■ 122 ■ 実際、総括できる人がいないんですよね






「俺だってお前たち魔術師が俺を一瞬で殺せるって現実を踏まえてなお、あえて意見してるんだ。その意を汲めよ」

「知りません。一顧だにも値しません。貴方はフェイと同じよ。主に自分の忠誠を見せることが全てで、主の利よりもそれを優先する」


 そもそもからしてラジィとバルドは相性が悪すぎるのだ。ラジィは社会一般の実利を優先してウルガータを信用する。

 だがバルドはウルガータを信頼して、その為になることを行ないたいと考えている。

 両者の根底はあまりに違いすぎるのだ。


「……魔術はさておき、よりリュカバースに長く住んでる俺のほうがギルドを使う数字ならよっぽど正確な値を出せる。お前なんかよりよっぽどな」

「そうでしょうね。記録の蓄積は何よりも大事な根拠になるし。だけど貴方が私に正しい値を伝える保証はない。土壇場で梯子を外されたら私はおしまいだもの」


 ラジィがバルドの力を借りないのはそれが原因なのだ。この緊迫した状況で嘘の数字を真と判断して計画立案してしまえば、土台が間違っているのだからその上に積み上げた全てがあっさりと瓦解する。ラジィに失態を負わせる機会としてはこの上ない状況と言えるだろう。


「お前一人じゃなくてリュカバースがおしまいだろ、今は」

「そうかしら? やり方はいくらでもあるわ。ウルガータを一時的に船で逃がすとかしておけば、リュカバースが滅びたあとにやり直せる目もある」

「それよりはリュカバースを守ったほうが手っ取り早いだろうに」

「そうやって守られたリュカバースの今後の方針を考えていくのは私よ。なら私ごと纏めて潰してしまうべきだわ」


 バルドの与り知らぬことだが、ラジィは常に味方が自分を陥れることを前提に思考を組み立てている。孤児の身ながら【至高の十人デカサンクティ】に上り詰めてしまったラジィからすればそれは当たり前なのだが、ウルガータファミリーに与していながらファミリーを信用しないその態度にバルドが業を煮やすのもまた宜なるかなである。


「そんなに俺に仕事をさせたくないのか! お前は!」

「貴方が私のやることに一々ケチ付けるからでしょ!」


 どちらも歯を剥いて怒鳴り始めれば、


「いったん落ち着きましょう主さま。睡眠不足と空腹は人を怒りへ誘います。【書庫ビブリオシカ】ともあろうものがそのような易い失敗をなさいませぬよう」


 フィンがどうどう、とたしなめてきて、ラジィはかろうじて矛を収めた。

 ガリガリと頭をかき回して厨房へ移動し、いったんお茶を点ててから礼拝堂へと戻る。

 一応バルドの分のお茶もあるのは、そこで自分のだけ用意するのは大人げないと考えたからか。


 温かいお茶を啜って、ホゥとラジィは白い息を吐いた。


「貴方の怒りと不満は理解できるわ。ファミリーでもないものがドンを唆してる。配下より食客の意見に耳を傾けてる。それが腹立たしいのは分かるけど」



 未だかつて無い脅威を前に、部下を頼るか外部の専門家を頼るか。今のウルガータは後者を選択しているが、それを部下が不満に思うのはごく普通のことだ。外部の人間より自分たちを頼って欲しいとバルドらが思うのは何らおかしな事ではない。

