■ 120 ■ レイドバトル参戦募集のお知らせ
「やれやれ、今回も無事に帰って来られた。
リュキア王国首都リュケイオンにて、クエストを終えて帰ってきたベクター・グリーズは大きく伸びをしてクランハウスを目指す。
「しかし、最近妙に魔獣が多いですね。今回も目標以外との余計な戦闘が嵩みましたし」
今回ベクターとパーティを組んでいたクラン【
二十代前半、身長こそ小柄ながら出るとこが出ているユクタはやはり肩が凝るのだろう。小柄な分体力も少ないため、戦闘回数は抑えたいようだ。
「前のクエストとは方向が全然違いますし……全体的に魔獣が増えてるんでしょうか?」
ユクタの言にベクターは無言で頷いた。確かにここ数日、というか二ヶ月前ぐらいから少しずつ魔獣の数が増えているような気がするのだ。
今回のクエストもそうだ。街道付近でBランク魔獣
だが目標を撃破する前に
それらを排除してさぁ肝心の
「露払いは別のクエストとして別の冒険者に発注しておいて欲しいっすよねー」
「何事も完璧には回らんさ。リュキア本部はよくやっている。あまり文句を言ってやるなアシャー」
今のところリュキア本部が適切にクエストを回しているため大事にはなっていないが、支部長が適切に動いていない支部は結構苦労しているのではないだろうか。
「おいっす、まあベクターの兄貴がいりゃあどんな魔獣も大概はイチコロですし」
クラン【
「本音を言えば俺としても無駄な戦闘は避けられるなら避けたいもんさ。トゥデルもリュカバースから帰ってこないしな」
ベクターの得物である大剣はトゥデルが【
だからこそフルメンテとなると【
「トゥデルの旦那、もう帰ってこないんすかねぇ」
クラン、【
お望みだった竜麟の剣の削り直しは終えた。だというのにトゥデルが戻ってこないのは、流石にベクターも予想外だった。
ある意味トゥデルの依頼を受けない方が正解だったか? と一瞬後悔し、しかしトゥデルが腑抜けのままだったらいないも同然か、と考え直す。
トゥデルは【
「ま、トゥデルがリュカバースにいることを俺たちだけが分かってんだ。これはこれで利点だろうよ」
「確かにそうですね、トゥデルさんの仕事は人気でしたから」
【
ある意味これまでの常連が全ていなくなったわけで、トゥデルに仕事を頼みやすくなった、という面もある。そうそう悪いことばかりでもないだろう。
もっとも、いちいちリュカバースにまで移動しなきゃいけない点は明確なマイナスではあるが。
冒険者ギルドリュキア本部の入口をくぐった四人は、
「何やら騒がしいな」
いつもより妙に活気があるというか、浮き足だったギルド内の空気に若干小首を傾げた。
ギルドが奇妙な熱気に満たされているというか、ふわふわしているというか……こんな空気はベクターも感じたことがない。
「何でしょう、美味しい
「だとしたら取り合いにならないっすか? それに妙に和気藹々としているっつーか」
「和気藹々というか、検討、相談の空気でしょうか。皆困惑しているようにも見えます」
堅実にして真面目なガイアンが首を傾げていると、
「あ、【
リュキア王都の受付担当がベクターに気が付いてそう声をかけてくる。
「依頼達成ですよね。処理しますので討伐部位をお願いします」
「ああ、うちのポーターがギルド脇に荷車を止めているから確認頼む。あと、目標が三体いたぞ。もう少し事前情報を精査してくれると嬉しい」
リュキア王都でも一二を争うクランのエースにそう指摘された受付嬢の顔からさぁっと血の気が引いていくが、気にしてないとばかりにベクターは軽く肩を叩いて、
「それよりこのギルドの空気を教えてくれ、何があったんだ?」
そう話題を変更すると、受付嬢が「あ、はい!」とベクターに木札を手渡してくる。
いつものクエストが簡潔に記された木札ではない。妙に情報が多いそれをベクターは流し読みしようとして、
「
一番上に書いてある内容からしてベクターも始めて見る単語で、なるほどベクターも困惑に陥った群衆の一人になってしまった。
