最終話 あんこーる



私たちは空中に飛び上がり、流星のように敵に体当たりを繰り返す。

音を置き去りにするほどの、轟速が悪を貪る。


空中には、次々と赤い火花が咲いては枯れる。

[くそっ! パワーの弱い『スピードタイプ』のくせに……相性は『感知タイプ』の私の方が有利なはずなのに! 感知できるのに! 反応することができないっ!]


黒い稲妻が空を駆ける。

ライトアップされたスカイツリーに光の花が咲き乱れる。

閃光が浮かび上がっては、消えていく。


その様子を地上にいる人々が見上げているのだ。

首を上げて、空中で行われるショーに見入っている。


――この日『一人のアイドル』と『一匹のエイリアン』が、すべての人々の目を奪った。


その中の一人が、

「……頑張れ! 頑張れーーーっ!」

それに続き、

「負けるな!」「ギギちゃん! やっつけろ!」「行けっっ!」

次々と私たちを応援する声。


――そうだ、これが欲しくて今まで頑張ってきたんだ。本当はナンバーワンになんてなれなくてもよかったんだ。

喜んでくれる人がいたから頑張っていたんだ。もうそんなこと長い間忘れていたな――。



私たちは、敵の周囲を飛び回りながら、的確に攻撃を刺していく。

「そこでターン! 止まって! 右から攻撃! 避けて!」

不思議と心は落ち着いていた。

鍛え上げた反射神経と、リズム感が不安を砕いてくれた。


自分が努力していない技はできないし、やってないことがいきなりできたりしない。

今の自分ができることは、昔の自分が積み上げてきた能力だけ。

そして、大抵の場合それで十分だ。


白いエイリアンは、喉を震わせて周囲に火炎放射した。

[くそがあああああああああっ!]

「火炎放射がくる! 合図で上に飛んで! 1……2……今っ!」


スカイツリーが炎の波を纏う。

赤いカーテンが、夜の街を洗うようだ。

[どこよ! どこへ消えたのっ!?]



「こっちだ! ノロマ!」

私たちは、天頂から鷹のように急降下した。

音を置いてけぼりにした力の塊が敵を撃ち砕く。

鈍い音と共に、先ほどは砕けなかった『敵の扁平状の頭部』が砕けた。

「キュウ! キュウウウウウウウウ!」

「よしっっ!」


青い血飛沫が、空を美しく汚す。

「まだまだ! 私たちを舐めるなっ!」


トドメを指すために、全身を使って体当たりを繰り返す。

火花が弾け、ワンテンポ遅れて衝撃音と血飛沫が広がる。

白いエイリアンの腕が千切れ、次に足が千切れた。

頭部は完全に破壊され、

八発目の攻撃で敵は崩れ落ちるように倒れ込んだ。


「よし……! 今度こそ……今度こそ勝ったぞ!」

観客もそれに気付いたのか、勝利の歓声をあげる。


「ギギちゃんが勝ったみたいだぞ!」

「やってくれると信じていたわ!」

「やった……! よかった!」


あちこちからライブの歓声が沸き立つ。

夜空に祝杯のムードが立ち上る。

勝利の香りが、空気を色づける。



――最大の絶好調の中、背後から『復活した白いエイリアン』に押さえつけられた。

「何いいいいいいいっ!!」

[隙を見せたわね! スピードタイプでも、捕まえればパワーで押せるわ! 何もピンチでパワーアップするのは、あなたたちだけじゃないのよ! お前らこそ、私を舐めるなああああああっーーーーーー!]


横を見ると、先ほど攻撃していたのがなんなのかわかった。

脱皮した後の抜け殻だったのだ。


「チッ! くそおおおおっ……!」

進化した白いエイリアンがまたしても立ち塞がる。

頭部は、さらに巨大に扁平し、先端から四方に等間隔で光角が伸びる。

赤い目は六つに増え、三つずつ対照的についている。

手足は、幹のように太く逞しい。

爪は1メートルほど伸び、その一本一本がギギの尻剣より大きく硬い。

尻尾のパラボナアンテナは、さらに巨大になり羽を広げている。

そして厄介なことに傷は全て塞がり、完治していたのだ。


一目でわかるこいつの強さ。

今までとは比にならないほどのパワー。

全身を覆う甲殻、剣のような爪。

皮膚の上には、青く光る電流が流れている。


今まで見たあらゆる生物の中で、最も禍々しい見た目をしている。


持てるすべての力を振り絞った『正真正銘の最終形態』。


[さあっ! これで再逆転だ! レベル3になった。私に。敵などいないわ! 塵にしてやるっ!]

