リュカバース頂上決戦――前哨戦――
■ 060 ■ ミッチェルファミリーの顛末 Ⅰ
「ああクソが、忌々しいウルガータめ!」
ミッチェルファミリーのボスであるハリー・ミッチェルは己のアジトで一人、中身を一気に呷ったショットグラスをテーブルに叩きつける。
最近、シマの住人が少しずつミッチェルの元を離れ、新色町へ流れているのだ。
何とかミッチェルはその流れを止めようとしているのだが、現時点ではそれを止める手立てがない。
リュカバース市民権を持つ住民は他の街への移住となると、また一から市民権の取得から始めねばならないが、リュカバース市内なら移住は自由だ。
家賃さえ払えるならどこにだって住めるし、それを止める権利を持つものはリュカバースの街を支配する貴族のみ。
だが貴族は下民がどこに住むかなど、そんな細かな問題に一々関与しない。
彼らが動くのは税金の支払いが滞ったときだけだ。
市民の税金を払うのは、農業主体ではないこの街では各ギルドが取り纏めて行っていて、だから貴族側も一市民の住所など全く管理していない。
要するに、住民の移住は権力では止められないということだ。
「ウルガータもブルーノも調子に乗りやがって……」
正確に言えばウルガータたちは確かに調子に乗っているが、それ以上にミッチェルファミリーが調子に乗れていないというほうが状況説明としては適切だろう。
シマから住人が減り、みかじめ料が減り、そのせいで従来までの組織を維持することができず人員削減をしたせいで余計にシマを維持する体力を失ってしまう。
幸いウルガータたちが住民に攻撃を仕掛けないこと、また主に問題を起こす孤児や船員は今や纏めてウルガータたちの方へ行っていること。
この二つによりリュカバース全体の犯罪率が低下しており揉め事自体があまりおこらず、ミッチェルファミリーの弱体化は表面上は露呈してはいない。
が、人の口に戸は立てられぬもので、というかウルガータたちが流言を流しているのだろう。
シマの住人たちに顔を合わせるたびに、
「
などと事あるごとに聞かれるとハリーとてイライラが収まらない。
そこで怒鳴り散らしたら全てがおしまいだと分かっているから今はハリーも怒りを抑えられている。
だがこれから先もこんな状況が進むとなるといつか怒りを爆発させてしまうだろう。
チラ、とハリーは傍らに控えている
これまでは頼りになった魔術師ではあったが、つい最近は「何でウルガータの方は当たりで俺は外れなんだ」などと益体もないことを考えてしまう。
ハリーとて今まで中堅ファミリーを率いてきたマフィアのボスだ。無能ならここまでやってこれる筈がない。今の自分の考えがおかしい事はハリー自身がよく分かっている。
それが分かっていても、「未成年の少女に三対一で負けるなんて、この負け犬が」という思考は、一度抱いてしまえばもうそう簡単には消してしまえない。
失敗の理由を他人に求めて押し付けるのは、ハリーのストレスを慰めてくれるからだ。
自分こそが負け犬なのではなく魔術師が弱かったから負けたのだ、という都合のよいストーリーに酔った時が真の敗北だと、普段のハリーならちゃんと理解できている筈なのだが……
「暗殺を頼みたい」
そう
「構いませんが、これを最後の仕事とさせて頂きます」
魔術師がそう切り返してきて、一瞬だけハリーはカッと怒髪天を衝いた。
幸いにも言葉が溢れる前に「ここで仕事を依頼できなければ全てが終わる」と理解が及んだため怒号は回避できたが、椅子から立ち上がってしまった事実は如何ともしがたい。
「……何故だ?」
「私にもなけなしの名誉がありますが、その名誉は今や地に落ちていますので」
十三歳の少女に三対一で負けたのは事実だが、自分が弱いせいだとは思っていない。
これは
単純に、あの
そんな状況だから、この破局は必然だったのだろう。
「
「……俺だって火消しをやってないわけじゃねぇ」
「しかし、消えていない。ならば真面目にやってないか、あるいはもう貴方には火消しをする組織力が残ってないかのどちらかです。であればここいらが潮時でしょう」
要するに、
「これが貴方から受ける最後の仕事です。これまで通り前金一割、残りは成功報酬で構いません。誰を消しますか?」
「……ウルガータかブルーノだ。魔術師は相手にしなくていい。奴らは別行動しているし、狙う機会はあるはずだ」
「心得ました。ですが成功率は低めだとは予めお伝えしておきます。この時点で彼らが共に行動していない以上、何かにあの二人の
だがハリーには
行け、と顎で示されて
いずれにせよ、もう己が帰ってくる職場はないと、もう分かってしまったからだ。
そうして
普通に考えて何らかの誘いであることは間違いないのだが、もう
一度ウルガータファミリーに捕まり捕虜になった時点で顔は割れているし、だからといって顔を隠して行動していてはやはり怪しまれる。
できるのは速やかにウルガータを見つけ、可能な限りの火力を叩きつける程度だ。
それでもハリーの要望に応えたのは、負けて朽ちゆくものにも献花の一つくらいあってもよかろうと考えた故。然るに、甘さ故だ。
甘かったから、ミッチェルファミリーに雇われた。
そして己が付いても良いと思った程度にはミッチェルファミリーも甘かったから、こうして今滅亡の危機に晒されている。
では、ならウルガータファミリーはどうだ?
