■ 164 ■ リッカルドインタビュー






芽蒔神スパルトイは当然として、心呑神デーヴォロは止めとくべきだと思うよ」


 クィスに相談しに行ったリッカルドであったが、初っぱなからダメ出しを喰らって少しだけむくれた。

 だがこれは仕方のない話で、


「まず芽蒔神スパルトイはリュキア氏族の血を引いてないと使えないから論外。次いで心呑神デーヴォロは親から継承した魔獣がない時点で半分不利だし」


 心呑神デーヴォロは親からの継承と、自分で取り込んだ魔獣の二つの秘蹟紋フォーミュラを使いこなせるが、親からの継承がない場合でも二つの魔獣は取り込めない、とクィスはティナから聞いている。

 自分で取り込んだ魔獣は、必ず上書きになってしまうのだと。この時点で心呑神デーヴォロ魔術師としてリッカルドは既に他の心呑神デーヴォロ魔術師より圧倒的に不利である。


「それにさ、リッカルドのそれは心臓を食える身体じゃないだろ? そうすると心臓を取り込むのはリッカルドがソフィアの中にいるときになるから、秘蹟紋フォーミュラはソフィアの身体に刻まれる。そうするとどうなる?」

『えーと、俺が秘蹟紋フォーミュラを発動させると……ソフィアから魔術が出てくるってこと?』

「多分そうなる。それじゃリッカルドが強くなることにはならないだろ?」


 なるほど、とリッカルドはカチンと手を打ち鳴らした。

 ソフィアを起点として魔術が発動するのでは、逆にソフィアを危険の近くに引っ張り出すことになる。それでは本末転倒だろう。


「血族型魔術は二人には相性がよくないからね。別の魔術をお勧めするよ」

『分かった。ありがとうクィスにぃ


 手を振って去って行くリッカルドを見送りながら、クィスはある一つの疑念を抱いてしまった。

 秘蹟紋フォーミュラが使いこなせなくても、魔術の基本である身体強化は発動できるだろうが――さて。




      §   §   §




火神プロメテスは分かりやすく強いですよ。習得できるのが攻撃魔術ばかりになってしまいますがね」


 次に相談しに行ったナガルはそう、明瞭な利点を述べてくれた。


火神プロメテスは最古に近い歴史を持つ宗教ですので。他の宗教のような誓約もなく、着火と汎魔獣戦に特化した使いやすさがウリです」


 とにかく火神プロメテスは人の営みを守るために降臨した神だ。その聖句にも特徴がよく現れている。

 『人の営みに火の安らぎを。獣には猛き炎の恐怖を』。これこそが火神プロメテスの全てである。


『じゃあ火神プロメテスを信仰することで損することはないって事だな!』

「ええ。ただ……」


 そうナガルが言い淀んだのがリッカルドにはちょっと不安になったが、


『ただ?』

「貴方のお父上はマフィアを想定しているのですよね? 現時点でも私とクィスでも若干役割が被ってます。ですのでもし貴方がお父上の役に立ちたいと、そういう広い視野を持っているならあえて火神プロメテスを避けるのも良いのではないか、と」


 要は、ラジィが地母神教マーター・マグナは止めておけと言ったのの拡大解釈とみればいいだろう。

 リュカバースの出来ることを増やす、という意味ではこれ以上火術師が増えても街全体で見たときの貢献度が低い、ということをナガルは言いたいようだ。


「無論、私が言っているのは都市運営規模の視点であって、貴方が配慮しなければいけないことではありませんがね」

『なるほどなぁ。流石に最年長魔術師だ、考える範囲が大きいや』


 ほう、と感服したリッカルドに、ナガルは唯々穏やかな笑みを向けるのみだ。


「熟考の上で火神プロメテスを望むのであれば私が洗礼を承りましょう。よく考えてみて下さい」

『ありがとう、そうするよ!』




      §   §   §




獣魔神フェラウンブラはいいぞ。なにせ信頼できる唯一無二の相棒を獣魔神フェラウンブラが授けて下さるんだからな」


 話を聞きに行ったガレスはそう満足げに語って、傍らに実体化した大型狼――ケルベロスのロクシーをわしゃわしゃと撫でる。

 ロクシーはロクシーでモフられてご満悦のようで、気持ち良さげに瞳を細める姿は確かにちょっとリッカルド的にも羨ましい。


「何より授かった獣魔の部位を魔術でも再現できるしな。格好いいだろ?」


 そうガレスが神気を編んで作った爪を生やしてみせると、流石リッカルドも男の子だ。シャキーンとガレスの手に輝く爪を前に、瞳があればリッカルドは爛々と輝かせたことだろう。


『すげぇ、格好いい!』

「だろう!? 攪乱、奇襲、情報収集、正面対決。そのどれを取っても獣魔神フェラウンブラは高性能だ! 難点は遠距離魔術がほぼないことだけどな」


 基本的に獣魔は獣の姿を取るが、それは仮に既存の動物ではなく魔獣の姿を模していても、秘蹟紋フォーミュラまでは備えていない。

 故に射撃魔術が一切存在しないのが獣魔神フェラウンブラの難点だ。実体化と解除を駆使すれば擬似的な遠距離攻撃は出来るが、あくまで真似事に過ぎず、術者の死角を攻撃することはできない。

