■ 005 ■ 新天地
昼夜を問わずラジィを乗せたフィンは海岸線を走り抜けた。
元よりリグレフォティス古戦場はシヴェル大陸の端っこ近くにあったが、今ラジィたちがいるのは既にシヴェル大陸の北端に近い。
「どうせなら海を越えたいわね。そこまで行けば流石に
「主さま、
仲間を追跡犯か何かのように言うラジィに、しかしフィンは呆れかえったりはしない。
なにせ書庫にいる時からラジィはそんな感じだったので、要するにいつものことだからだ。
「吾が
町の外、ということもあり今はラジィの肩にいる
「その
ラジィとしてはそっちの方が気がかりである。そもそもラジィはまだ十三歳だ。成人まであと五年もあるし、結婚など考えたこともない。
ましてや相手が人間ですらない、しかも骨と鱗と魔道具の集合体であれば尚更だ。
「もしかしてあれ? 自分より強い奴に求婚するとかいう脳筋ムーブだったら御免被るわ。私はレディだからそういう野蛮なの嫌いなのよ」
「否。吾の魂の一片まで全て汝の神気で染め上げられてしまったのでな。これを魂の婚姻と言わずして何と呼ぶ」
どうやら最後の一撃として放った、地母神流剣衝奥義。あれはラジィの魂を一部削り取って神気に変換する程の一撃だったようで、要するにラジィは命を削っていたということだ。
それを
「うわっ、魂を燃やせとかよくディーが言ってたけど本当にうっかり燃えちゃうものなのね」
「普通は燃えませんぞ主さま。主さまが後先考えない行き当たりばったり前のめりの生き方しかしていないからでしょう」
「失礼ね、ディーよりかは考えてるわ!」
「それは殆ど考えてないのと一緒です」
あまりにツァディに失礼な会話である。
なお戦場では鬼神の如きツァディだが、日常生活ではよっぽどラジィより色々考えて日々を過ごしている。あまりにツァディに失礼な両者であった。
「まあいいわ。なら私と交尾したいとかそういうんじゃないのね?」
「主さま、もうすこし表現を抑えましょう」
「魂が繋がっているのにわざわざ肉体の繋がりなどは求めぬよ」
そういうことならまあいいか、とラジィは考えるのを止めた。この娘、本当に行き当たりばったりの人生である。
「なら一緒に行きましょ。貴方、名前は?」
「ラーオコーンゴートネースフォルナス・ナウィタコンバスティオ」
「え?」
「ラーオコーンゴートネースフォルナス・ナウィタコンバスティオ」
ラジィは匙を投げた。
「長いわ。フォルナスでいいわよね」
「できればラオと。それは吾が母の愛称故」
なるほどとラジィは頷いた。父や母の名を自分の名にくっつける文化は人間にも割とあるし、だからあんなに長い名前になるのだろう。
「分かったわラオ。私はジィでいいわよ、親しい人はそう呼ぶから」
「心得たジィ、吾が
改めて、三人旅である。
現状、ラジィの全財産は今着ている服とフィンが回収した聖霊銀剣、今や刃こぼれしてただの鈍器になった緋紅金のこん棒。刀身半ばで砕けた竜麟の剣。そして、
「お金がないと船には乗れませんな」
「お金ならあるわよ。奴隷商のところからかっぱらってきたから」
「……油断も隙もありませんなぁ」
ラジィは元貧乏孤児であるので、そういう手癖の悪さが染みついているのである。食糧、予備の衣服、金庫の中身、それら適当に拝借した奴隷商の財産は背嚢に詰められていまラジィの背中にある。
呆れた聖職者だとフィンは頭を振った。そう、忘れがちだがラジィはこれでも聖職者なのだ。
なお魔獣に抗う力を与えたもうた
とまれ、財産である。
「むー、末端のショボさから大した組織じゃないと思っていたけどやっぱり内部留保が少ないわ」
揺れるフィンの背中で器用に
一人が使える金としては十分だが、組織運営を念頭に置くと大した金額ではない。やはり下っ端が腐ってる組織はダメね、なんて笑ってラジィは革袋を背嚢へと戻す。
「ま、何にせよ私とフィンが船に乗るくらいはあるわね。それだけは結構なことよ」
「ジィ、吾もいるのだが」
「ラオはタダ乗りでいいでしょ」
「……」「……」
そうして海岸沿いを走り抜けたラジィたちはそこそこ大きな港町に辿り着くと、そこから迷わず旅客船に乗り込んでシヴェル大陸を後にした。
船旅には、まあ特筆すべきようなことはない。
あえて言うなら海賊船に拿捕されそうになった結果、一人と二匹が大暴れして更に財産を増やした程度だろう。ラジィにとっては別段記憶するほどのことでもない。
§ § §
「ここ、良さそうね! 期待できるわ!」
港を目前にしてニャアニャア鳴く海猫を頭上に、ラジィは船縁から身を乗り出して港を見やった。白い髪が海風に嬲られてはらりとそよぐ。