視界に、通りを往くウルガータを捉えた。ならばそれは、今から分かることだ。
「汝は人を愛する肉の子、人に温もりを届ける
ミッチェルファミリーとて魔術師に丸投げで全て解決すると思っているような軟弱な組織ではない。
それでもこれまで暗殺にまで踏み切らなかったのは、ボスの首を狙ったが最後、全面戦争待ったなしになってしまうからだ。
しかし、ミッチェルファミリーにはもうそれしか方法がない。ならば、それをするしか無いではないか。
「
聖句込みの身体強化で接近する魔術師に、流石はウルガータの側近と言うべきか。周囲を警戒していた一人が即座に大声を上げると、
「誰かジィを呼びに行け!」
まだ年端もいかぬ少年がウルガータと己の間に飛び込んできたことには流石に
――慕われているのだな、住人に。
まだ十一、二歳頃と思しき、当然魔術師でもない子供が身体を張って己のシマのボスを守ろうというのだ。
ハリー・ミッチェルはどうだろう? ここまで住人たちに慕われているだろうか。そう考えるとこの己の凶行にどれほどの意味があるのか、と考えてしまいそうになり、首を振ってその思考を捨て去った。
「すまない、どいてくれ」
片手で撫でるように少年を殴り飛ばす、というより押しのけて魔術師は進む。
目指すはウルガータの首一つのみ。それとブルーノの首以外は求められていない。
――ああ、そういえば。
自分が何故ミッチェルファミリーに与したか。その理由を
あれは最初の仕事をハリーから請け負った際に、
――いいか、目標だけを仕留めるんだ、間違っても市井なんか巻き込んでくれるなよ。
そうハリーに厳命され、そのマフィアらしからぬ人柄を好ましく思ったからだ。
たとえそれがシマの住人に嫌われないためのポーズであったとしても、普通なら厳命まではしないはずだろうから。
今日のこの日も、ハリー・ミッチェルに問えばやはり目標だけを仕留めろと言ってくれるのだろうか?
分からない。だけど、ならばそうあるのみだ。
ナイフを手にウルガータの前に立ちはだかる兵隊たちをあたるを幸いなぎ倒し、
「人の営みに火の温もりを、獣には猛き炎の恐怖を!
ウルガータに巨大な炎の槍を投げつける。
たちまちウルガータを中心にして炎の柱が立ち上り、周囲を昼間のように明るく照らす。
「お頭!」
「
獲った。
首どころか骨が残るかも怪しいが、魔術は確実にウルガータに命中して炎の柱に閉じ込めた。
これでウルガータが仮に生きているとしたら、ウルガータも実は魔術師であることを隠していたか、
「カハッ、ヒュー、ジィのこれも流石に呼吸までは保証しちゃくれねぇってか」
「――馬鹿な」
炎の中からウルガータが歩み出てくる。傷一つなく、いや。
「うぉっ! 熱っち! っと、流石に耐えきれなかったか。ま、一発耐えてくれりゃ御の字だがな」
今頃思い出したかのように、ウルガータの靴に炎が引火して燃え始める。
もっともウルガータが靴を脱ぎ捨てたせいで、それもほんの僅かな火傷を拵えただけで消えてしまったが。
「アミュレット……だと? 馬鹿な……そんな高価なものを一介のマフィアが……」
「だろ? 俺も馬鹿なって思っちまったがよ。まさか俺自身が人柱になって効果を確認する羽目になるとは……いやマジで本物だったなこれ」
どうやらウルガータ自身すら半信半疑であったようで、狙われた怒りより自分の現状に対する驚愕の方が勝っているまである振る舞いだ。
「で? どうするよ
そんなウルガータの一言に
どうやらそれは挑発であると同時に意識を己に引きつけるためでもあったらしい。
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