■ 113 ■ リュカバース再建計画案 序






 さて、上水路の改良を餌に家屋の解体や引越しの容認を住人及びギルドから引きだしたわけであるが、


「……用兵上の頑強さと港の利便性はどうやっても両立しないな」


 午後のお茶にブルーノと二人招待され、ラジィが提出してきたリュカバース改善草案に一通り目を通していたウルガータは、教会の食堂で渋い顔の顎を擦る。

 そう、荷の運搬にとって障害物は効率の悪化を招くだけだが、障害物というのは戦場、特に防衛線にとって極めて重要だ。


 防衛というのは雪崩を打って迫る敵兵を留め、あるいはキルゾーンへ誘導するためにあれやこれやと障害物と空間を総合的に配置するのが常である。

 これらは決して流通の利便性とは両立しない。どちらかを優先するなら、どちらかは捨てる――まではいかなくとも最低限に留めなくてはならなくなる。


 現在のリュカバースはマフィアの闘争が延々続いてきた歴史もあり、路地は入り組み無駄に上り下りしたりと、ソルジャーのキルゾーンが至る所に用意された迎撃戦都市の様相を呈してしまっている。

 この結果として、リュカバースからラティーナ河を遡って王都リュケイオンまで続く荷の運搬にまで悪影響が及んでいるのだ。


 平たく言えば、現在のリュカバースは主に補給港として利用、荷揚げと荷下ろしは別の港を使った方が効率がいい、ということになる。

 これでは港としての発展は望めない。この問題を解決するために不満を溜め込まない大規模な区画整理の許可が必要だった。そしてそれができるのが今ではあるが――


「下がった防御力をどう補う?」


 ブルーノの問いに、ラジィはさも当然の顔で窓の外に広がる海へ視線を向ける。


「当然、海上防衛するしかないわね。敵部隊は攻め込まれる前に洋上で叩く」

「船大工が必要、ってのはそういうことかよ」


 ラジィが何を言いたいのか、ウルガータとブルーノは理解した。要はソルジャーたちで海軍を組織しろ、と言っているのだ。

 リュカバース自体は商業港としての利便性を追求し、防御力はこの際低下することを許容する。


 その代わりとして水上戦力を充実させて、いざという時に揚陸される危険を海の上で抑えるかたちにすることで、総合的にこれまでと変わらない防衛力を維持する。


「しかしジィよ、そりゃ完全に領主の目線だぞ」

「当たり前よ、領主の目線じゃなきゃリュカバースの発展なんてとても望めないわ」


 ラジィが当たり前の顔でそう言いきるもので、ウルガータとブルーノは顔を見合わせてしまう。

 多分、互いの認識の祖語自体はラジィも分かっているのだ。分かっていて、その上でどうするかをウルガータに問うている。


 当然だが、現在のリュカバース市街の構造が半ば迷路化しているのは、外敵ではなく内敵を捌くためである。

 要するにマフィアが別のシマのソルジャーを迎撃するために、わざと街を長年かけて複雑に構築したのだ。


 商業の利便性を上げるために街を構造改革する、というのは当然、各マフィアたちが用意したバリケードを自分の手で解体しろ、というようなものだ。

 これを呑めるか? と問われれば――誰もが反射的に危機感を覚えてウルガータにありもしない裏の理由を見るだろう。即ち、


「利便性にかこつけて俺たちの武装解除と組織解体を目論んでいるな」


 と。


「分かっていると思うけど、内輪もめをしている限りは絶対にリュカバースの発展なんて不可能よ。小さな改善はできるけどそれでお終い。そんな中で今以上の収益を得るにはより小量で付加価値の高い商品を売りさばくしかないわ」


 ウルガータが額に皺を寄せる。

 だからコルレアーニを含む前体制はこぞって麻薬に手を伸ばした。

 荷下ろしの量でリュキア第一の港レウカディアに勝ち得ないリュカバースで利益を出すには、それがベストと考えたからだ。


「だから私は前回の円卓で言ったのよ。他の都市がリスクを考えると到底できないことや、思いもよらないことをやる必要があるってね。挑戦しないで守りに入るなら、これ以上の発展は無理と諦めるしかないわ」


 痛いところを突かれた、とばかりにウルガータは軽く額を抑え、ブルーノはしばし目蓋を下ろす。

 小規模ファミリーや後の世に、麻薬なしでも経済発展ができる証を立てねば、と言ったのはブルーノだし、ウルガータもそこには同意している。


 だがそれをやるにはどうやってもマフィア同士で守りに入っていては不可能なのだ、と。

 シマの防御力を上げようなんてのは街の一部しか見てない狭い思考の証左でしかない、と。領主としての視点を持て、と。


「望むなら、現在の体制を維持した改善案も考えるわ。雇用主の要望に添った提案をするのが私の仕事だから。でもそれはあくまで小さく纏まるだけだ、っていうのは覚えておいてね」


