第4話 えいりあん の しょうたい


ダンススタジオに、私の声が響く。


「さあ! もう一度だ! 8カウントでいく! 1、2、3、アンド4! 5、6、7、アンド8!」




「諦めるな! もう一回! もう休憩か? お前が休んでいる間も、他の奴らはバットを振っているんだぞ!」




「さ! ママに会いたいんだろ! そんなんじゃ故郷には帰れない。ママもお前のことを残念に思っているだろうな! ほら! 立て! もう一度だ! ママに会いたいかっ?」




{ママ……!}


ギギはもう一度立ち上がろうと足に力を込める。

だがプルプルと震えて、その場で動けなくなった。



「ちょっと夢叶! 何やってるんですか!」

と、背後から左京の声。

特訓に夢中で、部屋に入って来たことに気づかなかった。


右京は、ギギの元に行くと、

「ギギちゃん。大丈夫? ボロボロじゃないの……」


「お前らか……ギギとのダンス練習だ。やる気のないやつは、邪魔をするな! 私――」

スタジオに乾いた音が響いた。

左京に思い切り頬を叩かれたのだ。


「痛ぇな! 何すんだよ!」

「前から思っていましたが、あなた異常です! 自分がランキングに載れなかったから、ギギちゃんに当たっているのです?」

「ンだと?」


私は頭に血を登らせて、左京の胸ぐらを掴もうとすると、一瞬で世界が反転した。

次の瞬間、尻を思い切り床に打ち付けた。

どうやら左京に背負い投げされたようだ。

「いってええええ……!」

「フン! わたくしもいつまでもやられっぱなしではないのですよ! これからは、戦うアイドルが流行るのです!」


右京は、

「さ、ギギちゃん! こんなおバカ放っておいて行こうね!」


そんな中、

「ママに会いたくないのかっ?」

静まり返った部屋に私の声が響いた。


するとギギが『右京達についていけばいいのか』、『私の方へ来ればいいのか』わからずオロオロし始めた。


「もうやめなさいっ! ギギちゃんは、まだ子供なんですのよ!」

「私も子供の頃から、もっと辛い努力をしてきた! この競争社会では、甘いこと言って『付け入る隙を見せる奴』が負けるんだよ!」


「あなたの努力は認めるけど、誰もがあなたのような考え方なのではないのですわ!」


私は立ち上がり、ギギの元へ行く。


「ギギ! お前はどうしたい? 誰よりも努力して、特別な存在になりたいだろ! そしたらママも喜んでくれる! ママのためだ! そうだろ!」


その時だった。右京が、

「あなたのためだよね……夢叶」

そう言うと、スタジオの隅のテレビをつけた。


そこには、私が写っていた。


エイリアンを利用したやつとしてバッシングされていたのだ。

【自分がトップアイドルになりたいからエイリアンに芸を仕込んだんだ!】


私はテレビに近づき、

「何これ……?」


テレビのリポーターは、次々に私への非難の言葉を写していく。

【自分の夢のために、ギギちゃんを道具として使っているように見えました】

【ギギちゃんの人気を自分のものにしようとしている】

【ギギちゃんは、客寄せパンダじゃないぞ!】


「あなたに人気が出ないのは、これが原因ですのよ」

私は奥歯を噛み締めた。


「誰もあんたに投票なんてしないのですわ。あなたには人の心がないから。まるで怪物のよう」



――その時だった。

【ここで臨時ニュースをお伝えします。ただいま入って来ました速報によりますと、エイリアンらしい生命体が東京に出没し、人を襲っているとの報告です】

「何……?」


映像には、スカイツリーに登る白いエイリアンが映された。

【こちらがその未確認生命体です。

この生物は、テレパシーで自らのことを[ハンター]と名乗っているようです。

現時点では、今話題のエイリアンアイドルのギギちゃんとは違う個体と見られています】


「そんな……二体目のエイリアンだと? なんでこのタイミングで?」


