■ 054 ■ 海岸清掃




「さぁ今日から新しい仕事だ、ちゃんとやれば日当は銅貨四枚だ、行くぞ!」

「おぉ!」


 ヒューゴの舎弟であるエド、及びコニーの舎弟ダズを中心としたメンバーは今、港から少し離れた海岸に展開していた。

 港とは違って砂浜が広がっているそこは泳ごうと思えば泳げなくもない。

 が、海の中には海藻が生い茂っていて、とてもじゃないが爽やかな遊泳を楽しめる環境ではない。


 そんな海岸にて、


「じゃあ海中及び海岸線の清掃、始めるぞ! サボるなよ!」

「ジィが見張ってるのにサボる馬鹿はいないって!」


 清掃業を他所からきた孤児たちに任せ、ヒューゴ、コニーら元々ウルガータやブルーノのシマに住んでいたグループが海中と海岸に別れて行動を開始する。


「エド、海藻ってどれ取ればいいの?」

「とにかく片っ端からだ。海の中を丸裸にするつもりでやれってさ!」


 エドらヒューゴの舎弟たちは海に飛び込み、まず海岸間近にある海藻を、


「うえーヌメヌメするぅ」

「ジィが言ってた通り海の生き物には気をつけろよ。死にはしないけど痛い毒を持つ魚とかはいっぱい海藻の中に隠れてるって話だしな」


 手当たり次第に引き千切って、それらを海岸にどんどん山と積み上げていく。


「ダズ、こっちもどれだかわかんないよ」

「おう、どれでもいいから集めて猫車に放りこめ。食える食えないは後でジィが判別してくれるってよ」

「分かった!」

「手当たり次第だね!」

「こっちも毒には気をつけろよ。あとヤドカリやカニのハサミとかにもな!」


 ダズを代表するコニーの舎弟たちは貝拾いだ。ひたすら貝を拾っては猫車に放り込み、満杯になり次第それをクロップ通りへと運んでいく。

 途中ですれ違ったリュカバース市民は何事かと首を傾げていたが、孤児たちの行き先がクロップ通りと知って考えるのをやめた。


 クロップ通りの孤児たちが何者かに従えられ、街の清掃に精を出していることはそろそろリュカバース一般市民にも浸透してきていたからだ。

 最近では清掃の売り込みなどもやっていて、安価で綺麗になるとそこそこ評判である。


 その清掃範囲がついに海にまで及んだか、それとも大方貝でも拾って食料にでもするつもりだろう。

 そう想像して、やがて往復する孤児たちのことなど市民たちは大して気にも留めなくなっていく。


 そうして貝が山と積み上げられたクロップ通りの一角にて、


「これとこれ、あとこれは食べられるから明日以降は回収禁止ね。食用の貝を集めると漁業ギルドに目をつけられちゃうし」

「分かった。ジィの命令だって皆には言っておくよ。勿体無いけどな」

「ギルドと揉めたくはないからね。勿体無いけど諦めざるを得ないのよ、宜しくねダズ」


 ラジィが集められた貝から今後は食用を省くよう指示すれば、これで漁業ギルドから難癖をつけられる心配はないだろう。


「ジィジィこっちは!?」

「海藻の方は見た目の種類ごとに纏めて、張った紐に干して乾かしておいて頂戴。乾いたら室内に運ぶわよ」


 なおリュカバース近辺には海藻を食べる文化がないので、海藻はいくら取っても漁業ギルドと揉める心配はない。

 なので可食の海藻は遠慮せず食事のアテにするつもりのラジィであった。

 なお女の命である髪に海藻が良いとは【御厨コクイナ】シン・レーシュの言である。


 そうやってリュカバース近辺の海岸線から徹底的に食べられない貝と海藻をひたすらかき集めている孤児たちの姿はあっという間に日常になり、更には、


「おい、海藻の排除なら港のほうを優先すべきじゃないか? 気の利かない奴らだな」


 エドがそう港湾関係者に声をかけられたとのことで窓口としてラジィが港湾管理施設へと赴き、


「お望みとあらば請け負います。ですがあなた達にとっては死んでもいい孤児でも、私たちにとっては立派な人手。船に轢かせて死なせることなどできません。せめて船の入港予定は私たちにも教えて頂けないと困ります」


