■ 064 ■ リッツォーリファミリー
ソルジャーたちが腰に武器を佩き、服の内側に仕込んだ帷子や靴の調子を確かめている中に混じって、
今夜は妙に数が多い。どうやらボスのアンニーバレは他のシマから兵隊を借り受けてきたようだ。
アンニーバレと同格の中堅ファミリーは現在その残る全てがウルガータファミリーと同盟したか、不可侵協定を結んでいる。とすれば大ファミリーから兵隊を借りたか。
一体どれだけの出費が嵩んでいるのかはガレスには分からないが、アンニーバレの尻に火が付いていることだけはガレスにも理解できた。
装備を確認し終えたソルジャーたちが夜の街へと出で往くのに付き従い、ガレスも出撃しようとしたところで、
「ガレス、お前さんは今日は留守番だ」
アンニーバレに肩を掴まれて動きを止められる。
「今日のところは威力偵察だ。お前さん抜きでどれだけやれるのか確認したい」
「……大丈夫か?」
「魔術師を出せばあっちも魔術師を出してくるからな」
そうアンニーバレに言われてガレスは僅かに顔をしかめる。それは魔術師戦になったらリッツォーリファミリーが後れを取ると闇に言われたも同然だからだ。
「……まだ、負けてない。ロンジェンやミッチェルみたいに保釈金を取られたわけじゃないだろう?」
「ポーション代は安くなかったがな」
そう言われるとガレスも言い返しようがない。
獣魔であるロクシーを庇ってガレスが負った傷はかなりの深手で、これを癒やすには魔術師が作成したポーションがなければ後遺症が残っていたかもしれないほどだ。
ポーションを手配してくれたアンニーバレには頭が上がらないが、あれ以降アンニーバレがガレスを見る目には失望の色が宿っているようにガレスには見える。
「今日は純粋にソルジャーどうしのやり合いだ。この結果で今後の攻め方を決める。今日は休んでおけ」
「了解だ、
ヒラヒラ手を振って去って行くアンニーバレに頭を下げて、
「行ってくれるか、ロクシー」
ガレスは神より与えられた相棒であるロクシーの身体を魔術で編み上げ、闇夜へと投じる。情報というのは歪められるが常。自分で集められるなら集めるに越したことはない。
ガレスとロクシーは二心にして一身、二身にして一心の関係だ。リアルタイムでの情報共有は不可能だが、ロクシーが見聞きしたことはロクシーと接触、意識を同調することでガレスも共有することができる。
諜報、暗殺、様々な用途に使用できる
もっとも難点が無いわけでもない。亀の獣魔など固い獣を授かったのなら話は別だが、基本的に獣魔は偵察、攻撃用であり盾としての性能が極めて低いのだ。
というのも獣魔が神気を編んで実体化している最中に攻撃を食らうと、その治癒には生物と同等の時間がかかる上にポーションなども効かない怪我を負うからである。
術者が死なない限り獣魔も死なないが、怪我の治癒に時間がかかるし、再生中は生物同様に動きが鈍る。
獣魔自身は自身の危機に際し自分で肉体の構築、及び解体はできないため、それは術師自身がやらなければならない。
獣魔をいつ実体化させ、いつ肉体を解くか。魔術師は自分の安全を警戒しつつ、それを常に注意していなければならない。かなりシビアな状況判断が求められるのだ。
理論上の最効率を引き出せるなら死角から一方的な攻撃を延々続けられるポテンシャルがあるが、実際にはそう上手くいくわけではない。
戦況を一方的に有利に運びながらも凡ミスで獣魔を傷つけられ、あっさり逆転された例は
生きた魔術が自分で考えて攻撃してくれるのが強みだが、魔術が生きているために傷付くこともある。強みと弱みが表裏一体。
攻めるのには強いが、一度失敗した後の立て直しが極めて難しい。それが
ロクシーを夜の街に放ち、ガレスはリュカバースの夜景に目を向ける。
新色町の方は今日も明かりが灯っていて、今のリュカバースでもっとも活気があるのはあそこだろう。
もっともいくら活気があるとはいえ、ガレスはあそこに住みたいとは思わない。なにせ妹の教育に悪すぎるし。
アンニーバレはあそこはまるごと無傷で手に入れたいのか、あるいはそれはドンの要望なのか、新色町を直接狙うつもりはないようだ。
それについてはガレスもホッとしている。
いくら命令とはいえ、一般人を襲えと言われれば唯々諾々とは従えない。
いくらアンニーバレに恩義があると言ってもだ。
「だが、どうすればアンニーバレを勝たせてやれるか……」
あの
三人がかりで挑んで与えられたのは、ロクシーが奥の手である二つ目の頭を使ってすらかすり傷一つだ。
身のこなし、小細工、状況判断。どれを取っても訓練上がりではない。これまで幾度となく実戦を積み重ねてきた経験と貫禄がある。
正直どう突破すればいいか、それを考えているうちに今日の夜襲組は撤退してきたようだ。
あまり怪我を負った様子もないし、どうやらアンニーバレが言ったように今日は様子見だったようだ、と?
