第7話 新しく来た子

 次の日、目を覚ますと既に日が高く昇っていた。窓から差し込む日差しが眩しい。もう昼近くだろうか? 隣を見ると既にアイちゃんは起きているらしく姿が見えなかった。

 ずぼらな大人だと思われているだろうか。それならそれで現実というものを認識できて良いのかもしれない。

 私には彼女と結婚するつもりはないのだから。

 リビングに行くと席に座ったアイちゃんが元気よく挨拶してきた。


「おはようございます!」

「ああ、おは……」


 子供は朝から元気だなと思いながら私は挨拶を返そうとして……固まってしまった。

 なぜなら知らない女の子がアイちゃんと一緒にいたからだ。


「だ、だ、だ、誰!?」


 不思議そうな顔をして頭に耳を生やし、尻尾を振っている。身なりはわりと綺麗だ。見れば獣人の女の子だと分かるが、私に分かるのはそれぐらいだ。

 なぜ獣人がこの家に? 寝起きの頭に謎は深まるばかりだ。

 驚いて叫ぶ私に対して彼女は冷静に自己紹介を始めた。


「はじめまして、私の名前はサリヤと申します」

「え!? あ、どうもご丁寧に。えっと、アイちゃんのお友達かな?」

「いえ、違います」

「違うの!?」


 じゃあ、どうしてここにいるんだろう。もしかして不法侵入というやつでは……。考えているとアイちゃんが立ちあがって説明してくれた。


「えっとね、猫さんがいたから家に入れてあげたんです」

「うんうん」

「そしたらこうなったんです」

「うんうん、なるほどなるほど。つまりは獣人が猫に化けてアイちゃんを騙したんだね!」

「人聞きが悪いですね。私は山を歩いていたらこの子に連れ込まれたんですのよ」

「だって可愛かったから……」


 申し訳なさそうに言うアイちゃん。まあ、事情はだいたい分かった。ここは大人の私が冷静な対処を見せるところだろう。

 サリヤちゃんをよく見ると首輪をしているのが分かった。そうか、この子は奴隷なのか。身なりが綺麗なのを見ると立派な家に飼われているようだ。

 それにしては自由過ぎる気がするけど、この山奥に逃げてきたのだろうか。面倒事はごめんなんだけど。

 まあ、いいか。とりあえず事情を聞くことにしよう。もしかしたらなにか困っている事があるかもしれないしね。そう思い尋ねてみると意外な答えが返ってきたのだった。


「失礼な。この首輪はファッションでしてよ」

「あ、そうなんだ。ごめんちゃい」


 思わず謝ってしまう私だったが無理もない事だと思う。どう見ても趣味の悪いデザインにしか見えないし、こんなものを付けて喜ぶ人がいるわけないじゃないか。そんな私の反応を見た彼女はつまらなさそうに言った。


「やれやれ、あなた美的センスが無いんですのね。こんな山奥に暮らしているから世間の流行から取り残されるんですわ」


 いや、貴女の方がおかしいと思います。というかこいつ本当に何しに来たんだろうか? 用が無いなら綺麗で立派な町が向こうの方にあるんだけど。

 そう思っていると彼女の方から説明をしてくれた。


「先日、光る綺麗な物がこの山から飛び立つのを見たんですわ。あれはいったい何だったんです? もし知っているのなら教えてほしいのですわ」


 あー、目的はあれか。見ている人がいたのか。どうしようかな……教えるべきか教えないべきか……。

 おそらく町を襲ったドラゴンと同じ世界から来た者だと思われるだけに私は迷ってしまう。

 この世界の人間に異世界の存在を教えてもいいのだろうか。馬鹿にされはしないだろうかと。

 迷っていると彼女は勝手に喋り始めた。


「別に隠す必要はありませんわよ? ただちょっとどんな物だったか知りたいだけですもの」

「……どうしても知りたいの?」

「ええ、私綺麗な物には目が無いんですの。だからこんな山奥にも来たんですわ」


 それを聞いて少し考えた後、私は彼女に話すことにした。

 どうせ隠しても話すまで付きまとわれるだろうし、下手したら人を集めて大規模な調査をされかねない。

 それなら自分からさっさと教えた方がいいと思ったのだ。それに彼女も秘密を漏らすような人には見えないしね。

 物はもう去ったのだし、彼女のここでの用事もなくなるだろう。一件落着だ。


「いいよ、教えてあげる。でもその前に一ついいかな?」

「なんですの?」

「君は異世界って信じるかい?」


 そう言うと彼女は怪訝そうな顔をした後に笑った。馬鹿にしたようにではなく面白い冗談を聞いた時のように楽しそうに笑っていたのだ。その様子を見て安心すると同時に不安にもなった。はたして信じてくれるかどうかだが……。