 そう管理官に要求する。

 ラジィからすればそれは当然の権利であり、断るようなら「危険だから港では海藻を絶対に・・・集めるな」と孤児たちに指示するだけだ。別にそれでラジィたちが損をするわけではないのだから。

 僅かに管理官たちは迷ったものの、


「よかろう。だが本来それらは港の管轄、秘密なんだ。口外は厳禁だぞ。あと要求の対価として清掃費は削らせて貰う」


 ラジィの要求を管理官らは受け入れたようだった。

 もっともここで報酬をケチるあたり、本当にリュカバース官職は腐敗しているなとラジィは呆れかえった。


「命あっての物種ですもの、それでかまいません」


 しかし公権力が腐敗していたお陰で、エドらの海藻掃除グループはリュカバース港の海藻排除を給金格安ながら、港湾管理官から仕事として清掃を請け負えるようになった。

 港湾管理官からすれば日に一人頭銅貨二枚で孤児たちがいくら排除しても増える海藻をせっせと排除してくれるのだ。これ程楽な話はない。


 一方のラジィはラジィで各船の入港予定情報をそのままシェファに流せば、


「喜びなお前たち、ラジィが船の入港予定を仕入れてきてくれた。絶対に他人に漏らすんじゃないよ! 漏らしたら次はないからね!」


 シェファがそれを配下の娼婦たちに展開、それを元に娼婦たちは各自のメモを参考に常連を作らんと備え始める。

 まさに腐敗万歳、双方ウィンウィンの関係だ。


 なお海藻を食べる、というのはそういう文化がリュカバースにないせいで娼婦たちも尻込みしていたが、髪艶が良くなるとシェファに言われれば意を決して我先に食事へと取り込み始める。

 椿油などまだまだ買えない、かつ石鹸で洗うのを嫌がる彼女たちにとって、髪艶をいかに保つかはある意味至上命題であったのだ。


 そうしてクロップ通りの一角に大量の乾燥海藻と貝殻の詰まった倉庫ができたところで、


「さあやるわよクィス」

「うん。我は毒にして人の罪なり。毒を制する力に焦れて心を喰らいし罪の証なり。贖罪のために魔を駆逐する、人ならざりし異形なり」


 まだ聖句の全詠唱が必要だが、この頃にはクィスもフィンの力を借りずとも背中の一部、服の中にのみ鱗が生えるだけという部分変態が可能になっていた。

 そうしてラジィは【炬火】で海藻を種類毎に片っ端から焼いていき、クィスはクィスで【火炎弾】――あの夜にランベールの部下たちを焼き払った魔術の劣化ワイバーン版を貝殻の山へと打ち込み始める。

 たちまち海藻も貝殻の山もその質量を減じていって、


「さて、ここからは触れると危険らしいから注意していきましょうね」


 生成物を前にラジィは改めて身内一同、特に撹拌担当のティナに強く注意を促しておく。


「そ、そんな危険なもの扱って本当に大丈夫なんですか?」

「ま、最悪怪我しても私の御厨コクイナとポーションで治すから」

「答えになってなーい!」


 なお、本当に大丈夫かはラジィとて分からないのだ。なにせラジィだって【書庫ビブリオシカ】の神殿でレポートとして上がってきた資料を読んだだけなのだから。

 そこに安全に注意と但し書きがあったから注意を促しただけで、実際にどう危険なのかはラジィだって分かってないのである。


 一先ず海藻灰を水に撒いた海藻灰液と、貝灰を水に入れた貝灰液を作ろうとして、


「な、なんか滅茶苦茶ボコボコ泡出て湯気出てますけど!?」


 凄い勢いでぶくぶく言い始めた貝灰液を前にしてラジィもこれ本当に大丈夫なのか不安になるが、【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】で読んだ製法はこの通りだ。

