■ 095 ■ 燃え尽きゆく命




 そうして、グラナは驚愕に目を見張る。


――どうなってやがる!? 連携を司っていた筈のラジィは倒れただろうに。それがどうしてこいつら、こうも動ける!?


 ラジィがいなくなり、前線はガレスとナガルが張るようになって、敵の連携は明らかに拙くなっている。

 だが、押し切れない。先程までよりはマシだが、今でもグラナの脚はかなりの確度で地面に囚われ、自由自在には動けない。

 地中にいるはずのクソモグラは、どういうわけかかなり精密にグラナの位置を把握し、その進む先の地下をごっそりと削り取っている。


 大地を踏みしめられないから振るう拳も全力とはいかず、アミュレットはあらかた打ち砕いてやったが、それでもガレスとナガルを仕留めるには至らない。

 と、いうより、


――こいつら、俺の動きに慣れ……違う、学習したってわけかよ、この短時間で!


 ナガルはまだそれほどではないが、ガレスの方は既に開戦当時のラジィぐらいに、グラナと攻守を繰り広げている。

 魔術で組み上げた爪でグラナの脇腹を割き、裏拳の反撃を紙一重で躱し足でグラナを蹴って後ろに飛べば、落下地点には氷の板が即座に形成される。


 支援魔術によるガレスのサポートもそうだ。少しずつその練度を上げてきている。


 次いで、何度目になるかも分からないブレスの着弾。このブレスも嫌になるほど面倒だ。

 これだけの火線砲を延々ぶっ放しておいて、ナガルは魔力が尽きかけているというのにあのトカゲはまだ放てる。まるで最上位貴族並の保有魔力量だ。

 いっそ前のように竜になってくれた方が確実に沈めてやれるのに、こいつはガレスとナガルの背に隠れて、絶対にグラナが接近できる位置取りを作らない。


 臆病者が、と罵ってやりたくなるくらいに自分の役目に徹底してる。

 地下牢で激昂して殴り込んできたあの時とは別人のような落ち着きぶりだ。何があったかは知らないが一皮剥けた、ということだろう。


――だが、そろそろ終わりだ!


 さっきから後ろに下がってはトカゲや狐からアミュレットを、ポーションを受け取っていたナガルが腹を殴られてなお後退しない。

 手持ちの回復手段が底を突いたということだ。加えて、


「……しまっ――ロクシー!」

「ようやく掴まえたぜヌっころぉ!」


 疲労から判断が鈍ったのだろう。グラナの膝を抉った狼の姿がかき消える前に、乱雑に逆の足を消えゆく狼の腹へと思い切り叩き込む。


「! クソッ、すまんロクシィー!」


 蹴鞠より軽々と獣魔の狼は空を飛んで――ガレスが魔力を切ったのだろう、虚空へとかき消えた。


 アミュレットは壊れ、ポーションは底を突き、鬱陶しい犬っころはアバラをグシャグシャにへし折ってやった。あれではもうまともには動けまい。

 対してグラナの方はまだ十人近くの家族がその背を支えてくれている。ここから先は丁寧に連中を片付けていけばいい。


 己と同じ速さで動けて空まで飛べたラジィと、死角からいきなり実体化してくる犬っころさえ消えればもう脅威はない。

 残るは足場が不便でも十分に対処できる雑魚ばかりだ。


「そぉらよぉッ!!」


 迫ってきたナガルの腹に手刀を突き込めば、


「ぐぅ……っ!」


 グラナの指が半ばまで深々とナガルの腹に食い込み、そのまま肋骨の一本に指をかけて力任せにボキリとへし折ってやる。

 腕を引いて逆拳を顔面に叩き付ければ、ようやくナガルが膝をついた。立ち上がれても、もう機敏な動作は取れないだろう。


「ナガル!」

「ッぐ、ガレス、迂闊に仕掛けては!」


 踵を返したグラナが腕を振るえば、ガレスのガードを抜けて拳が脇腹、肝臓に吸い込まれ、苦痛に呻くガレスもようやく動きを止める。

 そんなガレスの両肩にグラナは手を付いて、


「よっと、肩借りるぜぇ!」

「!? 拙い逃げろシンルー!」


 そのままガレスを踏み台に腕力で身体を宙に跳ね上げ空を飛んで、支援術師二人の方へと迫ったグラナに、


――何だぁ? 雑嚢?


 横合いから投げつけられたのは、何やら重い砂が詰まったような革袋と、追って迫りくるはトカゲの火炎弾だ。

 洒落臭い、とその雑嚢を盾に火炎弾を防いだ、と思ったグラナは、


「グガァアアアアッッ!!」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ただ身体がバラバラになるかと思ったほどの凄まじい圧力が全身にのしかかってきて、遅れて凄まじい爆音が鼓膜を破る。


――火薬か! あのクソトカゲ! こんなもんまで用意してやがるとは!


