■ 087 ■ 作戦会議




 そうして、地母神教マーター・マグナリュカバース支部教会の礼拝堂に集まった面々をラジィはぐるりと見やった。


「結局、全員集めたのね」

「勝つためには形振なりふり構っていられませんし」


 その場に集ったのは住人であるラジィ、クィス、ティナ、アウリス、フィン、ラオはまあ当然だ。

 それ以外ではマフィアからは信用篤きウルガータとブルーノ、魔術師は火神プロメテスナガル、獣魔神フェラウンブラガレス、海神オセアノスシンルーとフルメンバーだ。

 シェファやフェイは信用はしているが戦闘とは関係が無いし、マフィアのボスたちも同盟は結んでいるが魔術戦については戦力にならないため省略している。

 必要があれば、ボスたちには各個が雇用している魔術師たちが後で説明すればいいだろう。


「一応聞いておくけど、皆、グラナと戦って死ぬ覚悟は出来ている?」


 当然だが、他の魔術師たちを戦力として配置する以上、負けそうになったら役目を放棄して逃げる、なんてことをされたら戦線が瓦解する。

 グラナとの再戦は、今度は完全な死闘になるだろう。グラナの救済対象であるラジィ以外は負けたら死ぬ。これは大前提として捉えておかねばなるまい。


「既に私は火神プロメテスを破門された身です。守るべきものなど、もうちっぽけな誇り程度しか残っていませんので」


 火神プロメテス教徒、ナガルはそういつもの沈着な顔で頷いた。


「俺とコルンとアンニーバレの三人が平穏に生きるために必要なことだ。勝つしかないさ」


 ガレスもまた、ここで果てる覚悟は決めている。何だかんだでアンニーバレ・リッツォーリとの信頼関係が回復された以上、ガレスとしてもアンニーバレを助けてやりたいらしい。


「ふふ、ふふっ……蟻たちが雁首揃えれば象をも倒せると思い込んでいる……可愛い、可愛いなぁ……どうせ踏みつぶされるだけだと分かっているのに健気だなぁ……」


 シンルーは……あれだ、言っていることがシンルーにとっての最悪だから、それを裏返せば一応グラナと戦う気はキチンとある、ということの筈だ。多分。

 うふうふ笑っているシンルーをクィスとティナどころか、ガレスまで気味悪そうに見ているのはアレだ、前回の共闘時にはチャンが黙らせていたかららしい。要するに彼女の本性は本日が初公開、というわけだ。


「じゃ、じゃあ皆やる気ってことで情報を共有するわね」


 各個に礼拝堂の長椅子に適当に腰掛けて貰って、いよいよ作戦会議の始まりである。


「敵性個体の名称はグラナ。信奉する神は身献神サクリコラね。現状、我々が体験、及び見聞きした内容から推測されるグラナの使用魔術は『生け贄を捧げることで身体の強度を飛躍的に向上させるもの』と推測されます」


 ラジィの口から語られる、これまで謎の存在だったグラナの魔術についてを聞いたナガルたちが、嫌悪に軽く顔を歪めた。

 救済と称して人を麻薬漬けにし、自分のために命を捧げさせて、その力でドンの敵を殺し麻薬をばらまく。控えめに言って最低最悪の男だ。


「腹に穴が空いても瞬時に回復するし、冗談じみた強さだわ。身体強化の上限をグラナが私に見せきったとは限らないし、その強さはまだ未知数よ。身体能力は聖句込みで、少なく見積もって私の二倍、いえ三倍は出せそうね」


 ラジィの三倍、と聞かされたナガルたちの顔色は益々冴えなくなっていく。

 三人がかりでラジィ一人に制圧されたのに、その更に三倍強い敵を相手取らなくてはならないとは。


「控えめに言って勝ち目がなさそうに聞こえますが――勝算はあるのですか?」

「おおよそ三割、といったところね。なので逃げるなら今のうちだけど」


 そう伝えても、誰も席を立つ様子がない。

 困った人たちね、とラジィは軽く息を吐いた。もう少し皆、他人の命より自分の命を優先してもよいと思うのだが。


「じゃあ、とりあえず皆を安心させる情報の展開からね。確かに身体強化で私たちは負けているけど、身体強化にも限度があるのよ、無限の強さじゃないわ」

「それは……強化出力の限界ってこと?」


 クィスの問いに、ラジィは首を横に振ってみせる。


地母神教マーター・マグナの研究では、今のところ身体強化上限というものは観測されていないわ。事実上の青天井ね。重要なのはどれだけ強化できるか、じゃなくて、強化された肉体をどれだけ制御できるか、という方なのよ」


