■ 057 ■ ウルガータだって怠けたい Ⅰ




 ウルガータ、姓を持たぬ故ただのウルガータからすればラジィ・エルダートという少女は中々に手を焼かせてくれる存在である。

 ノクティルカ特殊部隊による焼き討ちを回避してくれた、という意味では恩人なのだが、そのせいで他のボスやドン・コルレアーニに睨まれることになった原因でもある。


 かと思ったら貴族ですら大金を叩かねば購入できないアミュレットをホイとウルガータに投げて寄越し、安全を確保してくれる。

 その上でヒットマンの狙いを自分に引きつけ、三人の魔術師を返り討ちにし二人を捕らえるほどの大金星だ。


 かと思ったら捕縛した火神プロメテス海神オセアノスの魔術師をウルガータに押しつけ、自分たちはアウリスを助けると称してさっさと王都リュケイオンへと向かってしまう。

 ラジィは敵襲は無いと言っていたが、この間のウルガータとしては正直生きた心地がしなかった。


 魔術師でないウルガータたちが魔術師に勝てる方法などせいぜい毒殺か暗殺しかない。故に魔術師に攻められた場合、ラジィがいなければウルガータたちは死ぬしかないのだ。

 だからとてウルガータに攻める余裕があるかといえばそんなことはなく、二人の魔術師を人質に他ファミリーを牽制するのが精一杯だ。


 もっともその間にラジィたちの帰還が早文で届けられたため、さっさと魔術師は元のファミリーに返して身代金をせしめることに成功はしたわけで、実際にラジィの読み通りになったわけだが。

 だがそこからもウルガータたちの苦労は続く。


「ちょっとね、目に余るから少しだけ地母神教マーター・マグナとして活動しようかなって」


 孤児を助けるから金を出せ、と言われて「こいつはもしかして自分たちをサイフか何かと勘違いしちゃいないか?」とウルガータは割と本気でカチンと来たものだ。


 これだから宗教は嫌なのだ。一銭にもならないことをやって、自分はいいことをしたと自己満足する。

 人間社会におけるいいこと、というのは財貨を回すことだ。滞りなく金を回し続けて社会を回すことだというのに、宗教は常にそれを阻む。

 ただ、


「最終的にはみかじめ料も増えると思う。でも初期投資で暫くは出費が続くだろうから、二人がやるなって言うならやらないけど」


 ラジィからしても全く金儲けのことを考えていないわけではないらしく、故にこの案件はまず後方に安全圏を抱えているブルーノが引き取った。

 そうしてラジィは何故か孤児に清掃なんぞをやらせ始め、あんな躾もされてない獣どもなど使えるはずがないとウルガータは当初思っていたのだが、


「予想外に統率が上手くいっているようだ。エルダート嬢は孤児たちを見事に手懐けている」


 そう言いながらもブルーノはしきりに首を捻っていた。

 自分の言っていることが自分で信じられないかのようだ。ウルガータだって信じられない。


「お前の言うことだ、疑いたくはねぇが……どういう手管だ?」

「分からない。が、どうやら彼女はかなり正確に各個の行動を見張っているようだ」


 信賞必罰を徹底的に公正に行なうことで信頼を勝ち得たようだ、というブルーノの話を聞いてウルガータは思い出した。

 自分たちが兵隊を駆使してなお、火種の隠し場所の特定でこの町に来てたった三日のラジィ一人に負けたという事実。


 ラジィは自らの手管を明かさないが、どうやら想像を絶する監視能力を持っている、ということだけは状況から推測できる。


「恐らくだが、ルガーや私も見張られている、と考えた方が良いだろう」


 ブルーノもウルガータと同様の結論に辿り着いているようだ。ウルガータは頷いた。


「そうだな。お前は特に気をつけろよ。脛ありなんだからな」

「ああ、分かっている」


 たとえ少々イラッとさせられることはあっても、絶対にラジィを敵に回すべきではない、とウルガータははっきり覚ったのだ。

 個人として強いことも確かに脅威だが、この監視能力に比べればおまけのようなもの――いや、甲乙付けがたいか。両方がウルガータにとって有用だ。


 最初はどうなることかと思っていたが、ラジィによる孤児の統制は恐ろしいほど上手く行った。町は清潔になり製パンギルドが親方を移住させるまでに改善された。

 全体で見れば、確かにまだ正ギルド員が一人だ。だが元より害悪でしかなかった貧民街に正ギルド員が来たのだ。ウルガータたちではこれは成し得なかった、ある意味奇跡でもある。