 だが、バルドらは人界の専門家であって、魔獣の住まう土地の専門家ではないというのもまた事実なのだ。ラジィとて殊更にバルドに喧嘩を売っている訳ではない。


「でも私の意見を採用しているのはルガーで、決定権は私にはないんだから。恋人を取られた思春期のレディみたいな感情で私を詰られても困ります」


 いや、ちまちま嫌味が入っているので全く喧嘩を売ってないわけではなさそうだが。


「私のお金の使い方を貴方は間違ってると思ってるんでしょ。であれば私と貴方は水と油よ、相容れないわ」

「……間違ってるとは、今は思っていない」

「え?」

「結果的にはお前は散財はしていない。あれらは全て投資であり、それが上手くいっていることは理解しているつもりだ。俺の反対こそが幼稚だった。許してほしい」


 お前本当にバルドか? みたいに正体すら疑い始めたラジィに、バルドは苦い顔で頭を下げる。


「……でも理解と納得は別の話よね」

「そうだ。だから納得するために俺にも働かせて欲しいんだよ。自分でやらなきゃ納得もクソもないだろ。それに、」


 これだけは譲れないと、バルドが礼拝堂に用意されたラジィの作業机にバンと掌を叩きつける。


「これまではさておき、今のお前の仕事は計画の提案までだろ。警邏隊に命令を出すのは此方の仕事、職権乱用だぞ」

「……確かに」


 バルドのこの反論は極めて論理的だったため、ラジィは咄嗟の反論が思いつかず黙り込んだ。

 今は冒険者ギルド、マフィア、各商工業ギルドが入り組んでのリュカバース総動員(リュキア騎士除く)のため権限が曖昧になってはいるが、ウルガータファミリー見習いのヒューゴに命令を下すのはウルガータファミリーであるのが本来の筋だ。


 非常事態だから、で全てラジィがやるのは確かに職権乱用だろう。

 もっとも、全てのマフィアから予算をせしめている関係上、総括はどこかのマフィアファミリーに属していない者がするほうが円滑に回るので、ラジィがやっていたのは致し方なくもあるのだが。


「……ドン・ウルガータに提案。計算が得意でシマに顔の効くハスラーを最低一名各ファミリーから冒険者ギルドに派遣させて。臨時冒険者ギルドリュカバース支部マスター、リリー・マクレーンを筆頭に、冒険者ギルドリュカバース支部会議室に制圧戦レイドバトル運営委員会を設立。以後制圧戦レイドバトル修了までの数字は全てそこで回します」

「了解した、ドンに伝えよう」

「……じゃああと宜しく、私寝るから」


 書類の束をバルドに押し付けたラジィはそこでいきなりプツリと糸が切れた人形のようにグラリと身体を傾げ――


「おっと、張り詰めていた気が抜けてしまったようですな」


 フィンの背中にもたれかかって寝息を立て始めた。


「主さまはできる子ですが、まだ子供でしかありませんのでねぇ。子供の癇癪と受け流していただけるとありがたいです」


 言外にお前は大人になれよ、と言われたバルドは頷くしかない。ラジィは子供だしバルドは大人だ。ならどっちが度量を示さねばならないかは自明の理である。


「主さまの仕事を引き取ってくれたことについては主さまに代わって御礼申し上げます。ですが宜しいのですか? 主さまの言うように、ここで主さまを排除しておかねばリュカバースは以後大改革に舵を切り、栄えるか沈むかの二択になるでしょう。そこに貴方の居場所があるかは分かりませんよ」


 麻薬も無しに儲けを出すとなれば、これまでのマフィアのやり方ではどうやっても中途半端になる。コルレアーニの下ではずっとウルガータやハリーのうだつが上がらなかったのがそのいい証拠だ。

 旧態依然とした在り方ではこの先やって行けなくなるとフィンは示唆し、


「だったら学んで変わって行くだけだ。甘えを吐いている暇はねぇ」


 しかしバルドは自分を変えるしかないと明言した。それ即ち、ラジィを消して荒波自体を消滅させる手は選ばないということだ。


「そいつの言う通りだよ。忠誠心だけある役立たずの無能にはなりたくねぇしな。やれるだけやる、だがやる前から排除されちゃあたまらねえからな」

「素晴らしい志だと思います。では冒険者ギルドの方はお任せしますね。本来主さまも褒賞作りに専念しないとかなり厳しいので」

「ああ、了解した。任せておけ」


 そうしてバルドとフィンは穏やかに笑い、ラジィはその横で高らかな寝息を立て、


――どうして、なんで私がマフィアに囲まれてるの!? ラジィさんはどうしたの! なんでなんでなんで、何が起こってるのぉ!?


 後日、説明もなしにいきなりマフィアに囲まれたリリーは一人生きた心地もしないまま、仕事に忙殺されることとなった。






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