■ 127 ■ ベクター・グリーズの困惑 前編
「やれやれ、計算高く振る舞うつもりが気付けば泥仕合だ。色気なんて出すもんじゃないな」
森の中を進軍しながら、ベクターは疲れたようにそう零す。
実際、連日のお祭り騒ぎにも似た連続出撃で結構疲れがたまっているのだ。
これは稼げる、と息巻いて増援をクランハウスに求めたはいいものの、
「ヤッホー! 来ちゃった!」
伝書鳩の手紙を受け取ったクランハウスからカルシダがニコニコ手を上げて宿営地にやってくるし、
「来ちゃったじゃねぇぞバカ! あとでちゃんとジノを労えよな!」
【
こうなるともううかうかしてられない。どいつもこいつも早い者勝ちとばかりに森の奥へと踏み込んで、
「いたぞ、ボーナスだ!」
「逃がすなよ、絶対に仕留めろ!」
追加得点を得られる魔獣の呼称が既にボーナスになっているあたり、人の業の深さが知れるというものである。
今狩らずにいつ狩るんだ、とばかりに高ランク冒険者は先ずは回復ポーションをしこたま交換。その後それをポーターに持たせて森へと突貫。
斥候すら放たず、不意討ちの危険をあえて許容してとにかく前進。魔獣の懐へ切り込む、という肉を立たせて骨を断つゴリ押し新戦術を構築。
Cランク魔獣からなら、奇襲を受けてもまず死にはしない。加えて一人が身動きが取れなくなっても残りのパーティメンバーでリカバリ可能。
Bランク魔獣には流石に高ランク冒険者でもこの戦術を仕掛けるのは危険が伴うから、Cランク魔獣が先ずは美味しい得物として乱獲された。
なにせポーションなら10点で交換できるし、それでCランク魔獣が狩れればボーナス抜きでも20点加点、ボーナス付き魔獣が運良く釣れたら60点の加点だ。
Dランク魔獣でもこの戦法で10点~30点が加点できるとあって、この戦法は高ランクパーティから低ランクパーティにまで徹底的に浸透した。
低ランクパーティも格上のDランク魔獣へと果敢に挑み、低ランクなりに得点を稼いでいる。かなりの無茶なのだが、この場では呆れるほどに有効な戦術なのだ。
報酬として千本用意された回復ポーションが凄まじい勢いでなくなっていく様に、リリーは終始引きつった笑みを浮かべていた。
多分、千本のポーションはほぼ大半がこの
流石にその戦法は想定していないかった。死ななければどうとでもなるとはいえ、無茶をするものだ、と。
報酬のウマアジだけが冒険者を熱狂させているのではない。この
宿営地のおかげで狩り場が目と鼻の先と移動が少なく、更に食事を自分たちで作る必要がない。テントに帰還すればリュカバースの子供たちが温かい食事をテントまで持ってきてくれる。
ついでに端金を払えば洗濯までやって貰え、朝に手渡した草いきれと汗と小便塗れの服が夜には綺麗になって届けられるのだ。
「石鹸が報酬にある理由が分かりませんでしたが……なるほど、これなら理解できます」
魔術師ユクタがしきりに頷いているのにも理由がある。
冒険者というと着の身着のままといった印象があるが、実際に高ランクに上がるには身形をこざっぱりとしておく必要があるのだ。
誰だって不潔そうな連中には近寄りたくないし、依頼を任せたいとも思わない。幾ら実力がある、といってもある程度の社交性は必要になってくる。
汚れを落とすのには石鹸が効果的だが、軟石鹸は臭いし香水が大量に必要になる。だというのにここの石鹸は匂わず、洗浄力も十分だ。
リュキア貴族からも任務を依頼される【
更には運営側が夜間のうちにどうやら獣魔と人工聖霊で簡単な斥候を行なっているらしく、朝になると魔獣のおおよその予想位置が地図に記されて展開される。
そして実際、それはかなりの精度で当たっており、冒険者たちは通常のクエストよりかなりメリハリをきかせて――つまり緊張すべき時にのみ緊張すればよくなっているのだ。
とにかく食う、寝る、戦う以外をしなくていい。
戦えば金と報酬が入ってくるとあらば、ここは冒険者にとっての楽園か? と錯覚しそうになる。
冒険者の一人が血迷って配膳員を手込めしようとした、なんて話を聞いたときには宿営地のほぼ大半の冒険者がキレ散らかし、雪崩を打って私刑に走りそうになったほどだ。
更に運営の一人でリュカバースの子供たちから神のように崇められている白い少女が、
「撤収よ撤収! せっかく皆が快適に戦えるよう考えて手配したのに、よくも仇で返してくれたわね!」
なんて憤慨していると聞いたときには本当に「あいつの首で手打ちにするか」と冒険者が一致団結すらしかけていた。
こんな快適な空間を、たった一パーティの女旱如きの蛮行で潰されるなどあって然るべきではない。そんな悲劇が許されていい筈がない。
ギルマスであるリリーの命令で私闘は固く禁じられたが、ほぼ全てのパーティを敵に回したその連中は完全に立場を失い、自主的に宿営地を去った。
ただ噂とは広まるのが常、あれではホームタウンに戻っても居場所などないだろう。
まあ、そんな負け犬は放置して【
彼らほどになれば、ポーションゴリ押し戦法などに頼らずとも普通に魔獣を狩ることができる。
(兄貴、進行方向二時より
(ボーナス無しCランクか、かぎつけられてるならやるしかないな)
その名の通り足音も呼吸音もなく現れる、森の暗殺者とも呼ばれる
手慣れたコンビネーションは魔術師ユクタの出番が無いほどである。Cランク魔獣が相手ならばこんなものだ。
「早くBランク魔獣の生息域に移動しましょう。討伐制限をCランクで埋めたくないっすからね」
「全くだ。カルシダの奴には負けたくないしな」
「リーダー、競争は程々に。焦りは油断に繋がりますよ」
「分かってるさユクタ。さぁ前進だ」
ベクターたちにとってはBランク魔獣が適性だ。Aランクとも戦えるだろうが、勝てるかどうかは正直怪しい。
Aランク魔獣が相手ともなると、流石にこのパーティでは封魔石や魔力回復ポーションの支援が欲しくなる。
この一行の中でAランクはベクターのみで、ガイアンがB、アシャーとユクタはまだCという、【
もっともそれに関してはカルシダ率いる【
士気は十分、実力も十分。
【
「
討伐する魔獣のうち、どうにもボーナスがつく魔獣に巡り会えないでいた。
Bランクでボーナスが入るのは
――要するに、獣タイプの魔獣がいないってことか?
ベクターの脳裏に僅かな違和感と、そして警鐘が響き渡る。
特定の種類の魔獣がいなくなる、というのはつまるところ、
「ガイアン防げ!」
ベクターの注意は間一髪で間に合ったようだ。遮二無二構えられたガイアンの大楯に凄まじい衝撃が走る。
一撃、飽き足らず二撃、三撃、四撃。
四足歩行の獣なら二回で終わると言うに、然らばこれは節足動物型の魔獣か? 否。
「
それは薄く刃のようにヒラヒラと宙を踊る複腕を生やした、漆黒の狼だ。
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