■ 124 ■ レイドバトル、開催
「全部で32パーティですか。想定の三割程度、思ったより集まりませんでしたね……」
できれば七、八十パーティは集めたかったのだが、どうやら距離の関係で二の足を踏んだ冒険者が多かったらしい。
宿営地は閑散としていて、人いきれがないという意味では過ごしやすいが、そういった過ごしやすさはリリーが今求めているものではない。
「文句を言うものではないわ。私たち十人で四千の魔獣を相対するより遙かに楽になったでしょ?」
ギルマスが暗い顔をしていては駄目だ、とラジィに背中を叩かれたリリーはキリッと表情を作り直す。
ギルマスは常に、「君たちには期待している」という顔を維持しなければならないのだ。冗談でも冒険者を虚仮にしたり、情けない奴、みたいな目で見てはいけない。
「ではギルドマスター、
既に天幕の外では百人超の冒険者たちが演説台に群がっていて、ギルドマスターの開催の声を心待ちにしている。
ここでリリーが一声かければ、ファーレウスの森は冒険者と魔獣が鎬を削る激戦区と化すだろう。
ラジィに背中を押され、リリーは天幕を出て演説台の上に立った。台本を読んでいては舐められるとラジィに指摘されたので、演説内容は全て記憶済み――の筈だ。
「えー、此度リュカバース支部のギルマス代理を承りましたリリー・マクレーンです。皆様此度の参戦まことにありがとうございます」
一度頭を垂れたリリーは、ここからは私がギルマスですとばかりに胸を張って眼下の冒険者たちを眺めやる。
「今回の
全員がFランクの冒険者パーティは日に十体。以降、ランクが一つ上がる事に一体ずつ討伐許可数が増えていき、だからAランクのベクターのいるパーティでは日に十五体が上限ということだ。
リリーの発言に冒険者たちが一斉に首を傾げ始めた。
魔獣が増えて困っているはずなのに、日の討伐限界がなんで決まっているのだろう? これが分からない。
「これは皆さんの無茶を防ぎ、なるべく多くの冒険者を生還させるため、とご理解下さい。それ以外の命令はギルマスとしては緊急時以外は行ないません。ただし危険が予想される場合には指示を出しますので、それには従って貰います」
具体的な指示がない、ということでさらに冒険者の間にざわめきが走ったが、リリーが咳払いをすると皆静かになる。
「なお今回の
「畏まりました、ギルドマスター」
リリーの指示でラジィ以下、マフィア魔術師たちが各パーティにボーナス対象魔獣とアイテム交換表を手渡して回る。
「故意の討伐制限越えの魔獣狩り、また他パーティの獲物を横取りするような真似は警告、三回目で参加資格消失ですのでそれは留意しておいて下さい。それでは
パチパチパチという拍手がまばらなのは、大多数が配布されたボーナス及びアイテム交換一覧に釘付けになっているからだ。
「さて、どう動いたものか……」
渡された木札を手にベクターはテントに戻り、付近のクランメンバーも集めて円陣を組む。
「日割りの討伐上限がある、ってのが特殊ですよね」
「まあ、それがないと兄貴が特別報酬総ナメしちゃいますしね」
「総ナメは無理だが……」
木札を裏返したベクターは一度目を瞠った。
「特別報酬……これ本当に全部用意されてるのか?」
特別報酬の一覧は、
品目 数量 必要得点
各種魔剣 30 300
防御のアミュレット 30 300
防御の封魔石 400 100
防腐の封魔石 300 100
炬火の封魔石 100 50
回復ポーション 1000 10
魔力回復ポーション 100 100
塩漬け肉(樽) 100 50
鞣し毛皮 1000 30
石鹸 1000 30
とあり、正直森の魔獣を倒しただけで手に入る報酬としては破格である。
「ギルドマスター、この魔剣ってのはどんな種類があるんだ」
慌ててベクターがリリーの元へ確認しにいくと、
「流石に超常の名剣みたいなのは無いですね。刀身が光ったり風を起こしたり、ちょっと火を吹いたり程度ですが」
リリーにそう説明されて、ベクターは呻いた。確かに圧倒的ではないし、魔術師がいればどれも代用がきく程度のものではある。
だが、その魔術師が冒険者には極めて少ないのだ。
冒険者ギルドは基本的には他の神を信仰していない限り
そんな
それでも魔術師でない凡人が神のご加護を賜れるのは破格であり、だから身体以外に売るものがない連中はこぞって冒険者になるのだ。
それが冒険者の実態であるという都合上、冒険者には魔術師が極めて少ない。だからこそちょっとした魔術が使えるようになるだけでもかなり状況が改善するのだ。
