ということは――万が一第一分隊ファーストスクワッドの誰かがラーマコスに囚われ、ファウスタの命令でやったと吐こうものなら、ファウスタの喉元にラーマコスが食らい付くということだ。


「しかしラーマコス樣。幾ら竜牙騎士団員とて、その場で陛下の決裁を待たずして斬り捨てるのは如何なものか。若さ故の性急さは押さえ、然るべく処すべきでしょう」

「……父上もそうでしたが、閣下もご存じないようですね。我々竜牙騎士団はリュキアという国に仇なすもの全てを斬り捨てる権限を陛下より与えられているのですよ――閣下」


 そう語るラーマコスの言葉は、まだ貴族としては成人していないのが疑わしいほどに重々しい圧があった。


「私の序列は九十二ですが――閣下の序列はお幾つでしたか」


 それは完全に、ファウスタがアンティゴナに語ったことの意趣返しだった。

 このリュキアという国の貴族社会では序列こそが意味を持つ。百八の席次の中ではラーマコスはかなり下の方だが、その上には竜牙騎士団員とリュキア王家しかいないのだ。


 故にファウスタがどのような手管を用いてラーマコスより上の席次を呼び寄せられようと、それはファウスタの味方などしてくれはしない、ということである。

 何せ全ての竜牙騎士団員は、家から切り離されてリュキア王国のためだけに生きるように育てられているのだから。


「まだ私の勘違いという可能性もあるでしょうし、一日だけ様子を見ようと思います。これで止まったなら私の早とちり、リュキア貴族を害する意図はなかったと見做すべきでしょうな」


 ラーマコスの言葉には嘲笑も尊大さも、何より優越感すら欠片もなく、ただ静かな怒りだけが塊となって紡がれているかのようだ。


「リュキアを害する全てが竜牙騎士団の敵。父上にも同様に伝えてはおりますが、この意味をお忘れなきように。閣下」


 そうして、ラーマコスが退席した談話室にてファウスタは拳を握りしめる。


「……おのれ、無能な若造如きが地位と序列を振りかざしおって……」


 その口元から零れ落ちた言葉は、奇しくも自分が無能と嘲笑ったアンティゴナのそれと同じものでしかなかった。






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