■ 115 ■ リュカバース再建計画案 急






「と、いうわけでリュカバースの街全体を区画整理することとなった。これまでの町並み、諸君らも不便に思っていた部分もあるだろう」


 リュカバース市政庁舎の会議室にて、頭領カポ・レンティーニに呼びつけられた各ギルド長たちが、手元に用意された木札資料を前に視線を彷徨わせる。

 上水路改善のために街へ手を加えることに誰もが了承はした。だがここまで大々的に街に手を加えるとは、ギルド長たちも全く予想していなかった。

 寝耳に水ではあるが――逆に言えばこれはチャンスでもある。


「ドン・ウルガータは利潤をお求めだ。その為に各ギルドにとって働きやすい街作りを念頭に置いている。ドンは諸君らの味方だ、ということは覚えておいて頂きたい」


 元々リュカバースの街はマフィアの都合で市街に手を加えられているため、職人たちにとって使いやすい街であるとはお世辞にも言えなかったのだ。

 だが今回、街を作り換えるに当たってドン・ウルガータは改善前にギルド長たちにその事実を展開し、


「諸君らの要望をある程度呑む、とドン・ウルガータは言っている。だがそれは諸君らの要望を聞き届けることによってどれだけの増収を見込めるか、それを説明できることが前提になる」


 自分たちで増収のために必要であると説明できるなら、お前たちに便利な街並みにしてやる。そうドン・ウルガータは説明するために、ギルド長らをこの場に集めたのだ。


「ギルドメンバーを集めて、要望を固めるといい。だが増収の根拠を説明できなければドンが諸君らの要望を容れることはない、という事実は忘れないように。それと」


 何気なくを装って、ブルーノはそこでいったん思わせぶりに言葉を切って一同を眺めやる。


「先日、マカールファミリーが何故壊滅したのか、ということもよく考え、念頭に置いておくことだ」


 マカールファミリーの頭領カポ、マカール・ソゾーノヴィチはリュキア騎士と手を組み、ウルガータを暗殺しようとして返り討ちにあった。

 即ち、もう区画整理の流れは止まることはないということだ。であれば真面目に増収を考えないと、そのギルドにとってこのリュカバースは住みづらい街となってしまう。


 チャンスではある。だが真面目に考えなければ日陰へと追いやられてしまう危機でもある。

 ドンはどうやら自分たちをサボらせてはくれないようだぞ、とギルド長たちが悟ったところでブルーノが退室し――ギルド長らの視線が会議室内をギラギラと彷徨う。


 誰もが、まだ席を立てなかった。マフィアの意見はもたらされたが、それに対してギルド側がどうするか、その意見を調整しなければならないからだ。




      §   §   §




「ドン・ウルガータはドン・コルレアーニとは別の意味で商売に貪欲だな。我々に胡座あぐらをかかせるつもりはないようだ」


 大工ギルドの長が、喜びとも悲しみとも付かぬ顔で頭を振る。

 大工ギルドは正直、自分たちの技術で収入を増やすのが難しい部類だからだ。人が家や船を求めねば仕事がない。そしてその為には住人が増えなければならず、そこはギルドの工夫でどうにか出来るものではないからだ。


 此度の区画整理では大工ギルドは大いに働かされることだろう。利益も増えよう。一時的には大量の金が入ってくるだろう。

 だがそれが終わったあとにどう増収を目指していくか、は一介の商人としては中々難しいところだ。だが、ドンはその収入を元手に大工ギルドに成長していく未来を求めるだろう。それができないヤツが頭を張るなど論外だ、と。


「染織ギルドとしてはありがたい話ですけどね。水路の改善も要望が通りましたし」


 元々水質改善を求めていた染織ギルド長はドン・ウルガータに好意的だ。新色町のおかげで染織、紡績、布屋、仕立屋の四ギルドは現在業績は好調である。


「ただ、マフィアの意図が我々間の競争意識を煽ることにある、というのは忘れないようにしておかねばだぞ」


 やはり自分たちの手で販路を広げにくい屋根工ギルド長が、念のためにそう一同に釘を刺しておく。

 ドン・ウルガータの意図の一部に、敵意を自分ではなく同じ商工業者に向かせたいという意図があるのは事実であるだろう。これは収益を増やしたいという願望と対立するものではないからだ。


