■ 118 ■ 前門のスタンピード、肛門のリュキア騎士






「と、いうわけで非常事態です」


 緊急、ということで現存するマフィアのボス全員を急遽円卓に集めて、ラジィは洗いざらいぶっちゃける。


「状況を説明します。冒険者ギルドリュカバース支部長がリュカバース支部の内部留保と帳簿を抱えて失踪。一文無しになった冒険者ギルドリュカバース支部は冒険者にクエストを発注することができず冒険者の活動が停止。この結果ファーレウスの森の魔獣が異常増殖し、遅くとも三週間後には大暴走スタンピードが発生すると予想されます」


 大暴走スタンピード、と聞いてマフィアファミリーのボスたちも流石に平静ではいられなかったようだ。

 いくらこれからリュカバースの区画整理をすると言っても、洗いざらい魔獣に踏みつぶされてはたまらない。

 建材だって上手く解体すればそのまま次の家屋に使えるのだし、魔獣の到来なんて百害あって一利無し、だ。


「冒険者ギルド中央本部神殿、もしくはリュキア本部の対応は?」


 アンニーバレの問いに、


「現時点で後任が決まるまでは現地で何とかしろ、の一点張りです。なお現時点でまともに動かせる冒険者はDヌル一人ですね」


 ラジィが応えると、マフィアのボスたちは一斉にお通夜状態になってしまう。

 基本的にその日暮らしが多い冒険者だ。デイリークエストの発注がない支部に冒険者は留まらず、今現在動かせる冒険者はリュカバースにはほぼいないと見てよいだろう。


「……それは大暴走スタンピードが起こる、と知った上でのリュキア本部の回答なのか?」


 一縷の希望を、とばかりにハリー・ミッチェルが問うてくるが、ラジィは首を横に振った。


「まだ冒険者ギルドには大暴走スタンピードが起こることは伝えていません。何故かというとですね、私がこの度ギルド規約を確認したところ、大暴走スタンピードが起こった場合、ギルドは防走戦ブルワークを発令、冒険者ギルドは領主と手を組んでこれに当たるべしと定められているからです。要するに冒険者に命令する権限が限定的ながらカルセオリー伯に与えられるわけですね」

「……そいつぁ最悪だな」


 ハリー・ミッチェルが額を抑えて呻いてしまう。

 あのカルセオリー伯に冒険者への命令権が与えられたとして、さて。カルセオリー伯アンティゴナはどのように動くだろう?


 決まっている。ドン・ウルガータの配下にある魔術師たちが徹底して疲弊、可能であれば死んでくれるまで戦力を温存しようとするはずだ。

 そうやって魔獣とラジィ立ちに潰し合いをさせた上で、ようやくカルセオリー伯はリュキア騎士と冒険者を使い残った魔獣をラジィたちごと掃討しようとする。最早これは疑うべくもないだろう。


 それまでに取りこぼしの魔獣がリュカバースに侵入して大暴れしようと、カルセオリー伯は貴族街の防衛に終始してその被害の一切を気にしないに違いない。


頭領カポ・アダンも頭領カポ・ジャルベールも、頭領カポ・モノイもここは宜しいですか? カルセオリー伯にとって、魔術師がいない僑族は使い捨てですよ」

「分かっている。俺たちとて尻尾切りされたマカールを見ればアレに付くべきではないことぐらいは理解できるさ」


 小規模マフィアのボスたちの纏め役であるオスカー・ジャルベールが辟易したように、ここでの翻意なきを宣言する。

 何せマカールと手を結んだカルセオリー伯であるが、マカールの行動が全てウルガータの手の平の上と悟った途端にあっさりとマカールを切り捨て、知らぬ存ぜぬを貫いたのだ。


 あれほど鮮やかな手の平返しはそうそう見られないとあって、ここでカルセオリー伯に付くことは何の利もない、と小規模マフィアのボスたちも悟ることができた。

 ドン・コルレアーニがカルセオリー伯と手を結べたのは、グラナという強力な戦力を持っていたからだ。対等以上の力がなければ、カルセオリー伯は僑族などに見向きもしないのだと。


「と、いうわけでこれからどうしましょう? という話になるわけですね」

「レディ・エルダート。君のことだからもうある程度の対策は考えてんだろ? 限られた時間は有効に使おうぜ」


 チャン・ロンジェンに問われたラジィは頷くが、


「私の案は基本的に皆さんに出費を強いるものになる、ということは予めご了承下さい」


 エルダート家も今のところ内部保留は一般家庭のそれぐらいしかない、普通の家族である。

 何をするにもお金が足りず、金が必要な案件はリュカバースで一番お金を持っているマフィアファミリーに頼るしかない。


「とりあえず俺たちで金を出すのは大前提だ。リュカバースが滅びちまったら発展とか言ってられねぇからな。で、どうやってこの難局を乗り切る?」


 ウチの爆弾赤竜化クィスを使うか? と視線でウルガータに問われたラジィは同じく視線のみで否と返す。


 これまでの経緯から、クィスは赤竜に最初の方向性のみ与えられるだけで、制御下に置けるわけではないと予想されているからだ。

 これからリュカバースの建材となることを求められているファーレウスの森に赤竜を放つなど言語道断だ。リュカバースの発展が更に遅れ、業を煮やした誰かがまた麻薬に手を出すだろう。


「今回は冒険者ギルドリュカバース支部を使います。現地で何とかしろと言うんですからこっちで好き勝手にやらせて貰いましょう」

「冒険者ギルドに伝えると、領主と手を組まなければならなくなるんじゃなかったのか?」


 小規模ファミリーのボスであるセザール・アダンがそう首を傾げるが、それは正直に行動した場合の話だ。


大暴走スタンピードの発生が明確となった場合、冒険者ギルド支部の判断で防走戦ブルワークを発令し、騎士団の出撃要請と引き替えに領主との協力関係が成立します。要は大暴走スタンピードは起きない前提で動けばいいわけですね」

「……詭弁だな」

「詭弁ですよ。ですがあのクソ、じゃなかったカルセオリー伯の介入だけは何としても避けたいですからね。ペテンも詭弁も何でも使います」


 ラジィの物言いに、セザールは黙って頷いた。別に疑問を解決したかっただけで反対したかったわけではないようだ。


「と、いうわけで今回は冒険者ギルドリュカバース支部を支配下に置きます。支部員が怯えてカルセオリー伯に情報を漏らしたりしないよう、最悪の場合皆さんで支部員の家族を人質に取るなどの対応をお願いすることになるかも知れません」


 こいつ言うことがマフィアよりマフィアっぽいな、と小規模ファミリーのボスたちはある意味感心したが、ラジィはそれをマルッと無視することにした。

 重要なのはどうやってこの難局を乗り切るか、だ。


「ではこれより制圧戦レイドバトル、ファーレウスの森攻略戦の概要を詰めていきましょう。皆様ご協力をお願いします」






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