刀身が光るなら夜襲を受けても片手を松明で塞がなくてすむし、競り合いの最中に相手の目を晦ますことだってできる。
ちょっとした風を起こせるなら風上からですら匂いを覚らせず魔獣に近づくこともできるし、簡単な矢よけにもなるだろう。
命の奪い合いというものは、ほんの少しの魔術が加わるだけでいくらでも不利を覆せるのだ。
ベクターのような魔術素材から
というか、
「防御のアミュレットは俺でも普通に欲しいぞ……」
クィスはAランク冒険者がありがたがる品は無理と言っていたが、不意の一撃から身を守ってくれるアミュレットは普通に誰が使っても有用だ。ベクターだってあるだけ確保しておきたい。
「Fランク魔獣、得点なし。
Eランク魔獣、得点2。ただし森狼のみ死体回収(損傷軽微)で+8。
Dランク魔獣、得点20 突撃猪と兜割貂熊は死体回収(損傷軽微)で+20。
Cランク魔獣、得点40 剛力熊と大牙虎、木精は死体回収(損傷軽微)で+30。
Bランク魔獣、得点60 狩猟熊 雷電鹿 吹雪狐は死体回収(損傷軽微)で+40。
Aランク魔獣、得点80 どの死体も回収で+60、か」
Fランク魔獣には討伐制限はない代わりに、報酬は指定された肉体の一部提示でギルド適正価格の
Eランク以上から得点が発生するが、日の討伐制限対象とのことで、
「リーダー、鳩飛ばしましょう! 鳩です!」
魔術師ユクタが爛々とした目でベクターの腕をガシイッと掴む。
「これ、とにかく頭数集めて低ランクパーティで露払いしてリーダーを奥に突っ込ませれば突っ込ませただけ儲けが出る仕組みですよ。低ランクでも十分に元取れますし」
「森狼の回収ならFランク冒険者でも十分可能ですし、それで普通に封魔石が手に入るなら……確かに割りが良すぎますね」
ガイアンもまたユクタに同意して頷いた。
普通に冒険者をしていては、どれだけ低ランクの魔獣を狩っても封魔石なんかには逆立ちしても手は届かない。
だがこの
美味しすぎる。
ベクターのような一部のトップランクだけでなく、低ランク冒険者でもガッツリ稼げるのだ。
無理をして強すぎる魔獣に挑まなくても、周囲と協力して獲物を分け合うだけで皆が利益を得ることができる。
であれば、確かにユクタの言う通り露払いは多ければ多い程に良いだろう。
「討伐制限がある以上、初日はどんなパーティでも低ランク魔獣で上限になってしまうでしょう。だから勝負は後半です。まだ十分に増援を呼ぶ意味があります、リーダー」
「個人収益の件は解消して、クランで一丸になって儲けを狙う方がお得ですよ、これは」
確かに、とベクターは頷いた。いくらベクターが凄腕でも、見つけた魔獣を狩らずに無視して森の奥に進むことはできない。
魔獣を放置し、背中から襲われ続ければどんな冒険者とていつかは狩り殺されるのは明白だからだ。
序盤は誰も荒稼ぎはできない。
だから勝負は中盤以降、低ランク魔獣の数が減少してから。
その段階でより森の奥に高ランク冒険者をぶち込む余力があればあるほど大儲けだ。
多少遅れてでもクランメンバーを呼び寄せた方が稼ぎは増える、という理屈をベクターも理解した。
迷わず手紙を認め、連れてきた鳩をリュケイオンへと放つ。
鳩を放ってから、
「そうか、その為の討伐制限なのか」
ベクターは運営側の意図に気が付いて苦笑した。
「どういう意味っすか? 兄貴」
「簡単なことさ、討伐制限なしにして一部のパーティがいい報酬だけ回収してサッサといなくなっちまったら、魔獣が残っていても残りはやる気を失うだろ」
「確かに。討伐制限があるせいでどんな実力者も序盤からいきなりは稼げないですし」
ガイアンもまた、ベクターと同じ悟りに至ったようだ。感心したように頷いている。
序盤は稼げなくても、後半には稼げると分かるから高ランクパーティが離脱しない。
そして高ランクパーティも序盤は荒稼ぎはできないから、低ランクパーティのやる気も激減はしない。
いかに高低ランクパーティに差を付けずに、しかし双方のやる気を高いまま長期にわたって維持させられるか。それを突き詰めたのがこの仕組みなのだ。
「となると、序盤は森狼などは周囲に譲っておいたほうが良さそうね」
「森狼でしか得点を稼げない駆け出しパーティもいるでしょうしね」
クラン【
ならば序盤でちまちま安い得点を稼いで、無駄なヘイトまで稼ぐ意味はないだろう。
「よし、【
『了解、リーダー!』
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