「兄貴、何っすか?」
「お前ら、というかユクタ、ガイアン読んでみてくれ。アシャーはどうせ俺と同じで読んでも分からんだろ。で、説明してくれるか?」
「酷いっす、兄貴!」なんて非難を聞き流しながら、ベクターは受付嬢に解説を依頼すると、受付嬢が身を乗り出して口をベクターの耳元に寄せてくる。
「リュカバースの
「ああ」
受付嬢が小声で囁くが、それはもう周知の事実で小声で話す意味はあまりない。
リュカバースで活動していた冒険者たちが言いふらしているので、このリュケイオンでは知らない冒険者の方が少ないぐらいだ。
まあ、運営側としては大声では言えないのだろうが。
「で、どうやらクエスト発注が滞った結果リュカバース付近の魔獣が増えちゃってるみたいで、これが
「その
「はい、そうみたいです」
「リュカバース支部の
「
「リュカバースの
「それが私にも不明で……ただ、報酬は
報酬一覧に目を通すとなるほど、やれ治癒ポーションだの防御や防腐のアミュレットだの、結構貴重な品が並んでいるように見えるが、
「アミュレットって……本物なのかしら、これ」
魔術師ユクタが胡散臭げに木札をペシッと叩いてみせる。
アミュレットが作成できる高位魔術師などそうそう転がっていないものだ。だからこそアミュレットは高額で取引されるし、治癒ポーションもそれは同じだ。
「さて、全て本物でしたら確かに儲けものですが」
追い詰められた者の視野は狭まるものだ、とガイアンは懐疑的、あるいは慎重であるようだ。
「追い詰められている人間には冷静な判断ができないものです。急いて事をし損じるのは誰にも起こりうることですから」
ギルドが景品に色を付けようと躍起になって、怪しい連中から安価でアミュレットを大量購入して偽物を掴まされる、なんてのはごく普通にあり得る話だ。
冒険者には学のない連中が多いが、だからこそ誰もが一度や二度は騙された経験があったりする。疑うべきを疑うのは、冒険者にとって美徳であり必須の思考であるのだ。
だからこそリュケイオンの冒険者たちはこうやって半分困惑半分博打みたいな空気を纏っているのだろう。
「既にリュカバースへ向かったパーティはいるのか?」
「元リュカバース支部をホームにしていたパーティと、あとウチからだと【
「【
【
七人のみで完結しクランを結成する気は無いようだが、だからこそパーティとしてはリュキアでも頭一つ抜けている。
彼らなら博打でも参加してみようとは思えるだろうが、三下冒険者たちはまだ二の足を踏んでいる状態のようだ。
なにせリュケイオンからリュカバースまでは普通に歩けば一週間、往復で二週間だ。滞在中の衣食住は保証されるようだが、旅費の補填までは書かれていない。
わざわざ二週間の移動時間をかけてリュカバースまで赴き、収支を黒字にすることができるか? これもまたやはり賭けのようなものだ。
その日暮らしが多い冒険者たちにとっては一週間無収入、というのはかなり痛いのだ。この時点で既にハードルが高いのである。
「第一、これらが全部本物だってんなら、それ用意する金があるってことじゃないっすか? ハナから騙す気はねぇとしても、やっぱりぱちモン掴まされてるんじゃねぇっすか、リュカバースの奴ら」
アシャーの言に頷きながらも、しかしベクターは顎に手を当てて考える。
報酬の中には武具の類も含まれており、それがどうにもベクターには引っかかるのだ。
――報酬に値する武具、トゥデルが協力している? とするとあの時の、確かラジィ・エルダートという名だったか。
竜麟の剣をひっさげてかつてリュケイオンへ乗り込んできた少女。その腰には竜麟の剣の他にも二振りの得物が佩かれていた。
もしあれが竜麟の剣と同格の名刀だったとしたらどうなる? それを一本売り払うだけでも凄まじい金が手に入るだろう。
いや、そもそも。
――あんな装備を与えられている神官ならポーションやアミュレットぐらいは普通に作れるんじゃないか?
