行きつけのバーは幽霊専門店

志村 文

行きつけのバーは幽霊専門店

「月刊 夜廻」本郷社が出版する日本や世界の都市伝説やホラーを主にする雑誌にバイトライターとして働いている単色のパーカーにジーパン。身体も顔も平均値といったところ、そらら辺にいる大学生と何も変わらない。視覚以外は。



ーー俺には、幽霊が見える。



 現に、目の前にいるライターさんにも憑いている。しかも一人じゃない……三人、いや、机に手が見えたから四人だ。そう言えば有名な心霊スポットに行くとこの前行っていた気がする。

 ものすごく連れて来ている。……勘弁してくれ、俺は怖いのが嫌いなんだ。

「折谷、ちょっとこっち来てくれ!」

「あ、はい」

 ……編集長に呼ばれるときは碌なことがない。

 編集長のデスクを挟んで向かい合わせに立つ。少し肥えたお腹をさすりながら、一枚の紙を折谷に渡した。

「これは?」

「最近話題になっている心霊スポット。廃墟ビルの地下一階にあるバーなんだけど、昼は閉まってるのに夜になるとドアが開いてるんだって」

「はぁ」

「折谷、幽霊見えるでしょちょっと行って来てよ」

 編集長には逆らえない。

「分かりました」

「じゃあ後で、住所送るから準備しといてね。次の雑誌に載せたいから、今週中に行ってきて。じゃあよろしくね。戻っていいよ」

 次の雑誌に載せるってことは文章を書いたり添削も含めたら今日行かないと間に合わないじゃないか。てか俺の本業はライターじゃない、大学生だ! そもそもこうなったのも先輩のせいだ。見えるの嫌だから相談したのに、まさかそれを有効活用させることになるとは。

「……はぁ、行く準備しよ」




「確かここら辺のはず」

 深夜一時、もう少しで丑三つ時と呼ばれる時間。こんな時間に外に出るのは深夜徘徊する老人か俺みたいなやつかもしくは……。

「あれ、折谷くんじゃん。何してるの?」

「先輩みたいな馬鹿だけだ」

「え、何で僕ディスられたの?」

 俺の先輩。身長も高くて、顔もいい。あとお洒落。だが先輩はいわゆる残念なイケメンの部類に入る。先輩の趣味は都市伝説やオカルト、もちろんそんなものに食いつく女子は少ない。あと、単純に度が過ぎていて引かれているが正しい。そして俺の本郷社のバイトを始めるきっかけになった人でもある。

「何で憐れみの目でこっちを見るの⁉︎ てか折谷くんは何してるの? 深夜だよ」

「編集長のお願いでここの近くの潰れたバーを調べに行くんですよ」

「へぇ、折谷くん大変だね」

 誰のせいだと思っているんだ。

「先輩こそここで何やっているんですか。今日仕事ないですよね」

「あぁ、僕もそのバーに興味あったんだけど、折谷くんが調査するなら雑誌になった時の楽しみにしようかな。僕折谷くんの書いた文書好きだし」

 初めてそんなことを言われた。

「じゃあ調査頑張ってね!」

「ありがとうございます。あ、先輩、あの俺のデスクの前にいる人にお祓いに行った方がいいですよって伝えといてくれます?」

「うんいいよ、伝えとく」

「ありがとうございます」

 なんて先輩と喋っているともういい時間になっている。先輩は手を振って颯爽と帰って行く。向かわねば。



「ここの地下一階でやってるのか。」

 周辺をうろうろしていると、地下へ続く階段を見つけた。俺は覚悟を決めてその階段を降りた。階段を最後まで降り切ると一つの扉があった。それ以外は何もない。ドアノブに手をかける。

 鍵がかかっていると聞いていたが、扉は難なく開いた。

 目の前には廃れた店内があった。だが、ただの閉店したバーじゃない。誰かがそこにいる気配を感じた。カウンターのようなとこをに二人だろうか。向かい合わせになっている。俺は意を決して店内へ入った。近づけば明確に誰がいるの分かった。男性のバーテンダーとうずくまっている女性のようだ。



