INTERLUDIUM

 ■ 102 ■ 至高の十人合同会談 Ⅱ






 想像より時間がかかってしまいましたが、ようやく第二章が纏まったので連載再開します。時間はかかるかもですが完結まで書き切りたいと思っていますので、宜しければ再びラジィの巡礼にお付き合い頂ければ幸いです。

 以下、凄く簡単なここまでのあらすじ。




 地母神マーター教徒最上位魔術師集団【至高の十人デカサンクティ】の実力ゴリラ第二位にして世界唯一の天使であるラジィ・エルダート十三歳は、五年間を民のために実地で働く巡礼というお役目の旅に、お供のスフィンクスと共に出発。


 適当に流れ着いたリュキアという小国の港町リュカバースにて中堅マフィアであるウルガータと手を組み、次いで元リュキア王子クィス、元ノクティルカ一族ティナと三人でエルダートファミリーを結成。そのままリュカバースの麻薬王ドン・コルレアーニとその護衛魔術師グラナをぶっ潰しリュカバースの街を手中に収めましたとさ。


 残る巡礼の期間は3年8ヶ月。賎民たる孤児の出自故にリュキア貴族も敵、ノクティルカ国はリュキア(リュカバース)の敵、地母神マーター教徒の大部分も才能ある孤児には嫉妬し排除を狙うと、どこを見回しても敵、敵、敵だらけ。

 はてさて十四歳になったラジィは無事に巡礼を成し遂げることができるのか?


 ということで間章を三話ほど挟んだ後に第二章、はじまりはじまりー。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「そんなわけでジィの奴はリュカバースって港町で一応元気にしていたよ。即行で霊薬エリクサーを一本使っちまったけど」


 地母神教マーター・マグナは本部神殿である【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】の会議室クリアにて、リュカバースから戻ったツァディがそう告げると、【至高の十人デカサンクティ】の面々はそれぞれのやり方で安堵の仕草をみせた。

 補給に反対票を入れた【至高の十人デカサンクティ】とて、ラジィが心配であることにかわりはなかったからだ。


「ジィに霊薬エリクサーを使わせる町か? 恐ろしい魔境だな、そのリュカバースとやらは」


 二本じゃ足りなかったか、と顎を擦る【温室ハーバ】、ダレット・ヘイバブにツァディは軽く首を横に振ってみせる。


「ああ、それについてシン婆ちゃんにジィから伝言頼まれてる。『身献神サクリコラ魔術師グラナは討伐したから安心して』ってさ」


 そうツァディに告げられた【御厨コクイナ】シン・レーシュが、安心とも苦悩とも取れる顔で溜息を吐いた。


「グラナ……あの男が倒れたのですか。それは喜ばしいことですが」


 かつて巡礼の最中にグラナと相対したシンであったが、幾度となく再生するグラナを前に数多の騎士を失い、辛勝どころか相手が勝手に逃げたおかげで助かった体たらくだった。

 あのままグラナが戦闘を続行していれば、恐らく自分は敗れていただろうという実感があったし、だからそんな怪物が――しかも人を麻薬中毒にして回る怪物が倒れたことそれ自体は喜ばしいことだ。


「……私の失態でジィに多大な負担を強いてしまいましたね」


 だが、シンもラジィの過去を知っている。ダート修道司祭に麻薬漬けにされていた訓練兵Gの過去を知っている。

 知っているから、あれの対処を結果的にラジィに押しつけてしまったことには胸が痛む。絶対にありえないことだが、後にラジィがあれを相手取ると過去に知っていたなら、刺し違えてでもシンはグラナを殺そうとしていただろう。

