■ 165 ■ 結論と致しましては






「それで、どうだった?」


 戻ってきた教会でラジィにそう尋ねられたリッカルドは、力なく首を横に振った。


『どれも一長一短だった』

「でしょうね」

「何なら私が太陽神アムンの洗礼をして差し上げてもよいですが」


 そう言えばまだ太陽神アムンについては聞いていなかったな、とリッカルドはソフィアと並んで長椅子に腰を下ろし、祭壇の前のフィンに向き直る。


太陽神アムンってどういう神様なんだ?』

太陽神アムンは現在四大宗教の一つに数えられておりますね。神としては四つの化身アヴァターラをお持ちです」

化身アヴァターラ?』

「雑に言ってしまえば地母神教マーター・マグナの十宗派みたいなものですよ」


 太陽神アムンはいくつかの側面を持っていて、どの側面の太陽神アムンを信奉するかで得意な魔術が変わってくるらしい。

 なるほど、確かに地母神教マーター・マグナに似てるな、とリッカルドは頷いた。


 ラジィは書庫ビブリオシカを選び、ソフィアは納戸ホレオルムを選んだ。

 太陽神アムンも同じように、太陽神アムンの側面の一つを選んで信奉することになるのだそうだ。


『あれ、ジィはじゃあなんでソフィの指導ができるんだ? 宗派が違うんだろ?』

書庫ビブリオシカ地母神教マーター・マグナの知識の保管庫ですから。誰もが寄ってたかって主さまに知識を詰め込んだ結果ですね。主さまの【書架アーキウム】は【リベル】と同じ魔術とは思えない容量を誇りますので」


 ソフィアの【リベル】はリッカルドの補助記憶装置として動くのが限界だが、ラジィの【書架アーキウム】はこのリュカバースを仮想再現してなお平然と余裕がある程だ。

 ということを伝えるとやっぱりこいつが一番異常だ、とリッカルドはドン引きしてしまう。リッカルドに表情はないので幸いそれは誰にもバレることはなかったが。


「話を戻しますが、私が信奉する太陽神アムン・ルーはどちらかと言うと太陽神アムンの攻撃的な側面を備えた化身アヴァターラですね」

「え? ちょっと意外です」


 そうソフィアが目を見張ると、対するフィンは少しだけ恥ずかしそうに目を細める。


「私も昔はやんちゃだったもので。自分が本当に求めているのは知識だと気付くまでに遠回りをしたものですよ」


 ただフィンがそう理解した時にはもうフィンの信仰は固まっていたので、今更変える必要もないか、とそのままであるのだそうだ。


太陽神アムン・ルーは破壊と浄化を、太陽神アムン・アマンは温もりと豊作を、太陽神アムン・イティは権威と創作を、太陽神アムン・ミフラは友愛と契約を司ります」

『十はないんだね』

「十も宗派がある地母神教マーター・マグナはかなり特殊ですよ。その分制約がかなり強力ですが」


 他人を思いやることが起点で我欲の為に使えない、という制約があればこその、地母神教マーター・マグナの利便性だそうで、太陽神アムンにはそこまで強い縛りはないそうだ。


「ただ太陽神アムンもまたその光によって他人を利する神ですので、自ら輝けない、言うなれば我の弱い後ろ向きな者にはあまり向いていませんね」

『へー、自信過剰な方が向いてるんだ』


 なるほどなぁ、と納得したようにリッカルドはフィンを見やった。フィンが所在なさげにしていたり自信喪失しているところは確かに見たことがない。

 いつだってラジィのそばで、それが当然みたいな顔をしているのがフィンである。それは確かにその通りだ。


『フィンはどんな事ができるんだ?』

「私自身は主に神殿作成を得意としておりますが、一般的な太陽神アムン・ルーの魔術は先ほど申し上げたように攻撃的なものになります。このような」


 フィンの目がキランと光った瞬間、教会内の石壁が円形に赤熱、2つの赤丸が湯気を上げる。


『凄え! かっけぇなフィン!』


 【陽裂光ラディ ソリス】は陽光を集めて放つ収束光線砲、太陽神アムン・ルーの主力攻撃魔術だ。

 その威力は全力で放てば神になりかけたラジィの翼を焼き切り、光輪を破壊するほどの威力を持つ。


「お粗末さまでございます。ただこちらも基本的には熱的攻撃、つまり燃やす攻撃になることと、また範囲攻撃は苦手としております。利用法としては狙撃に近い運用になるでしょうな」


