■ 006 ■ 戦う理由は見つかったか

「リュカバースが燃えている、というのは? 主さま」

「そのままの意味よ。都市は炎に包まれ、家は倒壊し瓦礫と灰になって崩れ去り、そして結構多くの人が死ぬ」


 【霊算器マシヌラ・カリキュメトリア】との接続を切って、怠そうにラジィはベッドへ身を投げ出した。

 怠そうに、あるいは極めて嫌そうに。あるいは極めて不服そうに。あるいは、この世の全てを呪うように。


「それでジィ、吾がつがい。汝はどうするのだ?」

「それが悩ましいのよね。【至高の十人デカサンクティ】としては多分、なにもしないのが正解だから」

「人が、沢山死ぬのですよね?」


 フィンが山羊面の目を丸くしているのが、ラジィには少しだけおかしくて仕方ない。

 この聖獣は獣のくせに、人よりもよっぽど高貴な人格・・を形成しているのだと。


「そうよ。このまま放っておくとリュカバースここは壊滅するけど、それが人の手によるもの・・・・・・・・なら地母神教マーター・マグナとしてできることはないわ」

「……成程、そういう理由ですか」


 フィンが納得したように頷いた。そう、地母神マーターは魔獣に抗する手段たる数多の魔術を人に与えたもうた。故に地母神教マーター・マグナはそれに倣い人の生活を助け魔獣を討つ。

 だが、ならば人が人を害するような場合では地母神教マーター・マグナはどうするのか? 答えは人道の範囲に基づき行動する、だ。人類同士の戦争は地母神教マーター・マグナにとって専門外である。

 納得し、だからこそフィンはラジィがまだ何かを躊躇っている事にも気がつけた。答えがそう決まり切っているなら、ラジィは「悩ましい」とは言わないわけで。


「では、主さまは何をお悩みなのですか?」

「つまりね、フィンは人かどうかって、そういう話」

「成程な、それは確かに悩ましい」


 ラオがサイドテーブルの上に腰を下ろし、器用に腕を組んでみせる。

 骨の身体に表情はない。だがどこかしらそこに愛嬌を見いだすのは、はたしてラオの意図かそれともフィンの錯覚か。

 否。恐らく今はそういう話をしているのだとようやくフィンはことの全貌を把握するに及んだ。


「この街を焼くのは人間ではない。しかし社会性を持った意思疎通の叶う相手である、そういうことですか」


 肯定するのが嫌だからかラジィは顎を引くように頷いて言葉での明言を避けた。

 そう、たとえばエルフ。たとえばドワーフ。この世界には人間ではないが人類に含まれる種族は少なからず存在する。


「面倒な話よね。だから私は巡礼なんかに出たくなかったのよ」


 ベッドに投げ出された脚を組んで、ラジィは恨めしげに天井を睨み付ける。

 ワンピースの裾が盛大にめくれて危険な領域まで太股が露わになるが、それはラジィにとって気にすることではない。フィンもラオも雄だが、ラジィの中では既に身内枠に納まっているのだ。


「どこまでを人と見做すかってのはね、地母神教マーター・マグナの中でも綺麗な線引きはされてないの。要するにグレーゾーンで、現場での配慮を求められてその失敗は組織ではなく個人に帰するのよ。つまり上手く立ち回れば地母神教マーター・マグナの手柄で、失敗すれば私のミスってこと。最初から巡礼ってのは人間を相手取る、人と人との駆け引きに過ぎないってわけ」

「そのようなことはないでしょう。実際、主さまは人に害を成す魔獣を滅したではありませんか。それは多くの人の助けとなりましょう」


 チラとフィンがラオを見やってそう慰めるが、ラジィはフィンのほうを見ようともせず、視線は天井に固定されたままだ。


「ねぇフィン。私が巡礼の旅に出て、ここまでで屠った相手の数。魔獣と人とどっちが多かった?」


 そしてその答えが全てである。フィンは押し黙らざるを得なかった。倒した魔獣は古死長竜アンデッドエルダードラゴン一匹だが、殺した人間はゴズ某や海賊を始め一人や二人では済まないわけで。

 殺害自体をフィンは責める気はない。鎖に繋がれた、四肢が腐りかけているような少女の前で口元と腰紐をだらしなく緩められる下種、そんなものを殺めて非難される謂れなどないだろう。


 その後だって腐りかけの四肢で多勢に無勢、ラオがいなければ数の暴力に屈していた可能性も高かった。

 船上での海賊退治は人質を取られたら負けだから、とにかく数を減らしつつ賊の戦意を速攻で折ることが最優先に求められた。自分と、あと罪無き船員の安全のためにも手加減している余裕がなかったのだ。


 どちらも普通に正当防衛の範囲だ。だがそんな事情をマルっと無視して頭数だけで考えれば、この巡礼でラジィが殺した人の数は魔獣より多いのだ。


「社会に出る、っていうのは弱者を食い物にしたがる人の愚かさと死ぬまで戦い続けるってことよ。先代様たちはよくもまあ絶望せず【至高の十人デカサンクティ】を勤め上げられたものよ。尊敬しちゃうわ」


 こうなることが分かっていたからラジィは子供のように駄々をこねて、のんべんだらりと巡礼を拒否しようとしたのだ。もう少し子供のままでいさせてくれてもいいじゃないか、と。


 もっとも、ラジィ自身はそれが詭弁であることを自分でも分かっている。元は孤児だったラジィは地母神教マーター・マグナに入る前からずっと、己を含む人の愚かさと戦い続けていて、時に勝ったり負けたりしている。最初から子供でいられた時間などラジィにはなかったわけで、まぁ今さらの話だ。

 ただちょっと【至高の聖域サクロ・サンクトゥス】の居心地がよかったから、もう少しあそこでダラダラしていたいなと思っていただけだ。


 己を追い出した【神殿テンプル】、カイ・エルメレクのこともラジィは別段恨んだりはしていない。

 ラジィが今子供でいられなかったのはラジィを孤児にした親、あるいは社会のせいであって、カイのせいでも地母神教マーター・マグナのせいでもないのだから。


 しかしそれでもやはり、この巡礼はラジィにとって意味はない。どれだけ人を魔獣から助けたって、その余力で人は奪い合うし殺し合う。

 あまりに馬鹿らしくて、人を助けようと思うことそれ自体に興味を失ってしまいそうになる。

 だけど、


「ですが主さま、明日お腹が減ることは今日食事をしない理由にはならないでしょう」


 聖獣スフィンクスのその極めて真っ当な言葉に、ラジィは苦笑してベッドから身を起こした。


「ま、結局はそれなのよね」


 明日どこかの誰かが悪行を成そうと、それは今日どこかの誰かを助けることなど無意味と否定する理由にはならない。なってはならない。

 人の善たる所以は世の中が今まさに善であるという現状にではなく、世の中が善くありますようにと務める行動の中にこそあるのだから。


かつえる民に温もりを、難き道行きに安寧を。只人にそれが成せぬというなら、私がそれを成しましょう」


 ラジィは謳うように紡ぐ。偉大なる地母神マーターの言葉として伝えられている、地母神教マーター・マグナのもっとも基本的な教義だ。

 そして今の地母神教マーター・マグナには実利的な意味で「だからお布施を頂戴ね」と続くわけで、そして今のラジィはその広告塔である巡礼中だ。


「結構。街一つ焼くみたいな雑な暴力なんて下の下だわ。愚か者どもに本物の暴力って奴を教えてあげましょうね」

「主さま、その物言いは地母神教マーター・マグナ徒としてどうかと思いますが」

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