■ 011 ■ ドラドラドラ!
「おいおいおいおいラジィよなんだありゃあ、あんなの聞いてねぇぞ!?」
高台のガゼボで、ウルガータが困惑も露わに頭を掻き毟って椅子から立ち上がった。
謎の騎士団を協力して撃退、そういう話だったはずがいきなり海からドラゴンがフンガー現れて炎を吐きやがる。あのガキ俺たちを欺きやがったか、と怒りに目が眩みそうになり、
「エルダート嬢にとっても予想外である可能性は捨てきらない方がいい」
ブルーノにそう釘を刺されてウルガータは理性を取り戻す。そうだ、予想外は常に起こりうる。
そも三日前のウルガータからすればこの街に火種が仕込まれていただなんて予想すらできないだろう。今ここに自分がいること自体が想定外なんだから、文句を言う暇があったら状況に適応すべきだ。
何より、この騒ぎが終わった後にはラジィに用心棒を任せねばウルガータとブルーノは物理的に命がヤバイのだ。ラジィに対し不信や悪感情は抱かない方がいい。
「忠告感謝だ、ブルーノ」
ウルガータが下げた頭にブルーノは顎を一つ引いただけで応える。今は違うファミリーを率いてはいるが、二人は元々一組でやってきた仲だ。背中を預けられる間柄だ。
ブルーノが裏切るなら仕方ないと思えるほどに、ウルガータはブルーノを信用している。逆もまた然りだからこそ、少女の提案に迷うことなくブルーノも乗った。両者はそういう関係だ。今も、そしてこれからも。
「あちらの詳細を把握しに行く。予定通りの行動は任せた」
「あいよ、気ぃつけろよ? 相手はドラゴンちゃんだ、話ができるとは思えねぇ」
「私は会話は苦手だ」
「いや、うん……お前時々話通じねぇもんな」
ジョークだったんだが、と軽くウルガータは苦笑して、ブルーノまで去ったガゼボに再び腰を下ろす。
改めて高台から眼下を見やれば、港から逃れようとする人の流れに反して、港へと向かっていく人影もチラホラ見受けられる。
竜に向かっていくのは、恐らくだが主催者の配下たちだろう。ランベールに辿り着くまでのラジィの手によってその人数は既に半減してなお、未だ士気は衰えないらしい。そこだけはウルガータも素直に感心してしまう。
「そういやラジィも街ごと焼きたがる主催者の意図が分かんねぇっつってたか……まさかあの竜を炙り出すため、とかじゃねぇだろうなぁ」
嫌な想像だ、とウルガータは自分の言葉に背筋が寒くなった。もしそうなら、あんなものがリュカバースに潜んでいたということになるわけで。
それが一匹だけならいい――いやよくないがまだ許せるものの、この先も二匹三匹と現れるのでは生きた心地がしない。
「……いや、んなわけねぇか。あのドラゴンちゃんは海から来たんだもんなぁ」
そう後ろ手に頭をかきながら、ウルガータはしかしどうにも落ち着かない。
こういう時のウルガータの感はよく当たるのだ。特に悪い予感に関してはバシバシと。
§ § §
「マチュー、出港の準備をしておけ!」
部下に命令一つを残すと、ランベールはもはやラジィには目もくれず甲板から飛び降り、桟橋を駆ける。
狙い殺すべきが明らかになったのであればもはや虐殺も不要。堂々と胸を張ってノクティルカ国騎士の使命を果たすのみだ。
「貴方たちはあれを殺しに来た、ってことでいいの?」
隣にラジィが併走していることに気が付いたランベールは、然りと頷いてチラとラジィを見やる。
「共同戦線を願いたい。流石に竜と戦うには戦力が心許ない」
「その戦力を心許なくしたのは私なわけで、要するに貴方は隙あらば私を背中から切りたいのよね?」
「任務中に果てるのもまた騎士の役目。部下たちもその覚悟はしているし、殺されてもやむを得ない仕事をしている自覚はある」
そっか、とラジィは鷹揚に頷いた。悪い人間ではないのだろうと理解する。
もとより、良き人も悪しき人も状況次第では人を殺すことを孤児だったラジィは知っている。己が生きるためなら、誰だって他者を殺す。それが生命の原罪だ。
「
「ランベールだ。
「大変なお仕事ね」
「君ほどではないさ。未成年の子供に頼るのは騎士として恥ずべきことだが――宜しく頼む」
両者の目の前ではいよいよ赤竜がその身体を海から引きずり出し、埠頭に屹立している。
大きさはラジィが戦った旧ラオと同等程度か。もっとも旧ラオほどの圧迫感は感じられないから、エルダーではない普通のドラゴンだろう。
だからといって、容易に勝てるような相手ではない。
――なんか、ドラゴンとばっかり縁があるわね。何なのかしら。
今のラジィには
要するにラジィの強みは一切生かせず素の戦闘能力で当たらねばならないとあらば、ドラゴンはやはり死を覚悟して挑むべき恐るべき暴威である。
「ま、文句を言っても始まらないわね――
「グォアアアアアアア!!」
ラジィの勧告に、返されるは炎のブレスだ。
ラジィとランベールは横っ飛びにそれを躱すが、呼吸だけでも喉が焼ける程の熱気はそれだけで人の身体機能を制限する。
無呼吸のままラジィは武器を
竜を切りたければ先ずは竜鱗を剥がすことが最優先だ。竜麟の上から竜の肉を切るのは全力のラジィですら不可能である。
轟、と振りかぶられた前脚がラジィへ向けて振り下ろされる。
ご丁寧にもその前脚もまた灼熱の炎を纏っていて、なるべく距離を取って躱さないと擦っただけで肌が溶けかねない程だ。
「ぬぅん!」