 ラジィの前に巡礼に出ていたシンはラジィと最も接触が少ない【至高の十人デカサンクティ】だが、だからこそ余計に心が痛む。次の若人に、負担を押しつけてしまったと。


「悪いことばかりじゃないさ。ジィにも信頼できる仲間ができたみたいだし」


 ツァディが務めて明るくそう言ってみせたことから、一同は逆にラジィがグラナとやらに徹底的に苦しめられた事実を覚ってしまった。

 ツァディは嘘が苦手だ。だからラジィの身の上に悪いことが降りかかったのだと分かってしまう。


 即ち、あの人を殆ど信頼しないラジィが、嫌でも人を信頼しなければならないほどまでに一度は追い詰められたということだからだ。


「ジィ自身もグラナと相対できて良かった、って言ってたし。『一方的な救済の理不尽さがよく分かった』ってね」


 その言葉にそっと顔をしかめたのは【神殿テンプル】カイ・エルメレクである。

 ラジィから救済を奪った己の正しさをカイは信じているが、それによってラジィは一生満たされることがない存在になってしまった。


 世界の平穏のために、カイは今でもラジィを踏みつけにしている。理由はどうあれ、ラジィの不幸を望んで強いているのだから。


「それで、お土産は? ディー」


 待ちきれない、とばかりにさっきからソワソワの【納戸ホレオルム】ラム・メムドの前に、


「ほらよ」


 投げ出されたローブを目にして、誰もが軽い眩暈を覚えた。

 腹、背中、肩に腕。そこかしこに穴が空いたローブは、しかしラムが「ワイバーンの牙ぐらい余裕で跳ね返す」と太鼓判を押した頑丈さを誇るのだ。


「私が全力で織ったローブが襤褸切れ同然か。流石は腐っても古長竜エルダードラゴン、洒落にならない強さだわ」


 撥水素材で出来ているので血痕こそないが、その損耗からラジィがどれだけ無茶をしたのかがよく分かるというものだ。


「先にこれが手に入っていれば更にジィ向きのローブを編んであげられたのに。ま、それは言っても詮無きことだけどね」


 防具の匠たる【納戸ホレオルム】ラムには、損傷した防具を見ればその者の戦い方の癖が手に取るように理解できる。

 次にラジィのために編むローブは万人向けではなくなるが、逆にラジィ個人には更なる護りを与えてくれるだろう。

 無論、次にラジィへローブを渡せるのは、ラジィが巡礼から帰ってきてからのことになるだろうが。


「それは早々に人目に付かないところへ仕舞っておきなさいよラム。見る人が見ればそれがジィのものと一目瞭然ですからね」

「はいはい分かってるわよテッド。人を考え無しみたいにいうのはやめて」


 【菜園サジェス】テッド・ヨドカフに指摘されたラムが子供っぽく頬を膨らませる。

 聖霊銀糸と結晶蜘蛛の糸で編み上げた子供サイズのローブを纏える存在など、このエリート揃いの【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】でも一握りしかいない。

 その一握りの中で、そんなローブをボロボロにする激闘に身を投じたものなどここ最近では一人しかいないのだから、確かに一目瞭然だろう。


「フィンは元気にやっていましたか?」


 ラジィと共に【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】を発ったもう一人を心配するのは、当然のように【スタブルム】ザイン・ヘレットである。


「ああ、ジィと一緒に嬉々として本や書類を領主の館から根こそぎ奪ってたよ」

「そうですか、それは喜ばしいことです」


 その回答にどうして喜ばしいと返せるのか。【至高の十人デカサンクティ】の誰もがザインの正気を疑ってしまう。

 だがザインにとって、人より獣の幸せが優先だ。思いやる心が人ではなく動物に向いているのがザインだ。そういう奴なのでザインは【スタブルム】の地位にいるわけであるのだから。


「剣も無事ジィに届いたか?」

「ああ、だけどいらなかったかもな。折れた剣はドワーフの手で槍の穂先に再加工されてたし。ジィが満足してたぐらいだから割といい出来みたいだぞ」

「へぇ。あの鱗は俺も削り出すのに苦労したんだが……いい腕してやがるな」


 ヒューと口笛を吹いて【武器庫アーマメンタリウム】アレフベート・ギーメルは腕を組んだ。他人が手を加えた武器というのも興味があるのだ。


「そうだ、あとサヌのアミュレットだけど、なんかジィが浄化した古死長竜アンデッドエルダードラゴンの魂を宿してたよ。カイ姐さんの人工聖霊と融合してジィの使い魔みたいになってた」

