第四部「硝煙のむこうに見えるのは」10

「…イアンさん?イアンさん!」

 ラティーカが受話器にむかって叫ぶ。唐突に途切れた電話は、完全に沈黙していた。

 La lynxの店内、キッチンの隣りにある小さな部屋だ。もとは使用人の控室だったという部屋で、今は店で働く女達の休憩スペースになっている。人の出入りが多いホールの電話より、落ち着いて話ができるこちらの方を、ラティーカはもっぱら使っていた。

 日課の定時連絡の最中、重く耳障りな音が屋敷を震わせたのと同時に電話が途切れた。受話器を放り出すと、ラティーカは青い顔で廊下に出る。

 用心棒の男たちが、張り詰めた表情で廊下を駆けていく。そのうちの一人が振り返り、怒鳴った。

『女達は奥にいろ!窓に近づくな!』

 それだけ言って走り去る。ラティーカは呆然とそれを見送ってから、奥のダイニングの方へ向かった。ホールとキッチンにつながっていて、開店前に働く女達が集まる場所だ。皆そこにいるだろう。

 どこからか怒号と、何かが砕ける音。冷たい汗が背中を伝う。

 予想通り、ダイニングには人が集まっていた。洗濯や料理をする女達と、その子供たちだ。みな不安げに、お互いの顔を見合わせている。

『ああ、先生!』

 中の一人がラティーカに駆け寄る。

『何があったんでしょう?玄関からすごい音がして、男連中が大慌てで…』

『わかりません、一体なにが…』

 そう言いかけたとき、鋭い破裂音がダイニングまで届いた。間違いなく銃声だ。怒声が一層強まる。

『…子供たちを上の階に』

 喉が詰まりそうになりながら、ラティーカはなんとかそれだけ言った。

 女たちの一人が子供たちを連れて、階段を登っていく。怯えて黙り込んだ子もいれば、いまにも騒音のする方へ駆け出したそうな男の子もいた。とにかく、今は騒動の中心から遠ざけなければ。

