■ 046 ■ ディブラーモールの可能性




「さて、ではディブラーモールの可能性の模索を始めましょうか」


 教会の庭、ではなく一行が今居る場所はウルガータ側の貧民街、ペントラ区に掘られたゴミ捨て穴の前である。

 ゴミ捨て用にティナが掘った穴だが、しかし穴を掘れば土が消えるわけではないため穴の横にはこんもり土が山となってうずたかく積まれている。

 基本的にはクィスが毎日ゴミ穴に魔術訓練のために火炎弾やブレスをぶち込んでいるため腐敗臭や虫がわいたりはしていないが、今後ある程度ゴミが溜まったら少しずつ土を被せていく予定だ。


「ケッ、どうせジィの勘違いですよー。駄目だったら土下座して貰いますからね土下座!」


 なおこれから可能性を模索すると言われている等のティナはこれで、どうやら継承した魔獣がディブラーモール最弱穴掘りモグラというのはティナにとって相当に根深いコンプレックスのようだ。


「第一、こんな穴掘りモグラがどう強いってんですか。言っときますけど爪で切り裂くのは却下ですよ却下」


 なおラジィも以前にそれは提案したことがあるのだが、やはり当然のように拒絶された。

 まあ腐ってもティナは貴人である。そのティナに前線を張らせるつもりはラジィとしても全くない。その、任せても逃げそうな気もするし。


「とりあえず両手を獣為変態してもらえる?」

「……両手だけでいいんですか?」

「ええ、両手だけで」


 ティナの両手の秘蹟紋フォーミュラは穴掘り用だ。もっとも心呑神デーヴォロ魔術にある程度熟達している為、クィスとは違い獣為変態していない部分の秘蹟紋フォーミュラも発動できる。

 身体強化だけなら獣為変態無しでも発動可能で、確かにランベールたち特殊部隊も獣為変態なしで竜に挑める程度には身体強化を行なっていた。


 聖句も唱えず、ティナの両手がモグラのそれへと獣為変態する。


「それでそこの土の山を一掘りして貰える?」

「いいですけど……」


 ティナが腕を振るうと、山と積み上げられていた土に一削り分の穴が空く。

 やはり、とラジィは頷いた。ディブラーモールの魔術とはつまり「穴を掘る」ではないのだ。


「……これが一体何だっていうんです?」

「ティナが今山を掘った分の土の量と、後ろにかき捨てた土の量がね。全然違うのよ」

「ん?」


 ラジィの一言にクィスやフィンが改めてその二つを見比べれば、


「本当だ、ティナが後ろに捨てた土の方が少ない……」


 なるほど変だ、とクィスが不思議そうに呟いた。

 散らばって分散したから、というわけではない。明らかにティナが掘った分より、かき捨てた分の土の方が減っている。


「要するにモグラの魔獣だけどね、ディブラーモールはモグラと違って腕で穴を掘ってるんじゃなくて、魔術で穴を掘ってるのよ」


 モグラならただ腕で土を後ろにかき分けるだけだから、掘った分と後ろに追いやった分の土量に差が出るはずもない。


「土を減らす魔術、ということですか?」


 アウリスが興味深げ、というか意表を突かれたようで少しだけ興奮したように尋ねてくるが、ラジィは首を横に振る。


「だとしたらここに土の山は残ってないわよね」

「む、確かに」


 変だ、と一度は首を捻ったアウリスであったが、どうやら閃いたようだった。ポンと両手を打ち合わせる。


「ではディブラーモール両手の秘蹟紋フォーミュラは一時的に『土を圧縮している』のですね」

「流石、アウリスは理解が早いわね。私も多分そうじゃないかなと思ってるのよ」


 ああ、とフィンやクィス、ラオも頷いた。

 魔術で目の前の土を圧縮して後ろにかき捨てて、を繰り返すことでディブラーモールは地中を進むことができるのだろう。

 確かに普通のモグラとは穴の掘り方が違う。秘蹟紋フォーミュラを使用する、やはりディブラーモールは歴とした魔獣なのだ。


「……それが一体何だっていうんですか」


 方法は違えど結局は穴掘りモグラだろう、とティナは唇を悔しげに歪めるが、その偏見がある意味ディブラーモールを最弱の魔獣だ、という誤認識に固定しているのだとラジィとしては思う。