ニュース映像は切り替わり、東京の路地を映す。だが地面にはモザイクがかかっていて様子がわからない。

【只今の映像には、お見せすることはできませんが、エイリアンに攻撃された人たちの亡骸が路上に散らばっております。

犠牲者の数は、少なく見積もっても30人ほどです。さらに――】



「ギギ。お前の仲間なのか?」

ギギはテレビを見ながら、

{わから、ない}


興奮した様子のレポーターが、

【今、映像に変化がありました! なんとエイリアンの姿が変わりました。ご覧ください! 画面の中央です!】


白いエイリアン[ザ・ハンター]は、スカイツリーのてっぺんで脱皮を始めた。

表皮の中が蠢き、背中がバクッと二つに裂ける。

そして、中から青白い成体が産声を上げた。

【ゴギャアアアアアアアアアアアアーーーーー!】


頭部は、扁平に伸びて巨大になる。

背中のトゲは変形し、より戦闘的で禍々しく尖る。

四肢はさらに太く、逞しく。

尻尾のパラボナアンテナは、大きく花弁を広げた。

そして街に降り立つと、残酷なライブを始めた。


歌の代わりに悲鳴が響き。

火花の代わりに血飛沫が飛ぶ。

その怪物は、ダンスの代わりに快感で身を捩った。




――それから一夜が明けた。

緊急事態宣言が出され、外出は最低限のみ。










そして、多くの報道陣と野次馬が事務所にまで押し掛けてきた。

「あのエイリアンと関係はあるのですか?」

「危険な種族だと分かっていたのですか?」

「一部では、エイリアンを利用しているとの批判がありますが?」


マネージャーはしどろもどろになりながら、

「押さないで! 押さないでください!」


そんな中、ヒートアップし興奮した一般人が、

「人殺しーーっ!」

ギギちゃんに向かって石を投げた。


石は頭に当たり、その場所から緑色の血液が飛び出た。

「ギギィィィッ!」


野次馬たちは、次々に石や空き缶を投げつけ始めた。

「そうだ! そいつも仲間だ!」

「早く殺しちまえ!」


私はギギを庇うように、

「ギギちゃんは別よ! この子はいい子だから! 人を傷つけたりしない!」


そう――ギギは、あの白いエイリアンとは違う。

人懐っこくて、怖がりで、歌とダンスが大好きなエイリアンの子供。

優しくて人間思いだ。


私は、真っ黒な友達に向かって、

「あなたは悪い子じゃない。そうよね?」


だが――――サクっ! 心地の良い快音と共に、私の右腕に痛みが走った。

ギギの尻尾の先端が当たったようだ。

「……え?」

私の腕から赤い血潮が流れる。


「おい! 今見たか!」

「ああ! その怪物が、女の子を斬りつけたぞ!」


マネージャーが危険を察知して、

「はい! 本日の会見は終了します! お帰りください!」



私は痛む右腕を見つめて、

……どうしちゃったの? ギギちゃん……


家に戻ると、異変に気づいた。

ギギの体が少し大きくなっているのだ。

体から皮膚がたくさん剥がれているし、トゲがいつもより長くなってきている。

なんだか、前より禍々しくなってきている気がする。

「ギギ? その姿、どうしたの? いや、それよりなんで私のことを切ったの? 怖かったのか?」


ギギは返事することなく、ダンマリを決め込む。

「怖かったんだよな? きっとそうだよな? 怒ったりしてないから……そうだ! ポップコーンでも食うか? 好きだろ!」

私はいつもポッケに入れてるギギ用のおやつ袋を取り出す。

「ほら! これが欲しいか? 大好物だもんな! 投げるぞ!」

ギギに向かって、ポップコーンを放ってあげた。



だがギギは、ポップコーンをパシと尻尾ではたき落とした。

白い塊は地面に転がる。

「おい……どうしたんだ?」


「今度はこれならどうだ? ほうらとってこ〜い!」

私はおもちゃのボールを取り出して、ギギに放った。

乾いた音と共に、ボールはギギに当たると地面に落ちた。


ギギは無反応のまま黒い瞳で私を見つめる。


「……ギギお前、一体どうしちゃったんだ……?」