 「持って帰っていいわよ」と二人分用意された資料を手に、ウルガータとブルーノは教会を後にして、


「一杯やらねぇか」

「ああ」


 二人は並んで新色町を訪れる。少し離れて、二人の護衛であるイオリベが追う。

 そのまま新色町に到達すると、今やドンとなったウルガータに新色町警備隊の少年たちが腰を折って、


「ようこそおいで下さいました、ドン・ウルガータ。頭領カポ・レンティーニ」


 我らが主を一斉に歓迎する。片手を上げてそんな忠誠に応じ、娼館に足を向けて、


「なんだい男共が冴えない顔をしているねぇ」


 なんとなくの事情を察したシェファを伴い、新色町の拠点にしてる酒場の一つを本日貸し切りにして二階へと上がる。

 ウェイターが三人分の酒とつまみを用意して一階に下がった後に、シェファはウルガータが差し出してきた書類に一通り目を通して、


「こいつぁ完全に領主の目線だね……流石は私の女神様だ、と言いたいが」


 呆れたようにシェファが腕を組んで豊かな胸を押し上げ、軽く酒気の籠もった息を吐く。


 街全体を区画整備して、荷運びの容易性、利便性を向上する。

 港湾を拡張し、停泊できる船の数を増やす。

 海上警備隊を組織して、入港する船が増え賊にとって美味しい餌となった海上輸送路の安全を確保する。


 乾船渠ドックの設計と運用。

 それによる船体の修理や建造を常時回せる体制作り。

 ラティーナ河両岸の倉庫街整備、曳舟道の維持とバージはしけの多用。

 究極的には馬車の荷台に合わせた荷箱の国際規格化と滑車を組み合わせたクレーンによる船体から馬車への直接搬入体制の構築など、どれをとっても一介のマフィアの範疇を大きく超えている。


「カルセオリー伯は黙らせた。お前さんたちマフィアファミリーの啀み合いも今はない。やるべきなら今だ、というのは理解できるし、今を逃したらもう機会がない、というのも分かるが……ねぇ」


 シェファですら「やると決めたのならやりなよ」と無責任、あるいは剛胆に言えるような話ではない。

 言うなれば全てのマフィアに武装解除をしろ、と突きつける案がこれだからだ。


 互いが互いを襲わないことを前提として、一丸となって港の収益を上げて利益を分配する、などとはこれまでのリュカバースマフィアの在り方から大きく逸脱する。

 それにウルガータ自身も、ハリー・ミッチェルやチャン・ロンジェンを抱き込む際に、麻薬の扱い以外はコルレアーニのやり方を踏襲する、と一度言ってしまっている。

 手の平返しは、マフィアからしても信頼を大きく損ねる行為だ。こっちの方が効率がいいから、と簡単にやれるもんじゃない。


「問題は、他のファミリーどころかウチの中ですら危惧する声が上がるだろう、ってことなんだよなぁ」


 ウルガータは短い頭髪をかき回してぼやく。ソルジャー統括の右腕ティーノはさておき、ラジィを嫌っている左腕バルドは難色を示すだろうことは疑いない。

 ラジィはこれを全く気にしておらず、牙を剥くなら返り討ちにするという態度を一貫していて、それもバルドには気にくわないようだ。


 頭脳で負けて、腕力でも負けている。年下の女子供にマフィアが、だ。

 相手は魔術師、しかも知育担当なんだからしょうがないのだが、それをバルドはまだ上手く飲み込めないでいるらしい。自分の立場を奪われた、と考えてしまうのだ。


「ルガー、まずお前さん、自分のファミリーはこの案に賛成させられるのかい?」


 そしてそこはシェファにも悟られているようで、そう詰問に近い口調で問われてしまう。


「あと三年半しかいない女神様と、これから先も付き合っていく部下のどっちを優先すべきか、ちゃんと分かってるんだろうね?」

「ああ、分かってるとも。俺がご機嫌を取るべき相手は俺だ・・。ジィでもファミリーの面々でもねぇ」


 そうとも。ウルガータは誰よりもまず己の人生を生きているのだ。自分の望むままに生きることが最優先だ。

 それに反するならラジィとも敵対するし、バルドを排除することにだって躊躇いはない。


「分かってるならいいさ。自分を貫けない奴はどこかで折れるだけだしね。で? その偉大なるドン様はどうしたいんだ」


 そうシェファに問われたウルガータは、しかし腕を組んで考え込み、


「ブルーノ、お前はどう思う?」


 自らの答えを避けて長年の友の意を問う。だがそれはウルガータが自分で決められなかったが故ではない。

 ウルガータが生きるにあたり友の判断を己の判断に組み込むことは、ウルガータのやりたいことであるからだ。

 そう分かっているブルーノは、だから、


「やりたいんだろう? ならばやればいい、ルガー」


 ブルーノはウルガータの背を押した。この男には停滞など似合わない。

 ただ前を向いて進んでいくウルガータの背中を誰よりも好んでいるのが、ブルーノ・レンティーニという男なのだから。


「他ならぬお前がやりたいというなら、それが何より大事な指標だ。怯えて竦むはマフィアにあらず。失敗してもたかが男一人が魚の餌になるだけだ、そうだろう?」

「ああ、その通りだ」


 ニィッとウルガータは笑い、ブルーノも静かに唇を緩める。

 然らば方針は定まった。カチンとショットグラスをぶつけ合い、この夜の決断に乾杯を。


 あの焼き討ちを前にラジィと出会い、ここまで一切己の信を曲げずにやってきたのだ。いまさら曲げる理由などどこにあるというのか。


「行けるところまで行ってみようじゃねぇか」


 そうとも、しくじったところでたかが魚の餌になるだけだ。であれば、やって困ることなどありはしないだろう。






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