内海を脱出後、船を変えてさらに北上。
二度の航海を経てラジィたちが辿り着いたのは、シヴェル大陸の北に位置する陸地にある小国リュキア、その第二の港町だというリュカバースである。
船から見える限りでは
何よりシヴェル大陸からの直行便がないというのが素晴らしい。何かやらかしてとんずらするにしてもいろいろ時間は稼げるだろう。
入港したのちの入管ではフィンの扱いについて多少揉めたものの、「人語を喋れるのに人扱いしないのは差別だ」というラジィのゴリ押しで乗り切った。
勢いでガンガンまくれば所詮下っ端の役人など強く出ようともしてこないことをラジィはよく知っているのである。もっとも渡した袖の下が一番効いているであろうことは疑いないが。
「今の主さまを見たらカイ様がお嘆きになりましょうぞ」
「フィンは聖獣だから知らないのよ。
そもそもからして【
【
役人が賄賂を受け取らない国などシヴェル大陸には一つとして存在しなかった。海向こうとは言えこのリュキア国もまた同じでしかない。それだけの話だ。
港で適当な両替商をとっ捕まえ、先ずは十万オラス程を両替する。現地通貨はカルというらしく、十万オラスが八万五千カルになった。
多分かなりボッたくられてはいるだろうが、そこはまぁラジィは気にしない。ひとまず今日の宿さえ取れればそれでいいのである。
宿に取ったのはポート・ムティナというそこそこ品格のあるホテルである。一泊二万カルだ。
追加で五千カル払えば従魔も部屋に入れることができるとあって、やはり入管のあれは賄賂を欲しがっていたのだなとラジィはケラケラ笑った。ホテルで従魔が許されているなら、入管で従魔が難癖付けられるいわれはない。
部屋の鍵を受け取り、ベッドにポスンと腰を下ろして、
「【
魔力を編み上げて、己が固有魔術を、ラジィを【
一瞬だけラジィの頭上に現れた魔術で編まれた箱を見やって、ラオが骨の頭を器用に傾げた。
「ジィよ、それはどういう魔術なのだ?」
「んー、まあ魂でもう繋がっちゃってるなら教えちゃってもいいかな」
敵だったラオに手札を開示してよいものかは悩んだが、ラオの総魔力量はかなり目減りしているようだし、再戦になってもまぁ大丈夫かとラジィは一応ラオを信用することにした。
「私の魔術は記録と計算なの。【
「……いまいちそれをする意味が分からぬが、何の役に立つのだ?」
「んー、凄く雑に言えば未来予知よ。現状の情報から次を予想することで、この先の未来を先んじて知ることができるの。ラオの攻撃を先読みし続けられたのはそれが理由ね」
ラジィの魔術とは即ち
そして算出した結果からもっとも自分にとって望ましい状況へ至るように肉体を移動させる。即ち厳密には未来予知ではない。あくまで極めて確度の高い未来予測だ。
この未来予測は当然のように乱数が少なければ少ないほど確度が上がるし、また事前の観測期間を長く取れば取るほどにやはり精度が上がる。
ラジィがラオとの対決前に二週間を観測に費やしたのもそれが理由である。もっともブレスを観測できず計算はかなりの修正を求められる結果となったように、万能の未来予測とはほど遠い。
だがそれでもこの魔術はラジィに未来予知にも近い力を与えてくれる、戦闘時には欠かすことのできないラジィの生命線である。
ちなみにこれなしでもラジィは魔術による身体強化を使え、その性能は並の騎士や魔獣程度なら余裕でぶちのめせる程だ。
というのもこれまで主な鍛錬相手だったツァディは予測できても避けられない速度の攻撃をガンガン繰り出してくるので、素の能力も底上げせねばどうやっても太刀打ちできなかったからだ。
「初めて来た街だから、先ずは念入りに観測しないとね。滞在費を稼ぐにしても全てはそれからよ」
この港町リュカバースは人口もかなり多いし、信用するに足る確度の未来予測ができるようになるまでは一ヶ月はかかるだろう。
奴隷商の予算に加え、今は海賊から分捕った金もラジィの懐に納まっている。一ヶ月ぐらいはこの宿ポート・ムティナで働かずゆっくりしていても問題ない。
そうしてダラダラ一日を過ごし、夕食の後にさて、
「【
今の【
「おーう……リュカバースが燃えているわ……」
【
三日後の夜に港町リュカバースは焔の中に崩れ去るだろう。現時点での予測確度は九割八分九厘。即ちこれはラジィが介入しない限りほぼ確定された未来である。
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