■ 126 ■ 真の誤算はここからですよラジィさん
「おのれ、どうしてこうなった……」
ラジィは頭を抱えた。
今や宿営地は冒険者で賑わい、テントの数は既に足りず、宿営地の手前にはテントを割り振って貰えなかった冒険者たちが雑魚寝をしている始末である。
八日目を超えた時点で参加パーティは百を超えた。高速馬車を使えなかったリュケイオンの冒険者たちがここで次々と参戦し始めたのだ。
また王都以外の遠距離からやってきたパーティもこの段階で宿営地に到着し始め、果敢に森へと挑み始めたのだ。
「テントが足りない、寝袋が足りない、食糧が足りない! 急ぎリュカバースのバルドに連絡を、物資をありったけ送ってくるように伝えて頂戴!」
「もう送ってます!」
想定外の状況にラジィとリリーは休む暇もない。オーエンに道を整地させておいてよかったと己の先見の明を誉め称えるのみだ。
荷馬車はひっきりなしにリュカバースと宿営地を往復し、皮鞣し職人と毛皮職人と食肉加工職人は休む暇もない。樽がどんどんと宿営地の奥に積み重なっていく。
「食肉加工職人から要望で、塩と香辛料が足りないそうです」
「製パンギルドからの報告ですが、パン職人が悲鳴を上げてます。『リュカバース外での消費までは想定していない、今は金より休む時間が欲しい』と」
「夕食をパンから肉メインに切り替えて何とかして。この人数の食事が足りなくなったら暴動が起きるわ」
百パーティは超えまい、とラジィたちは思っていたのだが、実際のところその想定は何ら根拠のあるものではなく、既に
今はいい、まだ森の魔獣を刈り尽くしてはいないから文句は出ていない。
「ポイント更新、E6、C4、G4をクリア」
「はい了解です、E6をクリア……破竹の勢いですね」
だが、この勢いでは二週間を待たずして
そして
冒険者の行動は常に自己責任であり、稼げなかったのは初動が遅れた自分たちのせいではあるのだが――目の前でがっぽり稼いでいる連中を前にした出遅れ連中に、その正論は何らの意味も持たない。
理由が正当だろうと不当だろうと、暴動が起きる理由にそんなものは関係ない。不満を覚えれば遠慮なく暴言を吐くのが
「拙いわ、おおいに拙いわよ。魔獣の数に限りがある以上、報酬を今から増産しても何の意味もないわ」
「うぅ……とすると得点ではなくお金で稼げるクエストを発注して満足して貰うしかないですよ」
リリーが呻くが、その金がないから今回は特別報酬を物品で用意したのだ。最初から金があるなら金で支払っている。
「ラ、ラジィ、情報が欲しいのだ。バカどもが獲物を横からかすめ取った取らないで喧嘩を始めたのだ」
そして人数が増えればこういった問題も多発するようになる。今や32パーティが和気藹々と魔獣を狩っていた光景など跡形もない。
【
「……クエストの発注はバルドたちに知恵を捻らせましょう。こっちはこっちで一杯一杯だわ」
ひとまずラジィはパーティ間の紛争解決に注力する。【
だがそうやって事実を突きつけても、
「へっ、まるで見てきたように言いやがるが、ギルド側の言い分が正しいって、俺たちが横から掠め取ったって証拠はあるのかよ?」
そうやって難癖を付けてくる連中は後を絶たないもので、
「
ここはもう文句は無視してギルマス権限でザクザクぶった切るしかない。念のためオーエンを護衛に付けてリリーに有無を言わせずの快刀乱麻、反論を許さずに警告、警告、警告だ。
そうするとギルマスの横暴だなどと言い始めるが、幸いなことに一切知り合いがいないパーティというのはもうなくなっているようだ。
何だかんだで冒険者たちは同業たちの行動にも常日頃注意を払っているものだ。あいつらはああいうことをする奴だ、という正しい噂がキチンと回っており、その噂をラジィ率いる洗濯、配膳要因が広めて回っているのでそこまで問題はなさそうである。
「いつのどこにも他人の獲物を横取りしたい連中ってのはいるものね……」
本営のテントで【