「どうした、ロクシー」
戻ってきたロクシーが早く同調しろとばかりに身を寄せてきて、然るにガレスはロクシーの額に己の額をくっつけて、
「アンニーバレ!」
ロクシーと共にボスの元へと駆け出した。
馬鹿な。約束が違う。どうしてソルジャーたちがピジョンブラッドを備えているのだ。
必死の形相でガレスがアンニーバレに迫ればソルジャーたちも色めき立つが、ロクシーが睨みを効かせているため流石に近寄ってはこない。
「アンニーバレ! 妹に、コルンにピジョンブラッドを作らせたな! 約束が違うだろう!」
そうガレスに襟首を掴まれたアンニーバレが面倒くさそうにその手を払う。
「お前さんが役に立つうちは妹には頼らねぇ、そういう約束だろうが」
「俺が戦う限りはコルンには頼らない、だ!」
「そうだったか? だが同じ事だろ。お前が戦ってもあの
「まだ俺は負けてない!」
そう熱り立つガレスの肩に、アンニーバレがそっと手を添える。
「妹ちゃんはなガレス、お前が心配で協力を申し出てくれたのさ。前にお前が大怪我を負って帰ってきたのが相当に堪えたんだろうよ」
「! 話したのか!? コルンには黙っているって約束だったろうが!」
あの時の怪我のことは妹には知らせないと、そうアンニーバレは約束した筈だった。
それがここに来て急に、前にガレスが怪我を負ったことを妹に伝えて、アミュレットを作らせ始めた。
「何を焦ってるんだアンニーバレ。ドンや他のボスと手を組んでいるお前のほうが、まだウルガータより優位に立っているだろ」
お前の意図が読めない、とばかりにガレスは食ってかかったが、
「……お前は優秀か?」
唐突にそうアンニーバレに問われて、ガレスは怪訝そうに眉をひそめた。
ガレスはかつて
そういう意味では優秀だが、多分アンニーバレが聞きたいのはそういう意味ではないのだろう。
「同じ質問を俺もドンにされた。俺はあくまで中堅だ、シマは広くねぇし影響力も大きくねぇ。ドンとは肩を並べられねぇ、分かるか? ドンに無能は要らねぇって言われてるんだよ!」
だからか、とガレスは腑に落ちてしまった。
ドン・コルレアーニはこれを期にアンニーバレの排除を目論んでいるのかも知れない。
アンニーバレは無能どころか優秀なマフィアだった。少なくともウルガータが
そして優秀な部下は、時に優秀な敵にもなる。
走狗は煮られるのだ。いつか主の寝首をかこうとするから。
「結果が必要なんだガレス。お前が出してくれるならそれでもいい。だができないならお前の妹に働いてもらう。勝たなきゃ後がねぇんだからな」
そうヒラヒラ手を振って消えていくアンニーバレの背中を、ガレスは睨むことしかできない。
既にアンニーバレは妹コルンの身柄をガレスの知らぬところで確保したらしい。
家はここに来る前に既にロクシーがもぬけの殻だと確認済みだ。
最早ガレスにはのんびりと悠長に過ごせる時間などない。
妹のアミュレット作成は苦痛と命の危険を伴うのだ。
もう二度と血を流しながらアミュレットを作る妹の姿を見たくないから、身体を張ってこれまで生きてきたというのに。
「あの
だが、正面からやり合うのでは勝ち目がない。暗殺も一度失敗している。
悔しいが、相手が万全の状態ではどうやっても勝ち目がない。ならば、せめて疲労困憊程度には体調を崩して貰わないと。