 唾を飲み下し、立ちすくむ女たちに向き直る。

『ルボシュさんは、今どちらに…』

 言いかけた言葉は、悲鳴に遮られた。

 勝手口に続く廊下から、誰かが突き飛ばされるように倒れ込んだ。電話中に笑いかけてくれた、洗濯かごの女だ。ラティーカの表情が凍りつく。

「なんだ、いるじゃねえか」

 その後ろから、見知らぬ男が現れた。無精髭に覆われた口元を歪め、視線で女たちを舐めまわす。

「商売女じゃねえのか。まあいい…おい!こっちだ!」

 肩越しに背後に怒鳴る。無遠慮な足音が廊下から聞こえてきた。身を寄せ合う女たちを背後にして、ラティーカは勇気を振り絞る。

「なんですか、あなたたち」

 無精髭の男が片眉を上げた。

「知らねえか?俺たちはヴィドラーク騎士団ってもんだ。今日は仲間といっしょに、街のダニどもを駆除しにきてやったんだよ」

 そう言って、腰のベルトに差し込んだ斧を軽く叩く。

「見たところ、お嬢ちゃんには耳がついてねえな。隅っこでおとなしくしてりゃ、見逃してやるぜ」

「おい、なにやってんだ」

 男の背後から、さらに二人が顔を出した。似たような身なりで、凶器を携えているのも同じだ。

「本隊を援護に行くんだろうが」

「行きたきゃ行け。俺はちょっと遊んでいくからよ」

 長い鉄パイプを持った男が、ラティーカと女たちを一瞥する。眉をひそめ、舌打ちした。

「ほとんど耳つきじゃねえか」

「ついてるもんは同じさ。それに、そういう店なんだろ?」

「俺も付き合う。最近ご無沙汰でよ」

 腹に巻いたベルトにナイフを何本も下げた男が、興奮気味に同調する。女たちの怯えるのを、ラティーカは背中で感じた。

 鉄パイプがため息をつく。

「さっさと済ませて、援護に戻れよ」

 そう言って立ち去る。残る二人が歓声をあげて女たちに詰め寄った。

 怯えた女の手が、ラティーカの裾をぎゅっと掴む。それを感じた瞬間、震える手が、自分の意思とはかかわりなく動いた。

 背中側に隠したホルスターから、拳銃を引き抜く。

「動くなっ!」

 上ずる声で叫んだ。

 男二人の顔から表情が消えた。視線は銃口に縫いとめられ、前に出そうとした足はぴたりと動きを止めている。女たちも唖然として彼女の背中を見つめていた。

『ホールに逃げてください。誰か人を呼んできて』

 背中ごしに言う。我に帰った女たちが、一目散に駆け出す。ナイフ男が怒声を上げた。

「おいこら!」

「動くなって言った!」

 ラティーカが銃口を振り向ける。男は慌てて両手を上げた。

「武器を、捨ててください」

 声の震えを抑えるようにゆっくりと、ラティーカは命じる。二人はちらりと顔を見合わせると、片方は渋々ながら斧を床におろした。ナイフのほうは、憎しみのこもった目でラティーカを睨みつけている。

「あなたも」

 ラティーカに促され、男は上げていた手をゆっくりと下ろす。ベルトの金具に指をかけたところで、その手が止まった。

「…おい」

 相棒の不穏な素振りに、片方が声をかける。ラティーカは汗で滑る拳銃を握り直す。

「…撃てるわけねえ」

 垢じみた顔に脂汗を流しながら、男が低く言った。

「てめえみたいな小娘に、人が撃てるわけがねえ」

「やめとけ!馬鹿なこと考えるな!」

 相棒の制止に答えず、男は右足をわずかに前に出す。

「お前、耳付きのヤクザじゃねえだろ。拳銃なんぞ、持つのも初めてじゃねえのか?そんなもんが、そう都合よく当たるわけねえぞ」

 男がさらに一歩踏み出す。拳銃をさらに強く握りしめて、ラティーカは叫んだ。

「来ないで!」

「撃てるわけねえ!」

 男の手がナイフの柄にかかった。床を蹴り、獣のような雄叫びを上げて飛びかかる。

 乾いた銃声が、ダイニングの空気を裂いた。

 ナイフをつかんだ男がもんどりうって倒れ込んだ。そのまま、苦悶の唸りを上げて床をのたうつ。ラティーカの不慣れな銃口は、こわばる指と滑る汗で下を向き、男の太腿を撃ち抜いていた。

