■ 117 ■ 腐敗ってのは表面下にも根を張っているものなんですね
さて、そんなわけで開店休業中の冒険者ギルドリュカバース支部からカウンターのお姉さんを拉致ってきた
アウリスにお茶を淹れて貰い、ラジィ、シンルー、フェイとラオ、そして、
「さて、お名前を伺っても宜しいかしら?」
「あ、は、はい。
ブロンドの髪に栗色の瞳が可愛らしい、年頃は二十代半ばと思しき女性の自己紹介はラジィの知らない単語を含んでいた。
「
「あ、はい。
「……なんでそんなことをわざわざ?」
ラジィが首を傾げていると、ちょんと横に座っているシンルーが食卓の下でラジィの太股を突いてくる。
「あ、
「へえぇ、なるほどね」
シヴェル大陸には
「シンルーってば物知りなのね」
「へ、へへ……それほどでも……ふへへ、あるけど」
冒険者は魔術師としての才がなくともランクに応じた身体強化が可能になることまではラジィも知っていたが、冒険に出ない冒険者にまで加護をくれてやる余裕は
「それと、元より魔術師で
「ああ、確かにその方が効率的だわね」
節約すべきは節約する。そうでなくては回していけないということに違いない。
「道中説明したけど、改めて。
「は、はい。お名前は聞いてます知ってます。ドン・コルレアーニを排してカルセオリー伯以下のリュキア騎士をボッコボコにした人たちですよね」
前者をやったのはウルガータだし後者はツァディなのだが、そこは市井に細かく説明しても無駄だろう。ラジィは頷いておく。
「で、支部長が内部留保と共に行方不明ってどういうこと?」
どうしてギルドが開店休業状態なのか、と問い詰めると、
「そ、それが……予想なんですけど」
「予想でいいわ。間違ってても文句は言わないから。で?」
「多分ですが、支部長、カルセオリー伯かドン・コルレアーニと繋がって着服してたんじゃないかと……それで、どっちも倒れて後ろ盾がいなくなって、だからお金と帳簿持って逃げちゃったんだと」
そういうことかー、とラジィはシンルーと顔を見合わせた。
なるほど、ラジィが引き籠もる前後の【
「で、でも
「それが……」
そうシンルーに指摘されたリリーはキョロキョロと二人の間で視線を彷徨わせて、それでシンルーにはピンときたらしい。
「誰も来たくないんだなそうだなマフィアなんて糞にも似たバフンウニどもが這いずり回るゴミの掃きだめリュカバースになんか誰も来たくないのだ」
「そ、そこまでは言ってませんから!」
リリーが否定したのはシンルーの口の悪さだけで、だから内容自体はその通りなのだろう。
要するに、リュカバースがマフィアの支配下にあることは
「ついでに言うと最近はリュキア騎士の質の悪さでもリュカバースは評判ですし……マフィアだけが悪いと言いたいわけではなくてですね」
「ああ……そりゃ評判にもなるわよね」
リュキア騎士が難癖を付けて娼婦たちを拉致監禁した事実(※76話)は記憶に新しいし、何より噂にもなったはずだ。
あの頃の、というか今もだが新色町にはリュキア国民も数多訪れているし、リュキア騎士の、なにより人気の娼婦を難癖で根こそぎ攫っていったというのは評判を落とすのにこれ以上ない醜聞だろう。
一応、リュキア騎士はカルセオリー伯の命令に従っただけではあるのだが――あそこに行けば後ろ盾のない人間は騎士に強姦される、みたいな噂に尾鰭が付いても何らおかしくはない。
「それならウルガータのヒーロー性も噂になって欲しかったわ」
「噂っていうのは基本、悪いものばっかり広まりますから」
「それもそうね」
ラジィはハァと重々しい溜息を吐いてお茶を啜る。アウリスの淹れてくれた美味しいお茶が美味しく感じられないのは悲しい話だ。
要するにコルレアーニが始末され、カルセオリー伯まで平然とワンパン喰らってのたうち回った事実に「不正は絶対許されない、次は自分だ」と勝手に早とちりした支部長は逃げの一手を打ったということらしい。