そして、私の見ている前でソレは始まった。


バリッと言う音と共に、ギギの体が脱皮を始める。

私の目の前で、禍々しい姿に進化していく。

ギギもあの白いエイリアンのように、体が変化する種族だったのだ。


脱げかけた皮膚を頭から被り、全容は見えない。

だが、白い皮膚の隙間から見える赤い瞳が、その殺人本能を物語っている。


{僕に、近づくな……!}


ギギの姿に、以前の面影はない。

まごうことなき捕食者だった。

「あの白いエイリアンは……お前の仲間なのか? そうなんだな……お前たちは、地球を侵略しに来たんだ……」


次の瞬間、

「ゴギャアアアアアアッ!」

ギギは、聞いたこともないような悍ましい咆哮を吐き、

そのまま窓を割ってどこかに行ってしまった。


「……ギギ……」



それからマネージャーや右京たちにも連絡を取ったが、ギギの行方はわからないままだった。

私は悶々とした時間を過ごす。ギギは夜中になっても帰ってこなかった。

床に置かれた空っぽの餌場を見つめて、ため息がこぼれた。

「どこ行ったんだよ……」

そして――部屋の中にインターホンの音が響いた。


私は弾かれたように玄関に行くと、勢いよく扉を開ける。

「ギギ! 心配したんだぞ……え? おじさん? おばさん? どうしてここに?」

玄関に立っていたのは、絶縁していた育ての親だった。

最後に見た時よりもほうれい線が伸び、シミが増えていた。

シワクチャの顔を引き攣らせて、

「アホ! 心配したからに決まっとるやろ!」


「私のこともう愛想を尽かしたんじゃないの?」


目尻までにっこりさせたおじさんは、

「そんなことあるかいな……いつも応援していたで……!」

手には、私のCDやうちわを持っていた。

おばさんは私の手を取り、

「人気投票はいつもあんたに入れとるんやで……ほんまによう頑張ったな……」

「おばさん……!」



私は二人を部屋に入れると、

「今日はどうして来たの?」

「大事な話があるんじゃ。あの黒い怪物はどこにおる?」

「ギギのこと? ギギなら今ちょっとどこかへ行っていて……」


「あんた……テレビであの怪物と一緒に踊っててびっくりしたで」

「そうでしょ。遠い星から来たエイリアンで、私と友達になったの」


「あれは……『黒曜の獣』は友達なんかやない……! あれと友達にはなれん」

「え? ……おばさん、ギギを知っているの?」 


「あんた。覚えとらんのか?」

「覚えてるって何を?」

おばさんは声を震わせながら、

「あの化け物が――――――」




「……え?」






=====


「ギギが見つかったって?」

【ええ! 位置は添付しておきましたけど、どうするのです?】

「私一人でなんとかする! 左京たちは来るな!」

【あ! ちょっと――】


――私は、最初に会ったスカイツリーの機械室に着いた。

冷たい空気が肌に吸い付く。

暗闇から何かの視線を感じる。

私は静寂の水面に、石を投げ入れた。


「ギギ? いるのか?」


そしてしばらく探して、大型の機械類が並ぶ密林でギギを見つけた。

誰にも見つからないように、隅っこにうずくまっていた。

ギギの尻尾の一部だけが、機械の下からはみ出ている。


「ギギ?」


ギギは長い尻尾を丸めて、私から隠れるように機械の下に潜り込んでいった。

「傷つけたりしない。おいで?」


{嫌だ、もう放って、おいてくれ}


「また一緒にダンスの練習をしよう? な?」


{そんなこと、して、何になる?} 

「私は、お前のことを助けたいだけだ……頼む、そこから出てきてくれ……」


{また僕のこと、利用するのかっ! お前は、いつも、都合のいいこと、ばかり言って! 僕のママのことも侮辱した!}


そして、ギギが機械の下から全身を出した。

それはもうギギではなくなっていた。

彼の姿に以前の面影はどこにもない。


背中からは、巨大なトゲが何本も突き出て、