「ふっ、ふふふふっ! あはははははっ!!」


 彼女はひとしきり笑うと涙を拭きながら口を開いた。


「あ~可笑しい! いきなり何を言い出すかと思えば、異世界ですの? そんなものあるわけありませんでしょう! そんな夢みたいな話が信じられるわけないですわっ!」


 笑われてしまったか。まあいいや。とりあえず話す事だけ話してしまおうか。


「あの光るスライムも町を襲ったドラゴンも異世界から来たんだよ」


 そこで彼女の表情がぴたりと固まった。何かまずい事を言っただろうか。戸惑う私に彼女は身を乗り出して訊ねてきた。


「ちょっと待って! あなた町を襲った怪物について何か知っているんですの!?」

「え、そっち!? えー、それはそのー」


 どうしよう、言っていいものだろうか。言い淀んでいると彼女は更に詰め寄ってきた。その迫力に気圧されて私はつい言ってしまったのだった。


「知ってるっていうか、私もその場に居たからね……」


 さらに今まで黙って話を聞いていたアイちゃんが追い打ちを入れてきた。


「お姉ちゃんは魔法であいつらを追い払ったんだよ! お姉ちゃんは町の救世主なんだ!」


 違う違う。私は魔法で隠蔽した後に生き返りを使っただけだ。どう言おうと考えている間にも話は続く。

 現実はターン制ではなくリアルタイムなのだ。じっくり考えている時間なんてない。

 それを聞いたサリヤちゃんは目をキラキラと輝かせた。まるでヒーローを見るような目でこっちを見ているではないか。やめて、そんな目で見ないで……。恥ずかしくて死にそうになるから……。


「町を救ったのはあなたでしたのね! 素晴らしい英雄譚ですわっ!! ぜひ詳しく聞かせてくださいまし!」

「あ、えっとね、あれは……」


 それから私は仕方なくあの町で起こった出来事を説明した。もちろん話してもいいと思える範囲でだけど。それでも彼女には十分だったようだ。話を聞いたサリヤちゃんは興奮した様子で私の手を握りしめてきた。


「すごいですわっ! まさかあなたが伝説の魔法使いだったなんてっ! 是非とも私を弟子にしてくださいなっ!」


 そう言ってくる彼女の表情は真剣そのものでとても冗談を言っているようには見えなかった。どうやら本気で言っているようだ。困ったなと思っているとアイちゃんが騒ぎ出した。


「だめーっ! おねえちゃんはわたしと結婚するんだから!」


 その言葉に驚いた表情をするサリヤちゃん。すぐに言い返して行く。


「何を言っているんです。あなたみたいなチンチクリンがこれほどの素晴らしい方と結婚できるわけがないでしょう? 早く自分の家に帰りなさい」

「出来るもん! おねえちゃんは優しいしカッコいいしわたしの事が大好きなんだから!」

「あらあら、お子様はこれだから困りますわね~。優しくされたから勘違いしてしまったんですのね」

「むう~! 勘違いじゃないもん! それに背丈ならサリヤちゃんもわたしとたいして変わらないじゃない!」

「比べてみますか?」

「望むところ! う~、可愛い猫ちゃんだと思って拾わなきゃよかった!」


 そんな言い合いをする二人を見ながら考える。これはどうするべきなんだろうか。私としてはどっちでもいいのだが、とりあえず家では静かにしてもらいたい。

 ここも賑やかになったなと思いながら私は本を手に取って静かに退室する。

 私には世界を救うつもりも弟子を取るつもりもない。ただ静かに暮らしたいのだった。

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山の魔女は静かに暮らしたいのに周りが放っておいてくれないよ けろよん @keroyon

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