 ふざけるなよ、とグラナは拳を握りしめようとして、自分の身体にもう右手も左手も存在していないことに気が付いた。

 先ほどの爆発で頭と心臓を庇った際に全て吹っ飛ばされたのだ。胸から上が無事だっただけでも御の字だろう。


「すまねぇ、インガ、メータ……ぶっ殺してやる、殺してやるぞクソトカゲェ!」


 身体を再生させ、地に降りたグラナは一直線に橙色の鱗を纏った竜人の方へと走り出す。

 モグラの妨害は間に合わない。ガレスやナガルは拳闘のダメージで動きが鈍い。


「八つ裂きにして魚の餌だ、くたばれトカゲェ!」


 そして一対一の戦いであれば、誰が相手だろうとグラナが負ける筈がない。

 そう、家族が残り八人になったとしても、だ。




 そうしてクィスは焔燃え盛る拳を握りしめてグラナの接近を待つ。

 あの火薬は三人が会った夜に焼き討ちをせんとノクティルカ特殊部隊がばらまいていた火種だ。回収したそれらを乾燥させて集めて、カバンに詰め込んだのがクィスの最後の奥の手だ。


 何とかアウリスとシンルーから狙いを逸らすことはできたが、これでグラナとクィスを阻むものは何もない。奥の手ももう切ってしまった。

 だけど、


――望むところだ。


 怒り心頭に発しているのはクィスだって同じなのだ。ラジィの指示で後方火力に徹していて、実際にそれで散々痛手はくれてやった。

 だがブレスが命中しても火弾が命中しても、クィスには手応えというものが一切残らない。だから直接この手でブン殴ってやりたいとずっとずっと思っていたのだ。


「八つ裂きにして魚の餌だ、くたばれトカゲェ!」

「煩いな、パンツ履けよ全裸野郎が」

「テメェが焼いたんだろうがよぉ! 俺のクソを留めてくれる大事なパンツをよぉ!!」


 トン、と跳ね滑るように拳を突き出してくるグラナの速さは、戦闘経験が少ないクィスに抗しきれるものではない。

 腹に拳が突き刺さるが、しかし貫通はしない。魔力を流した竜麟が拳をギリギリ食い止める。


「オォアアアッ!!」


 動きを止めたグラナに、雄叫びを上げならが焔を纏った拳を叩き付ける。一発をあえて食らってのカウンター、それしかクィスにできることはない。

 拳が顎にクリーンヒットし、グラナがたたらを踏んだ。治すか? 治さない。顎の皮膚も、口腔内まで溶けきって痛むだろうにまだ治さない。ということは生け贄のストックに、そろそろあちらも余裕がないということだ。


「クソがぁ堅ぇ! 頑丈じゃねぇかよトカゲェ! 親に感謝するんだなぁ心呑神デーヴォロ!」


 親に感謝、という一言にクィスは激昂しかけ、しかし心は平然と凪だ。


「僕に親はいないよ。いるのは姉妹だけ、だッ!!」


 鱗に覆われていない左腕の関節を狙われ、ひじがあらぬ方向にへし折れる。やはり強い、グラナは強い。たった一撃で左腕を使い物にならなくされた。

 だがそれでもクィスは止まらない。残る右手を下から上へ振り抜いてアッパーカット。浮いたボディに胴回し回転――尾撃を叩き込む。


「ゴバァ……ッ!」


 足よりも長い遠心力で加速された尾撃は狙い過たずグラナを吹っ飛ばし、ガレスとナガルが目で示していた位置にグラナをたたき落とす。

 そのまま石畳みを巻き込むようにグラナが地面に埋まるのは、そこの地下をティナが丹念に耕していたからだろう。

 大きく息を吸い込んで、


「ガァアアッッ!!」


 もがいているグラナへブレスを叩き込む。

 防具もなく、回避もままならないグラナの皮膚が溶け肉が焼け爪と髪が燃える嫌な臭いが立ちこめて、


「すまねぇ、オネスタ」


 それでもなお、グラナは倒れない。

 もうナガルもガレスも動けず、機敏に動き回れるのは片腕の折れたクィス一人だというのに。


 アウリスとシンルーを攻撃に回すか? いや、それは拙い。

 十分な戦力に数えられるアウリスとシンルーをあえて支援に留め置いてでも、グラナの脚を奪えるモグラの悪意は極めて有効だ。作戦は変えない方がいい。

 しかしもうナガルもガレスも足が止まっている状況で、片腕のクィス一人で――否。


「……まだ立つのか? ラジィイィ」

「当然。言ったはずよ? 刺し違えてでも貴方を倒すと」


 槍をその手に固く強く握りしめ、金髪赤目の少女が再びグラナの前へと立ちはだかる。ドレスのような黒いローブを夜風にはためかせて立ちはだかる。

 クィスが見るに、立っているのがやっとにしか見えないラジィに――しかし下がれという言葉をクィスは何故か発せない。

 だから、


「援護する、ジィ」

「ありがとう、お・に・い・さ・ま」


 挑発するように嗤ったラジィが槍を構える。さりげなくの一言はグラナへの挑発であり、


「おいおいトカゲ野郎ぉう、なに横から人の家族を盗んでやがるんだぁ!? 貴様は俺の家族を虐殺するのみに飽き足らず俺から家族を奪うのかよぉ!」


 同時にグラナの狙いをクィスに固定して冷静さを失わせる罠だ。この後に及んでラジィは勝利を捨てていない。


「人望がないな濃紺ワカメ、ジィは家族になるならお前なんかより僕の方がいいんだってさ」


 だからクィスもまた、悪意に身を委ねてグラナを嗤う。

 嗤った直後に反応できない速度で拳が飛んできて、顔面を強打されたクィスは鼻血を零しながら吹き飛ぶが、視界の端でグラナの腹から槍の穂先が突き出ているのが見えたのでむしろ痛快だ。


 それに喰らったのは、確かに痛かったが怒りにまかせたテレフォンパンチだ。

 真芯はずらせたし、正気の正拳突きに比べればこんなもの、撫でられたぐらいのものだ。


――立ち上がるさ、何度だって。


 クィスが立ち上がる理由は、グラナと全く同じだ。


 まだティナもラジィも諦めていない。

 家族がその背を支えてくれているのに、どうしてクィス一人が呑気に寝ていられようか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る