■ 125 ■ 運営はいつだって誤算するものです






「ポイント更新、E2をクリア」

「はい了解です。E2をクリア、ちょっと遅れ気味かなぁ」


 ラジィの報告にリリーは若干の不安を抱く。

 今現在本営はファーレウスの森を南北にA~I、東西に1~9のグリッドエリアに分けて状況を管理している。Eの1が宿営地正面だ。


 制圧戦レイドバトル三日目が終了して、冒険者は現在E3区域まで足を踏み入れ始めた。

 ただ夜になると冒険者は宿営地に帰ってくるし、魔獣もまた夜のうちに前進を始めるので、冒険者が進んだところ全てが制圧済みになるわけではない。


 現状、Eランク以上の魔獣が観測されない区域はE2、D~F1の四エリアのみだ。制圧戦レイドバトル開催は二週間を予定していたが、三日でこれは進捗としてはやや遅れ気味だろう。


「でも今のところ冒険者たちはよくやってくれてるわ。正直ベクターに感謝ね」

「流石は【尽務オペラ】、国内最高と謳われるクランですね」


 クラン【尽務オペラ】のメンバーや、他にも【七人神官セブンシスターズ】等の実力パーティのいくつかは運営側に配慮してくれたようだ。

 低ランクパーティに積極的にEランク森狼FウルフやDランク突撃猪委アサルトボア兜割貂熊ウルヴァリンなどを優先して譲ったりアシストしたりと、参加者内からの評判も上々。

 冒険者たちの雰囲気は悪くなく、士気も高い。またそろそろ低ランク冒険者たちは封魔石に手が届いており、Cランクパーティの一つは【発光ルクス】の付与された魔剣を手にして喜びも一入ひとしおだ。


「脱落者も出ていないのは結構だし……もう少し討伐制限を緩めてみるか。なんかいい口実ない? 口実がないと行き当たりばったりって罵られそうだし」

「実際行き当たりばったりではありますがね」


 ラジィの問いにナガルがクスリと笑う。

 今の宿営地本営――と言ってもテントだが――に集っているのはラジィ、シンルー、アウリス、リリー、ナガルの五人だ。


 他の魔術師たちは、オーエンとイオリベは夜間の宿営地の防衛、ティナ、ガレス、クィスは制圧戦レイドバトル参加者が少ない問題を埋めるため夜間出撃中だ。ボーナスが付かない魔獣をメインに数を減らしている。

 こっそりと森を【全体観測オムニス・メトリア】で観測しているラジィが適時ティナらと【接続コンタギオ】しているため、視界は不利ながらも魔獣から奇襲を受ける心配は全くなく、魔獣の間引きは順調。

 改めてラジィの魔術はとんでもないな、とクィスやガレスは驚嘆に息を呑むばかりだ。


「では、ポーションや防御の封魔石を交換したパーティの討伐制限を一つ増やす、というのはどうです?」

「確かに、命のストックが増えているわけですからね、多少の無理は利くわけですし、理由としては悪くないですね」


 アウリスの提言にナガルが頷いた。確かに条件としては悪くないだろう。


「で、でも、それで防御の封魔石を使ってしまったら大損になるのだ。苦労をドブに捨ててしまった連中は腐るのだ、腐ったミカンは籠の中の全てのミカンを腐らせるのだ」

「うーん、シンルーさんの言うことにも一理ありますね、士気の高さは重要ですから」


 シンルーの意見は無視できるものではない、とリリーがこれに同意する。

 確かに防御の封魔石があれば疲労からの不意打ちを食らっても命は助かるだろう。だがそれは必死に溜めた100点をこの場で失うということで、低ランクパーティには痛すぎる散財だ。


