■ 045 ■ 芽蒔神と序列
「とりあえず、それを呑ませれば血結病はおさまるはずよ」
ラジィは自室に招いたマクローに、汎用のポーション瓶を手渡してそう告げる。
瓶は市販の汎用だが、中身はラジィのお手製である。
死後間もないハイドラバーの頸腺を圧迫して毒液を牙から絞り出し、その毒液を身体強化マンパワーで遠心分離。
溶血成分のみを取り出し【
子供が吐き出してしまわないよう甘み成分を付与して完成だ。しばらく魔術が使えなくなるという弊害があるが、幼子なら別に問題あるまい。
「私のような不肖の身に、何とお礼を言っていいやら……まことにありがとうございます」
騎士マクロー、いやただのマクローが深々と頭を下げるが、対価となる情報は既に前払いで頂いているのでラジィとしてはこそばゆいだけだ。
「これ一本を飲ませれば、あとは何の処置も必要ないのですか?」
「ええ。血結病は血液中に一度魔術の核ができてしまうことで
そうラジィが告げると、マクローがホッと胸をなで下ろす。
もっとも血結病は優れた魔力持ちがかかりやすい病気だ。絶対に再発しないということはないが――確率としては道を歩いていたら通り魔に襲われる程度だろう。その時は諦めてまたリュカバースへ来て貰うしかない。
「クィスを裏切ってまで生かした子供なんだから、責任持って大人になるまでちゃんと育てなさいよ」
「……エルダート様は、私を責めないのですか?」
どこか責められたそうにマクローが問うてくるが、ラジィはそういう自慰行為に付き合うつもりはない。
「責める意味がないわ。誰かにとっての不幸は誰かにとっての幸福よ。私にとって貴方はただ救うべき命の選択をした人ってだけね。私が貴方を責める時があるとしたら、貴方が他人を殺してまで救った命を蔑ろにした時よ」
つまり何があろうと、どのような理由だろうと娘が大人になるまでの間にマクローが育児放棄をしたら、その時はラジィもマクローの敵になると言うことだ。
遠回りに自己満足の割腹自殺など許さない、と告げられて、マクローは自然と頭を下げた。
「ただ、そうね。もし語れるならステネルス第二王子が何故そこまでしてスティクス第三王子を殺したがっていたのか教えてくれる?」
そうラジィに告げられて僅かにマクローは考え込み、まぁ話しても問題ない範囲かと判断したようだ。
別に秘密にされているわけでもないので、簡単に
「なるほどね。108の序列か。そういう仕組みなら確かにスティクスは排除したいわよね」
ステネルスの唱えた聖句をラジィは思い出す。
――我ら大地に蒔かれし竜骨、
その聖句にあるように、先祖返りである
その108人の枠をスティクスが無駄に占めているなら、それはやはり排除しておきたいだろうとラジィとしても思う。
「貴方は近衛だったと聞いたけど、108人の中には入っていないのね?」
「はい、私は序列332位です。808の序列は占めていますが、国防的にさほど重要ではありません」
実戦配備可能な魔術師は人口あたり千人に一人いればいい方だ。要するにリュキア王国の人口が八十八万を超えた時点で初めて、序列争いが熾烈になるということである。
しかし現在のリュキア王国の人口はだいたい百万人だそうで、ということはマクローも十分「死んだ方がいいリスト」に名を連ねているはずであるが、
「現時点で808の序列は定員割れを起こしています。平たく言えば既得権益が平民出身の序列を認めたくないが為に……」
教義を理解し、その上で聖句を唱えなければ神に祈りは届かない。
要するに
「ああ……そういうのあるのねこの国にも。魔術の才より積み重ねた歴史の方が重いっていう倒錯した思考」
「はい、そのための戦力不足を冒険者ギルドが補填している形ですね」
そもそもが大半の魔術は人が魔獣と戦うために神から与えられた力だ。
それを生まれが育ちが、という理由でケチ付けるのは完全に人の都合であり、愚かしさの露呈であるのだが。
「
「笑い話じゃないんだけどね」
ラジィとマクローは組織の酸いも甘いも吸いわけた苦笑を見合わせる。阿呆に散々苦労させられた者特有の表情がそこにはあった。
「ステネルス第二王子殿下はあれ、序列何位なの?」
「殿下の先祖返りであるヒュペレノールは序列第五位ですね」
わお、とラジィは内心で悲鳴を上げた。あれより強いのがこの国にはまだ四人もいるということなのだから。
彼が地上に降りてくるまで、
「ですが序列一位と二位は常に不在です。序列三位は
「あ、それは少し安心だわ」
マクロー曰く、
第三位は序列を今誰が持っているかを判別する役で戦闘向きではないらしく、だから序列第五位のステネルス第二王子が実質的な第二位にあるのだそうだ。
ちなみに序列第三位は第二王妃、序列四位は父王であるそうで、第一王子は序列第七位だそうだ。
そりゃあ揉めるな、とラジィも王位継承戦のややこしさを理解した。
単純な戦闘魔術師としての才能はつまり現国王、第二王子、第一王子という順番であろう。
しかし序列としては第二王子の母、現国王、第二王子、第一王子という順番で、だから第二王妃としては序列も実力も上の第二王子が次の王になるべきと主張しているのだそうだ。
「第二王妃は序列三位なのに第一王妃じゃないのね」
「国王陛下が第一王妃とご結婚なさった時点ではまだ第二王妃は序列三位ではありませなんだので……」
マクロー曰く、上の序列が該当者死亡などで空いた場合、資質がある別の魔術師がそこに納まるのだそうだ。
そうして序列第三位になったが為に第二王妃は国王に嫁ぐことになったそうで、この国の貴族社会マジで面倒くさそうだな、とラジィは聞いただけでうんざりしてきた。
「スティクス第三王子は幾つだったの?」
「殿下は序列六十六位でした。今は別の者がその序列に納まっていますが……殿下は生きていらっしゃいますよね?」
マクローとしてはそれが不思議らしいし、確かにそう言われるとラジィとしても不思議ではあるが、
「想像だけど、クィスが
腹心だったマクローに裏切られ、リュキアを守るより壊す力を求めたクィスは、だから
「なるほど、そういうことですか……それで済むと、分かっていたなら」
あんな人として最低のことをせずに済んだのに、とマクローは言いたいのだろうが。
ラジィからすれば心底
いずれにせよ過去は変えられないということだ。
「マクローさんは今後の職は何を?」
「第二王子殿下より街道調査を行なう兵士の役を賜りましたので、以後はそれで身を立てていきたいと考えております」
そこでマクローを殺さないあたり、第二王子は結構いい奴だよなぁとラジィは少しだけ感心する。
根っこの性格が悪いというわけではないのだろう。実際対峙した時も最終的にステネルスは一騎打ちに応じたし。
ま、それを言ってもクィスの王子嫌いは何も変わらないだろうし、変える必要もない。クィスにとっては己の暗殺を企てた敵であることに変わりはないのだから。
薬を手に、マクローはクィスに謝罪もせず教会を後にした。
薬がまた壊されるのではという不安もあるにはあったのだろうが、そもそも謝罪とは自己満足を除けば許しを請うために行なうことだ。
もう自分がスティクスに許されるはずもないと分かっているから、マクローは謝罪することすらできないのだろう。
謝罪をしたところでどうせクィスを怒らせるだけ。誰も幸せになどなれないのだから。
マクローとクィスは今後袖振り合うこともない、ただの他人だ。それが誰にとっても幸せな結末なのだ。
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