■ 123 ■ 野営地にて
「さて、あと一日でリュカバースに到着するが……」
後ろをチラと振り返りながら、ベクターは軽く肩を回す。
ベクターたちを先頭として、今リュカバースには百人ほどの冒険者が列を成していた。
どうせなら個別に移動するより集まって動いた方が不慮の魔獣の襲撃も避けられる、という合理故の隊伍だが――
その間間には商人たちの馬車が挟まっていて、見た目にはちょっとした大名行列のようである。
「お、あれじゃないっすか、兄貴」
アシャーの指差した先、街道の分岐点に『
「
ベクターたちにそう声を張り上げてきた。
てっきりリュカバースまで同行して貰えると思っていた商人たちは多少不安そうだが、ここでお別れして右手に折れると、
「妙に街道の出来がいいな」
ベクターは足元の感覚がこれまでと普段と全く異なることに気が付いた。モルタル一体形成され、馬車がすれ違えそうな道は――補給を意識してのことだ。
――これは案外本格的か?
そんなベクターの予想は野営地に辿り着いてはっきりと現実に立ち替わった。
「凄い……宿営地だ」
木製とはいえしっかりと外周は壁で覆われ、その周囲には空堀が掘られている。三下魔獣の脚ではこの壁を飛び越えて中に入るのは不可能だろう。
宿営地の両端を繋ぐ橋として残された地面の先には大きな門扉があり、最悪籠城すらも可能な造りはこれから戦争でもするのか、といった趣すらある。
「これは……少しは、いえかなり期待できるかもしれませんね」
ガイアンの呟きにベクターも首肯した。
「ああ、俺もここまで本気で冒険者用の宿営地を用意するとは予想もしてなかったよ」
冒険者、というのは所詮肉体以外に売る物がないゴロツキどもの掃きだめと見做されるのが普通だ。
数日を要するクエストで余所を訪れても、小さな村なら宿すら満足に与えられないこともしばしばある。
そんな扱いに文句を言おうにも実際底辺の冒険者には、小さな村相手には力で夜の相手を求めたりするクソ野郎もいたりするのだ。そういう点を踏まえれば仕方ないと言えば仕方ないのだが、クソ野郎と一緒くたにされることは一流冒険者としては屈辱でしかない。
無論、三下と一流の見分けが庶民にサッとできないことぐらいは分かってはいるのだが……
今は歓迎とばかりに開かれている門扉を超えて、宿営地の中へ入ろうとすると、入口にて、
「失礼、冒険者タグを確認させて頂きます。パーティー名と人数を」
恭しく腰を折ったのは――相手は気が付いていないがベクターは気が付いた。確かラジィにお姉ちゃんと呼ばれていた少女である。
「パーティー【
その少女もベクターが首から提げているタグを確認して、流石に名前で気が付いたみたいだ。
ペコリと軽く頭を下げて、しかし後ろが詰まっているせいか、
「パーティー【
木札を一枚手渡して、入場を促すのみの対応に留まった。すぐさま次のタグを確認していく仕事ぶりには、ベクターは逆に好感が持てる。
「どれどれ?」
手渡された木札を見ると、簡単な説明書きに加えてNo.6の文字が冒頭に記されている。
次いでちょっと先にある立て看板を見ると、簡易地図であったそれにはNo.1~100までの簡易テントの並びが記されていた。
「パーティ一つにテントが一つあるのか。至れり尽くせりだな」
ただ見たところそのテントは四人が寝転がれば身動きが取れない程度の大きさしかない。
現実的には女性が中で寝泊まり、かつ着替えや身だしなみを整えるためと割り切った方がよさそうだ。
手近なテントの中を覗いてみれば寝袋が四つ用意されており、雨さえ降らなければ外で寝ても問題はない。というか下っ端冒険者なら寝袋すら持っていないからある意味贅沢ですらあろう。
「食事は二の鐘と七の鐘で配膳、昼食は朝食と一緒に渡される、と」
木札に書かれていたのはそのほか御不浄、服の洗い場の及び身体の洗い場の説明であり、流石に風呂はないが金を払えば身清め用の湯も用意してくれるそうだ。
また、帰還後の衣服の洗濯は端金で運営側が請け負ってくれるそうで、汗と体臭に塗れたまま翌日の討伐に向かわなくてすむのも気配りが効いている。
貴重品の管理は自己責任、盗難にはリュカバース支部は一切責任を負わないとのことだが、ここら辺は別段文句はない。いつものことだ。
「……下手な安宿より設備が整ってるぞ」
ベクターは呆れ半分感心半分で呻いた。
なお、ここら辺は裏話があり、冒険者のイロハを知らないラジィが
冒険者相手ならもうちょっと手を抜いても実はよかったのだが、そこまで意識する余裕がなかったために過去の宿営地設計をそのまま流用したのだ。
No.6のテントの中に荷物を下ろし、アシャーに番をさせたベクターがさて、簡単に素振りでも、と森の奥へ続く門を目指してになんとなく歩いて行くと、
「ああもう、
開かれた門の向こう、鋭い爪で
あっちは確かラジィにお兄様と呼ばれていた方で、
「あ、確か特Aのベクターさんですよね。来て下さったんですか」
仕留めた狼をぶら下げながら歩み寄ってくる青年の歩みには危なげもなく、この三ヶ月あまりで随分と腕を上げたようだった。
以前見た時は戦士の面影はなかったが、今では足取り、風格、気配のどれをとっても一端の戦士のそれだ。
「改めまして、クィス・エルダートです。歴戦の冒険者の参戦に感謝します」
「ベクター・グリーズだ。こちらこそ稼がせて貰うぞ」
「あー、特Aランクだとあまり旨みがないかもですけどね。もう少し低いランク帯を想定して報酬を用意したので」
さっきからはしっこく宿営地を走り回っている子供に狼の死体を預けたクィスが、ちょっと恥ずかしげに頭をかく。
まぁ、流石に内部留保を持ち逃げされたギルド支部に特Aランクが満足する報酬は用意できないだろう。そこら辺はベクターも了承済みだ。
だが、これで一つ明らかになった。報酬を用意する件にはやはりこの一家が関わっているのだと。
であればそこそこ期待はできるかもしれない、とベクターは逆に期待が持てる。少なくともあの少女が偽物のアミュレットを掴まされた、という可能性は低そうだからだ。
「クラン【
そうクィスに尋ねられて、ベクターは皮算用から回帰する。
「ああ、分割して4パーティ参戦予定だ。ところで全体の統括は誰が?」
せっかくなので試しに聞いてみると、
「残るリュカバース支部員ですが、実際はジィが執ります」
少しだけ声を低く抑えたクィスがそう教えてくれる。それは安心、と言おうとしてベクターはまだ未知数か、と口を噤んだ。
ラジィの個人戦の強さは知っているが、集団戦と個人戦では求められる能力はかなり異なってくる。ましてや指揮官とあらば尚更だ。
とはいえここまでの野戦準備はほぼ完璧の仕上がりだ。頭でっかちなだけかもしれないが、教科書通りに事を進められるなら、それは計画性がキチンとあるということでもある。
――ま、今のところ特に問題となるような箇所はない。期待して待つとするか。
そう頷いたベクターはクィスに許可を取ると、素振り代わりに森の入口で宿営地目指してふらっと訪れる魔獣の迎撃に加わった。
いずれにせよ、全てはレイドバトルが開催されてからだ。
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