第22話 下心、女心

欲望渦巻く人間どもが行き交う横浜の交差点。


その交差点の信号機の上に腰掛け、人間どもの猜疑、憂い、妬み、誹りの思いを聞いている女がいた。


人間どもから姿が見える訳ではないが、まだうら若き少女の様だが、その顔に浮かぶ邪悪な笑みは老獪な年齢を感じさせた。


「ケイタはまだ、計画を実行するには早いだろう…それなら私は私で人間どもをたぶらかして楽しむか…」



時は約二年前、都内のあるカフェ…。


「お姉さん、俺と良くこのカフェで会うね」


「あら、そうね…いつ声を掛けてくれるかって思っていたのよ」


「いやぁ、こんな綺麗なお姉さんに、中々声なんか掛けられないよ…いまだってドキドキなんだから…」


そう言いつつも、男は笑みを浮かべ隣の席に座る女に軽い感じで話している。


隣に座る女…いや、本当は誰が見ても女装の中年男性なのだが、あえて男は女装には触れず、完全に女性相手として話しかける。


「綺麗だなんて嬉しいわ。こんなオバさんなのに…」


「いやいや、若いだけが取柄の女なんてつまらないよ。姉さんぐらいから女は味が出るから…」


「ねえ、お兄さん。お兄さんも私と同じくらいの年齢かな?」


「いやー俺の方が、きっと姉さんより年上だよ。俺はじじぃだからね」


「私の方がきっとお婆さんよ。お兄さんは若く見えるもん」


「齢なんか何歳でも構わないじゃん。恋愛に年齢は関係ないよ」

 

「え?恋愛って…」


「実はね、俺はずっと前からお姉さんを見てたんだ。席に座る仕草や少し憂いを感じる仕草とか…遠くからね。このカフェだってお姉さんが居るの確認してから、来るんだよ。で、今日は思い切って話し掛けたんだ…お姉さんの彼氏には悪いけど、我慢出来なくなったんだ」


「彼氏なんかいないわよ…こんなオバさん、誰も相手にしてくれないわ」

 

「俺は相手にしたいよ…オバさんなんて言わないで…」


彼女は…いや、女装の男は、隣に座る男の手を握った。


堕ちた…と思った男は握られた手を握り返し、微笑んだ。


だが、微笑む瞳の奥には狡猾な下心を秘めた光を放っていた…。



「ねぇ、お店に入って待っててくれたらいいのに…」


「いや、君の仕事の邪魔はしたくないし、店に入れば他の娘が俺につくこともあるだろ?俺は君だけを見ていたいし、君を待つ事なんか苦にならないから…」


「嬉しいわ、お腹空いたでしょ?何か食べに行きましょう」


「いや、今日は、君を送ったら帰るよ」


「なんで?」


「恥ずかしいけど、今は君にご馳走するお金が無いんだ。仕事で使っちゃってね…」


「投資のお仕事で?」


「うん、顧客に勧めた株がいっとき下がったんだ。もう少ししたら絶対に上がるんだけどな…顧客に売らない様に言ったんだけどお金が忙しいって言うから、俺が全部引き取ったんだ」


「大丈夫?儲かるの?」


「俺の持ち株、1000万くらいで多分倍以上になるよ。ひと月以内にね…だから今日はゴメンね。あとひと月待ってね」


「大丈夫よ、私が払うから食事に行きましょうよ。ひと月ぐらい私が面倒みるわ」


女装バーで働く彼女?は、女装するだけではなく、心も女だった。


朝までやってるカウンターバーへ行き、メキシコ料理とテキーラを飲む。


酔った彼女?は男にしなだれる。


「ねぇ、出会ってもう10日だよ。私を抱いてくれないの?キスもしてくれないし…」


「君を大切にしたいからね。俺が君の為に家を買って一緒に暮らすまで君には触れないと誓ったんだ」


「愛されているのね…嬉しい!でもあまり待たせないで…」


「持ち株が上がれば、資金の半分くらいは稼げるよ。絶対に上がるんだから」


「じゃあ私もその株を買えばすぐに一緒に住めるわね?」


「うん、そうだけど1000万か2000万ぐらい都合つくの?」


男は投資を持ちかける手間が省けたとほくそ笑んだ…。


「1500万くらいならあるけど大丈夫、店のママに話したら500くらい貸してくれるから」


「いや、店のひとには内緒にしてよ。だって俺を信用する訳がないから…それに後1500万円あれば、俺のとを合わせて、家が買えるよ。投資はこれで終わるって訳では無いからね。一緒に暮らしてからも、投資で稼げるからね」


「そうね。私はあなたを信じているけど、ママはあなたを知らないからね…判ったお金は明日用意するわ」


翌日、金を受け取った男はそのまま消えた。



「○○ちゃん、二年前にあんたを騙した男らしいのが横浜にいるって…横浜の友達から連絡来たわよ!」


彼女?は男を確認する為に横浜の伊勢佐木町のカフェに来た。


男に悟られないよう、化粧を落として男装で来た。


この横浜のカフェにも女装の娘がコーヒーを飲みに来る。


女装の娘から少し離れた席に座り、様子を見ていると、男が来た。


間違いない、あの詐欺師の男だ!