「私が教会で撃退した海神オセアノスの魔術師は圧縮した水を打ち出してきたわ。これは十分に破壊力のある攻撃魔術だったわね」


 そう。まだ名も知らぬ海神オセアノスの魔術師が射出してきた圧縮水弾は容易に木製の長椅子をぶち抜くことができていた。

 破壊力とは質量と速度であるというのはとあるヤクザの至言である。握力は絶対いらないだろうが……


「ティナ、もう一回土の山を爪でかいて貰える? 今度は後ろにかき捨てないで、両手で挟み込むようにするの」

「こ、こうですかね」


 土の山に抱きつくような形でティナが大きく開いた両手を閉じると、


「あ……」

「塊ができてますね」


 アウリスのいうとおり、両手で挟んだが為に圧縮された土の塊が今、ティナの両手の中にある。

 ラジィの指示で二度三度と同じことを繰り返せば、


「お、重い……」


 身体強化ができているはずのティナが片手で持つのが難しいほどに圧縮された土の塊が形成される。


「ハイじゃあそれを遠心力を利用してぶん投げる」


 なおティナの身体コントロールを誰一人として信用していないため、自然と一行はフィンの傍へと集まった。

 そのままフィンとラジィが対魔術防御の神殿作成を行なう横で、ぐるぐる回っていたティナが、


「どぅおりゃあああああっ!」


 ぶん投げた土の塊が近くの空き家に直撃。メキメキと木壁をぶち抜いて、更には当たり所も悪かったのだろう。その奥にあった大黒柱がへし折れたか、木製の家屋が一同の目の前で倒壊していく。