 少しずつ床に広がる血を、ラティーカは呆然と見下ろす。

「てめえっ!」

 怒声に目を上げた時には、男がすでに目の前にいた。

 とっさに前に出した拳銃は、引き金を引く間も無く男の拳にはじき飛ばされた。そのまま肩を掴まれ、力まかせに押し倒される。背中を打ち、息が詰まった。

 男はラティーカを床に押し付けたまま、怒りに濁った目で睨みつける。

「ロクでもねえことしやがって…仲間の血ぃ見ちまったからには、タダで済ますわけにゃいかねえぞ」

 細い肩を押しつけたまま、男は片手をラティーカの喉元にかけた。逃れようと身を捩る姿を見て、嗜虐的に口を歪める。

「まあ待ってろ。終わるまでは生かしといてやるからよ」

 喉にかかった指が離れ、シャツの襟にかかる。こらえきれず悲鳴を上げようとした、その時だった。

 男の身体が、横ざまに吹き飛んだ。

 ラティーカの目には、男と入れ替わりにブーツの靴底が出現したように見えた。靴底は滑らかに動き、その先に蹴り足をおろしたカルラが立っていた。

 声も出せずに見つめるラティーカを、カルラは素早く抱き起こす。

「痛むところはないか」

 張り詰めた声で尋ねながら、衣服をあらためて出血の有無を調べる。その目がラティーカの右手に留まった。拳銃を弾き飛ばされた手の甲が、赤く腫れている。

「大丈夫」

 掠れる声で、ラティーカが言う。

「動きます。折れてる感じはない…と思います」

 金色の瞳が、ラティーカの顔を覗き込む。その表情に、わずかな不安の影が差している。彼女にしては珍しい。

 二人の横で這いつくばっていた男が、呻き声を上げた。

 カルラは一瞬だけラティーカの肩を抱き寄せ、立ち上がる。その時にはもう、顔からは表情が消えていた。

 大股で男に歩み寄る。そのまま、立ちあがろうとする男のみぞおちをしたたかに蹴りつけた。

 悲鳴も上げられず、男は再び床に突っ伏す。

 呆然とそれを眺めるラティーカの隣に、人影がしゃがみ込んだ。

「大丈夫か」

「イアンさん…」

 見慣れた顔に、ようやく思考が状況に追いついてくる。

「来てくれたんですね」

「そりゃあな。あんな電話じゃ、何かあったと思うさ。増援も連れてきたから、騒ぎもじきにおさまる」

 そう言われて、ラティーカは騒音が遠くなっていることに気づいた。安堵の息をつく。

 くぐもった呻き声が聞こえた。

 カルラが男の腕を捻り上げ、強引に立ち上がらせている。そのまま、ダイニングの大テーブルに引きずっていく。

「馬鹿な奴だ。黒耳を怒らせやがった」

 いつのまにか背後にいたビィカが、嘲るように言った。

 撃たれた男を後ろ手に縛り上げ、キッチンから持ってきたらしい手拭いで傷口を縛っている。

「あの男、死んだ方がましでしょうな」

「そりゃどういう…」

 イアンが尋ねようとした瞬間、テーブルの方から悲鳴が上がった。

 男の手の甲に、鉄針が突き刺さっていた。肩から極められ、テーブルに伸ばされた右手の甲に、路地裏で戦ったときと同じものが突き刺さっている。

 カルラはそのまま腰のナイフを抜き放つと、その柄を、鉄針の上へハンマーのように振り下ろした。

 凄惨な悲鳴に、イアンは眉をしかめる。

「黒耳は殺しが専門だ。楽に殺すやりかたも、相手が死なせてくれと泣きわめくようなやりかたも知ってる。今日がどっちかは、見りゃわかるでしょ」

 ビィカの説明は、世間話でもするような口調だ。

 悲鳴に構わず、カルラは極めていた腕を離す。テーブルに縫いとめられた男は逃げ出すこともできず、虚しく手足をばたつかせる。カルラたちへの罵倒を叫び続けていたが、彼女は眉ひとつ動かさない。そのまま串刺しの右手を掴み、ナイフの刃を当てた。

「やめてくれ」

 男が震え声で懇願する。だがカルラは、興味なさげにちらりとその顔を見ただけだった。

 魚の頭でも切り落とすように、カルラは男の指を切断した。

 男の叫びは恐怖と苦痛のあまり、動物的ですらなくなっていた。壊れた機械が軋むような声が、断続的に喉から漏れるだけだ。

 小煩い、とでも言いたげに、わずかに眉をひそめてから、カルラは迷いなく、もう一本指を落とした。再び絶叫。鮮血がテーブルの上に広がっていく。

 見かねたイアンが声をかけた。

「中尉、その辺でいい」

 カルラが振り向き、無言でうなずく。ダメ押しとばかりに、鉄針にもう一度ナイフの柄を叩きつけ、さらに深くテーブルに突き刺した。もはや声も出ない男が痙攣するのを見ようともせず、イアンのところに戻る。