 これまでの苦労が水の泡になってしまうわけで、一気にやる気を失ってしまう低ランクパーティも現れるかもしれない。

 こういうとき最悪を想定するシンルーは役に立つわけで、その提言は無視すべきでないだろう。


「では間を取って人数分のポーションを持っていくなら、ってことにしておく? ポーションなら十点交換だし、そこまで損した気分にはならないでしょ」

「そうですね。奇襲からの即死は幾ら回復ポーションがあっても無意味ですが――まあクラン【尽務オペラ】が面倒を見てくれているならそこまで心配することもないかと」


 ラジィの提案にアウリスが頷き、これには誰からも異論がないようだ。

 回復ポーションをパーティ人数分所持している場合、討伐制限を+1するという方向で三日目の制圧戦レイドバトルは終了。

 四日目の朝にこの提案を受け、全てのパーティが主催側を喝采。人数分の回復ポーションを備え、討伐上限を上げて森の奥へと挑んでいく。


「ポイント更新、E3をクリア」

「はい了解です、E3をクリア。ここら辺でCランク魔獣が増えてくる頃ですね」


 そうして四日目が終了。Cランク魔獣はどれを倒しても基礎得点が40だ。そろそろクラン【尽務オペラ】も稼ぎたくなってくる頃だろう。

 【尽務オペラ】パーティの介護がなくなれば低ランクパーティも最大効率を維持できず稼ぎは目減りし始めるわけで、ここからは士気の維持が大変になってくる。


「ポイント更新、D3、F3をクリア」

「はい了解です、D~F3をクリア。もう少し【尽務オペラ】を中心に攻めるかと思いましたが、以外に手厚いですね」


 五日目が終了したが、【尽務オペラ】所属パーティは相変らず低ランクパーティの介護に回っているらしい。それ自体はありがたいが、ベクターたちはそれでいいのだろうか?

 疑問に思ったラジィがベクターに尋ねてみたところ、


「期限は二週間だろ? 後半一週間が勝負だし、先ずは深域まで安心して踏み込めるよう魔獣の数を減らすのに注力してるだけさ。どうせ低ランク冒険者は森の奥には入ってこれないしな」

「なるほど」


 ベクターとしても、後半に割の合わない雑魚討伐を低ランクパーティに続けて貰いたいため、先ずは徹底して恩を売ることにしているようだ。

 とはいえ後半に目の前で高得点をバンバン出されれば、低ランクパーティもやる気はガンガン失せていくだろう。ここで恩を売ることがどれだけ効果的か、ラジィとしては懐疑的だが……


 そうして迎えた、六日目。


「……何が起こったの?」

「わ、わかりません……」


 ラジィとリリーは宿営地を眺めて、ただ呆然とするしかない。

 開始当初32パーティだった参加者が、六日目午後にしていきなり71にまで跳ね上がった。日に一、二パーティはこれまでもパラパラと参戦していたが、この日で一気に倍増以上だ。


 この人員はどこから現れたのだろう? リュカバースから王都リュケイオンまで徒歩で六日はかかる。

 ということは、借りにこの制圧戦レイドバトルが噂になったとしても、ようやくその噂はリュケイオンに届いたか否か、ぐらいなのだ。

 だからこのタイミングで人員が増えるはずがない。増えるのは更に六日後でないと計算が合わないのだが……


「よし、ここからガンガン狩っていくぞ! 【尽務オペラ】、出撃!」

「応!!」


 これを予定していたかのように出撃していく【尽務オペラ】を目にして、


「考え得る最短を検討してみました、主さま。来訪当日に【尽務オペラ】が私に匹敵する速度で連絡を送って二日、そこから高速馬車を使えば四日でここまでこれますぞ」

「そういうことね……」


 フィンの指摘でラジィにもようやく裏の動きが読めてきた。

 たしかにそれならこのタイミングでの増員は可能だろう。だが、


「【尽務オペラ】だけでこれだけ人員は増えないわよね?」


 そんなラジィの残る疑問はしかし、


「国内最大クランが全力投入するなら前へ倣えする冒険者も多いのでは? とイオリベは考えるのです」


 お金に貪欲なイオリベの言葉に、ラジィはなるほどと頷いた。予備人員すら【尽務オペラ】が投入したと知れば、残った冒険者たちも制圧戦レイドバトルが気にかかって仕方がなくなる。

 そして一度火が付けば、それは怒濤となっての大移動を誘発するだろう。魔獣ならぬ冒険者の大暴走スタンピードだ。


「まあ、でもこれで人員不足は解消できましたね」

「確かに。これでこっそりクィスたちを夜間に動かす必要はなくなってきたわね」


 ホッとラジィとリリーは顔を見合わせて一息吐いた。どうやらここからは順当に森の魔獣を減らしていけそうである、と。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る