 流石にこれにはぶん投げたティナも拙いと思ったらしく、引きつった笑みを浮かべることしかできない。


「ま、まぁ、破壊力は証明されたといいますか……」


 アウリスがなんとか場の空気を立て直そうとフォローを始めるが、それで誤魔化されるラジィではない。


「……弁償代、ツケにしておくわね」

「はおっ!」


 情けない悲鳴を上げるティナはさておき、その一方で確かにこれは――


「攻撃魔術、と言っても差し支えなかろうよ。命中精度に恐ろしく難がありそうだが……」


 ラオが顎骨を擦りながら感心とも呆れともつかぬ声を漏らす。

 そう、これは攻撃魔術として十分な破壊力を備えているだろう。


 無言で佇む一同の前で、倒壊した家屋が中から押し上げられるように少し膨れあがった。

 恐らく無理矢理魔術で圧縮されていた土が元の嵩に戻ったのだ。


「結構強いって私が言った意味はもう分かって貰えたわよね」

「そっか……ディブラーモールが穴掘りしかしないからって、秘蹟紋フォーミュラをそれだけに使う必要なんてないんだね」


 クィスが感心したように自分の髪を掻き回した。

 いや、感心したというよりは己の認識の狭さを嘆いたのかもしれない。


「で、でも幾ら破壊力があっても当たらなきゃ意味ないですよ!」


 しかしそこで自分の投擲コントロールを鍛えようと考えないのがティナのティナたる所以である。

 この程度じゃ強いとは言えない、とラジィに食ってかかるこいつはほんとなー、と一同は生暖かい視線になってしまうが、ラジィにはまだ更にその先の思惑がある。


「なら次ね。さっきみたいに掌大の塊じゃなくて、もっと小さな、そうね。爪の先ぐらいまで圧縮してみて?」

「む?」


 言われたとおりにティナが土を両手で、今度は質量優先ではなく密度優先で土をどんどん圧縮していくが、


「できましたけど……多少は重いと言っても流石に小さいですよ」


 小石程度の大きさの、しかし鉛以上に重い小さな土の塊を、ティナは掌で転がしてみせる。

 さっきより投げやすいし、投げて当たれば確かに痛い。目にでも当たれば目蓋の上からでも十分に眼球程度なら潰せるだろうが……ティナの投擲術はご覧の通りだ。


「うん。ならそれはいったん置いておいて次ね。今度は空気を圧縮してみて貰える・・・・・・・・・・・・?」

「はい?」


 何を言われたのかよく分かってないようで、ティナがポカンと首を傾げてしまう。

 ラジィとしては別段おかしな事を言ったつもりはないのだが。


「空気? どうやって?」

「その両手で」

「は? この秘蹟紋フォーミュラが圧縮するのは土ですよ?」

「土だけしか圧縮できないって誰が決めたの?」

「え?」

『あ!!』


 一同は揃って驚愕の声を上げた。そう、ディブラーモールは地中を移動するために土を圧縮している。

 だが、なら本当にその秘蹟紋フォーミュラは土だけしか圧縮できないのか?


 ティナが恐る恐る空中で秘蹟紋フォーミュラを発動させながら空をかくと、


「あ……本当にできた」


 目には見えないが、今ティナの掌には重さを持った何かがある。即ちそれは魔術で圧縮された空気の塊だ。


「う、うーん。確かにびっくりだけど、これ、一体なにをどうすれば?」


 掌にある見えない空気の玉をお手玉しているティナは、まだその真価に気がつけていないようだ。


「それができたならもう後は簡単よ。さっきみたいにもう一回土の小さな塊を作って、それを指先側、空気の玉を掌側において両手で挟み込んで」


 言われたとおりにティナが二つの圧縮された玉を挟んで両手を組んで、やがて、


「キャッ!?」


 先に圧縮された空気の玉が魔術切れで膨張されればまだ圧縮されたままの土の玉が勢いよく前方に射出されて、先ほど倒壊した家屋の木壁に深々と突き刺さった。


「……」


 アリウスもティナも、クィスももはや呻き声すらこぼせず、呆然とその異様を眺めている。

 その視線の先で、魔術の圧縮が解除されたのだろう。木壁から土がわき出てはボロボロと零れ落ちていく。


「結構強いって私が言った意味、もう分かって貰えたわよね」

「圧縮空気による弾体の射出か。つがいは色々考えるものよなぁ」

「【書庫ビブリオシカ】は知識担当ですからね。しかしなるほど、確かにこれは極めて強力、というわけではないですが使い勝手は良さそうですね」


 土と空気さえあればいくらでも射撃魔術を発射できる。なるほど滅茶苦茶に強いというわけではないが、確かに結構強いと言っても差し支えはないだろう。

 しかもビビりのティナが前線に立つ必要が一切ない。ラジィやアウリスの後ろからチマチマと撃っていればいいのだ。戦力として十分にあてにできる。


「こ、こんな使い方があるだなんて……」

秘蹟紋フォーミュラによる圧縮魔術の解除タイミングを自在に制御できるようになれば、土がある場所なら弓並の速さで無限に弾が撃てるようになるわ。いえ、相手の姿勢を崩すだけなら空気の玉を射出するだけでもいいのよ」


 空気の玉を二つ形成、一つを射出して命中、破裂させれば圧縮した空気に物体は押しのけられる。空気だけでラジィの小指【裂空剣フィンド エンシス】みたいな使い方もできるのだ。

 手で投げるよりも命中精度は格段に高い。少し先を空けた爪先をそっちに向けるだけでよいのだから。無論、精密狙撃となると難しいだろうが、そこまでの精度はラジィも期待していない。


「多少は魔術と、あと掌の組み方とかは練習が必要だろうけどね。さぁもうディブラーモールが弱いだなんて言わせないわよ」

「うぐぐっ……肉を切られ、骨を断たれた……私の完敗ですよチキショー!」


 誰に負けたのか、悔しそうに叫ぶティナではあるが、その声に僅かながら喜色も混じっていることにラジィは気が付いた。

 これでティナの異常な劣等感も、多少は緩和されるだろう……されてくれるとよいのだが。




 後日に射撃訓練を重ねてある程度の命中率と連射の手順を身につけたティナのコンプレックスは僅かに改善されたようだ。

 結構、とラジィは笑った。ここからどんどんウルガータらのシマを強化していく予定である。

 アウリスはさておき、ティナもクィスもある程度一人でも戦える魔術師に仕上がった。


 であればこの先仮にラジィが倒れても、二人はそれなりに生きていける筈だ。




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