確か、あの時ベクターにポーションを持ってきて欲しいと言っていた理由も「自分には使えないから」であって、自分で作れないからとは言っていない。
あまり口外してくれるなよ、とベクターも釘を刺されているし、だからそれは嘘ではないのだろう。
「一先ずハウスに帰ろう。俺たちは注目されすぎている」
ベクターの提案に残る三人は頷いた。【
そうしてクランハウスに帰ってきたベクターは、
「クエストに出てないメンバー全員を食堂に集めてくれ」
ハウスの管理人でもあるジノに声をかけてから自室に戻り、武装解除してから食堂へと向かう。
即座に出てきたハムとチーズに手を伸ばしながら薄めたワインを煽っていると、ガイアンにアシャー、その他の面子。そして最後に簡単に湯を浴びたのだろう、髪を湿らせたユクタが着席して、恐らく今いるのはこれで全員だ。
「リーダーは? ジノ」
「山籠り中です」
「いつも通りか」
クラン、【
着席しているのは二十六人。リーダーを含む外出中が四人だけとは、やはり本件について幹部の方針を聞くためにあえてクエストを受注せず残っていた、といったところか。
「もう話は聞いてると思うが、リュカバースで八日後に開催される
「如何致します? サブリーダー」
相槌を打ってくれたジノに乗って、ベクターはさっくりと話を済ませることにした。
「うちの動向を見て決める連中もいるだろうしな、間を取って半分派遣する。参加者は報酬の九割は自分の懐に入れていい。その代わり報酬がハズレでも食費以外の補填はできん。この条件でまず自推を募ろう」
「めっちゃ博打っすね!」
アシャーのツッコミにベクターは苦笑するしかない。なにせベクターにも正直判断が付かなくて各個に丸投げした部分があるからだ。
「だな。まぁ俺は行くが。トゥデルの顔を見に行くついでも兼ねてな」
ベクターが行く、と言ったことで何人かが誘われるように挙手をする。
「ベクターが行くならあたしは留守番か」
ベクターとナンバー2の座を争っている突剣使いのカルシダが物憂げに頬杖をつく。
「行きたかったか? 何なら代わるが。俺の
「んー、かといって私の
「助かる。ああ、あと念のため伝書用に鳩を連れて行く。もし本当にワリが良かったら更に半分出すのもありだからな」
流石にリュケイオン及びクランハウスを空にするのはできないから全員は無理だが、追加の人員を送るのはありだろう。
そう提案するベクターにカルシダが無意味だとばかりにヒラヒラと手を振ってみせる。
「移動に一週間でしょ? 追加は間に合わないんじゃない?」
今回の
参加者が多ければ一週間で終わる可能性もあるし、その場合追加の人員は完全に無駄足になる。
「初動が読めないからな。もしかしたら皆半信半疑で人が集まらないかもしれないだろ? 半分はトゥデルへの支援さ」
せっかく移住したリュカバースが壊滅してはトゥデルが哀れだろう、と告げるとカルシダが「お人好しめ」といった視線を向けてくる。
我欲を追求するならリュカバースが壊滅してトゥデルが戻ってきてくれた方が、なにかと
「まあ、鳩は保険みたいなもんだし、実際どれだけ稼げるかも怪しいものさ。滅多にないイベントに話題作りとして参加する、ぐらいでいた方が気が楽だろうよ」
「そーね、その方がハズレでも落ち込まずにすむもんね」
鳩は保険。半分は博打、半分はトゥデルへの支援。儲けが出たらラッキー。
この時のベクターは
そう、この時は、まだ。
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