■ 114 ■ リュカバース再建計画案 破
「と、いうわけでウチのインテリゲンチャ様がお出しになってきた効率的なリュカバース再建計画案がこれだ」
おなじみ円卓に集ったマフィアファミリーのボスたちの前に、ウルガータの配下が要点を纏めた資料を配布する。
円卓に集うメンバーは未だ大規模ファミリーが抜けた穴が埋まらず九人のままだ。
即ちおなじみのドン・ウルガータ、
ブルーノ・レンティーニ、
チャン・ロンジェン、
アンニーバレ・リッツォーリ、
ハリー・ミッチェル。
その他小規模ファミリーのボスとして、
セザール・アダン、
オスカー・ジャルベール、
マカール・ソゾーノヴィチ、
クジマ・モノイの四人が席を連ねている。
ウルガータより配られた資料に目を通した一同は銘々に不安を露わにした。
その様子から、小規模ファミリーはこれが全ファミリーに同時に通達されたのだと瞬時に理解した。
事前に内示があったのなら、中規模ファミリーのボスたちの顔色が変わるはずはない。
中規模ファミリーのボスたちに阿ねることなく、小規模ファミリーにも同時にこの情報を展開した。贔屓はしていないという表明である。
「思い切ったなドン、確かにこれくらいやらなきゃこの街はレウカディアを超えて国内第一の港にゃなれねぇだろうがよ――できるか? これ」
アンニーバレが感心半分呆れ半分で紙面を叩いてみせる。
そこに記されているのはラジィがウルガータに見せた全容ではなく、その一部である。
最初から全貌を見せては、彼らもファミリーの
だが一部だけを目にしても、これが現状のリュカバースを破壊する行為だというのは誰の目にも明らかだ。
「上水道の改善に伴う市街の再整備、及びラティーナ河を主軸とした運輸機能の向上。即ち
「まぁ、そうなるな。一つ修正するなら殴り合いは金貨の山でやれ、ってことだが」
ウルガータは頷いて円卓に頬杖をつく。頬杖の上で、資料に視線を落とす
驚くもの、迷っているもの、好意的な色はあまり見いだせず、チャンやハリーは思案顔だ。
「基本的にはコルレアーニのやり方を踏襲するんじゃなかったのか?」
そう聞いてきたのはハリーではなくチャンの方だ。ハリーはハリーでウルガータがどう応えるのか、それを値踏みしているように見える。
「そのつもりだったんだが、やはりそれだとお前らに旨みを吸わせてやれねぇ。旨みが吸えねぇとお前らも麻薬が恋しくなっちまうだろ?」
鷹揚にウルガータは笑ってみせるが、その笑顔と言葉をそのままの意味で受け取るものはいない。
だがウルガータの真意は実はその笑顔と言葉まんまだったりするので、実のところ探っても何も出てこないのだが――疑心は暗に居もしない鬼を見てしまうものだ。
「……つまり、増収したきゃこれに乗れ、ってことか。それが嫌なら小銭で我慢しろってわけだ」
「まぁ、そういうことさハリー・ミッチェル。俺は金が欲しい。お前だってそうじゃねぇか?」
ハリーはここで黙り込んだが、
「なら、反対が多ければ現状維持もありうるってことか」
そうアンニーバレが問うてきて、然りとウルガータは内心はともかく真面目に頷いてみせる。
「まぁな。俺だってここの面々の半数が嫌がるなら無理強いはしねぇよ。流石に勝ち目がねぇからな」
ドン・コルレアーニの時代にも、ある程度コルレアーニは円卓の面々の意見は聞いてきた。
コルレアーニとていくらグラナが強かろうと、グラナは一人しかいなかったのだ。全員を敵に回す余裕は流石にないから、こういった意見調整をコルレアーニもやっていて、己の意見を引っ込めることもしばしばあった。バランス取りという観点では、コルレアーニは極めて優秀だったのだ。
「だがまあ、基本方針として麻薬はナシってのが俺のやり方だ。その上でどう私腹を肥やすか、上手い方法があるならそれぞれやってみていいんだぜ? 無論、敵は作らねぇようにな」
そうウルガータが提案すると、誰もが思案顔で思考の海に頭まで浸かってしまう。
麻薬に手を出すとドンに殺される。では、麻薬無しでどうやれば金が入ってくる?