手足からは、獲物のハラワタを掻き出すための爪が伸び、

瞳は、燃えるように赤く光っていた。


体は以前の倍ほどまで大きくなり、

背中の甲殻は、膨らみ硬度を増した。


背骨に沿った一列の背鰭は、さらに大きく尖り天を突く。

尻尾の先端は、ゲームに出てくる大剣のよう。



そして、口から炎を吐き出しながら、



{お前はいつも、僕を道具のように利用してきた! 道具としか、思っていなかったんだ! 

もうとっくに、宇宙船を直すための金は、集まっているのだろう? 

自分の、ためなら平気で嘘、つく! 

他人を、蹴落とす! トゲも爪もないのに、お前達人間の方が怪物のようだ!}


ギギの口腔から吐き出される炎の吐息が、私の髪を熱で濡らす。


「そうだな……私は、怪物だ。


……数字を求めるたびに、何かを切り捨てて生きてきた。

最初は、友達。

次に育ての親を切り捨てた。

心をすり減らし、命を数字に変えてきた。

自分以外の全てのものを利用して、ここまでのしあがった。


でもいつも心は空っぽだった。


そんな生活の中で、あなたと出会った。

日に日に、心を失っていく私に、あなたが人間らしさを思い出させてくれた……」




私の脳内に、昔の記憶が蘇る。


=====

幼稚園でのお歌の時間のこと、

【わ〜た〜しぃ〜とーあーなーたー】

私が歌うと、いつもクスクスと笑い声が聞こえてきた。

【何なんだあいつ! あんな音痴初めてみた! プクク下手な歌!】

【あれでアイドルになるって? 笑わせるなよ! 引っ込んでろ!】


ダンスの時間のこと、

【さ! 先生の手拍子に合わせて踊ってみてね! ホップ! ステップ! ワン、ツー! さんはいっ!】

私はステップができずに、転んでしまった。

その拍子に隣の子たちも巻き添えに転んだ。

【いったぁ〜い! ちょっと何するのよ!】

【ご、ごめんさい……】

【できないんだったら、隅っこで見ててよ! あんた邪魔!】


【おい! あいつ運動神経ないな……あんなのもできないのか?】


【なんだあいつそばかすまみれできったねーの!】


【太ってるし、相撲取りにでもなった方がいいんじゃないの?】


【ゆーめのゆめの! ゆめのゆめ……! 夢野の夢はアイドルになること! だけど現実は残酷でした。彼女の夢は、夢のまた夢。叶いませ〜ん】


悔しかった。

辛かった。

なんとしても自分を変えたかった。


【夢叶……なんで整形ば、したんね? なんでそげんことした? せっかく親からもらった顔なのに……】

【お前たちの期待に応えるために生まれてきたわけじゃない! 誰に馬鹿にされても私は夢を叶えるんだ!】


――努力したらきっとみんな私のことを認めてくれる!


私は必死で努力した。

ダンスの本は全て読み、時間を費やすことを惜しまなかった。

クラスの友達が彼氏とデートをしている間も、常に一人で努力してきた。


【なんなの……あの子? ねえウザくない? お高くとまっちゃって……】


――もっとだ! もっと頑張れば、みんな私のことを好きになってくれる!

成功法則の本や、ビジネスの本も詰め込んだ。

生活の全ての時間を、人生の全てを夢のために消費した。


そして十年以上経ち、念願のステージに立てた。

【やっとだ……これでやっと……みんなに好きになってもらえる……】



だがアイドルになった後も変わらなかった。

ある日、楽屋に帰ると、

【何これ……?】

私の衣装だけがズタズタに切り裂かれていた。


【クスクス。ちょっと歌がうまいからって調子に乗るなよ……】

【ざまあみろっ!】


――頑張ったら認めてくれるんじゃなかったのかよ……


そんなことがたくさん起きて、私は人を信じるのをやめた。

周囲の人間は、全部道具だ。

使えない道具は、捨ててまた新しい利便性の高い道具を拾えばいい。

全ては、私を引き立てるためにある。


努力できないのなら、何もするな。

私は、私一人で勝つ。



……もっと努力しないと!

