■ 063 ■ 消耗と転機
「やってくれるわね……」
七日目の夜襲を撃退して、ラジィはハァと特大の溜息を零した。
リッツォーリファミリーの毎晩続く襲撃は、撃退こそ可能なもののラジィやウルガータファミリーのソルジャーを大きく疲弊させている。
あっちだって疲れるだろうと思ったのだが、どうやらリッツォーリファミリーは他の上位ファミリーからソルジャーを借り受けているらしい。
毎晩微妙に違う顔ぶれで、しかもその全員がアミュレットで防御力を高めているのだ。
「どうなってやがる。アミュレットのバーゲンセールかよ……」
ウルガータもウルガータで、毎晩陣頭指揮を執っているわけではないが睡眠時間は削られてお疲れの模様だ。
まだ三十代だからそこまで体力は落ちていないが、これを延々やられると流石にウルガータも年若いラジィも辛い。
二人で小さなテーブルに項垂れて疲労困憊である。
どんなに優れた魔術師だって人間だ。
睡眠不足は正常な思考を妨げ、凡ミスや隙も多くなって終いにはソルジャーに討ち取られてしまうだろう。
「アミュレット、と言うよりはただの封魔石だけど……これをソルジャー全員が持っているとしたらとんでもない数だわ。よくあれだけの数を準備できるものよ」
ソルジャーの一人をあえて攻撃せず捕縛して奪ったアミュレット。それを今実際に掌に載せていながらも、ラジィとて正直信じられないといった面持ちだ。
ラジィの掌に載っているのは「ピジョンブラッド」と呼ばれる赤い封魔石だ。
封魔石としての質は高いが、キチンとしたアミュレットとしては加工されていない。ラジィがウルガータに渡したものと比較すれば防御力は一段、いや三段ほど劣る。
しかしそれでも魔術抜きの攻撃に対する防御力はそこそこのもので、大の大人がカトラスで思い切り斬りかかっても、肉を浅く切り裂くのが精一杯なのだ。
三、四回ほど防御効果を発揮すると砕け散るため無敵には程遠いが、ソルジャーの質はリッツォーリファミリーもウルガータファミリーも大差がない。であれば攻撃を無効化できる方が大いに有利。
流石にそんな様ではラジィが出なければ一方的にウルガータのソルジャーがやられてしまう。
「
「本当だわ、同じ戦術を敵に回して初めて私も身にしみたわよ……」
正直、ここまで厄介だとは当のラジィですら思ってはいなかった。流石はシヴェル大陸を制覇しただけのことはあると今更ながらに痛感してしまう。
だが、それを言うならラジィの方こそ本家である。
対抗するためにラジィもアミュレットを量産することも考えたが、それはウルガータに止められた。
「何でよ」
「ジィにまでそれができると分かったらドンの警戒度が跳ね上がる。今度こそ騎士団を出してでも身柄を抑えようとするぞ」
アミュレットをホイホイ作れる魔術師、なんていうのは本来ならば国が拉致監禁してもおかしくないほどに重要なのだ。
ここで
「逆に言えば、魔術師なら対処できる程度のものしかあちらさんには作れないってわけだ」
ラジィの作るアミュレットは一度だけとは言え、ナガルが放った本気の一撃を防ぎきったほどだ。
それとは異なり今リッツォーリファミリーが身につけているものは、ラジィが聖句無しの身体強化で突破できる程度の性能である。
一般人には脅威だが、魔術師にはそこまで脅威ではない。だからリュキアの騎士団が囲い込むほどではないということなのだろう。
「え、でもこれだけの数を用意できるって相当に希有な才能よ? リュキア騎士団はどうあっても囲い込んどいたほうがお得だと思うけど」
「だがリュキア騎士は仲間内でお高くまとってやがるからなぁ」
「あー、
そういうことか、とラジィは呆れるやらいっそ尊敬するやらだ。プライドが無駄に肥大化しているから、その程度のものには見向きもしない(わけではないけど高楊枝)というわけだ。
ただ流石にラジィの作るアミュレットほどの品質になると、これを放置しては拙いと考えるのだろう。肥大化したプライドでも無視はできなくなってくるらしい。
「じゃあ私も封魔石を配る?」
「それもやめとけ。第一、騎士団を動かすか動かさないかはドン・コルレアーニの判断次第。要するにまだ俺たちは舐められてるってわけだ」
そう。あくまで今はウルガータファミリーとリッツォーリファミリーの抗争に留まっているから、今は凌げているのだ。
ここにドン・コルレアーニまで参戦されては流石に分が悪いというレベルではない。
逆に考えると今現在のドン・コルレアーニは戦力の逐次投入という愚を冒しているわけだが……
「ありがたい話だけど理解に苦しむわね。どう考えてもここは一気に制圧するべきだと思うのだけど」