 ラジィの記憶頼りではなく書庫ビブリオシカが記憶しているのだから間違いようもない。レポートに嘘が書かれていない限りは、だが。


「だ、大丈夫大丈夫!」

「本当に大丈夫なんですか!?」


 内心めちゃくちゃビビりつつもラジィは二つの液体を樽の中で混合するべくそれらを注ぐと、運悪く液体がピッと跳ねてティナの腕にかかる。


「ギャー! ジィ溶ける私の腕が溶けてるぅ!」


 ティナのことだから大げさに言ってるんだろ、と思いきや本当にティナの腕が溶けていてラジィは吃驚仰天である。

 え、これ本当に大丈夫なの? と滅茶苦茶不安になりつつも、


「アウリス!」

「畏まりました。ティナ様、お覚悟を」


 傍に控えていたアウリスにラジィ指示を飛ばせば、流石にアウリスは冷静である。

 はねた液のせいでみるみる溶けだしたティナの皮膚をアリウスが剣でえぐり落とし、ラジィがさっくりこんな事もあろうかと用意しておいたポーションを飲み下せば、やれやれ。大事には至らなかったようだった。


「想像以上に危険な液体ねこれ……」

「うわーん全然大丈夫じゃないじゃないですか!」


 涙目でラジィを非難しているティナを若干哀れんだ目で見ていたクィスが、そっと己の腕を獣為変態させる。

 そのままその腕力でヤシ油のたっぷり詰まった樽を持ち上げて混合液上で傾け、ヤシ油を危険な液体へと投入。

 この作業を海藻の種類ごとに繰り返し、そして数日放置しておくと、


「これを塩析すれば完成、の筈だけど」


 しばらく置いた後にラジィたちが再び倉庫を訪れると、一部の海藻を用いた樽の中にどろどろした物質が生成されている。

 全てではないのは、やはり海藻といってもある程度石鹸作りに適するものと適さないものがあるようだ。


「ふむ、これとこれが使える奴ね。それ以外は不要なわけだけど……海に残しておいてもいらないのが増えるだけだし、灰は灰で役に立つから引き続き集めさせましょうか」


 半固体状物質ができた海藻に関しては塩析の後に箱に入れて固めることで一応は石鹸として完成だが、ここからは精査のお時間だ。

 海藻灰液の濃度と貝灰液の濃度、混合する割合、また投入するヤシ油の量などを小さな樽で少しずつ試していき、凝固物の質を確認していく。

 そうやって、


「とりあえず臭わない石鹸の試作品が出来たわ」


 ある程度これが最適解と思われる製法が確立したので、シェファの前にここ最近の努力の結果を提示してみせると、シェファは自分で作れと言っておきながら軽く引いているようだった。


「ジィはそこら辺に転がっているものからとんでもない品を作り出すって、本当にウルガータの言った通りだったね……」

「何よ、シェファが作れっていうから私たち皆で頑張ったんじゃない! 実際ヤシ油の購入費用とかで私は大赤字よ! これだけの石鹸作るのにエドやダズたちをどれだけ働かせたことか!」


 海賊や奴隷商から奪って得たラジィの個人予算は既に半減しており、しかも作っている石鹸は自分たちの消費用であり収益化の目処など立てようがない。

 ぷりぷり怒りつつも「お金が、収入が増えない」と青い顔になっているラジィに「器用な娘だね」と少しだけ感心しつつ、シェファは石鹸をフェイに渡して実際に性能を試させてみる。


「問題ありません奥様、むしろ固体である分だけ軟石鹸より洗いやすいです」


 シェファは笑った。ラジィは衛生のことにしか頭が回っていないが、これでウルガータファミリーは極めて使い勝手の良い独自技術を手に入れたことになる。


「そいつは結構。後は私に任せときなラジィ。これまでの出費に見合った利益を出してみせようじゃないか」




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