■ 103 ■ 効率か、信心か
【
既にシヴェル大陸における最大の宗派となった
「そうか、分かった」
部下からの報告を受けた
十の神殿とは異なり、より機能的に作られた建築物は、だが絨毯や調度品を見れば【
「残念ながら、【
ゆったりとしたソファに腰掛けるも早々に、その場に集った面々にそう報告する。
ウリエンスを加えて四人になった面々は、それぞれがやはり愉快げな顔など誰一人として浮かべていない。
「ではやはり、【
そう忌々しげに零したのは、ウリエンスと同じ司教であるシャリク・サンティファクサス外務局員。
「他の【
脳筋ツァディの帰還の足取りが追えない、という事実こそが逆説的にツァディの帰路を聡明なラジィが選んであげたのだ、という疑いない状況証拠なのだが――状況証拠では最上たる【
腐っても相手は【
「【
そう不快も露わに呟いたのはアンブロジオ・テンフィオス総務局次長。
アンブロジオ自身は孤児が庶民が、とかに興味はないが、それがいることで組織が荒れるのならば、やはりアンブロジオにとってもラジィ・エルダートは大いに迷惑な排除すべき存在だ。善悪ではなく、調和の観点でである。
「その点についてですが、ようやく我が内赦局が一つ、情報を掴みまして」
アンブロジオに頭を下げたのはヤマツ・ヘメセリス内赦局員。
「過去、【
苦労しましたよ、と笑うヤマツ主任司祭の苦労が何を意味するのか。残る三人は正しく理解していた。
それ即ち神罰の執行であり、有り体に言えば拷問による情報の搾取である。
ダート修道司祭の警備に当たっていた神殿騎士とやらはもうこの世には存在していないだろう。
ただ還俗して野に下った、という記録だけが公式に残るのみで、その後の足取りは誰にも追えない。永久に闇に葬られたのだ。
「狂えるダート修道司祭はしきりに神を殺した【
「神を殺した?」
わけが分からぬ、と首を傾げる三者を前に、ヤマツ主任司祭が朗らかに口を細めて笑う。
「皆々様、孤児院が何のために建てられているか、今一度思い出して下さい」
そう伝えられた三者は驚きに息を呑んだ。彼らも何故大神教が孤児院を建てて孤児を集め育てているかは知っているが――まさか、その本来の目的を達成していたとでも?
しかし、だとすればあの公平公正なカイが自分の経歴に瑕疵を残した理由に納得ができる。
訓練兵を麻薬漬けにしていたダート修道司祭の存在は
だが公平公正なカイが尋問もそこそこに拙速に事を進めたのは、カイが善良だからこそ不可解であり、逆に特筆すべき事となってしまっていた。
その、理由が、
「神を殺した……ダート修道教会の孤児たちの中に天使がいた、と?」
「あるいは、まだいるのかも」
ヤマツ主任司祭が穏やかに続けたその一言は、落雷のようにウリエンス、シャリク、アンブロジオの三人を硬直させた。
天使がまだいる、ということは――ダート修道教会の関係者で生き残っているのは【
「あのラジィ・エルダートが天使だから、【
「【
そう説明を受けたアンブロジオ大司教は小さく呻いた。
それが人類に御し得る神ではなかったから、カイはラジィ・エルダートを天使のまま生かし続けている。確かに筋は通ってはいるが、
「これもまた証拠がない話でしかないな」
「【
「……ふむ」
ヤマツ内赦局長の言葉に残る三人は思考を巡らせる。その思考は面白いほどに似通っていた。即ち、
――その神がカイに御せないとて、私に御せないとは限らないではないか。
と。
【
だが、善人は善人であるが故にその行いには限界がある。自らが悪であることを認めれば、人の採り得る手段は劇的に広がるのだ。
ヤマツ内赦局長が罪など何一つ無い哀れな神殿騎士を拷問にかけ、カイが秘匿しようとした情報を絞り出せたように、だ。
あるいは、この四人がラジィ・エルダートを捕縛してその腹を切り開くことに、何らの抵抗を覚えないように。
そして、何より。
――他人を思いやる心が力となる
その認識が、政治組織に所属する者たち共通の課題である。
だが、新たな神を手にすれば話は別だ。誰も知らない神の力を恣に出来れば、それは強力な武器になる。
「もしラジィ・エルダートが天使だとすれば――それを個人的判断で秘匿しようとした【
重々しげにシャリク外務局員がそう言い放ち、ウリエンス広報局員がそれに頷いた。
アンブロジオ総務局次長は天使の存在が引き起こす混乱を予想して、カイの判断に正当性があることを認めたが――それでもカイたちの判断に未来を委ねるのが正しいとは思えなかった。
魔術の才能は組織運営の才能とは別物なのだ。だというのに
政治のなんたるかも分からぬ十三歳の孤児が、巨大組織たる
「神は人を救うために降臨するのだ。その力はあくまで人類救済の為のもの。使い方さえ誤らなければ、数多の人々が救われるだろうに」
「それを人の身が勝手に掣肘するなど、これ以上に烏滸がましいことはない、か」
アンブロジオたちのように、実力主義の
実力主義、というならば魔術のみならず政治的手腕もまた実力として認められて然るべきではないか、と。
政治担当者から【
そこに「他人に手を差し伸べる」思考が一切含まれていないから【
彼らと【
「政治を司るものが力を持たねば、
即ち人を救うために研鑽するのが【
自分の欲を満たすために研鑽するのはあくまで只人でしかない、ということ。
組織の維持拡大とその中での地位固めに奔走すれば
否。本当は薄々気づいていて、しかしこの部屋に集う面々はそれを軽視しているのだ。
革新派を自称するアンブロジオ達にとって重要なのは自分たちが所属する組織が盤石なことなのだから。
支配欲と自己肯定感を満たすために
「シャリク外務司教、ウリエンス広報司教は引き続きラジィ・エルダートの足取りを。私は【
ラジィを天使のまま留め置くのがカイの目的であれば、今のラジィは神臓を奪われている筈で、その行方を知るのは恐らく【
二人から神臓を取り戻し、ラジィ・エルダートの身柄を抑えれば――新たな神の力を独占することも夢ではない。新たな神派の、その最上位指導者になることも、だ。
無論、それはラジィ・エルダートが天使であったらの話であって、そうでなかったら全ては泡沫の夢と消えるが。
それでも、
「あのカイ・エルメレクが唯一不自然さを残した案件だ。何も出てこない、ということはあるまいよ」
注力して調べてみるだけの価値はある。
強い魔術師が組織を運営するという前時代的な現状から、優秀な頭脳が組織を運営する安定した組織に
それが組織を預かる者としての責任というもの。社会の何たるかを知らぬ【
たとえその過程として、ラジィ・エルダートという少女がこの世から消えることになったとしても、そんなこと――些細な問題でしかないだろうに。
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