その事実にまず残された支部員は内部留保までスッカラカンになった事実を隠蔽し、即リュケイオンの冒険者ギルドリュキア本部に支援を要請するも――現時点まで明確な応答無し。
それに加えて給料が出ないんじゃただ働きだ、と他のリュカバース支部員は出勤を拒否し、最低限の人員としてリリーが残されることになったらしい。
当然、リリーはただ働きである。
もちろんリリー一人が出勤したところで内部留保がゼロなのでクエストは発注できず、リュカバース支部は機能不全のままだそうだ。
「それ、いつ改善されるの?」
ラジィの問いにリリーの顔ははっきりと曇ってしまう。
「それが、リュケイオンのリュキア本部からの応答が……後任が決まるまでは現地で何とかしろ、の一点張りで」
「いや、現地で何とかできないから応援を求めてるのよね?」
リリーを問い詰めても無駄なのは分かっているが、それでもラジィは聞かずにはいられなかった。
そんなにリュカバースに来たくないのか、と考えて、就任した途端にこれまでのリュカバース支部の責任を各方面から追及されるんだから、そりゃ来たくないよなと頭を抱えてしまう。
これはいつものあれだ、とラジィは呻いた。
誰かがドブを浚わなければいけないが、でもそれは俺じゃなくて別人がやるべきだというあれだ。
「早めに何とかしないと
「それが……『リュカバースにはリュキア騎士が常時駐屯しているため、多少の休業は致命的ではない』というのが
「いや、リュキア騎士が使い物にならないのは誰の目にも明らかよね!?」
流石にそれは現実を無視しすぎだろう、とラジィは声を荒げるが、リリーは暗い顔で首を横に振るのみだ。
「リュカバースにいれば誰の目にも明らかですね。ですがリュキア本部、つまりリュケイオンの騎士はまだマシなほうですし、中央本部教会はここまで国家騎士が腐ってるとは流石に思わないでしょうし」
「……誰もが自分に都合よく解釈する伝言ゲームだこれ」
ラジィは目眩がしてきた。
リュキア王都リュケイオンにある冒険者ギルドリュキア本部はもうちょっと危機感はあるが、それでも王都の騎士を基準に物事を考える。だから多少冒険者が働かなくても騎士が危機感を覚えて何とかする、と期待している。
しかしリュカバースという現場の現実は――語るまでもないだろう。リュカバースのリュキア騎士は便所の掃きだめだ。だから機能不全に陥っている。
「わかった、現実がどうしようもないのはよく分かったわ。ひとまず解説ありがとう」
ひとまずお茶会を終えてリリーにはご帰還頂き、残ったメンバーは思案顔を見合わせてしまう。
「かなりの非常事態ね、これ」
「今現在、リュカバースの外で魔獣を間引いている人は誰もいない、ということですしね」
「ふ、ふ、ふ。あふれかえる魔獣の群れ、怒濤となって襲い来るスタンピード。哀れリュカバースは魔獣の津波に呑み込まれ壊滅するんだ私知ってるんだ」
「あまり不吉なことを言うでないぞ
「主さま。ひとまず街の外、ファーレウスの森がどうなっているかの調査に向かうべきでしょう」
フィンの一言に一同は頷いた。先ずは何にせよ状況確認が必要だ。
シンルーには海藻畑の実験がある為動かすわけにはいかず、空いているラジィとフィン、ラオの三者で早速ファーレウスの森へ調査に向かったわけだが――
§ § §
「拙いわね」
「拙いですな」
「うーむ、獣の足音が聞こえるかのようだわい」
ラジィの【
「おーう……ファーレウスの森が津波になるわ……」
【
早ければ二週間後にはこのファーレウスの森から魔獣の怒濤が襲いかかってくるだろう。現時点での予測確度は九割八分九厘。即ちこれはラジィが介入しない限りほぼ確定された未来である。
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