「もう、何でこんな目に遭わなくちゃならないのよ!」

「貞子さん、飲み過ぎですよ、ほら水です」

 え? 何この二人。幽霊だよね。

「あぁ、いらっしゃい一人? ってあれ? 生身の人間だ」

 バーテンダーだと思っていた。こいつ、人体模型だ。

「あの……取材しにきました」

 馬鹿正直に喋ってしまった。

「「取材?」」

 警戒されている、なんかそんな感じがする。女性の方は興味ないのかなまた俯いてしまった。大丈夫だろうか。……いや、相手は幽霊だぞ。

「ふはははっ、僕そんなこと人に言われると思わなかったよ。まぁこっち座りな。何か飲む? あ、人用の飲み物置いてないや」

「飲み物は大丈夫です」

「あ、そう?」

「……あの俺幽霊と話すの初めてなので、どうしていいか分かってなくて」

「あ、そうなんだ。視える人なのに喋ったことないんだ」

「悪霊ばっかり会ってたので、みんな喋らないと言うか、すぐ憑かれちゃうので……」

「……それは運がないね」

 怖すぎて顔はあげれないが、すごく同情されている気がする。

「取材しにきたんでしょ? 質問答えるよ」

「え、いいんですか?」

 驚きのあまり顔を上げてしまった。

 これはチャンスだ。俺の恐怖が限界突破する前に仕事を終わらせよう。直接聞けるなんてまたとないチャンス。

「あの、何で人体模型がバーテンダーしてるんですか?」

「あぁ、僕ね、廃校の理科室にあったの。で、廃坑を立て壊すから中にある備品は全て業者が持って行ってたんだけど、建て付けが甘くて備品がいくつか落ちちゃったんだよね」

 いや、危なくね?

「それで、ここの通りって人あまり通らないでしょ。それで、丑三つ時になるまでほったらかしにされて、丑三つ時になったときに自らの足でここに降りてきたの。ここしか開いてなかったから。それでここを拠点にいろんなことをしてるの」

「なるほど。人体模型さんは、ここでどんなことをしているんですか?」

「人体模型って長いでしょ、じんさんでいいよ。僕はね、他の幽霊の相談に乗っているの」

「相談に?」

「うん、悩みがあるのは人だけじゃないよ。幽霊も悩んでる。現に君の隣にいる人はね貞子さんって言うんだけど、貞子さんは恋愛に悩んでるんだよね。貞子さん、お水ここ置いとくよ」

「恋愛に?」

 人体模型はそう言いながら、貞子の近くに水を置いた。

 ……いや、水と言われるものから禍々しい気配がする。

「貞子さんって、すごく面食いなんだよね。一目惚れして、お近づきになろうとしてテレビから出て、驚かれる。それを貞子さんはずっと繰り返してるの」

「誰も私のことを必要としてないんだよぉ。うぅ、あんたたち人間のせいで、私たちが生まれたのにぃ。うぅ」

 生まれた? 人間のせいなの? え、関係あるの?

「生まれるのって人関係するんですか?」

「私やじんさんの学校の七不思議みたいにねぇ、人間の負の感情や妄想で作られることもあるのよぉ。勝手に妄想しといて、用がなくなったら捨てるってどうゆう神経してるのよ!」

「貞子さん落ちつて。ほら水飲んで」

 人間の女性の愚痴を聞いているときみたいな感情が湧き出てきた。これはめんどくさいパターンだな。……貞子?

「貞子さんってあの貞子ですか? テレビから出てくる」

「えぇ、そうよぉ」

「俺の知り合いに幽霊付きのイケメンがいるんですよ。その人のところに行ってみるのはどうでしょうか?」

「どぉゆーことよぉ」

「俺の先輩に怪異好きの残念なイケメンがいるんですよ。その人なら怖がることはないと思いますよ」

「ほんとにいけめんなのぉ?」

「写真ありますよ。見ますか?」

 俺はスマホの写真フォルダに入っていた先輩の写真を貞子さんに見せる。

 貞子さんは立ち上がり、俺の顔を見た。

「彼どこに住んでるの? 住所、住所教えて!」

「あ、はい!」

 リュックの中からメモ帳とペンを取り出し、先輩の住所を書き記していく。

 メモを貞子さんに渡すと「行ってくる!」と言いバーを出て行った。

「はい、行ってらっしゃい」

颯爽と出て行った貞子さんを見送る。貞子ってあんなに元気な女性なんだ。

「ふふふ」

 後ろから人さんの笑い声が聞こえた。

「あ、勝手な事してすみません」

「ううん。貞子さんがあんなに綺麗な目をしたのはいつぶりかな。手伝ってくれてありがとう。僕さ、この時間しか動けないから、最近の人間界のこと分からなくて」

「何でこの時間だけなんですか?」

「なんで廃校の七不思議がここにいると思う? 人が新しい名前を僕につけてくれたんだよ。『丑三つ時になると開かれるバーテンダーの人体模型』って。この名前って僕たちにとっては呪いなのかもしれないね。さぁ、もう閉めるから君もお家へ帰りな」

「はい……あの、俺、折谷って言います。また来てもいいですか?」

「……うん、またおいで」

 人さんは笑顔でそう言った。


 ーー俺はその場から立ち去った。後日、日が昇った頃に伺ってみた。すると夜中行った時は空いていたハズの扉には鍵がかかっており、中に入るとこはできなかった。今回会った幽霊は俺が出会ってきた中ではものすごく異質だった。しかし、今回この霊たちに会って俺は「幽霊も悪くないな」と思えた。まだ街中で会う霊は怖いが、少しづつ恐怖心を無くしていけれたらと思う。霊の声を聞くために。



「これでよし。あ、編集長、前調査に行ったバーの文章できたので見てください」

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行きつけのバーは幽霊専門店 志村 文 @Shimura_mumei

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