ひとりぼっちのゆうれい屋敷

結城れい(ゆうれい)

プロローグ

 僕の家の近く、そうだな、3軒ほど隣の家。そこには、僕の家の5倍はあるだろうというような、大きなお屋敷があった。「家」と言っていいのか、迷うようなお屋敷。明らかに最近建てられたものではない。僕のおばあちゃんが子供だったくらいの時に建てられたものだと思う。

 まず、敷地に入るのが大変だった。

 その時の僕の背丈は1メートルとちょっとあるくらいだったから、僕の3倍くらいかな、それくらい大きな鉄の門があった。もう錆びだらけで、触るだけで手が真っ茶色になって、昔から変わらず非力な僕は、一人じゃなかなか開けれない。それでも地べたに足を張り付けて顔が真っ赤になるまで扉を押すと、鈍い音を立ててその扉は開く。その音は、ゆーっくり押さないと近所に響いてしまう。大人なんかに見つかったら、説教の嵐に合わせて、二度と入れてもらえなくなる。ギリギリ頭が通るくらいの隙間を開けて敷地の中に入るとき、僕は必ず背後と周囲を見渡して草むらに足を踏み入れた。いつもいつも、門の上にいる作り物の2匹の蛇に見られている気がして、息を飲み込むように二匹をにらんでいた。

 門を潜り抜けると、まずは広大な草むらが広がる。何の整備もされていない、ただののっぱら。なんという名前がついているのかも知らないような雑草しか生えていない、『庭』。庭は、お屋敷を囲うようにできている。要するに、お屋敷の周りはただの草むらなのだ。正面から右回りで回るのと、左回りで回るのと、草むらを早く一周できるのはどちらかなんていう遊びをしていた。ただ、お屋敷の周りに広大な草むらがあったわけじゃない。せいぜい、7,8メートルくらいで、右側には、門と同じくらいの高さのコンクリートでできた塀。左側から奥のほうは鉄の柵がついていて、小さな僕でも少し背伸びすれば柵の向こう側に見える誰かの家が見えた。コンクリでできた誰かの家に囲まれるように、場所を追いやられるように、そんな風にたたずむ、お屋敷なのだ。

 お屋敷は、レンガ造りだった。いつかの教科書で見た、明治時代なんかの建物と同じ感じ。赤茶色の硬いレンガが、一つずつ丁寧に積まれた壁。見上げても見きれないくらいの高さのお屋敷は、日の光に当てられて少し怖く思えた。光を当てれば当てるほど、それをレンガが吸収して、黒さ、暗さを闇のようにまとわりつけていく。怖かった。怖かったのに、僕は屋敷の中に入った。

 

 屋敷の中にいるあの子は、なぜか僕を殺そうとしなかった。

 「すきだよ」と、それしか言わなくて、

 「怖いよ」僕はそうやって返していた。

 「僕も」と返したらダメなんだって、あの子らしくない真面目な顔で言ってきた。

 足元に転がった命を拾い上げて。それしかしてなかったけど、僕はあの子が幸せそうならそれでいいなって思っていた。

 だから、この話をするには遅すぎる。でも、今伝えなきゃもうどうしようもならないから。だから、今、ここで話をさせてほしい。君なら笑顔で聞いてくれると思う。

 

 「ゆうれいくん」

 半透明の君は、僕をそう呼んだ。

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ひとりぼっちのゆうれい屋敷 結城れい(ゆうれい) @yuurein_tuki

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