もっと頑張らないと! ……


【てめえ! そんなんで数字が出せると思っているのか、右京! やる気がないなら今すぐ消えろ! どうせ代替品はいくらでもいる】


【左京! お前は足手まといだ! 何の役にも立たない!】


【お前たちのことを仲間だと思ったことはない!】


――魂を削って、心を失くして、全部捨ててでもそれでも足りなかった。

気づけば、人を笑顔にしたいという目標は、いつの間にかどこかへ消えてしまった。




そんな中ギギと出会った。


【夢叶、ダンス、とっても、うまいね!】

【わぁ! 上手な、歌、きっととっても練習、した】

【夢叶、一番のアイドル、すぐなれる、僕も手伝う】


種族が違ったからか、私たちの間に、嫉妬も比較もなかった。

純粋に私のことを褒めてくれた。


……ギギだけが、私のことを認めてくれた。

=====




私は、ギギに、

「あの日、一匹のエイリアンが私のライブに侵入した。その日から私の人生は変わったんだ……

怪物になりかけていた私を、元に戻してくれた」


私は右手を差し出し、

「お願いだ。一人ぼっちにならないでくれ?」


一人と一匹の間に、少しの静寂が漂う。

ふわふわした音が、耳の周りを飛び回る。

精一杯の友情を、異界の友人に向ける。


だがギギは、私の右手を握ってくれなかった。



「私は世界で一番努力をすれば、一番になれると思っていた。

でも、現実は違った。


一番努力した人が、一番の場所にいるわけじゃなかった」


私は、今までずっと堪え続けてきた涙が落ちるのを感じた。


「こんなに報われないなら、がんばらなければ良かった。そしたら傷つかなかった。

夢なんか追わなきゃよかった……そしたらあんなに一人で泣かなかった。

みんなの言う通り、夢は眺めているだけにすればよかった。


『お前には才能がないから、夢は叶えられない』あれが正しかったんだ。


一緒に来てくれたら、私はもうアイドルをやめる。

振り回してごめんな……全部私のせいだ。

さぁ……私の手を握ってくれ……」




ギギは、それに応えるように尻尾を伸ばす。

尻尾の先が私の腕にゆっくりと巻きつく。


だが――

{……もう遅い}


ギギは、戦闘的に尖る尻尾で私の体を締め上げた。

「ぐあああああっ!」

尻尾には以前はなかった禍々しいヒレのようなものが生えている。ナイフのように尖る黒曜石の剣が私の体に食い込んだ。









{僕は悪い種族なんだろ? この星に来たもう一体のエイリアンが人間を殺している! 僕もああなるのか? 僕も人殺しなのか? もしかして……僕の種族が夢叶の大切な人を殺したのか?}