「はて、そのような仕様を加えた覚えはないのだが……」


 【宝物庫セサウロス】サヌアン・メフィンは顎に手を当てて考え始める。

 ラジィの意識がないときに自動で護るよう設定したアミュレットだったが、同じくラジィを護れと命令されていたカイの人工聖霊と融合。その場で最も確実にラジィを護るための最適解を選んだ、ということだろうか。


「これだから道具作りは止められんな。高度な道具は時として此方の意図しない振る舞いをする。実に興味深い」


 今にも会議室クリアを去りそうなサヌアンにカイが咎めるような視線を向ける。このまま放っておくとサヌアンもまたリュカバースに検証の為に向かってしまいそうだからだ。

 ラジィの居場所はまだまだ秘匿しておいたほうがよい。シヴェル大陸外には地母神教マーター・マグナの影響力は及びにくく、何かあってもすぐにはラジィの救援には向かえないのだから。


 居場所が分からないことがラジィにとって最も安全なのだ。

 【至高の十人デカサンクティ】だけがラジィの居場所を知っている状況こそがラジィを護る最適解だろう。


「あとはジィが無事に帰ってくることを祈るのみですね。何やっても目立つ子だから不安だわ……」


 額を抑えてそう呻くカイに、ツァディは励ますように笑ってみせる。


「まぁあいつ着々と引き篭もる準備進めてたし、大丈夫じゃないか? マフィアの後ろ盾で裏社会に引っ込んだし、表舞台にはもう立たないだろうよ」


 マフィアと手を組むことのどこが大丈夫なの? と【至高の十人デカサンクティ】たちは首を傾げたが、ツァディからすれば騎士たちが束になって強姦に及ぼうとしているところを見ているわけで、正直マフィアのほうがよっぽどマシである。

 という理由を告げると一同は嫌そうに頷いた。


「ウチの腐敗も中々なものですが、他所の魔術師よりはまだマシのようですねぇ。ま、ウチも時間の問題でしょうが」


 いつものようにテッドサジェスが毒を吐き、


「まぁ魔力持ちってのは銀のスプーンを咥えて生まれた存在だ、腐る理由には事欠かねぇだろうよ」

「だからグラナのような男が立場を得るわけですしね」


 アレフベートアーマメンタリウムシンコクイナが嫌そうにそれに応じた。六年前に、そして一年前に世界を見てきたばかりのアレフベートとシンは、そういう腐敗を幾度となくを目にする機会があったからだ。

 魔獣を倒すために魔術師は必要である。だがその存在は特権を生み、こう言ってはなんだがある意味必要悪になってしまっている面があるのだ。


「我々も気をつけねばなりません。既に地母神教マーター・マグナはシヴェル大陸最大の神教であるのですから」

「【神殿テンプル】の仰せの通り。【宝物庫セサウロス】も【納戸ホレオルム】も、何より【スタブルム】。君たちも少しは【神殿テンプル】に協力することだ。『自分には関係ないから余所でやってくれ』ほど組織を腐らせる態度はないのだからな」


 ダレットハーバの言葉に、研究だけしていたいサヌアンセサウロスラムホレオルムも不満そうながら頷いた。皆に睨まれて、遅れてザインスタブルムも。

 研究には金がいるし、腐敗した連中が欲しがるのも金だ。だから研究を続けたいなら、彼らは【至高の十人デカサンクティ】として積極的に腐敗を阻止せねばならない義務がある。


 だが、【神殿テンプル】を初めとして地母神教マーター・マグナ最上位集団【至高の十人デカサンクティ】は例外なく、只の『素晴らしい才を持つ魔術師』でしかないのだ。

 他人を欺き、蹴落とし、流言を流し、嘘を真のように語れる連中を掣肘することは、善良な集まりである【至高の十人デカサンクティ】にはどうやっても難しい。難しいが、やらねばならない。


「民あっての、民からの信頼とお布施あっての地母神教マーター・マグナです。皆さんもそれは忘れないようにお願いしますね」


 カイの忠告に一同が頷いて、ひとまずツァディの報告会は終了である。

 このまま、ラジィの身にも【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】にも何もなければ良いのだが、と皆がほぼ同時に考えたのは、各々別に根拠があるわけではなかったのだが――






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