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その後もずっと鈴木は鈴木だった。僕も僕で相変わらず僕のまま。変わったことと言えば、鈴木が僕の名前を覚えたことくらいだ。
「その凡人って呼び方、人によっては怒らせたりしそうだし、やめた方がいいと思うな」
「怒る? なんでだ? 俺以外は全員凡人だろ?」
「そうだけど、そうじゃなくて……。んーもういいや。とりあえず僕は伊藤っていいます」
「伊藤? はは、凡人っぽい名前だな! わかった、伊藤な!」
たぶん鈴木は、僕が立っているのとは全然違う所に立っているんだと思う。好きなだけ陽を浴びてぐんぐん伸びた、大きな木の上に立っているみたいな奴だ。僕ら凡人が地上のあれこれでああだのこうだのしていたとしても、鈴木は今日も上に伸びていくことだけを楽しんでいる。その結果としての分身で、本体の鈴木は僕の前に残った。
「そういうわけで、今日から俺は普通の生活をする。では伊藤! 凡人の先輩として俺に凡人の生活を教えてくれ!」
「その、えーっと、うーん。とりあえず、普通にこれまで通り友達やろう」
「お、そうか! 俺とお前はすでに普通に友達だったのか! じゃあ話が早いな。よし、手始めになにする? 街に繰り出してパルクール缶蹴りの必勝法でも編み出すか?」
「おもしろそうだけどちょっと普通じゃないかな。もっと普通にこう、えーっと、どうでもいいことだらだら喋りながら下校するとか」
「そうか! よし、じゃあどうでもいいことだらだら喋るぞ。そうだな、ナビエストークス方程式の初期値問題とかだらだら喋るか?」
「なにそれ。じゃなくて、もっとどうでもいい話だよ」
「じゃあどうでもいい話をしてみせてくれ!」
「えーっと、よく隣の家の犬が散歩がてら僕んちの前ででかめのうんこをしてくんだけど、犬って見つめられると気まずくなってうんこできなくなるって聞いたから、きのうその犬が通る時間に家の前に出て待っといて、うんこの体勢になる前にじいっと見つめてやったんだよ。そうしたら恥ずかしかったのか小さいうんこぷりっと出しただけで帰っていった」
「めちゃくちゃどうでもいい話だな! はは、お前なかなか天才だぜ!」
どっちが馬鹿かわからなくなるけど、もうどっちでもいいやと思う。どうでもいい話をこんなにおもしろがってもらえて、僕のなんてことない日常が一瞬輝いたみたいに見えた。
「とりあえず普通に下校するのにその電動シューズみたいなのはいらないと思うよ」
「これだめなのか!? 目線で進行方向を自在に操れる焦点誘導式独立一輪モビリティシューズ、すげぇ便利なんだけどなー。伊藤も一回履いてみろよ。二足歩行に戻れなくなるぜ!」
「ずっと二足歩行でいいよ」
なんのかんの言いながら、鈴木は普通のスニーカーに履き替えた。そうしたら十センチくらいあった身長差がなくなって、目線が同じになった。鈴木も天才のくせに、全然普通だな、と思った。
「その犬のうんこ見つめるやつ、俺もやりたい! 今日お前んち行っていいか?」
「えーうんこ見つめに来るの?えー」
鈴木はいつものわくわくした顔をしている。おもしろい奴認定を受けた僕としては、それに乗らないわけにはいかない。なんか不服な気もするけど、絶対に楽しいことになるぞと僕にはわかる。
今ならこの世に溢れる難題も、ビリリと紙を破るみたいな簡単さで解決できるような気がした。一緒にいるとそんなふうに思えるのが、たぶん友達ってやつなんだ。
なんだか、人生の大きな正解をひとつ得たような気になって、二足歩行の次に行くのもいいかもしれないなと思った。
了
ファイン・ライン・ビトイーン 古川 @Mckinney
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