■ 119 ■ レイドバトル開催決定






制圧戦レイドバトル、ですか?」

「そうよ。ギルドの規定を確認したけど、今回これを最大限活用できれば大暴走スタンピード前に問題を処理できるわ」


 冒険者ギルドリュカバース支部にて、冒険者ギルドの規約を一読して何故かフィンと共にツヤツヤ笑顔になっているラジィがそう断言する。

 なかなか他宗教の教本を読む機会というのはないもので、今回リリーがギルド規約をマルッと見せてくれたのはラジィとフィンにとっては僥倖である。


 対策会議ということで冒険者ギルドリュカバース支部の小会議室には久々にリリーに加えてマフィア魔術師のフルメンバーが集まっていて、


制圧戦レイドバトル、っていうのはなんなんだ? 俺も初めて聞くけど」


 ガレスがヒョイと手を上げて尋ねてくると、ティナとクィスもまた説明求むとばかりにラジィに視線を向ける。


「分かりやすく言えば、冒険者ギルド支部マスター主管による総攻撃ね。ギルドマスターが陣頭指揮を執って冒険者たちを使い、目標達成を目指す総力戦よ」

「えぇ? それ、自由と自立を謳う冒険者たちに参加させるの無理なんじゃないです?」


 ティナがヒョイと挙手しながら聞いてくるように、自らクエストを選んで任務をこなす冒険者の自由を奪う形であるので、この制圧戦レイドバトルは滅多に開催されない。

 故にリリーも規約を読み直すまで制圧戦レイドバトルの存在自体を忘れていたほどだ。


「ええ、なので冒険者から選択の自由を奪う代わりに、ギルドマスターも相応の負担を追うことになるわ」


 具体的には制圧戦レイドバトル参加者の食費、生活費は最低限ギルドが保証。

 そのほか必要と思われる消耗品の支給と、魔獣討伐時の報酬は普段より加算して支払うのがギルドの義務となる。


 要するに制圧戦レイドバトルを開催すると冒険者ギルド支部側の出費が大きくなるため、殆ど開催されない、というのが実情なのだ。


「基本的に赤字前提なんだ……でも規約として規定されてるんだね」

「ええクィス。たとえば希少種の魔獣の報告が上がったとか、あとは逃げ回る危険な魔獣を何としても仕留めたい、とかの場合に国や貴族から金を受け取って開催するのが普通の制圧戦レイドバトルね」


 大暴走スタンピード対策の防走戦ブルワークと異なるのは、こちらは領主との協力関係を結ぶ必要がないので純粋にギルドの都合で動けるところだ。

 だがリュカバースのような「大概」な状況を除けば普通は統治側と手を組むデメリットの方が少ないため、大暴走スタンピードには防走戦ブルワークで以て相対することが大半である。故に制圧戦レイドバトルはなかなか開催されないのだ。


「あと、開催条件も結構厳しくてね。制圧戦レイドバトルでは報酬上乗せする代わりにギルド支部側の命令をギルド員は遵守しなきゃいけないんだけど」

「あ、荒くれ者の集まりである冒険者が素直にギルマス側の命令を聞くはずないのだ。報酬上乗せなんだから稼ぎ時と欲を出したり独断専行に走らないわけがないのだ」

「そう、これに関してはシンルーの悪い予想に私も全面的に同意。稼ぎ時に『下がれ』なんて命令されて大人しく下がる愚連隊ぼうけんしゃなんて想像できないわ。それ以前に他人の狩っている得物の横取りぐらいは平気でやるでしょう」

『あぁ……』


 ティナ、ガレス、オーエンの愚連隊寄り三人組が納得したように頷いた。


 そりゃそうだろう。なんで報酬上乗せなのに抑える必要がある? まだ余力が残っているのに戦場から撤収しろと言われて下がる冒険者がいるものか。

 そも集団戦に対応できて和を維持し上からの命令にきちんと従える性格なら、危険な冒険者なんぞやってないでもっとマシな職に就いているというものだ。


「で、『命令した』『聞いてない届いてない』『俺が狩った』『横取りされた』の水掛け論を防ぐために、冒険神教アーレア・マグナ以外、つまり外部の宗教から正規神官を二人、裁定者として呼ぶことが義務づけられてるのよ。これも制圧戦レイドバトルが開催されにくい理由の一つね」