 遠隔制御をやってやれなくもないが、実体化解除をミスって獣魔が傷つけばその時点で獣魔神フェラウンブラ魔術師の長所はほぼ全て失われる。やはりあくまで格闘戦が主体なのだ。


「あ、ただ……」

『ただ?』

「授かる魔獣は選べないからさ、もしお前がピジョンとか授かったら……」

『あ、駄目だこれ』


 リッカルドは早々に獣魔神フェラウンブラを諦めた。

 ガレスのようにケルベロスとかを授かれるならばそれは大いにありだろう。


 だがもしコルンのように自らの血を以てピジョンブラッドを作り出す、なんて獣魔を授かったらどうする。

 リッカルドの地母神機兵マーター・マキナには一滴の血も流れていないし、ソフィアの身体にそんな真似はさせられない。


「あー、俺が獣魔神フェラウンブラはいいって認識なの、あくまで相棒がロクシーだからって点は考慮しといてくれ。ちょっと俺は獣魔神フェラウンブラ贔屓気味みたいだから」

『そうみたいだね……』


 とりあえず獣魔神フェラウンブラは止めておこう、とリッカルドはリッツォーリファミリーのアジトを後にした。




      §   §   §




海神オセアノスは止めておくのだ。なったが最期船乗りにいいようにコキ使われて何一ついいことがないのだ」

『ええぇ……』


 ばっさり自分の信じる神を切って捨てたシンルーにリッカルドはドン引きである。

 実際のところ、シンルーは海神オセアノスを信奉してよかったことなど何一つない。


 新人時代は散々船乗りに馬鹿にされるわ、だからと奮起して神殿作成を意固地で習得したはいいが、今度は船団に配備されて無茶を要求される。

 給料だけは確かにかなりよかったが、給料以上に心労と、あと何より魔術行使が辛かった。

 何せレモラを除けるためには四六時中の神殿作成が求められたとあって、シンルーが海へ投げ捨てられたとき咄嗟になんの反応も出来なかったのは、そうやって心神耗弱に近い状態まで追い詰められていたからだ。


 だが、シンルー自身は海神オセアノスを信奉したことを今は後悔していない。海神オセアノスを信じていなければ、今もまだシンルーは独りぼっちだったかもしれないからだ。

 ラジィと友達になれたという一点だけが、シンルーが海神オセアノスを評価する唯一の理由である。それはリッカルドには適用されまい。


海神オセアノスを目指すというのは緩やかな自殺に等しいのだ。お前は海神オセアノスを信奉したら死ぬしかないのだ。哀れ姉を残して一人孤独に死ねだぁ死ね死ねだぁ!」

『お、一昨日おととい来ますね!』


 脱兎の如くリッカルドはロンジェンファミリーのアジトを離脱した。他にどうしろと言うのだ。




      §   §   §




「お前さんが強力な武器を欲しているなら鍛冶神ヘーパエスティアはお前さんに力を貸すだろうが」

『あー、うん。別にそう言うのはナイかなー』

「ではお勧めはせん。身体強化も鎚か斧を握っているときしか発生せんしな」


 トゥデルはそれだけ言うと工房の奥に引っ込んでしまった。ある意味シンルーよりも短い面会時間だっただろう。

 鍛冶神ヘーパエスティアもとりあえずはナシっぽいな、とリッカルドは次の魔術師の元へ向かう。




      §   §   §




蛇神ハイドラは常に人材不足中、歓迎するのです!」


 そうやってイオリベには熱烈歓迎を受けたものの、


「あー、でも蛇神ハイドラ教は常に資金繰りで苦しんでいるので、蛇神ハイドラ教に入ったら是非一緒にお金を稼いで欲しいのです」

『えーっと、そういうのはちょっと』

「ですよねー」


 なお話を聞いたところ、蛇神ハイドラ教の魔術自体は攻防どちらにも対応するマルチプレイヤーぶりが売りで、弱いどころかかなり強力な魔術師なのだそうだ。


「でもリッカルド君だと回復魔術は上手く発動しないかもしれないのです」

『えっと、なんで?』

「脱皮するので」

『脱皮……』

「蛇の脱皮は再生と治癒の象徴なのです。故に蛇神ハイドラ教の魔術師は重傷を負ってもつるんと新生することが出来るのです。強いのですよ!」


 人の皮がつるんと剥けて、中から新しいイオリベが出てくる姿を想像してリッカルドはちょっと怖くなった。

 だがそんな内心はさておき、確かにリッカルドには脱皮は出来ないだろう。そもそも皮がないし。


「あと、蛇神ハイドラ教は水術火術どちらも使えてやはり汎用性があるのですが――威力を絞るのが下手なのです」

『というと?』

「火砕流や河川の氾濫とは蛇神ハイドラの怒りにして象徴。我らが魔術はそれを模倣しているので、発動するとドカンと全てが吹っ飛ぶのです」


 駄目じゃん、とリッカルドは頭を抱えてしまった。それじゃソフィアが近くにいるときは攻撃魔術を使えないのと同等ではないか。

 攻防のバランスはいいし確かに強いのだが、こと出力においては極端にピーキーなのが蛇神ハイドラ教らしく、これは確かに信者は少ないだろうな、とリッカルドも思ってしまった。




