■ 166 ■ 親子の対面






「じゃあ最終確認だけど、本当に闘神教アルス・マグナで構わないのね?」

『うん。多分それが一番この身体に合っているだろうし』


 ラジィの確認に、リッカルドははっきりとそう答えた。


 闘神教アルス・マグナはこれと決めた武器が壊れるまで戦う限り、闘神アルスの恩恵を受けられるのが特徴だ。

 リッカルドがこれと決めた武器が地母神機兵マーター・マキナであれば、リッカルドは自分の肉体を強化できる闘神教アルス・マグナ徒になれるだろう。

 問題はソフィアの中にいるときには地母神機兵マーター・マキナを手放していることになる(流石に持ち歩けるはずがない)が、


『こんなこともあろうかと――じゃないだろうけど。ギーメルさんが内臓武器仕込んでくれてるんだよなぁ!』


 シャキン、とリッカルドが右の手甲から聖霊銀のショートソードを生やしてみせる。質としてはアウリスが使用している、元ステネルスのものと同等、つまり相槌までした専用剣を除けばほぼ最高の品だ。

 当然破損した際には交換できるよう、取り外すことも可能である。これを外してソフィアが持ち歩けば、一応これと決めた武器――の一部――は身につけていることになる。


 そういう小細工が闘神アルスに通用するかどうかは不明だが、まずリッカルドの希望が地母神機兵マーター・マキナの防御力を生かしてソフィアを守ることなのだ。

 であれば最悪、ソフィアの中にいるときは身体強化ができなくてもそこまで問題視はしない。ラオなどは『二重存在デュプリペクタスの持ち味が生かせない』などと残念がっていたが。