 冒険者ギルド内で水掛け論に終止符を打とうとすると、どうしてもギルマス寄りに判断が傾いてしまうわけで。

 こうなるともう誰もレイドバトルなんか参加しない、ということになってしまうので、利益に関係ない責任ある第三者が必要になってくるのだ。


「で、ウチは幸い現役の教会所属が私以外にも二人いるでしょ?」

「えーと、ジィ以外……誰? ティナやアウリスじゃないよね」


 クィスが首を傾げるが、


「シンルーとイオリベよ」

『あ……』


 ここでようやく、クィスたちはシンルーがまだ海神オセアノス教をクビになっていないことを思い出したのだ。

 シンルーは海に投げ捨てられて死んだものと思われているだけで、実際にはまだ海神オセアノス教を破門されても還俗してもいないのである。


 そしてシメイ・イオリベは蛇神ハイドラ教の命令で出稼ぎに来ている正規神官だ。条件は確かに満たすことができる。


「そっか、シンルーってまだ正規神官だったんだよね……忘れてたよ」

「まあ、普段の行いは神官とはほど遠いですからね」

「普通に能力だけ見れば優秀だもんな、シンルー」


 クィス、ナガル、ガレスの言はこれ、褒めているのか貶しているのか、まあどっちでもあるのだろう。

 最近はラジィにべったりだし言動は不審者のそれだが、シンルーは神殿作成や篭魔アッド・ファクタスといった高等魔術を操れるハイスペック魔術師なのだ。忘れがちだが。


「イオリベも問題ないわよね?」

「お仕事の範疇ですので問題ないのです。ですがイオリベにも追加報酬を頂けると俄然やる気も増すのです」

「……そこはウルガータと相談して頂戴」


 別にウルガータがお金を出さなくてイオリベのやる気が無くても問題ない。

 最悪名義貸しだけしてくれれば、あとはラジィとシンルーで問題解決をすればよいのだから。


「で、私たちとしては追加報酬を用意する必要があります。だけど全て金銭で用意となるとドン以下のマフィアが全員干上がっちゃうのよね。なので私はこれからポーションと防御用封魔石を量産するし、シンルーにも【防腐】の封魔石を作って貰うんだけど……」


 そこで言葉を切って、ラジィが申し訳なさげにガレスを見やると、途端にガレスが不機嫌そうになる理由はもう皆が理解している。


「……分かってる。リュカバースが滅びるか否かって状況なんだ」


 防御のピジョンブラッドもまた、三下冒険者からすればそうそう手の出ない貴重なアミュレットだ。

 ふいの一撃を防いでくれる道具など、常に危険と隣り合わせの冒険者にとって実質的な命のストックと同義。可能なら一つは持っておきたいと誰もが思う品だ。


「だけどコルンの健康を害さない範囲だからな」

「それは勿論よ、コルンの範疇……だとあの子無茶するから危険なのよね。ガレスとコルンで話し合って双方納得する落とし所でお願い。ガレスも自分の意見だけを押し付けちゃダメよ?」


 ガレスはコルンをピジョンブラッド生成装置にさせないために獣魔神フェラウンブラ教会狩猟騎士団を退団したが、その事実はずっとコルンにとって感謝こそすれど重荷だった。

 そこを話し合いで解決しなかったから、四ヶ月前に両者は拗れたのだ。


「分かってる。妹も何もしないでいるのは心苦しいみたいだしな。大量には無理だが融通するよ」


 ガレスが苦い顔ながらも承諾してくれて、ホッとラジィは胸をなで下ろした。

 ピジョンブラッドがあるかないかで、報酬にかかる費用は雲泥の差が出てくる。これでかなり出費を抑え込むことができるだろう。


「あとはトゥデルに平身低頭していい武器を用意して貰って、制圧戦レイドバトルの開催通知と参加者の募集を各ギルド支部に通達、集まった冒険者の滞在中の衣食住の準備と、やること多すぎて私一人じゃ手が回らないので皆にも協力をお願いしたいのよ」

「協力するのは構いませんが――冒険者ギルド的に問題はないのですか?」


 制圧戦レイドバトルの開催と運用はあくまで冒険者ギルド、即ち冒険神教アーレア・マグナの主管である。

 部外者が手を貸すどころか中心となって作業をするのは冒険者たちに不快感を与えないか、とナガルとしてはそこが気になるのだが、


「規約的には問題ないわ。冒険者規約第二十七条、『ギルド支部及びその担当範囲の人民に危機が及び、これにギルド職員のみでの対応が困難であると予想される場合、ギルドマスターの責任により不足する人手を外部より補うことを許可する』ってね」