今日はあと三つぐらい、仲裁業務が飛び込んでくるだろう。人の愚かさにラジィとしては文句を言わずにはいられない。
「人は楽な方に流れるもの。自律と自立が伴わぬ自由など醜いものよ」
「そうやって冒険者ギルドからも見捨てられたらどうなるかも分からぬスカスカぶり。彼らのクビの上に乗っかっているのは揚げパンか何かなのでしょうなぁ」
ラオもフィンも知能が高めなので、こういった連中には実に容赦がない。
さらに悪いことに、洗濯や食事の配膳で駆け回っている元孤児たちをとある冒険者パーティがテントに連れ込んで手込めにしようとした事案が発生して、
「魚の餌ね」
「うむ、殺処分でよかろう」
「代わりならいくらでもおりますからなぁ」
ラジィが切れそうになってラオやフィンもそれを止めようとせず、リリーやイオリベ、シンルーが大慌てで制止に回る。
気持ちは分かるがここは減点に留めておかないと拙い。マフィアの流儀で動かれると流石にリリーも困ってしまうのだ。
幸い、ヒューゴら率いる少年警邏隊が気付いて問題になる前に元孤児は助け出されている。であれば未遂であるし、殺処分は流石に拙い。
一応は冒険者ギルド員である以上、リリーからすればギルド規定に則った対処をしてやらないといけないわけで、暴力で解決するわけにはいかないのである。
「何が『多少は旨みがないとやってられない』よ! 弱い相手を力で略取するのが旨み? 知ったこっちゃないわ!」
「気持ちは分かるけど、ここ一応冒険者ギルドのシマだからね」
「私だって金○もぎ取ってやりたいとは思いますけど、運営側が法治を投げ出したら終わりですし!」
夜中になってなお怒りがさめやらぬラジィをクィスとティナが宥め賺すが、なるほど。
ここら辺はツァディよりラジィの方が過激なんだな、とクィスたちは少しばかり新たな知見を得た心持ちだ。
「とりあえず洗濯のサービスは中止よ。食事の配膳もなし。撤収よ撤収、全部自分たちでやればいいんだわ」
「いや、いきなりサービスの停止はリリーさんに文句が集まるから拙いよジィ! 思いとどまって!」
「それやると『運営は自分たちを一部のゲスと同じに見做した』って善良な冒険者たちが屈辱感じますから! ここは護衛と見回りを増やして対処しましょうよ、ね」
これまでは仕事を失った元リュカバース支部の冒険者に同情気味であったが、ここからは全冒険者に対して当たりが強くなりかねない。
かつては特Aランクのベクターすら犯罪支援者呼ばわりして何ら臆さなかったラジィである。
気をつけておかないとラジィまでがリリーと敵対する、リリーの重荷になりかねないだろう。
「改めて、【
夜半、ラジィを宥め賺して先に眠らせたティナがクィスと対面に座り、薄めたワインを手にそう嘆息する。
一応ノクティルカ一族であったティナは、政治とは汚れ仕事以外の何者でもないことを知っている。
政治家というのは、先に怒った方が負けなのだ。ラジィは徹底して政治に向いてないな、と理解できてしまう。
「ジィの怒りは冒険者というより自分に向いているみたいだけどね」
人手が足りないからと元孤児たちまで駆り出していたが、相手は所詮ゴロツキよりまだマシな程度の冒険者である。
まだ血の戒律に縛られたマフィアの方が性の逸脱には厳格であって、忙しさを理由に冒険者の凶暴性を軽く見たこと、弱者の安全への配慮を欠いた自分に対する怒りが強いのだろう。
ラジィの【
だからラジィからすれば孤児たちより
「まあでも、欠点のない人間なんて可愛げもないし、ジィはこれでいいんじゃない?」
「何とか宥め賺していられるうちは、だけどね」
ティナとクィスはマグを傾けて苦笑いする。想定外は数多続いたが、一応これで
冒険者たちとの揉め事は今後も発生するかもしれないが、千人、万人単位に及ぶ危険は回避できた。あとはリリーやバルドが上手くやればいいだけだ。
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