■ 121 ■ もっと寄越せとか言う方は楽だけど、準備する側は地獄なんですよ






「ジィ、毛織物ギルド長のとこ行ってきたぞ! とりあえず回せるだけの職人回してくれるってさ!」

「ありがとうヒューゴ、次、粉挽ギルド長に小麦を百袋、製パンギルドへ回すよう伝えてきてくれる?」

「わかった、小麦を製パンギルドに百袋だな!」


 報告に来たヒューゴがそのままの勢いで出ていくのと入れ替わるように、今度はコニーが教会へと入ってくる。


「ジィ! 肉屋ギルドも出せるだけ人出すって。けど塩がそんなに残ってないから期待はしないでくれって」

「了解。ラオ、ナガルがそろそろ手が空くはずだから塩の増産をお願いしてきて。幸い海水なら腐るほどあるからね」

「うむ。まぁ海水を塩に変えるナガルの魔力は有限だがな」


 ラオが飛び去ったあとの教会で、ラジィはチェックリストを前に額を揉んで目を擦る。


「一時的に小麦が空になるからこれを補填するとして、補填できなかったら最悪肉でこの冬を凌ぐから食肉加工は必須。香辛料の購入は――目処はついた。リケから送られてくるはず。他に必要なものは――なめしの樹皮、が一番手に入るのがファーレウスの森よね。クエストに樹皮剥がし組み込む?」


 ここ数日は殆ど寝ていないので自然と目蓋が下がってくるのだ。休みたいが、休んでいる暇がない。


「毛皮になる魔獣、肉が食える魔獣。何にも使えない魔獣は焼却処分するとして、四千体の何体を持ち帰らせて何体を埋めればいい? リュカバースの加工限界は?」

「ジィ、次俺はどうすればいい?」

「あ、まだいたのねコニー、じゃあ木工ギルドに発注している樽と桶の製造進捗を確認してきて。今後一日辺り何個作れるかの試算もギルド長に聞いてきて頂戴」

「わかった! 行ってくる!」


 そうして無人になった礼拝堂にてラジィは延々と宝石抽出ジェンマ・エクシオを繰り返す。

 否、報告を聞きながら片手でペンを動かし、片手は自動的にさっきからずっと宝石抽出ジェンマ・エクシオだ。


 端から見れば器用だな、ですむが、魔術のなんたるかを知っている者が見れば驚天動地だ。

 なにせ片手間で宝石抽出ジェンマ・エクシオを延々繰り返して視界にも留めないというのがどれだけ異常かは魔術師なら誰もが一目で理解できる。

 素材のクズ石はせっせとフィンが買い付け、手元ではラオが交換してくれていたが、今はラオを放ってしまったので少しペースが落ちるだろう。


「ラ、ラジィ、ひとまず防腐の封魔石五十個終わったのだ。これで終わりだよね? これで終わりだと私は信じている、信じているのだ……」

「あらシンルーにしては甘い観測ね、はい追加の水宝玉アクアマリン。百はあるはずだから三日で終わらせてね」

「…………」


 青い顔で水宝玉アクアマリンのしこたま詰められた革袋を受け取ったシンルーが教会の奥へと消えていく。

 休む暇? そんなものはない。そんな時間があるなら率先してラジィが休んでいる。

 入口で警邏隊のメッセージを受け取ったフィンが、それを作業机に差し出してくる。


「主さま、トゥデルから伝言でもう少し霊銀が欲しいと」

「あの野郎、と言いたいけど普通にありがたい提案だから呑むしかないわね」


 宝石抽出ジェンマ・エクシオを一時中断して、今度は鉱石抽出メタリウム・エクシオへと切り替えていく。

 トゥデルの作る武器ならば封魔石に負けず劣らず冒険者には貴重かつ羨望の品となるだろう。そのトゥデルが張り切ってくれているなら水を差すべきではない。


御厨コクイナ加護が欲しいわ。シンの存在のありがたみが身にしみて分かるわね」


 どんな状態だろうとシン・レーシュの御厨コクイナ加護があれば人は動くことができる。

 それが健全かはさておき、その性能は賞賛に値するだろう。もっともそんな賞賛をシン自身が耳にしたら「無理しないで寝なさい!」と怒るだろうが。


「こんなことならナガルにも篭魔アッド・ファクタスを身に着けてもらっておくべきだったわ」


 ラジィからすれば想定外とはいえ後悔先に立たずだ。トゥデルと協力して魔術が発動する武器なども作成しているが、ラジィに使えるのは生活魔術の範囲でお世辞にも強力な魔術ではない。

 純火力が高いナガルが篭魔アッド・ファクタスが使えれば、そこそこいける武器も作れただろうに、と。報酬作成におけるラジィの負担もかなり減った筈だ。


「主さま、少しお休みした方が宜しいのでは?」

「私が休んでいる間にリュカバースが滅びるわよ。【接続コンタギオ】……リュキア騎士が嗅ぎ回っているわね。マフィアのソルジャーで何とかなるから黙らせましょう。アンニーバレに連絡を」


 【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】と接続して、邪魔をしてきそうなリュキア騎士を妨害するよう警邏隊に依頼を出す。

 しかしその合間にも右手はペンを走らせ、左手は鉱石抽出メタリウム・エクシオを続けたままだ。


「冒険者は何人ぐらい集まる? 【全体観測オムニス・メトリア】の範囲外で算上不能。最適値の割り出しに失敗。まだ誰も来ていない、か。まあリュケイオンまで距離あるし」


 幽鬼のような表情で髪をかき回したラジィはそれでも倒れ伏すこと能わず、延々と己の職務を続けるしかなく、


「結局肉屋ギルドと製革ギルドは一日に何体の魔獣を処理できるわけ? 報告はまだなの?」


 そんな虚空に放たれたラジィの問いに、


「先日の試算が正しいなら精肉処理可能な魔獣は日に八十体、革はそれより少し減って六十体だ。これは全親方を投入可能かつ塩が潤沢に使用できる場合の話だが」


 何故か応える声があった。

 うん? とラジィが胡乱だった焦点を合わせると、そこにいたのはウルガータの左腕であり、その予算管理を一手に引き受けているバルドである。

 だがそのバルドの言を、ラジィは馬耳東風と左から右に聞き流す。


「そうですか。でもその数字は信用に足る根拠がないので使えません」


 そう、ラジィはバルドを信用しない。この男はラジィを「麻薬中毒者が生意気にも」と詰ってきた地母神教マーター・マグナ徒連中と同じ目をしていたからだ。

 この男が信奉しているのはウルガータであり、そのウルガータが自分よりさらに信を置くラジィを決して認めない。そういう瞳の色を湛えているからだ。


「土壇場で貴方は私を嵌めるでしょう。そういう人間は信ずるに値しません。引っ込んでいて下さい」


 そうラジィがいつものバルドを怒らせる口調で詰っても、何故か今日のバルドは退く気が無いようだ。






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