 規約に書いてあるのならば問題ないか、とナガルは納得した。

 それでも部外者を不快に思う相手はいるかもしれないが、自分の宗教の教義きやくを守れない連中などクズ以下のカスだ。最悪魚の餌にでもなればいいだろう。


「でもその、肝心のギルドマスターがいませんけど……?」


 リリーが怪訝そうにそう尋ねてくるが、それもラジィからすれば解決済みだ。


「冒険者規約第十二条、『ギルド支部の支部長、もしくはそれに相当する意思決定者が一ヶ月以上不在の場合、ギルド勤務者の中でもっとも高いランクを有する者が臨時の支部長としての責を負うものとする』というわけでリリーが臨時ギルマスね」

「ええッ!? 私ですか!? 私ただの受付担当ですよ!」


 何で私が、みたいなハニワ顔にリリーがなってしまうが、


「だってこの一ヶ月ちゃんとギルドで勤務してたの貴方だけなんでしょ? 該当する人が他にいないのよ」


 そう、リリーに出勤を押しつけた連中の方が冒険者ランクは高いのだが、勤務してないのならそれは十二条の内容に該当しない。自然とリリーが臨時ギルドマスターになってしまうのだ。


「フィンが本気で走ればリュキア王国首都リュケイオンまで二日で辿り着けるわ。そこで制圧戦レイドバトル参加者を集って、冒険者がリュカバースに来るまでの移動には一週間かかるわね」


 大暴走スタンピードまで最短で二週間と予想されていて、またやってきた冒険者にも一日休憩を挟むとするならば、


「準備期間はあと四日しかないわ。この四日で冒険者に参加する価値があると思わせられる制圧戦レイドバトルの概要を固めないと」

「うわ……本当に時間ありませんね」


 ティナがさぁっと血の気の引いた顔になってしまうが、何もかも手探りの大規模出撃の方針を四日で立てねばならないのだ。

 珍しくティナの危機感が正しく作用しているのはまぁ、いいことだろう。状況は待ったなしであるが。


「私とシンルーはすぐ報酬の作成に入るから、ナガルとアウリスはリリーを中心に制圧戦レイドバトルの大枠を固めて頂戴。要は必要な人員を確保できる適切な制度の設定ね」

「了解です」

「畏まりました」

「な、何とかやってみます」

「予想される森の魔獣生息数は現在五千五百、討伐が必要とされる魔獣個体数は四千体を想定しています。これをリュカバースに入れないことが我々の勝利条件よ。お願いね」

『四千かぁ……』


 一同は揃って溜息を吐いた。

 ここにいる魔術師は皆優秀だが、怒濤となって移動する四千の魔獣を阻止するとなると、どうやっても頭数が不足する。

 動き出す前に狩ろうとしても、魔獣にだって知恵があるのだ。障害物も多く視認性の悪い森の中であと二週間の間に、たった九人で四千体を狩るのは無理筋だ。こちらも数を用意するしか、これを乗り切る方法はない。


「概要が固まり次第、イオリベにはフィンと共にリュケイオンへ向かって貰います」

「お任せあれ。追加報酬は――」「ドンと交渉して」


 正規神官で動けるのはイオリベだけなので、制圧戦レイドバトル開催正当性証明のためにリュケイオンへ行くのはイオリベで決定だ。

 聖獣を連れて行けばそこそこの格がある魔術師と勝手に解釈してくれるだろう。もっともフィンは太陽神アムン・ルーの聖獣なのでイオリベとは噛み合わないのだが、それはそれだ。


「ファーレウスの森の近くに前線基地を作成します。といっても今から作れるのはたかが知れてるけどね。オーエン、街道から前線基地までの道成らしをお願い。補給物資の運び込み中に馬車が壊れたら大惨事よ」

「承知」

「クィスとガレス、ティナは人員を調達して前線基地の作成を始めて頂戴。立派なものは要らないわ。最悪、冒険者が安心して休める空間が確保できれば十分です」

「分かった、やっておくよ」

「最低限、囲いぐらいは欲しいものな、あと堀も」

「堀かぁ。うー、ティナ様ってばリュカバースに来てから活躍しすぎだぁ……」


 ひとまず人員分けは完了したため、ここからは休み無しのノンストップだ。

 失敗すればリュカバースが滅びるこの制圧戦レイドバトルを前に、誰もが魔力持ちなのに役に立たないリュキア騎士を呪いながら行動を開始する。






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