「リュキア騎士団に『戦闘』をさせるのはそれなりにドンにとっても痛ぇってことだろうよ」
前は騎士団を動かしたのに今は動かさない、その理由は逮捕と戦闘ではコストに差がありすぎるからだ。
あくまでリュキア騎士団を動かすか否かはドンではなく領主の領分である。領主の戦力を消耗させるのはドンからしても易くはないという事か、それとも、
「もしくはドン自らが擁する魔術師に全幅の信頼を置いているか、ね」
ドンには取り巻きがどれだけ倒れようと自分は負けない、という絶対的自信があるからか。
「流石にお前さんを超える魔術師はそう出てこねぇだろ?」
リュキア王国第二王子と干戈を交えて帰ってきた、と聞いた時にはウルガータは開いた口が塞がらなかったものだ。
氏神信仰である以上、
一つの魔術流派における最上位級と交戦して、ラジィは平然と帰ってきたのだ。流石にステネルス第二王子を超える魔術師がドンの下にいるとは想像しがたい。
ドン・コルレアーニはリュカバースを牛耳る裏社会の最上位だが、所詮リュカバースなどリュキアの一都市にすぎないのだ。それが序列第五位を超える魔術師を抱えていては流石におかしいだろう。
「だからって油断は禁物よ。実際、ヒュペレノールにもあっちが地上に降りてくるまでは私は手も足もでなかったし」
ラジィは強い。だがあくまでその強さは白兵戦に特化している。狙撃型や遠距離攻撃型に四方八方から撃たれでもしたら正直どうしようもないのだ。
負けないことに注力すればラジィ一人なら耐えきれるだろうが、その間にウルガータやブルーノを討ち取られては元も子もない。
「……お前さん、つくづくゴリラなのな」
「ゴリラ言うな」
要するにラジィは殴って倒せる相手にはめっぽう強いが、剣が届かない相手には途端に失速するのだ。本来は支援職であるラジィの、それが限界なのである。
「とりあえず、今晩はブルーノからもソルジャー借りて凌ぎましょ」
「ついに本腰入れて仕掛けてくるか?」
「ええ、
【
決戦、になるかどうかまでは分からないが、今夜のリッツォーリファミリーは本気だ。こっちがアミュレットで武装しないなら、ブルーノのシマからも兵隊を出さねばとても防ぎきれない。
「更なる奥の手がない限りは
仮に
「ティナたちにも今晩はブルーノの側にいて貰いましょうか」
「ああ、その方が安全だな」
正直ティナたちを抗争に巻き込むのは本意ではないが、ラジィの士気を削ぐために教会を狙うという可能性もある。
一応魔術に対しては要塞化している教会ではあるが、あくまで迎撃主体の守りである。礼拝堂でラジィが迎え撃つことが前提なので、入口から入れば突破は可能なのだ。
であれば、ティナたちはブルーノの傍に纏めておいた方が一応は安心だろう。
物言わぬ
§ § §
「つ、疲れた……ゲロ吐きそう」
何とか教会の前へと戻ってきたラジィはヘロヘロの態で礼拝堂の長いすに寝転がった。
自室に戻るべきだとは分かっているのだが、今すぐ横になりたいという誘惑に抗しきれないのだ。
流石に今晩はもう戦えない。
敵ソルジャーの数もこれまでの倍近く、更には
ただとにかく抗争の中央にラジィは留め置かれたおかげで、周囲のソルジャーからもひっきりなしに狙われた。
それの対処は【
もう一つラジィの明確な弱点として、十四歳の少女という戦士としては小柄な肉体であることが挙げられる。
身体というのは
ラジィが観測型魔術師とバレていたわけではないだろう。ただ結果として混戦にぶち込まれたラジィは自分の苦手な環境で戦わされ、すっかり疲弊してしまったのだ。
とはいえ、
「タフで羨ましいわ……まぁ肉体が魔力で編まれてるなら疲れもしないか」
教会の入口から、確かロクシーと言ったか。
ただ、
「ん?」
狼の獣魔は口からポイと何かを投げ入れると、そのまま入口から首を引っ込めて身を翻し、闇夜へと消えていってしまう。
不思議に思ったラジィが警戒しつつも、投げ入れられたそれを拾い上げれば、
「手紙?」
そう、それは手紙だ。いや、封筒の外には何も書かれていないからあるいは果たし状か。平和な茶会のお誘いということはまずあるまい。
封蝋を破って、中を検めたラジィは軽く天を仰いだ。はてさて、ここに欠かれていることは真実か、それとも罠か。
「……今日はもう寝ましょ」
ただもう、頭を動かすのも億劫とあってラジィはそのまま教会の長椅子で手紙を布団代りにいびきをかき始めた。
なんにせよ、行動するのは明日からでいい。その筈だ。
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