――先程のおばさんとの会話を思い出す。

【あんた。覚えとらんのか? あの化け物が……あんたの両親を殺したんやで!】

【え?】

【『黒曜の獣』は、あんたの両親の仇なんや!】

ヒグマに両親を殺されたと思っていた。だが違った。

初めて地球に来たエイリアンは、ギギではなかったのだ。

それ以前にも来ていて、人を殺していたのだ。

私の親を奪い、私を孤独に突き落としたのは、ギギの仲間のエイリアンだ。


私の人生が壊れたのは、エイリアンの襲来が原因だったのだ。


{夢叶、答えろ、僕も、人殺しなのか? 僕の種族が、夢叶の、ママを殺したのか?}





「ううん。違う。私のお母さんはクマに殺されたのよ」

私は嘘をついた。

今までも何度もついてきたが、今度のはいつもと違った嘘だった。

誰かを貶めるためや、自分の数字を偽るためではない。

誰かを助けるための嘘だ。


{そうか……}


「ギギ、お前は悪者じゃない。お前は優しい子だ。お願い、人間みたいに……私みたいにならないで……!」


人間という嫉妬まみれで、欲深い、冷酷極まりない地球上で一番不要なクズ種族に生まれても、そうなる必要はない。

『クズに生まれたから、クズとして生きるしかない』そう言う人がいるが、それは違う。

誰も生まれる星は選べないけど、どう生きるかだけは選べるようになっている。


あなたの種族が凶悪でも、それはあなたの生き方とは何の関係もない。



そして、ゆっくりとギギの尻尾は力を緩めていった。

「ゲホッ! ゴホッ!」

{ごめん、夢叶、大丈夫?}

「大丈夫だ! 今の時代、アイドルはタフじゃないと務まらないんだ!」


その時だった、右京と左京がやってきた。

「ギギちゃん。宇宙船を直すための金と銀が届きましたですのよ!」

「量が量だから、時間がかかった。とほほ」





「さあ。みんなで手伝うから。宇宙船を直そう。ママの元に帰りたいんだろ? ここでお別れだ。ギギ」




そして、私たち三人と一匹は、初めて本当の意味で力を合わせた。

金槌と金属が生み出す心地よい音色。

ハンダが金属を溶かす匂い。

それら全てが酷く心地よかった。


「夢叶。それとって」

私はそばにあった金の延べ棒を右京に放った。右京は受け取ると、

「私、昔あなたのこと嫌いだったの……」

「そうか……」

まあ、薄々感じていたが。


「すぐ怒鳴るし、いつも喧嘩腰で、ワンマンプレイヤーで、自分以外のやつなんていてもいなくても変わんないーって感じが出てたんだよね」

「……ふっ。実際そうだしな」


「目つきが悪くて、性格終わってて、人の心を失くしている」

「ま、間違ってはいない」

右京の言うことに何も言い返せなかった。


彼女の言う通り、私は人の心を削ってはそこに数字を詰め込んで生きてきた。


どれだけ懸命に頑張っても、誰も認めてくれなかった。それなら、私は数字を出す。そうすれば、誰も私に文句を言えなくなる……!



いつからだろうか? 何かを追っていないと、生きてはいけないような気がするようになったのは。

きっとその時から、私の心はゆっくりと死んでいった。


右京は、

「でも! あなたのひたむきな努力には、本当は尊敬していたんだ!」


「え……?」


左京も、作りかけの宇宙船から顔を出し、

「私も! 誰よりも早く来てダンス練習をしていたのも、一番遅くまで残っていたのも、知っているのですわよ」


「すごかったよね! どんなに早起きして練習室に行っても、必ず夢叶がいるもんね!」


「ですわ! 振り付けを一番最初に覚えてくるのも、必ず夢叶だったですわよね!」


「お前たち……」

人を疑うことばかり覚えて、誰も信じなくなっていた。

意地悪な人や、嫉妬深い人に囲まれて、気づけば自分もそうなっていた。

だけど、本当はずっと誰かに信じてもらいたかった。


「そして、あなたが誰もいない楽屋でいつも泣いていたのことも知っているよ……」


「本当は寂しくて、寂しくてたまらないことも、」


「あなたの努力が報われてこなかったことも、全部見ていたんだ」


「たまには私たちのことも頼ってください……! 仲間なのですから! 一人で肩肘張ってないで。はい! 最後のパーツ!」


他人を信じる人間が馬鹿を見るこの社会で、あなたが誰かを信じられるなら、それはきっととても素敵なことなんだ。


――そして、宇宙船が完成した。


球体の巨大な金属。直径5メートルほどの塊。

窓ガラスなどはなく、つぎはぎだらけ。

所々に見える貴金属が、異質さを物語っている。

「ゴギャアアアアアアッ!」


ギギは、尻尾を振りながら球体の周りを駆け回る。

私に飛びつき、触手で私の顔を舐めてくる。

「わかった! 嬉しいのはわかったから! 顔を舐めるな!」


ギギが喜んでいるのが、私も嬉しかった。

久しぶりだ……誰かが喜んでいるのを見て、醜い嫉妬が湧かなかったのは。


「じゃあこれで、お別れだな」

「ギギちゃん! 元気でね!」

「グギャアアアアアッ!」


ギギは頭を下げて私に差し出す。

{みんな、ありがと、みんな、のこと、忘れない}


私は応えるようにギギを抱きしめて、額と額を触れ合わせる。

「ギギ。今までありがとうね。大好きよ……!」

心が震えるような体験は、一生であと何回くらいできるのだろうか?