 そう説明された一同は、ラジィの言うことがいまいち理解できていないようだ。それぞれに首を捻ってしまっている。

 ラジィ自身も頭では理解できているが、感覚としてはほんの少ししか分かっていない。ラジィの身体強化はまだ、ラジィにとって制御できる範囲までしか発動できていないからだ。


「これは私の兄弟子が言っていたんだけどね。身体強化をやり過ぎると、感覚が付いてこないんだって」

「感覚が付いてこない、というのはどういうことでしょうか?」

「えっとねナガル、前提としてこの世界の今と、この世界の今を認識している私たちの意識には時間のズレがあるんだけど……この意味は分かる?」


 益々分からなくなってしまった一同は、お互い顔を見合わせてしまった。

 誰か分かる人がいるのか? と目で会話するが、解答を持っているのはラジィ一人だけのようだ。


「たとえば、ほら。ここに封魔石が在るでしょ? これをこうやって投げると、ほら」


 ラジィは手元にあった自作の封魔石を、ヒョイとクィスに投げ渡してみせる。


「私が投げてからクィスがそれを受け取るまでには時間差があるでしょ? 全ての物が移動するには、手段にもよるけど大なり小なり時間がかかる。これは分かるわよね?」


 一同が頷いたので、ラジィもヨシ、と話を先に進める。


「これと同じで、私たちの目が見ているこの光景を私たちが頭で理解するまで、つまり目から頭まで情報が移動する際にも時間がかかってるらしいのよ。分かる?」


 そう説明するとウルガータやティナ、ガレスらはまだ首を捻っているが、ブルーノやナガルはおぼろげながら理解し始めたようだ。

 その遅延を確かめたいのか手を握ったり開いたりしているが、流石に知覚できるものでもない。諦めてラジィの声に耳を傾ける。


「今ナガルたちがやっていたそれを例にしましょうか。身体を強化しすぎるとね、自分が今手を開いているのか、閉じているのか、それが早すぎてどっちの状態か分からなくなる。つまり自分が今行なっている行動――つまり世界の現状と、自分がそれを行なわせている意識の間にずれが生じるの。ディーは絶えず目を開いたり閉じたりしながら行動するのに近い、って言ってたわ」


 今度は皆が一斉に目蓋を開閉しながら手を動かし始めて、なんとなく理解できてきたようだった。

 目を閉じている間は、自分で手を閉じた意識はあるが、それを視覚として把握できない。自分がこう行動した、という意識だけがあって、その結果を視覚で確認するのが目を閉じている間だけ遅れる。