 故にソフィアの前衛を張るリッカルドと相性が良いか、と言われるとそこは少し首を傾げることになってしまうらしい。やはり一長一短である。

 なお太陽神アムン・ルー以外の側面だと、やれ威圧だの豊穣だの契約だのの加護となるらしく、どちらかと言うと精神に働きかける魔術が多くなってくるそうだ。


「人の歩む道を照らし、その命を見守るのが太陽神アムンの主な加護ですからね」


 天に輝き人の営みを見届けるのが太陽神アムンなのだ。それがリッカルドに向いているかは、さて。ちょっと首を傾げてしまうか。


「他にも光を操り幻影を見せたりもできますが、太陽神アムンは音は操れません。歩くとガチャガチャ音がするリッカルドだと隠蔽効果は薄いでしょうな」

『うーん、持ち味を活かせないか……』


 リッカルドが腕を組んで唸っていると、


「ただいま、ラジィ。あ、まだリッカルドとソフィアもいるか」

「たっだいまー。リッカってば何で私には聞きに来ないかなぁ? ティナ様は先生だよ? 賢いんだよ?」


 クィスとティナが業務を終えて礼拝堂へと入って来る。


「まだ帰ってなくてよかった。一つ疑問に思っていたことがあったからね」


 そう言ってクィスがリッカルドたちの前の長椅子に逆向きに腰、というか膝を下ろした。


『疑問ってなんだい? クィスにぃ

「いや、リッカルドにとってはその身体は身体だけどさ、神様は本当にそれを身体だと思って身体強化させてくれるのかな、って」

「『あ』」


 その場に集った一同は盲点を突かれたような声を上げて、互いに顔を見合わせ始めた。

 確かに、言われてみればリッカルドは見た目はフルプレートを着込んだ成人男性よろしき人型に見える。


 だがその中身はほぼアミュレットと機工で構成された、あくまで道具に過ぎないのだ。

 これを神が人体と見做して身体強化の恩恵を与えてくれるかは――ちょっと怪しいと言わざるを得ない。


「そういうことを考えると、射撃戦が得意な火神プロメテス土神ヨルズがいいんじゃないかなって」


 確かにリッカルドは頑丈だが、身体強化ができないとなると白兵戦ではただの的にしかならないだろう。

 であれば見た目の頑丈さはさておき、射撃魔術が主体で火力がある火神プロメテス土神ヨルズあたりが選択肢になり、実質火神プロメテスで決まりになるだろう。


 だが、リッカルドとしては物陰に隠れてちまちま魔術を投擲するのではなく、ソフィアの盾として動ける魔術師になりたいのだ。

 そうでなければ一体何のための鋼の身体だ。持ち味を生かせないじゃないか、と。


 そこまで考えたところで、


「……もう一つ選択肢がなくはないのよね」


 ラジィがものすごく悩ましい顔で話を差し挟んできた。


「他にも魔術師がいるのですか?」

「ええ。私が【観測メトリア】で偶然見つけたのだけどね。本人は隠していたみたいだから、誰かはここでは言えないけど」


 個人情報だから明かすつもりはない、とラジィが言えば、流石にこの面々は「誰です?」とは聞いては来ない。

 ただ、


「はいはーいジィ、選択肢になるっていうのは?」


 そこはやはり聞いてくるモノで、手を挙げて問うティナではなく、ラジィはリッカルドを見据えたまま軽く首を振った。


「その宗教が何よりも武器を強化する神を讃えているからよ。地母神機兵マーター・マキナなんてどう見ても武器でしょ?」


 一同は納得したように頷いた。確かに地母神機兵マーター・マキナは兵器であり武器であろう。武器を強化する魔術があるなら、確かにリッカルドはその恩恵を受けられるかもしれない。

 ソフィアの中にいるときは身体強化で、地母神機兵マーター・マキナの中にいるときは武器強化で疑似身体強化が行えるのなら、それはリッカルドの希望にしっかり合致する。


「それ、どんな宗教なんでしょうか?」


 ソフィアの問いに、ラジィは短く答えた。


闘神教アルス・マグナ


 このリュカバースにはもう一人魔術師がいる。

 誓いを捧げた得物がないが為に自分は魔術師としては働けない元闘神教アルス・マグナ徒が一人、確実にいるのである。






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