 とはいえ、


「ボス、あのラジィってガキ、全く遠慮がありませんよ」


 腹心の一人であるバルドは明らかに、気ままに振る舞うラジィを嫌っているようだ。

 やれ薬を作るから器材を用意しろだの何だので金が纏めて吹っ飛んだ時には、流石のウルガータもちょっとキレそうになったし、


「というわけなんだけど、二人ともなんかいい方法ない?」


 身体を売るしかない最底辺の娼婦を助けたいと言われれば「やっぱりこいつ自分たちをサイフか何かと勘違いしちゃいないか?」とウルガータとしては思ってしまう。

 ただ、


「一つ質問なんだがラジィ、お前さん薬も作れんのかい?」

「まあ、ある程度はね。温室ハーバの教育も受けさせられたし」


 そう尋ねてみれば、隠すことなくできると言い切ったラジィは、ならばウルガータの奥歯に挟まった無念をも引っこ抜いてくれるかもしれない。


「それなら話は早ぇ。この問題を解決できそうな奴に心当たりがあるぜラジィ。お前さんがそいつを癒やせるんならな」

「病んでるのね」

「ああ。一つ恩を売って安くこき使おうじゃねぇか」


 正直なところ、この時点ではまだウルガータとしては半信半疑だったのだ。


 シェファ。かつては高級娼館の最奥に鎮座した花形。

 リュカバース最高の高級娼婦クルチザンヌ

 そんなシェファにウルガータが会ったのはたった二回だけだ。


 一度目はウルガータが二十五歳の時。

 とにかくマフィアとして芽が出ない自分に何が足りないのか、裏社会にも通じている高級娼婦クルチザンヌにそれを聞いてみたかったから、大枚を叩いて彼女の一夜を買った。


「容姿に興味を持たず、純粋に私の知識を買いに来たのは貴方で二人目よ。本当、最低な男たち」


 そうウルガータに唾棄したシェファはしかし、夜通しウルガータに徹底的にダメ出しをしてくれた。

 服装、外見、表情。清潔感の無さ。人を率いる者としての覚悟。薬に手を染めない甘さ、他人を利用することしか考えてない利己的な態度。

 裏社会ならではの冷酷さの不足と、また裏社会であっても信用は何よりも重要だと親身にアドバイスをしてくれた上で、


「貴方がこの街で芽を出せる可能性は極めて低いわね。足を洗って表舞台に戻りなさい。その方が幸せに生きられるわ」


 最後にシェファはウルガータをそう締めくくって、夜明けと同時にウルガータを部屋から追い出した。


 二度目に彼女に会ったのは、シェファが銀梅呪スフィリスを煩って下町に捨てられた直後。ウルガータが三十三歳の時だ。


 その時は会話らしい会話はできなかった。ただ、あれだけ気丈だった女傑が子供のように涙を流して治療薬が欲しい、とウルガータに泣いて縋ってきたことがウルガータにはショックだった。

 シェファも環境に合わせた高級娼婦クルチザンヌというペルソナを被っていただけのただの少女だったのだと、その時ウルガータは知ったのだ。


 もっとも、その三年後に、


「その腫瘍ができている部分の皮膚と肉を一つ残らず削ぎ落として、ポーションで怪我を癒やせばそれでおしまいよ」

「よし、やろうじゃないか。フェイ、金庫の中身を全部その薬師様にくれてやんな」


 そう言い切ったシェファを見て、ウルガータはラジィと一緒になって「女って怖ぇな」と恐怖することになったわけだが。




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