 身体を強化しすぎると、そうやって自分の行なった行動を結果として認識するのが遅くなる、ということだ。

 自分はこう行動したはずだという認識はあるが、その結果を確認するのが遅れる。結果として認識に行動が制限される。


「これが身体強化の実質的な限度、と言われている概要よ」


 ラジィたちの与り知らぬ言葉ではあるが、平たく言えば神経伝達速度の限界ということだ。


 目で見て身体を動かし皮膚の感覚で物に触れていると実感し視覚と聴覚で現状を把握する。

 どれだけ身体強化をしても神経細胞の電気信号伝達速度までは向上できないため、それが物理的な限界になる。


 仮に自分の意識より速く身体を動かせる力を得ても、そんなものをまともに制御できるはずがない。CPUの処理落ちのような状態に陥るのだ。


「ま、そのレベルまで到達している相手にはどうやっても敵わないんだけどね」


 処理落ちする限界ギリギリで抑えられた動きをする奴にはどうやっても勝てない、ということをラジィはツァディの相手をしてよく知っていた。

 確かに身体強化の限界はあるが、その限界に近づけた相手はやっぱり強すぎて手に負えないのだ。


「ねぇジィ、それって話が一周してやっぱり勝てない、って話になってません?」


 こう言う時だけ素早いティナのツッコミに、ラジィは重々しく頷いてみせる。


「そうよ、だけど私の魔術はそれをかろうじて覆すことができるわ。だからまず私の魔術について説明する必要があります。要するに私の命綱を皆が握るわけね」

「これを皆さんが仮に第三者に口外した場合、このフィンめが地獄の底まで追いかけ、心臓の重さ如何によらず皆さんの頭をかみ砕きましょうぞ」


 そうフィンが横から口を挟んできて、その表情はさておき言葉に込められた意思の強さに思わず外野三人の背筋が伸びる。

 この聖獣の言葉にはやると言ったらやるだけの凄みがあったからだ。


「で、私の魔術だけど、凄く雑に言えば未来予知ね。情報収集用の極小人工聖霊【全体観測オムニス・メトリア】をばらまいて情報収集、それを元に霊精アストラル空間にもう一つの疑似世界を構築し、今が到達しうるもっとも確度が高い「次」を算出。【演算 再現スプタティオ レフェロ】でその予測を私自身の身体に引っ張り出してくるってわけ」


 そう説明されてブルーノとナガル、ガレスが納得したように頷き、ウルガータは指を鳴らし、ティナとクィスはラジィがどうして自信満々に賭けじみた行為に走れるのかを理解した。シンルーは、よく分からないが。


 ウルガータも、これでようやく火祭りからなるラジィの凄まじい情報収集能力と強気な将来予想の断言ができる理由が理解できた。

 またガレスはガレスで、以前の夜襲以降、自分たちの攻撃が全く通用しなくなった理由に納得したようだった。


「つまり、ラジィを倒すには緒戦で、これまで見せたことの無い魔術を叩き込まなきゃいけない、ってわけか」

「流石に理解が早いわねガレス。そういうこと。これでもう皆は私を簡単に殺す方法を知った、というわけね。正直、【演算 再現スプタティオ レフェロ】抜きだと私の実力はそこまで高くないし」


 よくも悪くもラジィは事前準備が物を言う、ほぼ戦場外で勝敗が決まるタイプの魔術師なのだ。事前観測が出来ていればほぼ完封で勝利できるし、行き当たりばったりだと苦戦は免れない。

 ただ一戦目を生き延びれば二戦目の勝率はぐんと上がる。とにかく初見殺しに徹底して弱い魔術師なのだと、もうここにいる皆が理解したのだ。


「私たちは悪手を打った、ということですか」


 ナガルがむしろ感心したような口調でそう言うが、ラジィとしてはそうは思わない。


「初手から奥義や奥の手を全ブッパして勝ちに来る相手、っていうのは私も一度もお目にかかってないわ――まあだから今まで生きているんだけどね。普通は小手調べから入るでしょ?」

「確かに。奥の手ってのは基本的に対策される可能性があるから奥の手として隠すわけだしな」


 もし対策されても問題ない奥の手というモノがあるなら、それは奥の手ではなく基本戦術に組み込まれることになるだろう。

 何かしらのリスクがあるから、奥の手は秘匿し最後の手段として取っておくのだ。それを初手から切るにはかなりの勇気というか無謀さが必要になる。やれと言われてもそう簡単にやれるものではない。


「グラナの分析はある程度終わっているわ。幸い他の大手ファミリーを攻めてくれたおかげで観測は十分に出来ているしね。一対一だと地力の差で磨り潰されるけど、この人数で全周囲から波状攻撃を仕掛ければ足止めは出来る。そうやって足止めしながらグラナのストックを削りきるのが基本的な作戦となります」


 ラジィ以外にはラジィの作ったアミュレットを持たせ、グラナの攻撃が来ても一撃死しないように対処する。

 ラジィ自身はこれまでにコルンが作った防御のピジョンブラッドの余りを持てるだけ持って、同じく一撃死を回避する。


「手四つでガッツリ組み合うのは危険だから、メインアタッカーはナガルとクィスね。私とガレス、ロクシーで徹底的にグラナを足止めしつつ、射撃魔術でグラナの生け贄ストックを削っていきます。ティナ、アウリス、シンルーはその補佐よ」


 ガレスたちにはポーションを持たせ、アミュレットが破壊された後はポーションで傷を癒やしながらひたすら粘る。

 グラナは生け贄のストックで傷ついても何度でも再生し、立ち上がってくるだろう。


 そうやって先に相手の余力を削り合い、先に削りきった方が勝者だ。


「でもジィ。こう言っては何だけどナガルさんはさておき、僕の魔術制御でジィより速い相手に魔術を当てられるかな」


 自分がメインアタッカーと言われれば、流石にクィスはまだ魔術師となって二年目の新米だ。割り振られた仕事を完遂できるか、あまり自信がない。

 虚勢を張る意味は、ここではないだろう。自分の魔術制御がまだ上等じゃない、という自己判断をクィスが正確にできていることは、むしろラジィからすれば逆に信頼できる。


「問題ないわ。私が全力で支援するもの」


 だから、ラジィすらアタッカーでなく支援に回るのだ。それのみならずアウリスやシンルーまで補助的に扱うのは、単純火力ならクィスとナガルが一番高いからだ。

 その火力を無駄なく叩き込むために、残る全員で支援をする。【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】はそれが最適解だと弾き出した。