わからないけど、きっとそう多くはないだろう。


月明かりが大地を蒼く染め上げる。

焼けるような黒い日差しが、ビルの密林を埋め尽くす。

冷血動物から伝わる温もりが、そっと私の冷え切った心を溶かした。




次の瞬間――大量の『血飛沫』が私の顔にかかった。



「ゴギャアアアアアアッ!」

ギギは、右目を爪で抉り出され、顔に醜い三本の傷跡が走った。

傷口から緑色の体液と、目玉内の水晶体が体外に溢れた。

酷い匂いが、鼻口をくすぐる。

ギギの苦しそうな悲鳴が、鼓膜を叩く。


一瞬、何が起きたのかわからなかった。急にギギが出血し、苦しみ出したのだ。

「ギギーーーーっ!」

「ちょっと! どうしたんですのよっっ?」

「みんなっ! 後ろに何かいる!」


[キュキュキュキュ。お前。この星に。不時着したのだろう? 感じていたぞ! 仲間だと。思ったが。スピードタイプか……]

背後の闇から出てきたのは、白いエイリアン[ザ・ハンター]だった。

蛇のような頭部、パラボナアンテナのようなものがついた尻尾。

ギギよりも一回り大きく、力も強い。

そいつが、ギギの目を潰した。


「何なんだ、お前!」


[私は。ザ・ハンター。レベルを上げるために。この星に来た。ん? 黒いお前。この星から脱出するつもりだったのか? キュキュ。そうは……させない]

そう言うと、白いエイリアンは私たちが作った宇宙船に近づき、私たちが見ている前で粉々に破壊した。

「やめろおおおっ!」

踏み潰し、噛み砕き、宇宙船は原型がなくなるほど粉砕された。

もう修理することなど絶対に叶わない。


「……そんな……」


白いエイリアンは、ギギを掴むと、

[お前も。私の。コレクションに加えてやる……!]

懐からエイリアンの頭骨のコレクションを見せてきた。


大小様々な形の白い頭骨が、カラカラ悲しそうな音を立てる。


殺した獲物の骨をトロフィーとして持って帰る習性があるのだろう。

白いエイリアンは、ギギを地面に叩きつけると、

[だがその前に。腹が減った。ディナーにするか!]


白いエイリアンは私を掴むと、スカイツリーの壁を破り外へ飛び出た。

「私はいいから逃げて!」




白いエイリアンは私を掴むと、スカイツリーの展望回廊(|上の方の円形の部分)の縁に躍り出た。

夜の風が光る。

冷たい水の中にいるみたいだ。


白いエイリアンは、私を掴むと、

[お前は。あの黒い種族の子供、ギギと呼んでいたわね。あいつが何なのか知っているのかしら?]

「くそっ! 放しやがれ!」

手足をバタつかせるが、抜け出せない。生物としての力が違いすぎる。

[あいつは育て主の影響を受けやすい種族なのよ。なんであんなに醜く育ったのだろうねえ?]

「何が言いたい?」

[あいつはお前に似たのよ。育ての親に似るからね。]


そして、白いエイリアンは信じられないようなことを言った。

[私はお前を知っているわ]


「何?」

[私は食った獲物の記憶を貯蔵できる種族なのよ。どうやら私の獲物の中に、『お前の両親を食ったエイリアン』がいたようね。お前は、夢叶というのか?]