「子供たちはどうした」

 イアンの声に、我に帰ったラティーカが答えた。

「上の階に避難を」

「よし、お前もそこにいろ。中尉、一緒にいてやれ」

「了解」

 カルラは踵を鳴らすと、ラティーカの肩を抱いてゆっくりと立たせる。その腕に体を預けながら、うしろを振り向く。視線は、縛られうずくまった男に注がれている。

「弾は抜けてるし動脈も逸れてる。死にゃしませんよ。ご心配なく」

 ビィカはそう言って、男の頭を平手で叩いた。くぐもった呻き声が漏れる。

 ラティーカの表情に、わずかに安堵の色がうかんだ。そのままカルラに連れられ、階段を登っていく。

 入れ替わるように、ビィカがテーブルの方に向かう。苦痛と涙にまみれた男の顔を覗き込み、右手を深く縫いとめた鉄針の具合を調べる。

「こりゃヤットコかなんかでないと無理だな…まったく、仕事増やしてくれちゃって…」

 ぶつぶつと文句を言ってから、イアンのほうに顔を向けた。

「とりあえず、止血だけしてほっときましょう。このありさまじゃ逃げられやしませんしね」

「そうしてくれ」

 ビィカは男の指に手早く止血を施すと、頬を一発張り飛ばす。

「自分の指でも眺めて、反省してな」

 そう言い捨てて、イアンの所に戻る。

「玄関のほうを見てきます。あらかた片付いたようですが、念のため」

「俺はここにいるよ。一応、そいつらを見張ってないとな」

「すぐに若いのをやります。大尉さんはお仲間の所にいてやってください。それじゃ」

 ビィカを見送ると、イアンは手近な椅子を引き寄せて、どっかりと腰を下ろした。

 収まりつつある騒音と、テーブルに縫いとめられた男の呻き声を、聞くともなく聞く。ふと、足を撃たれた男と目が合う。恨めしげにイアンを睨みながら、口を開いた。

「…なんで兵隊がこんなとこに来やがる?」

 冷たく見返しながら、イアンはそっけなく答えた。

「俺に答える義務があるか?」

 男は口を閉じたが、憎しみのこもった視線はそのままだ。イアンは薄く笑ってみせると、続けて言った。

「一つ言えるのはな、俺たちは、お前ら二人をどうにでもできるってことだ。消しちまうことも、もっとロクでもない目に遭わせることもな」

 テーブルの男のほうに、顎をしゃくってみせる。

「それがわかったら、もう喋るな」

 男は顔を絶望に青ざめさせ、うつむいて黙り込む。イアンももう喋らなかった。


「このたびの事、まったくもって、お詫びのしようもございません」

 慌ただしく人の行き交うホールで、ルボシュは深々と頭を下げた。

 襲撃はすでに撃退し、店の者たちは怪我人の手当てや店内の片付けに取りかかっている。どうやら双方とも死者は出ていないと聞いて、イアンは胸を撫で下ろした。

「あのような大見得を切っておきながら、この体たらく…しかも、お預かりしているスプルナ様にまでお怪我をさせるなど、この老いぼれ一生涯の不覚にございます」

「いやいやそんな」

 平身低頭するルボシュに、イアンの方がかえって恐縮する。

「ラティーカのほうは軽い打ち身で、心配はないそうですから…それより、店の方は」

「ご心配には及びません。医者も参りましたし、修繕は馴染みの業者がおりますれば…それにしても、あのごろつきめら、よもやこのような狼藉を働こうとは」

 ルボシュのたるんだ瞼の奥に冷ややかな憎悪がひらめくのを、イアンは見た。

「かくなるうえは腕の立つ者を選んで、やつばらどもを根絶やしにするほかございません。すぐに調べて、今晩にも」

 決定事項のように言い放つ。イアンは慌てた。

「お気持ちはわかりますが、どうか冷静に。銀猫がやつらとを本気でやり合うとなれば、それは内戦と同じだ」

「覚悟の上でございます。この恥を雪げずして、アヴォネクの石畳を歩けはいたしません」

「いや、しかしですね」

「大尉さんがもっともだ。少し様子を見た方がいい」

 唐突な声に振り返ると、ビィカがこちらに歩いてくるところだった。コートの裾をはたき、続ける。

「切れた電話線は、小一時間で直るとさ。勝手口の鍵は明日になるそうだ。見張りがいるな」

「…お前の口からそんな台詞が出るとは思わなんだよ」

 ルボシュの声は低く重い。イアンは眼の前の老人が犯罪組織の頭目であることを、今更ながらに思い出した。

「『血塗れの短剣』と呼ばれたお前が、まさか怖気づいたのではあるまいね」

 迫力に満ちたルボシュの言葉だったが、ビィカは飄々として動じない。

「正面玄関に車で突っ込むのと同時に電話線を切り、別働隊を裏口から忍び込ませる…ごろつきにしちゃ上等な手口だ。実際、俺たちが来なきゃ危なかったろ」

 話しながら椅子に腰掛け、ポケットから出した煙草を咥えた。ライターを取り出し、吸い付ける。

「野良犬に知恵をつけたやつがいる。騎士団の親玉…ドシークとかいうのと、その一味の兵隊崩れだろう。クソ野郎だが、喧嘩のしかたは心得てるらしい」

 立ち上る紫煙ごしに、二人を眺めた。

「やれって言うなら、もちろんやる。親玉の首を朝刊にくるんで持ってきてやるさ。だが、俺たちが奴らとおっぱじめたとして、だ。それが大尉さんと、あの本を作ってくれた人らにとって、いいことかどうかはわからんのじゃないか、オヤジ」