そうして一週間。
相当に疲弊したであろう
「強すぎる……! なんて子供なんだ。何であんな奴がウルガータファミリーについてしまったんだ……!」
撤収したガレスは両手で壁を叩いて呻いた。
一週間疲弊させ、一週間ずっと少女の動きをロクシーと二つの視点で確認し、彼女はどうやら混戦が嫌いらしいと踏んで徹底的にソルジャーどうしの戦闘の只中に押し込めて、さらなる疲弊を積み重ねてなお。
ガレスとロクシーは
「勝てなかったか、ガレス。割と期待してたんだがな」
報告に向かったガレスを前に、ソファーで脚を組み変えたアンニーバレがそう、本当に落胆の色を滲ませた顔で言う。それは芝居でも何でもなく心底そう思っているのだろう。
別にアンニーバレはガレスを苦しめて楽しむのを目的としているわけではない。あくまでウルガータファミリーを打倒するために動いているのだから、敵を倒すのは別にガレスでもアミュレット持ちソルジャーでもどっちでも構わないのだ。
「だがまあ、相手はガキだ。このまま押せばいつかは倒れるだろ」
アンニーバレの言葉にガレスは膝が挫けそうになる。
今日の全力出撃でいったい何個のアミュレットが駄目になった?
妹は今、いったい一日何個のアミュレットを作らされている?
ピジョンブラッドの材料は――文字通り『魔術師の血』なのだ。あれだけの数を量産して、妹は今、まともに息をしているのだろうか。
「妹は生きてる――いや、もう限界だ! コルンにに会わせろ!」
「それはできねぇ相談だな。居場所が分かればお前さん、俺をぶち殺して妹を取り返してリュカバースから逃げるんだろ?」
そんなことはしない、とはガレスは言い切れなかった。妹がどういう扱いを受けているか、それ次第ではガレスはアンニーバレをも敵に回すだろう。
だからと言ってここでアンニーバレに暴力を振るえば、後がなくなったアンニーバレがヤケになって妹を殺すよう指示を出すかもしれない。
「安心しろ、このヤマを勝てたら契約は終わりだ。妹も返してやる。金も大量に持たせてやるからそれでどこかに家でも買ってのんびりと二人で生きろや」
そして一度妹を人質に取った以上、もうアンニーバレもガレスとこの先を一緒にやっていく気はないようだった。
ガレスたちを手放してでも、アンニーバレはここでの勝利を求めている。
だが、その先にアンニーバレの栄光は本当にあるのだろうか?
「
あるいはアンニーバレを軽んじているドンなどアンニーバレの方から捨てて、ウルガータと組んだ方が良いのではないか?
アンニーバレの貢献に値するほどの庇護をドン・コルレアーニがしてくれているとはガレスにはどう見ても思えない。利をもたらさないドンを崇めてもいいことはないはずだ。
そんなガレスの副音声を聞き取れないほどアンニーバレは耄碌しちゃいないはずだが、
「ウルガータに付きゃ、お前と妹の両方が死ぬ。ドンに付いときゃ最悪お前は生き残れる。2-2と2-1のどっちがいいか、だ。分かりやすい計算だろうが」
アンニーバレが疲れた顔でそう返してきて、この時点でガレスがやるべきことは二つに定まった。
即ち
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