第5話 えいりあん ばーさす ぷれでたー ばーさす わたし



その時だった、突如大音量でライブミュージックが響いた。

爆音が夜空を駆け抜ける。

[キュウウウウウッ! なによ、この音はあああああっ!]


「こ、これは? アイドルの曲か!?」

白いエイリアンは、音に怯み私を離した。

両手で耳を押さえ、尻尾のアンテナを傘のように閉じる。


そして、黒い何かが現れ、白いエイリアンを突き飛ばした。

「ギギ! 来てくれたの! 逃げろって言ったのに……」

{きっと育て主に似たんだ……あいつは僕が、倒すから、夢叶は逃げて}


「何を言っている? 私も一緒に戦う」

{一番のアイドルになるんだろ? この戦いは、夢叶とは、関係が、ない}


「いや、もう一番じゃなくてもいい。私がアイドルになりたかったのは、誰かを笑顔にしたかったから。

数字を出したかったわけじゃなかったんだ」



その時だった。スマホに左京から着信があった。

【夢叶! スカイツリーの人に頼んで、音源を借りましたわ。たまたまどこかのアイドルがライブしようとしていたみたいで! ラッキーですわ】

「さっきの音楽はお前か。助かった! このまま通話状態にしてくれ」

【わかりましたわ】

私は、スマホを通話状態で胸ポケットに入れた。



{あいつは、僕のことを、追ってきたんだ、僕の責任だ}



「なら仲間の私の責任でもある」

私はギギの背中に飛び乗ると、トゲにしがみついた。

「目が見えてないんだろ! 私がギギの目になる!」


そして、体勢を立て直した白いエイリアンがこちらに突進してきた。

口から何本もの触手を出し、

「キュウウウウウウウッ!」


「くるぞ! 私が合図を出す! いいな!」

{でも、少しでも合わなかったら、殺される!}


白いエイリアンは、身体中の殺意を激らせ、剥き出しの敵意を飛ばす。

空気から伝わる振動が、死によく似た色をしていた。

一秒、一秒と、こちらに近づいてくる。


「大丈夫だ! お前はできる! 今までやってきたことを思い出せ!」

{目が見えている時ですら、失敗した! 僕には、できる自信がない}


白いエイリアンは、目の前まできた。

こちらを殺す気だ。

弾丸のようにこちらへ飛んでくる。

大気が震える。肌が恐怖で泡を吹く。


「誰だって最初から自信があるわけじゃない。

練習していくうちに、徐々に自信がついてくるんだ……さあ! 私たちの力を合わせるんだ!」

{分かった}


敵との距離は、もう5メートルほど。

はるかに巨大な白い怪物が、眼前に聳え立つ。

いつも見た光景だ。夢に向かおうとすると、何かが目の前に立ち塞がる。

それは、私が前に進んでいるからだ。


「最後まで一緒だ! 相棒っ! くるぞおおおおっ!」


そして、二体のエイリアンが衝突した。

激しい振動がスカイツリーを揺るがした。


巨大怪獣たちは、互いの手を掴み合い対峙する。


「左京! 私たちのライブ音楽をつけてくれ! それと、右京がいたらスカイツリーの上をライトアップするように頼んでくれ!」

【わかりましたわ】


「いくぞ! ギギ! 私とお前の! 『アイドル』と『エイリアン』の最後のライブだ!」



[バラバラにしてやるわ!]


――そして、何度も練習したライブの音楽が始まる。リズムに合わせて明滅するライト。

高鳴るハート。燃え上がる情熱が歌に乗って夜空を泳ぐ。

「エイトカウントで行く! 今までの練習を全て思い出せ! 勝つぞおおおおっ!」

「ゴギャアアアアアッ!」


「1、2、3、アンド4! 5、6、7、アンド8!」

ギギは私の指示に合わせて、ステップを踏む。

白いエイリアンを回転しながらいなし、弾き飛ばした。

敵は、頭からガラスに突っ込む。

[くそ! この耳障りな音を止めろおおおお!]