私に接した様に、女装の娘にも同じ話をしている。


そして、女装の娘が出勤の為にカフェを出ると男は喫煙室へ入った。


男装の彼女?には、男は全く気づかない。


彼女?は男を追って喫煙室へ入ると、男は誰かに電話をしていた。


「大丈夫だよ。客のお○マとなんかやる訳ないだろ?指一本男の身体なんかに触れたくないよ。客のお○マにヤキモチ妬くんじゃないよ。俺はお前だけだから…」



伊勢佐木町のカフェの会話に聞き耳を立てていた、交差点の彼女はニヤリと笑うと吐息を吐いた。


吐いた吐息は小さな赤い花に変わった。


葉と茎に鋭いトゲを持つアザミの花に…。


アザミの花はユラユラふらふら、風に揺られて女の心を持つ男装の彼女?に触れると彼女?の身体に融け込んだ。


すると彼女?の瞳は赤く染まり、口元には狂気の笑みを浮かばせる。


そして、詐欺師の男を追い、男が暮らす古いアパートに辿り着く。


彼女?は化粧をし、女装に戻り、男のアパートのそばに車を停めて、男が現れるのを待つ。


バッグの中には詐欺師の男に復讐する為の道具を用意して…。


男がアパートから出てくると、乗っていた車で詐欺師の男を跳ね、車に引き摺り込み、手足をベルトで縛り、そのまま、横浜の郊外のモーテルに入った。


縛った詐欺師の男を部屋まで引摺り、床に投げると男は目を覚まし女装の彼女を見て、大きく目を見開いた…。


「お前は…いや、俺が悪かった、許してくれ」


彼女?は手にアイスピックを握っていた。


「はぁ?今更謝る?お金の事もシャクだけど、あんたは私の女心を傷つけたんだ!」


彼女?は狂った叫声をあげ、詐欺師の男の太ももにアイスピックを突き刺す。

 

「ぎゃー!!」


「痛い?痛いの?いい気味だわ」 


「さぁ、私の心をどうしてくれるの?」


彼女?はそう言い、グサリグサリとアイスピックをふくらはぎや足の甲に突き刺し、詐欺師の男を責める。


「どうしてくれるの?」


「すまない、許してくれ、悪かった」


「何、上から目線で言ってんのよ、立場が判ってないわよ!」


「申し訳ありませんでした。騙すつもりはありませんでした」


「この期に及んでまだ嘘をつくのか!」


彼女?はバッグからペンチを取り出すと、詐欺師の男のコメカミをペンチで殴った。


痛みで呻く詐欺師の男の両頬を鷲掴み、彼女?は男の力で詐欺師の男の口を開かせると、詐欺師の男の舌をペンチで挟み思い切り引き出す。


そして、詐欺師の男の舌の真ん中にアイスピックを突き刺すと、そのまま手前に引っ張った。


詐欺師の男の舌は、ギザギザに2枚の舌に切れた。


「あはは…詐欺師は二枚舌だから、本当に2枚にしてやった。あっ!ちょっと違うか?スプリットタンか…まぁいいや!」


詐欺師の男は口から血を流し、転げ回りのたうつ…。


のたうつ詐欺師の男の腹を思い切り踏みつけると、彼女?は詐欺師の男の鼻の穴にアイスピックを柄元まで差し込んだ…。


激しく叫ぶ詐欺師の男…。


モーテルの従業員が叫び声に気づき、ルームテレホンにコールする。


「ウルサイわね!」


彼女?はバッグから洋包丁を取り出すとテレホンの配線を切り離した。


モーテルの従業員がドアを叩く。


「ウルサイわね!ほっといて!あんたも殺すわよ!!」


彼女?は持った洋包丁でグッタリしている詐欺師の男の身体をゆっくりゆっくりと狂った笑いの中、刺している。


「あら?もう死んじゃった?まだよね?」


彼女?は高らかな笑い声の中、詐欺師の男をブスリブスリと刺している…。


遠くからサイレンの音が聞こえ、バタバタと足音がしたが彼女?は聞こえていないかの様に、詐欺師の男を刺し続ける…。


「動くな!!」

 

マスターキーでドアを開けると、返り血で染まった異様な女装の男が振り向きざまに、先の尖った血染めの洋包丁を逆手に握り、入口に立つ警察官へ襲い掛かる…。


「邪魔をするなー!!」

 

恐怖に引きつる警察官は、構えていた拳銃で女装の男に乱射した。


女装の男は跳ねる様に倒れ込むと両目を見開いたまま死んでいた。


口元には狂気の笑みを浮かべたままに…。



ぎゃはははー。


狂ったお○マは恐ろしいね。


いやー堪能したよ。


楽しかったな…。


下心を持って、女心をもて遊び、裏切り騙す…最高だね…。


あぁ、お腹いっぱい…美味しかった…さて、また、次の獲物をたぶらかそうか…。


人間どもが行き交う横浜の交差点の信号機の上に彼女は腰掛け、人間どもの黒く染まったそれぞれの思いを邪悪な笑みでまた聞いていた…。


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アザミ ぐり吉たま吉 @samnokaori

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