「我々はマフィアの手先になるのではなく、商工業の代表でありその意思を尊重する集まりとしての機能を維持しなければなるまいよ」

「リュカバースを利用する船を増やす、ということは商品として他の地域の品が入ってくる、ということでもありますしね」


 自分たちの扱う品が交易品になりにくい肉屋、及び漁師ギルド長もまた釘を刺す側に回って、布屋ギルド長らを見やる。

 足の速い肉や魚はこの時代、まだ輸出入品にはなりにくいが、布や毛織物は十分に商品として通用する。港が発展する、ということは毛織物や布屋ギルドは輸入品と鎬を削る可能性がある、ということでもある。


 ここでマフィアに賛同ばかりしていては将来的に自分の首を絞めるだけだぞ、という忠告は理に叶っているのだ。

 無論、それが増収を望みにくいギルドからの単なる牽制であり、ドンが企んだギルド同士の妨害行為となってしまうのもまた事実であるが。


「麻薬は一掃され、危険な孤児は矯正され、街は清潔になり騎士団の横暴はなりをひそめた。住みやすい街にはなりましたが――それだけでは居させてくれないということですね」


 製パンギルド長がそう腕を組んで呻いた。


 基本的にギルドというのはギルド員の生活を保障する守文としての立ち位置が強い。

 規格を遵守させ、品質を維持することは得意だが、突出した才能を産み出すことには向いていない。即ち競争と革新に向いた組織ではないのだ。新しい物が生まれにくいのである。


 だからこそドン・ウルガータは少しでも市場を活性化させるため、ギルド間での競争を煽ろうとしている。

 これに抗うということは、先日壊滅したマカールファミリーの後を追うことに等しい。


 ストライキを起こすことも可能ではあるが――そこまでして抵抗して得られるものは何か、と考えるとあまり現実的ではない。

 実際に今のリュカバースは、住みよい街になっているのだ。ストライキの後にリュカバースから排除され余所の街で暮らしたいか? と問われれば、やはりそれは否だ。


 と、いうことをつらつら考えていくと、


「技術を発展させる、しかないのだろうな。我々がむしろ、輸出に足る商品を持てるようになることがドンの目論みということか」

「無能は領主だろうと蚊帳の外に置くドン・ウルガータだ。その船に乗って汗水流すか、その船から下りて余所の街で平穏に暮らすかの二択を迫られたわけだ」


 ギルド長らは住みやすい街を提供され、その対価を求められているということだ。

 それに利を見出すならこのリュカバースという船に乗り続ければいいし、利がないと思うなら去ればいい。だけど船長たるドンに対する反逆は許されない。


「いいじゃないですか、競争すれば。ウチのギルドなんて皆それを楽しんでますよ?」


 新色町で揉まれているせいか、仕立屋ギルドはもうドン・ウルガータと一蓮托生のようだが、


「ああ、衣服は創意工夫のしがいがあってがあっていいな」


 石工などは誰もが自分の色を出していける分野ではない。仕立屋のようにホイホイ差を出しにくいのだ。


「何言ってるんです? 石工だって彫刻でいくらでも差を付けられるでしょ?」

「服のデザインほど容易に個性を出せるわけでは無いと――言ってられなくなったわけだ。やれやれ、楽ではないな」


 結局は、仕立屋ギルド長の言う通りなのだろう。創意工夫をしろ、胡座をかくなと。


「致し方ない、大急ぎで職人たちを育てるしかないな。だがそれはそれとして――」


 製靴ギルド長が腕を組んで嘆息し、そして空席を見やって、


「冒険者ギルドの支部長はどうしたのだ? ここのところ全く会合に顔を出さんが」

「さあ……体調を崩しているとも聞きませんし」


 その問いに一同が解を得るのは、もう少し先の未来になる。






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