      §   §   §




土神ヨルズは良い。少なくとも生きる上では」


 レンティーニファミリーのアジトにて素振りをしていたオーエンは、木刀を振るう手を止めてそうリッカルドに向き直った。


「単純な強さという意味では圧倒的ではないが、岩礫をぶつければ誰だってへしゃげる」

『物理で殴るってわけだな!』

「左様。それにある程度大地を操れるから、土木工事などで引く手数多。食いっぱぐれる事が先ずない」


 オーエンが土神ヨルズ教を抜けてジガン流などという剣の道に現を抜かして生きられるのは、先ずその土木工事技術があるからだという。


『確かに、土掘るのは生活の基本だもんなあ』

「畑の開墾なども土神ヨルズ魔術師がいればあっという間に終わる。君は旅暮らしはしないだろうが、何らかの理由で生活の場を追われても生きていけるのは明確な強みだ」


 オーエンは先ずジガン流という剣技ありきで自分の信仰する神を色々と検討し、最終的に流浪の旅には土神ヨルズが一番、と判断したらしい。

 その上で必要な魔術を身に着けた時点でさっさと土神ヨルズ教から身を引き、ジガン流の腕を磨く素浪人になったのだそうだ。


「唯一の問題は、拙者には君を洗礼できないことである」

『え、できないの?』

「拙者、修行途中で土神ヨルズ教を抜けた身。司祭にまで長じておらぬ故、洗礼はできぬのだ」


 それじゃ駄目じゃん、とリッカルドは肩を落とした。

 何があってもソフィアを食べさせてやれる、というのはリッカルドにとって結構魅力的だったのだが、オーエンに洗礼ができないのでは他の土神ヨルズ信者を探さねばならない。

 そうなるとソフィアと離れて土神ヨルズ教会でリッカルドは下積みをしなければならなくなるが、リッカルドはソフィアの人工聖霊が活動できる範囲までしかソフィアと離れられないので、出家して修行など不可能なのだ。


『そう考えるとソフィってかなり幸運だったんだな』

「ラジィの姉御のような穎脱した魔術師が神殿の清掃だけで手取り足取り魔術の神秘を伝授してくれるなど、普通まず有り得ぬよ」


 やっぱそうなんだ、とリッカルドは呻いた。

 色々と魔術について調べていくと、ラジィ、アレフベート、サヌアンの三人はどう考えても異常だ、ということにそろそろリッカルドも気が付いてきたのだ。


『この身体、ギーメルさんはテスト用だからってただでくれたけど……普通に買ったら幾らぐらいするんだろう』

「身体の代わりとして動くアミュレットなど、普通に考えて十億カルは下るまい」

『十億!?』


 脳もないのにリッカルドはめまいを覚えて倒れそうになった。

 しかもオーエン曰くそれは予想最低価格だそうで、そんなもんを作れる魔術師にあーだこーだ文句をつけていたリッカルドは今更自分の不敬に気付いて死にそうになった。


 だが今更後悔しても遅いので、気合いで一歩踏み出して姿勢を立て直す。

 リッカルドに出来ることはならば、この地母神機兵マーター・マキナの性能を徹底的に引き出して、次に会ったときに役立つ情報を返すことだろう。


『この街に残る魔術師は……あとは冒険神教アーレア・マグナか』

冒険神アーレアは魔力持ちが信仰する価値は低いだろう。あれは魔力を持たない者たちのための神だからな」


 オーエンの忠告にリッカルドは頷いた。冒険神アーレアは冒険者ランクに応じて冒険者に身体強化を与える神だ。

 元より魔力持ちである――


――あ、でも自分の魔力無しで身体強化できるってのは俺には恩恵かも。


 厳密に言えばリッカルドは魔力無しだ。ソフィアの魔力を借りる形で魔術が使えるようになるだけで、魔力を産み出す身体がないリッカルドには、冒険神アーレアの恩恵はある意味アリだと言える。

 だが、


冒険神アーレアの加護は、冒険者ランクを上げないと恩恵を受けられないんだよね?』

「ああ。君の目的は姉を守ることなのだろう? 上位ランクには指名依頼とかも来ると聞くぞ」

『やっぱ駄目だなー』


 リッカルドin地母神機兵マーター・マキナは、ソフィアの人工聖霊が活動可能な範囲内でしか行動できないという制限にここでも引っかかる。

 故に冒険に出るにはソフィアを連れ出す必要があるわけで、それは姉の平穏を守りたいリッカルドからすれば本末転倒でしかない。


 オーエンに別れを告げて、リッカルドは再び地母神マーター教会を目指す。

 結論はまだ出ていないが、今日明日ぐらいは悩む時間はあるだろう。






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