白いエイリアンは、私たちを再び地面に押さえつける。


――くそっっ! どうする? 何か! 何か手はないのかっ!?

頭を破壊しても死なない。

心臓を貫いてもだめ。

攻撃しても、脱皮すれば全回復。

スピードもパワーもかなわない。


だが何か……何か弱点があるはずだ!


どこだ? どこがあいつの急所だ!?

諦めるな! 考えろ! 思い出せ! どこかにヒントがあるはずだ!


あいつは、自分のことを感知タイプだと言っていた。

感知タイプのあいつにとって重要な部位。


頭でも、心臓でもない……そうだ、最初に音楽をかけた時大きく怯んでいた。

あの時、真っ先に尻尾のパラボナアンテナを閉じていた。


こちらが進化した時も、アンテナを引っ込めて背後に隠していた。

まるで……破壊されては困るかのような挙動だった。



そうか……尻尾だ! あのパラボナアンテナで周囲の情報をキャッチしているんだ! 


あいつは………『尻尾を破壊』すれば死ぬんだ! 


私は、胸ポケットのスマホに、

「左京! 十秒後の曲のサビで目一杯の大音量を流してくれ!」

【分かりましたわ!】

「とにかく大きい音がいるんだ! 頼んだぞ!」



「ギギ! あと十秒だけ持ち堪えられるかっ!?」

{やってみる!}


白いエイリアンは、二本の腕で私たちを押し倒す。

鋭い爪がギギの腕や脇腹に突き刺さり、緑色の体液がビチャビチャとガラスに飛び散る。

[何をする気か知らないけど、私の勝ちよ!]


――残り九秒……八秒……


「ギギ! 負けるなああああああっ!」

[食い殺してやるわ!]

敵は口を大きく開き、ギギの肩に噛み付く。

十本以上の包丁大の刃が深く突き刺さる。

「ゴギャアアアアアアアアッ!」

ギギの悲鳴が空に響く。


――七秒……六秒……あとちょっと!


「ギギ! お前が来てくれたから私は変われた! 全部お前のおかげだ!」

そして、敵はそのままギギの肩を噛みちぎった。

肉片が飛び散り、中の筋繊維が体外に溢れた。

夜空にギギの悲痛な叫びが轟く。


――五秒……四秒……もう少しだ!

「ギギ! 最後まで二人で一緒だ!」

[とどめよ!]

白いエイリアンは、ギギの頭部目がけて牙を振り下ろす。

頭を貫き、ギギを殺す気だ。


私は、自分の体を前に差し出し、攻撃を庇った。

牙は私の右腕に突き刺さり………そのまま腕を引きちぎった。

貫くような激痛が頭からつま先までを走る。

つんざくような悲鳴が溢れた。


――もう後少し、あと三秒! だが、そこで……音楽が止まった。

たまたまだった。


白いエイリアンの長い尻尾が、何かのコードか重要な機械に当たりでもしたのだろう。

スカイツリーの電気系統がやられて、逆転のチャンスが消えて失せた。


「……そんな……終わりだ……」


[さあ! 今度こそ諦めろっっっ!]

白いエイリアンは、体重の全てをかける。

上から覆いかぶさり、ギギの手足を押さえつけた。

大きく口を開く。

開閉した口は腹まで裂けると、ギギを飲み込もうと近づく。


その時だった――

周囲に爆音が響いた。

「ぐあっっっ! なんだっ!?」


白いエイリアンは、腕を離し耳を押さえた。

[なによっ! この耳障りな音はっー!]


私がスカイツリーの展望台を見ると、そこにはトゥインキーのリーダーがいた。

……そうか、今日はあいつらのライブの日だったのか。


周囲を包んだのは、私が作った曲。

トゥインキーのリーダー、ミルクミントはマイクに電源を入れると、

「今日はー、私たちのライブに来てくれてあーりがとー! 夢叶先輩とギギちゃんに捧げる曲『逆転の一撃』です! みんなで一緒にスリーカウントしてくださいっ!」



――独立した電源だから音源が生きているんだ。

トゥインキーのリーダーは、私に向かって

「頑張ってください……先輩!」




そして、ミルクミントの声に続き、

「スリー!」

その場にいた全ての人が、

「「「「「スリー!」」」」」



「ツー!」


はち切れんばかりの声を上げる。

「「「「「ツー!」」」」」



「ワン!」


夜空が震えるほどの音量が、こだまする。

「「「「「ワン!」」」」」


そして、至近距離から爆音が轟いた。

鼓膜が破れるほどの轟音が、風すらを生み出す。

静寂を打ち砕き、夜の静けさをさらって行った。

[頭が割れるううううっ! やめろおおおおおおっ!]