「だったらなんだ!」

[キュキュ。殺す前に、面白いことを聞かせてやるわ]


白いエイリアンは、蛇のような顔を歪ませながら、

[間接的にだから、ぼんやりとだけど……見える。見えるわ。あなたの親の記憶が。お前の親は、お前に夢を追いかけてほしくなかったようね]


「え?」

[お前の親は、お前のことを信じていなかったのよ。見せてあげるわ!]


白いエイリアンは、尻尾のアンテナを私に被せてきた。

「何だ? 何をする! やめろっ!」


頭の中に映像が浮かび上がる。

そこには、真っ白い何もない空間。

【どこだここ?】


どうやら白いエイリアンの能力で、記憶の世界に閉じ込められたらしい。

そこには、私の死んだお母さんがいた。


まだ若く、長い黒い髪。

私によく似た白い肌。

そして、いつも悲しそうな顔をしていた。


そんな彼女に、

【本当なの? お母さん? 私に夢を追ってほしくなかったの?】

【うん】


【どうして?】

【あなたの苦しそうな姿を見てられんやった……いつも一人で泣いておって、なんて声をかけてあげればええのか、わからんやった。


私は、夢を叶えられずに終わったから、あなただけは夢を叶えて欲しかった。

だから夢叶と名前をつけた。

『夢を叶えられますように』と、それが良くなかった。


きっと私がプレッシャーを与えすぎていたんね。

あなたが頑張る姿が辛かった。

もう見てられんやった。だから歌が下手になるようにわざと間違いを教えて、ダンスが下手になるように教えた】


【……え?】

【だけど、あなたは諦めんかった。絶対にアイドルになるって言って聞かんかった。

辛い目にあってほしくなかったけど、あなたはその方向に進んでいった】


【そっか。心配かけちゃったね。でももういいよ、私夢は諦めることにしたから。もう心配しないで……

私には最初から無理だったんだ。

私には才能がない。だから他の誰かが、私の夢を叶えた場所に立つんだ……】


【本当にそれでいいの?】

【うん。それでいい……】


【それならどうしてそんな悲しそうな顔をするの? どうして今なの? これまでも辛いこともたくさんあったんやろ?

なんでその時、やめなかったの? どけと言われても! 無理だと言われても夢を追い続けたんやろ?

なんでその度に立ち上がったの? 辛かったのなら、もう立ち上がらなければ良かったじゃない?】

【わからない……】


【あなたは、誰かにやれと言われたからやったの?】

【違う……誰も言ってくれなかったけど、私は努力した】


【夢が叶う保証がないと、初めの一歩を踏み出せなかった?】

【……ううん。そんな保証はどこにもなかった】



【『お前は百年に一度の逸材だ!』と言ってくれる誰かが現れるのを待ちたいの?】

【……違うっ!】


【確かに私は、あなたのことを信じていなかった。だけどお母さんに信じてもらいたくてやったの? そんなしょうもない理由で目指したんかっ?】

【違うっっっ!】


【アイドルになりたくなくなったのなら……やめなさい。だけど本当はまだ諦めたくないんやろ?】

【……うん!】


【アイドルになるんやろ? こんなところで、終わってええんか?】



=====


思い出の中のお母さんは消えた。目の前に現実が立ち塞がる。

白いエイリアンは、尻尾で私を締め上げる。

[感じるわ! お前の心の中の反吐が出るような汚物を!

お前は、クズだ! 勝つためにならどんなことでもする! 醜いな!

誰もお前のことなど好きじゃない! 

みんなに嫌われて、心の中ではいつも本当は、寂しくてたまらない。

哀れだな……!

母親も、私も、誰一人お前のことなんか信じてないわ!]


白いエイリアンは、私を締め殺すため、さらに尻尾に力を込める。


……こんなところで、終わってたまるか! どんな障害があっても、全て乗り越えてやる!


「夢を叶えるのが私以外の誰かだとしても、


例え最後に叶わなくても、


私の夢は、『誰よりもすごいアイドルになること』だ!


『誰かの期待に応えること』ではない!」



[その夢は叶わないわ! 死ねっっっ!]


その時だった――





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