これまでのリュカバースはカルセオリー伯配下の文官が港湾使用料を複雑化させていたため、とにかくわけの分からん名目で使用料を取られるような状況だった。
即ち、岸壁使用料、桟橋使用料、物揚場使用料、浮標使用料、係船くい使用料、水先料、綱取り放し料、重量料、係船維持料、その他諸々である。
初めてこの明細を見せられたとき、ウルガータは目を白黒させたものだ。船乗りはこれらの内訳をちゃんと理解、納得して料金を払っているのか?
無論、正解は否である。
こうやって色々と金を取られるせいで、船側は少しでも費用をケチるようになり、普通の港であれば地元の荷役が荷揚げ、積み込みをやるところを船員たちが行なう羽目になっていた。
要するに、役人と領主は潤うが街に金が落ちない構造になっていたのだ。
ここをラジィのゴリ押しでかなり簡略化して、現在の料金は入港料と海上保安料、重量料の三つに絞ることにした。
即ち、補給のためにリュカバースに寄る場合の料金と、商品を売買した際にはその重量に従い一定の税率がかかるという仕組みである。
海上保安料は、今後海賊などがのさばるようになった際の治安維持費として名目上組み込んでおいた形だ。保安費用を領主に期待できないから、これはマフィアたちが回収しておく必要があるのだ。
これによって金の流れがかなり簡略化され、役人の着服が難しくなった。
また結果として船側の負担が大幅に軽くなったこともあり、重労働である荷役を金を払って地元民に任せる船長が増えてきた。地元の荷役が復活し始めたのだ。
無論、この地元の荷役というのはマフィア連中の手先である。
麻薬を禁止されて収入が減った小規模ファミリーたちにここを分配することで、ウルガータは彼らの収入の低下を最低限に抑えた形だ。
ここまでが、現在のリュカバース港の現状である。
「ここから収入を増やすには、とにかくこのリュカバースを使用する商船を増やさにゃならねぇ。そこはもう皆にも分かって貰えてると思うが」
だから、小規模ファミリーも中規模ファミリーも、ウルガータが言っていることとその目標が正しいと頭では分かっているのだ。
問題はその為に全力投球ができるか否か、ということ。即ち従来のやり方をペイッと投げ捨て、新しいやり方を受け入れられるか否か、という話だ。
「船を増やし、人を増やし、荷を増やせば収入が増える。だが港を拡張しようにも、今のリュカバースはそこから先に商品を分配する販路が弱い。大量の荷物を捌けずふん詰まっちまえば倉庫が空かずに荷が下りねぇ」
「……回転率を上げるためには交通の便をよくしなきゃいけねぇ。その為にはリュカバースが開けなきゃなんねぇってことか」
元よりみかじめ料よりも舶来品の流通で利益を出していたチャン・ロンジェンが複雑な顔で、しかし納得したように頷いた。
本来商港において、要塞化されるのは領主の館とその周辺だけでよい。市街地まで要塞化されてしまっている状況はこれから先の足枷でしかないと理解したのだ。
「しかしドンよ、お前さんも面倒なこと考えなきゃいけなくなっちまったなぁ。本来こういうのは領主のやることだろうが」
貴族街を纏めているから多少は苦労が分かるのであろう。アンニーバレの言葉にはやや同情の色が強く滲んでいる。
「領主が役に立たねぇんだから経済発展はこっちでやるしかねぇだろ。とりあえずそれは持ち帰って構わねぇ。すぐには答えが出ねぇだろうから次の会合までに立ち位置を考えといてくれ」
円卓を一度解散させ、ブルーノまでも退室した円卓にて、ウルガータは椅子の背もたれに体重を預けて背後をチラ、と見やる。
「クィスよ、元王族のお前さんの見解を聞かせてくれ」
「うん。多分小規模ファミリーのボスの誰かはアンティゴナに取り入ろうとするだろうね」
アンニーバレの一言で、ウルガータはカルセオリー伯の意向などお構いなく好き勝手にやろうとしている、ということを皆が理解したはずだ。
であれば、そこに付け入る隙がある。カルセオリー伯配下のリュキア騎士と手を組んでウルガータを打倒し、コルレアーニの立場になろうと全く考えもしないマフィアはいないだろう。
考える、までならブルーノを除く七人全員が考える。その愚考を実行に移してしまう愚か者は果たして誰だろうか?
「ジィに監視させるかい?」
「いや、こっちでやるさ。あれは便利すぎるからな。頼りすぎて四年後に腑抜けになっちまってちゃどうしようもねぇ」
「了解。ドンの裁量を見せて貰おうか。どうせならリュキア騎士を殴る機会ができるといいな」
そう獰猛に笑うクィスを前に、ウルガータは苦笑するしかない。
「元リュキア王子の発言とはとても思えねぇな」
「まったくだ」
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