「じゃあ、闘神アルス魔術師を呼んでくるからここで大人しく待っててね」


 リッカルドが案内されたのはウルガータが管理している酒場の一つで、秘密の出入り口が用意されている店舗の二階だ。

 実際ここにリッカルドがやってくるのにも別の店の地下から移動してきたわけで、ここにリッカルドがいることは今ラジィしか知っていない。


 当然、闘神アルス魔術師も違う入口からこの店にやってくるということで、両者が面会した事実はここの持ち主たるウルガータとラジィしか知りようがないという念の押し様だ。

 もしかして結構な大物が出てくるんじゃないか、なんて震えない身体で震えそうになっていたリッカルドだったが、


「お待たせ。こちら、元闘神アルス魔術師の匿名希望さんよ。まぁいずれリッカルドも誰だかすぐに分かると思うけど」


 そうやってラジィが伴ってきた青い髪の男をリッカルドは視界に留めて、



『――あれ? 闘神アルス魔術師って父さんなの』



 誰に教えられるでもなくそう自然と解答に辿り着いていた。




      §   §   §




『――あれ? 闘神アルス魔術師って父さんなの』


 その一言を前に、ブルーノ・レンティーニはマフィア生活で培った鉄面皮を維持し続けることができなかった。

 まさか、伝えたのかとラジィを見れば、ラジィはラジィでものすごい勢いで「言ってないから!」と目で訴えている。


「あ、あのー……リッカルド。父さんってどういう意味?」


 そんなラジィがおずおずと尋ねたのに対し、


『あれ、もしかしてラジィもクリストフと同じで直接父さんとやり取りしてはいなかったのか?』


 リッカルドは不思議そうに返していて、これがラジィとリッカルドの芝居だったら大したものだろうと、それだけはブルーノにも理解できた。

 要するにラジィはブルーノがリッカルドの父だと言うことはこれまで一切語っていない、という裏付けにはなったが、


「何を、根拠に?」


 ブルーノがそう尋ねると、


『え、いやだってソフィにそっくりだし』


 いまいち要領を得ない応答をされてブルーノの混迷はさらに深まってしまう。

 ブルーノとソフィアは瞳の色も違うし、顔立ちもあまり似ていない。髪の色と質は確かに似ているが、両者と同じ髪質と色を持つ人間は、僑族の多いリュカバースには沢山いる。

 それだけでは証拠にはなり得ないはずであるが、


『なんて言ったらいいのかな、在り方の色っつーかさ。気配? 存在感? そういうもやもやしたのがそっくりなんだよ』

「存在感……?」


 ラジィも咄嗟には理解できずにいたようだが、やがて納得したように頷いた。


「そう。リッカルド、貴方霊精アストラル体の一部を感じ取れるのね。流石は二重存在デュプリペクタスというべきか……」


 そう聞かされてブルーノも理解が及んだ。ブルーノとて元魔術師だ、霊精アストラル界についてはある程度の知識がある。

 自分の肉体を持たずソフィアの身体に霊精アストラル体のみで納まっていたリッカルドは、霊精アストラル体の在り方を多少ながら掴むことができるということらしい。


 納得したブルーノは、だからもう覚悟を決めた。


「ブルーノ・レンティーニだ。こうやって会うのは初めてだな、リッカルド」

『ほらやっぱ父さん――――え? レンティーニ?』


 ぐぎぎ、と錆びついた歯車さながらに首を回したリッカルドが、あり得ないとばかりにラジィとブルーノを左見右見する。


『えぇえ! レンティーニって大ボスじゃんか! ドン・ウルガータと並んでリュカバースの天辺テッペン張ってるレンティーニファミリーの頭領カポだろ!? 父さんそんな偉かったのかよ!?』


 ずざざ、とリッカルドが後ずさって、どこか納得したようにキィキィと金切り音を立てて頭をかき始める。


『そっかーレンティーニ、ソフィア・レンティーニなのかぁ。それじゃあ父さんもソフィを遠ざけるよなぁ。攫われたら酷いことになるもんなぁ』


 そうしていきなり理解を示されたブルーノは面食らってしまう。クリストフの話ではリッカルドはもうちょっとヤンチャというか、理解が浅い子供だと聞いていたのだが――

 まで考えて、ブルーノは自分の隣にいるのが誰かを思い出した。


 【書庫ビブリオシカ】。地母神教マーター・マグナが誇る【至高の十人デカサンクティ】の知育担当。その頂点。

 孤児たちを矯正した件で理解していたつもりにはなっていたが、こうやってクリストフの話から一気に乖離したリッカルドの知性的な姿を見せられると、改めて舌を巻かざるを得ない。


 だがいざそうなると、今度は一体なにを話せばいいかブルーノには分からなくなってしまう。

 ブルーノとしては一介の魔術師としてリッカルドを洗礼して終わり、という腹づもりでこの場にやってきたわけで、しかし今やその前提が完全に覆されてしまっている。

 そうやって窮地に陥ったときに覗くのは常に、メッキではなくて地金、本心である。


「お前は――私に思うところがあるのではないか?」


 ブルーノはずっと、リッカルドのことをソフィアが産み出した別人格か何かと考え、何とかしてこれを消し去れないかと策動していたのだ。

 そう考えればブルーノは子供殺しの親としかリッカルドには見えないはずなのだ。


 だからリッカルドに理解を示されると混乱の極地に陥る――否、そうではない。

 ブルーノは、リッカルドに許されてはいけないのだ。ブルーノがこれまで培ってきた善悪の判断が正しく機能するためには、リッカルドはブルーノを弾劾しなくてはならない。

 なのに、


「思うところっていうと――あ、そうだ。リッカルドって、男の子が生まれたら付けようとしていた名前なんだって? クリストフがそう言ってたよ。ありがとう・・・・・父さん・・・


 そう告げられたブルーノは、


「そうじゃない、そうじゃないだろう!」


 思わず両手で己とほぼ変わらない位置にある肩を掴んでいた。

 最早冷静な頭領カポとしての顔を維持することなどできなかった。純粋な感謝こそが、ブルーノを容赦なく追い詰める。


 リッカルドには、自分が不遇であると正しく認識できる知見がないのだと。

 そういう境遇にリッカルドを留めていたのは自分であると、その証左が感謝であるのだから、と。






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