慣れない音と光で、敵は混乱し腕を周囲に振り回す。


「よし! 隙を見せたな! 二時の方向から回り込め! 今だ!」

――このまま地上に突き落としてやる!

ギギは右手を勢いよく叩きつけた。


だが、白いエイリアンに受け止められた。


[残念だったな! 私は感知タイプ! お前の居場所は。わかる! 視界を奪ったのが。仇になったな!]

白いエイリアンは、こちらにカウンターを繰り出す。

左手で空を切るほどの掌底。


「ギギ! 右にステップ1、2、今だっ!」

ギギは、カウンターをダンスステップで躱す。

――怪獣同士の戦いで、踊り出すやつなんてどこの宇宙にもいねーだろ!


[何いいいいっ! この眩しい光、お前たちも見えてないじゃないの? 私の攻撃が完全に見切られたわよ! なんなのよ、あの息のあったコンビネーションは……?]



――私は練習を思い出す。

【いいか? ギギ。ダンスは目でやるんじゃない。

全て体で覚えるんだ! 目でついて行こうとするから遅れる。

ダンスは感覚でやるんじゃない。繰り返し何度も踊って、馴染ませるんだ。

才能じゃない。繰り返した回数が多いやつが一番うまい。

一流のダンサーは目を瞑っていても、関係なく踊れる】


白いエイリアンは、尻尾のパラボナアンテナを広げると、こちらに向かって突進。

戦車をもひっくり返すほどの、勢いと人外のパワー。

「前から攻撃。バックステップ! そう! そこでターン!」

ギギは攻撃を避け、瞬時に敵の背後に回り込む。


「今だ! クワトロスピン!」

空中に飛び上がり、四回転ジャンプ。

夜空の中を舞うように、華麗なスピンを決めた。

鋭利な爪が、白いエイリアンの背中のトゲを切断。


白いエイリアンから、悲鳴のような声が溢れた。

「キュウウウウウウッ!」



「いいぞ! 今度は、左からくる! サイドステップ! 今っ! 屈んで! 下がって! 前にでろ! 今だっ! そこでドルフィン!」

ギギは合図に合わせて、踊り、回り、跳ねる。

敵の攻撃を全て見ずに躱し、肌に染み込んだ動きで敵を翻弄。

そしてかがみ込んだ後、宙返りを放った。

強靭な脚部が、白いエイリアンの扁平な頭部に直撃した。


だが、扁平した頭は砕けなかった。

――あそこは硬いのか? 


「ならそこは避けて、関節や腹を攻撃してやる!」

ギギは敵の周囲を踊りながら、弱点に激しい攻撃を加えていく。


線香花火が空を覆った。

火花の代わりに、色とりどりの血が空気を染め上げる。


白いエイリアンは、怯み

「キュウ! キュウウウウッ!」


「よし! いいぞ! 効いてる!」



――白いエイリアンは身を捩らせながら、

[くそ! この私があんな虫ケラどもにいいいいっ! どこへ行った! 音がうるさい! 光が眩しいっ! どこっ! どこへ消えたのっ?]


私とギギは、白いエイリアンの巨大な頭部に乗っていた。

「ここだ! 間抜け! ギギ! やれっ!」

[やめて! 来ないでえええええっ!]


そして飛び上がり、剣のように尖る尻尾の先端を頭部に突き刺した。


耳に齧り付くような破砕音が響く。

尻尾は眉間を貫き、中の臓器を破壊したのだ。

額と下顎からは、青い血がドバドバと溢れる。

[甘いな……! 私は頭部を破壊されても死なないのよ……!]


白いエイリアンは、不敵に笑った。

「私が狙ったのはそこじゃない。お前の心臓だ!」

――どこが弱点かわからないからな、一応二カ所の急所を攻撃した。

こうすれば、どちらかがダミーでも片方は通る。


ギギの尻尾が貫いていたのは、頭部だけではなかった。

頭部を貫通し、その下の胸の中心をも射抜いていたのだ。


[そんな……]