「貴方たちは撃つのが仕事よ。私たち全員がサポートするから、とにかくナガルとクィスは当たる、と思った瞬間に確実に大火力を投じてくれればいいわ」

「畏まりました。では、私とクィスは全てを攻撃に回しますね」

「ええ、とにかく魔力が切れるまでひたすら撃って、魔力が切れたら撤退を。以降はガレスがロクシーで支援に回って、私がアタッカーを務めます」

「仕方が無い、とは言え後半、息切れせずに戦えるか?」


 仮に前半が安定したとしても、アタッカーのナガルとクィスの魔力が尽きてからはかなり厳しい戦いになるだろう。

 身体能力で負けている以上、ガレス一人の支援でグラナと相対するのは相当に危険が伴うはずだ。当然、ラジィだけでなくガレスの方も、である。


「そこはまあ、秘策みたいなものがあるから大丈夫よ。ただ時間制限付きだけど」

「ああ、考えがあるんだな?」


 まあ、とラジィは曖昧に笑った。奥の手、と言えるようなものではないが、確かにグラナと相対する自信はある。多分出来るだろう。


「問題は制限時間内にグラナの生け贄ストックを全て削り取れるかの方なのよね……」


 ラジィが打てる手はそこまでだ。そこで削り切れればラジィたちの勝ちだし、削り切れねば本当に打つ手がない。

 故に、ラジィは勝率をおおよそ三割程度と見込んでいる。グラナが一体どれだけの生け贄を捧げて戦場に現れるか。全てはそれ次第と言っても過言ではないのだ。


 クィスが割と纏めて焼き捨てたし、グラナはラジィたちを倒した後の未来をも思い描いているはずで、この一戦で全ての家族を使い切るつもりはないだろうが……


――グラナは一度、竜になったクィスを見ているし、多分かなり警戒はしてしまっているでしょうね。


 多分グラナは竜形態のクィスとも戦うこと前提で準備をしてくるだろう。だから万全を期して、かなりの生け贄ストックを抱えてしまっているとみるべきだ。

 あそこでクィスが竜になっていなければクィスたちは全滅していただろうから判断は正しかった(判断というかクィスはキレただけだ)が、グラナの警戒を煽ってしまったのはやはり痛い。


 なお、今回の抗争に当たりラジィはクィスの竜形態を用いる気は一切無い。

 というのもクィスは竜の時に自分がやったことの記憶を維持しておらず、要するに制御が出来る保証がどこにもないからだ。


 二度目の竜化はかろうじてティナたちを庇うような素振りを見せたが、一方でグラナの家族たちには一切の考慮をしていなかった。

 人の時のクィスならどれだけ怒ろうと、そっちを狙うことには嫌悪を覚えるというのに、だ。


 要するに竜化してしまえば、クィスは一般人の被害など全く恐れず行動する可能性が極めて高い、ということだ。

 地上でブレスなど吐かれたらそれこそ第二の火祭り開催である。危なっかしくて、とても使えた物じゃない。


――それに、一度ティナとブルーノが竜の身体からクィスを引っ張り出したところをグラナも見てしまっているわけだし。


 あのグラナなら、赤竜の懐に飛び込んで人間体クィスを縊り殺すぐらいはできてもおかしくないだろう。

 そういう意味もあって、今回はクィスはワイバーン魔術を駆使する方が効率的なのだ。


「私が打ち止めになって、それでもグラナが倒れてなかったら、もうその時は皆好きにしていいわ。押し切れそうなら戦闘続行してもいいし、無理そうならとっととリュカバースを去るのも好し、玉砕するのも好し、よ」

「それ以上の策はない、か。了解した」


 そう、それ以上の策はない。

 だが、そもそも必勝が分かっている戦にしか挑まずに済めるほど、この世界は人間に優しくはないのだ。

 人事を尽くして、天命を待つ意味はなく。万策尽きたら後はもう、為るようになるだけだ。




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