白いエイリアンは両手で耳を塞ぎ、尻尾のアンテナを完全に閉じた。


「今だアアアアアアアアアア! 尻尾をねらええええええええええっ!」


ギギは敵の尻尾を掴むと、残りの全ての体力を使って敵をぶん回す。


一周、二周、三周振り回し、

「行けえええええええっ――――――――――――――!」


体重の全てをかけて背負い投げた。

尻尾は根元から引きちぎれ、

残りの体は、スカイツリーの上から地上に投げ飛ばされた。



[そんな……馬鹿な! 私が、私が負けるなんてえええええええっーー!]


そしてトマトが潰れるような音と共に、白い獣はこと切れた。


私は死骸を見下ろして、

「今は戦うアイドルが人気なんだぜ!」




――地上に降りると、たくさんの人が出迎えてくれた。

「あなたたちは、みんなのヒーローよ!」

「ギギちゃん! ありがとう! 夢叶ちゃんも!」

拍手と共に、心地良い声援が響く。


トゥインキーのリーダーは、

「先輩。今まで生意気言ってすいませんでした。かっこよかったです……!」

「おう!」


左京が、

「やったですわね! ギギちゃんも夢叶も!」


右京も喜んでくれた。

「やったね! やったね! これでハッピーエンドだね! たはは!」


周囲にパチパチと柔らかくて、暖かい終演後の拍手が響いた。

私を見つめる人々の表情は、笑顔で溢れていた。

――そうか、私はこれが見たかったんだ。


だが喜びに包まれる中、観客の一人が

「おい! あれ! まだ生きているぞ! 危ないっ!」


なんと白いエイリアンは、首だけになってもまだ生きていたのだ。

[お前だけでも、道連れだああああああっ!]



=====

そして、一夜が明けた。

ニュースは私たちのことで持ちきりだった。

見出しは――『アイドル』と『相棒エイリアン』が地球の危機を救う!