白いエイリアンは、その場で崩れ落ちた。


私は、ギギの背中から降りると、

「勝ったよ! ギギ! やった!」

「グギャギャギャギャ!」

私は、額をギギの頭にくっつけて抱きしめる。

ついに終わったのだ。


エイリアン同士の戦いに終止符が打たれた。

これで、私の夢を邪魔するものはもう何もない。

あとは、真っ直ぐ前に進むだけだ。


「よかった……ギギ、あなたはやっぱり悪者なんかじゃない……私の、いえみんなのヒーローだ!」


ギギが悪に堕ちなかった。そう選択したからだ。

ギギは、嬉しそうに尻尾を振り勝利の余韻を味わう。


その時だった――白い尻尾が私の体に巻き付いた。

「何いいいいいいいいいいっ!?」


白いエイリアンは起き上がり、再び立ち塞がった。

[惜しかったわね……心臓が無くなっても死なないのよ……!]


「くそっ!」


そして、懐から一つのエイリアンの頭部を取り出した。

[これが何か……いや失礼。誰かわかるかしら?]

――私は、白いエイリアンが何を狙っているのか瞬時に理解した。


「そんな! そんなあああああああ! ダメだ! ギギっ! 耳を貸すな!」

せっかく悪に堕ちなかったのに、

こんなに頑張ったのに――

いつも天は私の味方をしてくれない。いつだって運命は私の敵なんだ。

私がどれだけ頑張ったかなど気にも止めず、目の前に立ちはだかる。



白いエイリアンは、ニタニタと笑いながら、

[お前のママだよ? ほら!]

頭骨を投げて寄越した。


ギギは母の亡骸を掴むと、

{……ママ}


[もう死んでいるわ。私が食った]


それが引き金になった。


ギギの体が、みるみる膨れ上がり、さらに禍々しく進化し始めた。

大気が膨れ、逃げるように隠れる。

夜月が雲で顔を隠す。

割れた月光が、地面に砕けて空気を濁す。

「ヴヴヴヴヴウウウウウウ!」

トゲは、さらに長く尖り、

四肢の筋肉は膨らみ、筋繊維が剥き出しになる。

尻尾は、大剣のように鋭く尖り、月の下で笑っている。

もう最初の面影など影も形もない。完全な殺戮モンスターだ。


[ザ・プレデター、それがお前の種族よ! お前は凶悪な殺戮兵器なのよ! 他の種族と仲良くなれるわけないでしょ!]


「ギギ! だめっ! あなたが何の種族でも、それはあなたとは関係ない!」


[キュキュキュ聞こえてないわ……! それに。もうお前のことなど覚えていない……!]



[さあ! 理性を捨てるのよ! 体の奥の野生を解放しろ! そして、私と一緒にこの星の支配者になろう!]

白いエイリアンは、尻尾を伸ばす。ギギと尻尾を交わそうとしているのだ。

[お前と私が組めば、この星は我らのものよ!]


ギギは、決壊しかかっていた精神が壊れたのだろう。あんなに大好きだったママの頭骨を無造作にその場に捨てた。

「そんなあああっ! だめえええっ!」


[さあ! 私と共に。こいっ!]


だがギギは、その誘いを断った。


尻尾の先で相手を切り付けたのだ。


{僕は、みんなのアイドルだ、誰かを元気にするのが、僕の役目だ、ママもその方が喜んでくれる}





[チッ! どうやらお前を先に殺した方が良さそうだな……!]

白いエイリアンは、私をきつく締め上げる。

「かっ……はっ……!」


[今度こそ。もう諦めなさい!]


そして、私をスカイツリーから放り投げた。

そこは、上空634メートル。

地面に激突すれば、ペシャンコ。


{夢叶!}

ギギが私を助けようと前に出る。

[おっと! そうはさせない!]

だが白いエイリアンに上に乗られ、足を踏みつけられる。


もがいて出ようとするが、敵の方が体が大きい。

ギギは、

{こうなったら!}

尻尾の剣で、自らの左足を切断した。

「ゴギャアアアアアアアアアアッ!」

悲鳴が夜の闇に沈む。

血飛沫が、月光と混じり合う。

煌めく緑の宝石が、空中に霧散した。


そしてギギは、右足だけで地面を蹴って飛び上がる。


だが白いエイリアンは、その瞬間を見逃さなかった。

[隙を見せたなッッッッ!]