ラジィから意識を削がんとランベールが逆の首を狙うが、此方は上手く竜鱗を剥ぎ落とす前に竜が機敏に反応した。
首を振るっての噛み付きをかろうじて回避するも、余熱でランベールの服が燃え始める。
「【
ラジィが地母神の加護で風を起こすと、突風がうねりとなって海水を巻き上げ周囲に海水の雨を降らす。
「すまない、助かったレディ!」
「視界の悪化には注意して!」
これでそうそう服に引火することはなくなったが、同時に赤竜にも降り注いだ海水が即座に蒸発して周囲は薄もやに包まれる。
多少の水では冷却もままならない、むしろ高熱の蒸気に蒸し焼きにされそうな勢いである。
「隊長!」
しかしこれだけ巨竜が吠えれば、その雄叫びは嫌でもリュカバースの街じゅうに響こうというもの。
正しい攻撃目標を把握したランベールの部下たちが参集してきて、赤竜を中心に円陣を組む。
「二人一組で波状攻撃を仕掛けろ! 一人で突出するなよ!」
「了解!」
十数人からなる、黒い衣服に身を包んだ火祭り実行犯たちの連携は見事なもので、一旦ラジィとランベールは竜から距離を取った。
近くにいては呼吸もままならないとあって、ここでの助太刀は正直ラジィとしてもかなりありがたい。
「レディ・エルダート、もう一度雨を降らせられるか?」
「わかったわ、【
再びの降雨が全員を濡れ鼠に変えて、周囲はより一層の蒸気に包まれる。
流石は竜、楽には勝てないなとラジィは不快指数が弥増した戦場に額の汗を拭う。
この視界の悪化が悪く働かねばいいが、まで考えたところで竜を中心に魔力が収束し始めた。一つ、二つ、三つと増えるそれは、だからブレスではない。
「注意して、魔術が来るわ!」
「ギャオオオオオオオン!!」
赤竜の背中に六つ、
妖しい光を讃えたそれはみるみるうちに圧縮された火の玉となり、一つはラジィに、一つはランベールに、残る四つは今まさに赤竜に斬りかかろうとした騎士たちへと撃ち出される。
防御など論外としか思えないそれを何とかラジィとランベールは回避したが、丁度一歩を踏みこんでいたランベールの部下の一人にそれは躱せなかった。
着弾と同時に弾けた火球が消え去った後に残るは、炭化した人の輪郭のみだ。
それとて瞬く間に脆くも崩れ去って、人であった痕跡すらあっという間に消え去ってしまう。
その場の誰もがその光景に戦慄する。これが、これこそが竜と戦うということだ。
任務のためなら死をも恐れぬ屈強な戦士たちにすら、生物的な畏怖を掻き立て怯えさせ足を竦ませる。
人は神に祈らねば魔術など行使できないというに、それを嘲笑うかのように魔術を駆使して暴れ回る。
故にそれらを、人は魔獣と呼ぶのである。
だが、逆に言えば、
「
人には神の加護があるが、魔獣はその庇護に預かれないということでもある。
「我ら
ラジィの魔術が折れかける心に浸透して支えと成す。彼らの使命を呼び起こす。
何のためにここに来たのか。何のために汚名を承知でここまで来たのか。何を成すためにここにいるのか。
「怯むな、私に続け!」
全ては予言から祖国を救うために、我らはここに来たのではないのか! ならば臆する暇などどこにある!
ランベールが、その配下が連携して赤竜に挑む。襲う、剣を突き立てて鱗を剥ぎ取る。
尾撃で、爪で、火弾でブレスで一人、また一人と倒れようと、命に替えてもこいつを殺すとばかりに攻撃の手は緩めない。
そうして首の鱗があらかた引き剥がされた赤竜はどうやら、現時点における自らの不利を覚ったらしい。
「! 拙いわあいつ逃げるつもりよ!」
ラジィの声に、しかし流石にランベールたちもどうしていいか分からない。質量勝負となるとどうやっても人は竜には勝ち得ない。
肉壁など何の役にも立ちはしない。決死の覚悟でも一瞬の時も稼げないと正確に計算できてしまうから、くるりと向きを変えようとする竜を前に為す術もなく――
「そういう時は目を潰すに限る」
声と共に投じられた何かが二つ、赤竜の顔面に激突して破裂する。
弾けたそれの中身はどうやら粘性の高い真っ黒な液体のようで、もはやどっちがどっちか分からなくなった竜が弧を描くようにその場で足踏みを始めた。
「邪魔だったか?」
「まさか、ありがとうブルーノ! 助かったわ」
闇夜からぬるりと現れ出でた男に、ラジィは飛びついて感謝の意を示す。
目つぶしとは小癪な真似だが、単純にして極めて有効な妨害だ。
だが触れるだけで衣服が燃えるような竜に対しては、液体である以上そう長くは持たない。蒸発するまえにここで勝負を決めたいが、
「グゥアアアアッ!!」
目を潰された赤竜は無差別攻撃に移行したようだ。
後から後から火弾が四方八方に撃ち放たれて近づくこともままならない。
「くうっ、あいつの魔力切れより目つぶしが蒸発する方が早そうね……もう一手、何かないかしら」
視界を塞がれ、滅多矢鱈に火弾をばらまいていた赤竜ではあったが、ふいに、
「グオッ!?」
その足元が崩れ、まるで落とし穴に嵌ったかのようにバランスを崩してたたらを踏んだ。
これは――これが待ち望んだ好機だ!
「
この機を逃すようでは【
「研ぎ澄まされた真の暴力というものを教えてあげるわドラゴン。神の威光にひれ伏しなさい」
「その首、【
輝く刃が、赤竜の首めがけ弧を描いて走り抜け――
「成敗!」
ゴトリ、と赤竜の頭が地に落ちた。
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