ヒーローだ。

ギギちゃんは悪者じゃなかった。

身を挺して、人々を救ってくれた。



だが、マネージャーが私に言ったのは、期待していたセリフではなかった。

私は今しがた言われたことをおうむ返しする。

「……クビですか?」

「ああ。仕方がないやろう。お前たちが頑張ってくれたんは知っているけど、そうは思わん人もいる。責任をとれちゅーて、詰められとるんや。堪忍な……」

左京が

「どうにかならないのですか?」

右京が、

「ギギちゃんも夢叶も悪いことしてないのに……とほほ」


「これは決まったことや。それにこれじゃもうアイドルは無理やろ……」


マネージャーは、車椅子に乗った私を見てそう言った。

白いエイリアンのイタチの最後っ屁で、私は両足を失った。

右手もくっつかなかった。


踊ることも、立つことも、マイクを持つことも、歩くことすらもできなくなったのだ。


私の夢はここで終わった。

私はアイドルではなくなったのだ。


「でも……ありがとうな……夢叶とギギ」


そして、マネージャーは自らの後頭部に指を突き刺すと、着ていた着ぐるみを脱いだ。

「もうこれからは、わしも正体を偽らんと、堂々としてみるわ!」


私たちは、マネージャーの中身を見て、

「「「ええええええええーーー! マネージャーもエイリアンだったのおおおおっ!?」」」



=====

リチャードニクソンは言った

『人間は負けた時が終わりなのではない。やめた時が終わりなのだ』と。

だが私の意見は違う。

やめても終わりではない。諦めても終わりじゃないんだ。


親が死んで一人になっても終わらなかったし、

馬鹿にされても、コケにされてもそれも終わりじゃなかった。


今度こそ終わりだと何度も思ったけど、それらは全て終わりではなかった。

きっとこれも終わりじゃないんだ。


それに仮に終わりだとしても、

何かが終わったということは、

何かが始まるということだ。

=====





そして、ギギとのお別れの日。

白いエイリアンが乗ってきた宇宙船を修理したのだ。

ギギはそれに乗って故郷に帰る。


最後の別れの時間は、あっという間だった。


「ええーん。ギギちゃん。元気で暮らすんだよ……とほほほ」

「おい! 右京! いつまで泣いているのですか! だらしないですわ!」

「そういう左京も、泣いているだよ!」



「全く。騒がしい奴らだな」

{夢叶?}


「なんだ?」

{……ありがとう}


「お礼を言うのは、こっちだ。私の夢につき合わせて、すまなかったな……」

{ううん。楽しかった}


そして、ギギは私のことを抱きしめて、

{大好きだよ……!}


私もギギの頭部に、自分の額をくっつけて、

「ああ……私もだ……!」


右京と左京もその輪に加わり、全員で硬く抱擁した。




――私は車椅子に座りながら、夜空に旅立つギギを見送った。

円盤型の宇宙船は、それっぽく回転しながらゆっくりと上昇していく。

回転して、光を撒きながら風を切る。

遠くに、遠くに距離が離れ――空中で宇宙船が大破した。

「な、なんだっ!?」


そして、宇宙船を捨てたギギがこちらに戻ってきた。


羽ばたいて戻ってきたギギは、私の目の前に着地。

{やっぱり、地球に、残る}

「おい! なんで戻ってきたんだよ! 故郷に帰るんだろ? そのために頑張ってきたじゃないか?」


{ママに、もう一度会いたかった、だけだ。もう死んじゃった。もうこの世にない何かを追うより、夢叶と一緒にいたい}

「え?」


{夢が僕に、ダンスを教えてくれた。夢を追う楽しさと、辛さも。

そして、僕が何の種族であっても、何にでもなっていいと。


夢は僕のアイドルなんだ! 僕は……君に似たんだ。

きっと君がいなかったら、僕は白いエイリアンと同じになっていた。


あの白いエイリアンを倒したのは、僕じゃない。

君がやったんだ! 君が勝った! 


立ち塞がる困難を飛び越えたのは君だ。僕は、それについて行っただけだ}


「全く……私に似て困った奴だな……それで、これからどうする?」


私たちは宇宙船の残骸から散らばる大量の金塊を見つめる。


不思議とハートはまだ燃えていた。

神様は手足がなくなったらくらいで、たったこの程度のことで、

私が諦めるとでも思ったのか?


「……よし! やるか!」






【エピローグ】

それから、一年後、私は再び立てるようになった。

義足でのリハビリはとても大変だった。

だけど周囲の人が支えてくれて、なんとか頑張った。


それから、また一年後、今度はぎこちないダンスができるようになった。

まだまだ昔と元通りにはなってないが、構わない。

また練習し直すさ。


半年後、小さなライブを開けるまでになった。お客さんは少なかった。


その四ヶ月後、アイドルグループのメンバーが増えた。

新メンバーは、グレイ型エイリアンのララ。

そう! 地球に別のエイリアンが来たのだ。

それと同時に、新人の女の子を一人メンバーに加えた。


私は『エイリアン』と『人間』のペアを組ませることにした。


その三ヶ月後、小さなライブ会場が満員になった。チケットが完売したのだ。


そして、一人、また一人とグループに人が増えていった。

他にもたくさんのエイリアンが地球に来た。

みんな違う姿、違う特徴、違う考えがある。


そしてその度に、私たちのグループは拡大していった。


私は、巨大なライブスタジアムに再び立つ。

右手の義手に、マイクを装備する。

カチッという音と共に、マイクがはまった。


「みんなーー! 今日はー来てくれて、ありがとおおおおっ!」

そして割れんばかりの歓声が、空の全てを覆い尽くして飲み込んだ。


=====



自分に自信がないって?

大丈夫! あなたならきっとできる!


現実に叶えた人がいるなら、

それは到達可能な目標だということだ。


途中で失敗しても、平気だ。

失敗のイメージは階段を一段下がること? それは違う。

失敗というのは、階段の一番下にうずくまって、何もしないことだ。


結果が思うように出ないことではない。

断じて違う。


それに意地悪な人に階段から蹴り落とされて、一番下まで落ちても、また立ち上がればいいでしょ?


次は、きっともっと早く上がれるようになっているから!







――ある日、アイドルのライブ会場に一匹のエイリアンが侵入した。


あの日から私の人生は変わっていった。




おしまい













後書き


ギギは、12人いるエイリアンの王子の末っ子。

体が小さく弱かったので、育ての親が地球へ逃しました。

エイリアンは、雌雄同体。一番強いオスがメスに変わり、マザーになります。


ギギの他の11人の兄弟は、次のマザーを決めるため殺し合い、最後の二匹にまでなりました。

しかし、二匹は相打ちになり死亡。

そして、慌てた他のエイリアンは、最後の王子候補ギギを探しています。


っていう設定があるのですが、続きを書くのかわからないので、一応書いておきます。

読んでいただきありがとうございました。

書くのめちゃくちゃ、最高に、究極に、楽しかったーーーー!


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『ある日、アイドルのライブ会場に一匹のエイリアンが侵入した』 ~美少女アイドル×殺人エイリアン~ 大和田大和 @owadayamato

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