ギギは、白い尻尾で胴体を貫かれたのだ。

白い剣はギギの体内の臓器をいくつも潰し、反対側に飛び出た。



「ダメええええええええっ!」

空中で、ギギの体が止まる。

どう考えても致命傷だ。


ギギは大量に血を流しながら、弱々しく尻尾を私の方に伸ばす。

{夢叶……手を伸ばして!}

私は空中で、ギギの尻尾を掴んだ。



[これで終演だわね……]

白いエイリアンは尻尾を力一杯振り、ギギをゴミのように放り投げた。


一人のアイドルと一匹のエイリアンは、摩天楼から落ちていく。


落下しながら、

「これで私たちの負けか……」

{まだ、諦めるな……夢叶らしくない}



――何度目だろうか? 夢を追い始めてから、誰かに突き落とされたのは。

やっと少し登ったと思ったら、またすぐ叩きのめされる。

あの時、私はどうしたんだっけ? 私らしいってなんだっけ?

【どけ夢野! お前はアイドルにはなれない!】

「――私は絶対にどかない!」

そうだ、私はどかなかったんだ。


その後もそうだ。やっと目標に近づいたと思ったら、また誰かが邪魔をしてきた。

【衣装を切り刻んだのに、なんで諦めないのよ!】

「――私は絶対に諦めない!」

あの時も、私は挫けなかった。


それの繰り返しだった。

もうすぐゴールだ。そう思ったらまた最初からになる。

【何度でも蹴落としてやる!】

「――なら何度でも立ち上がってやる!」

それが夢を追うということなんだ。



=====

白いエイリアンは、空に雄叫びを放つ。

[あっはっはっはっはー! これで私の勝ちのようね! 邪魔者は消えた!]

そして、スカイツリーの展望台のガラスを破ると、小さい女の子を尻尾で掴もうとする。

だがその子の母親らしき人物が庇い、代わりに連れ去られた。

「ゆいちゃん! 逃げなさい!」

残された女の子は、まだ幼稚園児くらいの年齢。

母親を目の前で取られ、怖くて泣いている。

「うええええん……ママぁ!」


[勝利の祝杯でもあげようかしら。頭を割って、脳みそを啜ってやるわ! いただきます!]


頭の中でデジャブする。きっと私が小さい頃、私のお母さんもこうやって私を守ってくれたんだ。

自分の命を差し出して、私の代わりに食われた。


「待っててね。お母さん、今度は助けるから……!」


そして、夜の闇の中を流れ星が横切った。

次の瞬間、白いエイリアンの尻尾の中にその女性はいなかった。


[な、なにっ!? どこへ消えたの?]

白いエイリアンは、周囲をキョロキョロと見渡すと私とギギの姿を捉えた。

[何よ。その姿は? まさか、こんな短い時間でまた進化したの? ありえないわ……]


ギギの背中には、夜空を隠すほど巨大な2枚の翼。

四肢は、さらに流動的にシャープに尖る。

細い腕や脚に、蛇腹状の筋肉が浮き上がる。

鎧のように黒い甲殻を纏い、背トゲは剣のように鈍く輝く。

頭部には、緑に輝く光角。


ギギは落下の最中に、巨大な竜型エイリアンに進化したのだ。


どう生まれるか選べない、運で全てが決まる理不尽な社会。

そんな肥溜めに生まれたからこそ、どう生きるかが重要なのだ。


『私には無理だ』と、いつまでも惨めな気分に浸り続けるか、

『私はここにいる!』と声を高らかに叫ぶか。


その選択だけは、自分でできる。




ギギは、女性を子供の元へ帰す。

「ママ!」

「ありがとうございます!」


抱き合う親子の姿は、自分の姿に重なった。

だが幻は瞬く間に消えて、現実に戻る。

私の親は死んだ。背後を振り返ってももう返ってこない。


私は、前を向き直り、

「いくぞ! 相棒! あいつに勝つぞ! 二人の力を合わせるんだ!」


そして、終演曲の後のアンコールが始まった。




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