 あくまで冷静に、ビィカは老いた頭目を諭す。

 重苦しい沈黙が続いた。ルボシュはしばらく腹心の部下を見つめていたが、やがて息をつき、イアンに向きなおる。

「どうも、年甲斐もなく頭に血が昇っておったようで…ご無礼のほど、重ねてお詫びいたします」

 穏やかさを取り戻したルボシュの声に、イアンは安堵する。

「あんまり気張りなさんな。もうトシなんだから」

 笑いながら茶化すビィカをじろりと睨んでから、ルボシュは腕を組み、眉間に皺を寄せた。

「しかし、こちらから打って出ずとも、向こうが懲りずにまた襲ってくるやもしれません。今の手勢で間に合うかどうか」

「確かに、守りを厚くする必要はありますね」

 三人とも、そのまま考え込んでしまう。ビィカがイアンに向かって言った。

「俺が店に詰めてもいいが、そりゃまずいんだろ?」

「連隊としては、兵隊文庫の安全な輸送を最優先せざるを得ない。今あなたに抜けられるわけにはいかない…勝手なことを言うようだが」

「水臭いこと言いなさんな」

 咥え煙草でにやりと笑う。

「ここまで来たら一蓮托生ですぜ…オヤジ、親戚筋のツテは頼れないか?」

「国内の身内にはもう声をかけたさ。だがこのご時世だ。どこも自分のシマを守るので手一杯だよ」

「だよなあ…」

 ビィカがため息とともに頬杖をつく。それを横目に、イアンは状況を整理するように言った。

「荒事に通じていて、俺たちの味方をしてくれる人間…人数はどの程度?」

「さしずめ十五人もいれば、足りないということはございますまい」

「交代要員も考えれば、その倍くらいが理想的だが…」

「東じゃ、お国の命運をかけた大博打を打ってるんだろ?そんな時にそんな人間が、都合よく見つかるわけが…」

 ビィカのぼやきは、ホールに入ってきた女の声に遮られた。

 困り顔でなにか話し、ルボシュがそれに短く答える。女はうなずき、出ていく。

「なんです?」

「客だそうでございます。飛び込みですな」

「こんな時にか?見てわからんもんかね」

 呆れ声のビィカを目で叱ってから、ルボシュは言う。

「今日のところは店は閉めると、得意先には使いを出しておりましたが…わたくしから、直接お断りを申し上げます。しばしお時間を」

「もちろん」

 イアンがうなずくのと同時に、先程の女が戻ってきた。二人連れの男を連れている。軍服だ。

 ルボシュが歩み寄り、深々と頭を下げる。

「ここを取り仕切っております、ルボシュ・パストレクと申す者にございます。このたびは、せっかくお運びいただきましたところ、まことに申しわけございません」

「どうも、妙な時に来てしまったようだな。かえってすまないことを…」

 軍服の客はそう言って、あたりを見回す。ふと、イアンと目が合った。大尉の階級章に、大きな鼻が目立つ顔。

「ん?」

「あ」

 二人は同時に、間の抜けた声を上げた。

「たしか…ベラーネク大尉?」

「あのときの、図書館連隊の中隊長か?」

 ベラーネク大尉は、心底不思議そうな顔でイアンに尋ねる。

「こんな所で何をしとる?」

「いやまあ、一応、任務なんですが」

 思わぬ再会に、イアンは頭を掻いて顔をしかめる。

「ちょっと一言では説明しづらい内容でして…ベラーネク大尉は?」

「ウチの連隊は再編中だ。先週、ようやく前線から引き上げてきた」

 イアンの眉がぴくりと動く。ルボシュとビィカの顔を順に見てから、大尉に向き直った。口元に、愛想のいい笑みを貼り付ける。

「それはご苦労様でした…ところで、ひとつご相談があるんですが」

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