第35話「エピローグ」

 ~~~小山妙子こやまたえこ~~~




「……そんなの、ずるいよな」


「何がだ」


 よくわからぬ、というように剣道女は聞き返してきた。


 目の前で、シロとタスクが寝ていた。

 シロが布団の中、タスクがその隣に横たわっていた。

 手を握ったまま、実に実に楽しそうに口元を緩めながら。


「わかんねえのか? カヤさんが、シロの素性をあたしらに語った後も、どうも粘る・ ・なと思ったら、こういうことだったんだよ。タスクとシロから他の女を遠ざけさせて、その間に仲良くさせる算段さ。そんなのずるいだろ」


「それのどこが問題なのだ? 円滑に合一化を進める。そのためには対話が必要だと言っていただろう」


 剣道女は心底不思議そうに首を傾げる。


「それに、新堂がこういう男だということは知っていたはずだ。見捨てぬ男だと、諦めぬ男だと。相手の素性がどうあれ、こうと決めたら梃子でも動かぬ。やるといったらどこまでもやる。力尽きるまで語り尽くす。疲れた体に鞭打って、共に寝落ちするまで」


「……ちぇ、ムカつくなあ」


 あたしは頭をがりがりかきむしった。

 剣道女をにらみつけた。


「知った風な口をききやがって。てめえがどれだけタスクのことを知ってるってんだよ。ずっとずっと、イジメてばかりいたくせに」


「それは……」


 剣道女は少しだけ言いよどんだ。

 だけどすぐに思い直すと、胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。


「でも、新堂は許してくれた」


 まっすぐに、言葉を紡ぎ出した。


「おまえのおかげで強くなれたとさえ言ってくれた。……新堂の選択なら、私は信じる」


 そしてふと、眉をひそめた。

 

「貴様にはないのか? そういう気付き・ ・ ・が。それこそ長い付き合いのくせに……」


「あるに決まってんだろ。ふざけんな」


 食い気味に、あたしは答えた。


 ──なあ、これからも俺について来てくれよ。今までみたいにさ。今までと同じにさ。だらしない俺を叱って、蹴飛ばして、見離さないでいてくれよ。


 あの時のタスクの台詞を思い出した。

 あたしを虜にした表情を思い浮かべた。


「だろうが」


 剣道女は腕組みして、鼻から息を吐いた。


「それにしても……シロか……。私たちの想いが共に宿っているとしたら、これは恐ろしい強敵だ。だがしかし」


 ──負ける気はせんがな。


「……どこから来るんだ? てめえのその自信はよう」 


「だって約束したから」


「ああ? 約束?」


「将来的に、私が駄々をこねれば、新堂は私を貰ってくれる。そう約束したのだ」


「なんだよそれ、ただの口約束だろ? 『大人になったら結婚しようね』なんて、子供カップルの定番のお約束じゃねえか。んでけっきょく、将来別々の相手と一緒になってるやつじゃねえか」


「そうだな、普通に考えれば。だけどあの新堂・ ・ ・ ・が、言ったんだぞ?」


「ち……っ」

 

 わかってるじゃねえか。

 そうだよ、新堂タスクは嘘をつかない。


「もう私は考えているのだ。将来の家族設計。どこに住もうとか、何人子供を産もうとか」


「だったら負けるもんかよ。そんなのあたしのほうが先輩だ。妄想回数なら誰にも負けねえよ。大学ノート5冊の束がもう埋まってるっての。それこそあらゆるパターンを想定してるっての。ベストは一男一女だな。ダメな弟の世話をかいがいしくする姉って構図が理想形だ」


「んー……うちも一男一女だな。片方に御子神を継がせて古式剣術を、片方は新堂家で古流武術を。代理戦争というものが見てみたくてなあ。ふっふっふ……」


「なんだこいつ……気持ち悪っ」


「ひ……人のことを言えた義理か!」


「ぷ……っ」


「く……っ」



 一瞬耐えたけど、すぐに噴き出した。

 どちらからともなく笑い合った。

 剣道女とあたし。

 犬猿の仲のはずなのに、タスクのことを話すときは、こんなにも楽しい。


 剣道女が、すっと手を差し出してきた。


「……なんだよ、この手は」


「敵の敵は味方というだろう。だから共同戦線だ。私と貴様、力を合わせて外敵と融和する」


「……駆逐するんじゃないのかよ」


 剣道女は、なぜか得意げに目を細めた。


「そういうのは新堂が嫌う」


「……まあな」


 いつも仲良く元気よく、それがあいつのモットーだ。


「だからみんなで仲良くするのだ。己を知り、相手を知り、コミュニケーション万全のもと、戦いを円滑に進める。勝利する。新堂が喜ぶ。私に惚れ直す。正妻誕生」


「『以上、ふふん』みたいな顔すんのやめろよ。いったい途中で何があったんだよ。その筋立て」


「わからんのか、私がすべての指揮をとることでだなあ……」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるあたしたちの足元で、シロが微かに身じろぎした。


「……起こしたか?」


 硬直する剣道女。


「いや……まだだな……ちっ、こいつら……」


 寝返りをうったシロが、タスクの腹に顔を埋めるようにしている。

 タスクの手は、無意識にシロの頭を撫で回している。


 ほとんど恋人同士みたいなその姿に、腹が立った。


「……これはさすがに許せんな、小山」


 剣道女の殺気が膨れ上がる。


「だな、しょせん外様が、そこまでするのはまだ早い・ ・ ・ ・


 あたしたちはうなずき合い、タスクとシロを引き離した。




 布団をふたつ並べ、真ん中にタスクを寝せた。

 あたしが左、剣道女が右に寝た。

 シロは足元だ。


「順番は守らなければならない、秩序は保たれねばならない。そういうことだな」


 夜着に着替えた剣道女が、ひとりでうんうんうなずいている。


「ちなみにさ……あんた、どこまで考えてる?」


 パジャマに着替えたあたしは、タスクを起こさないよう小声で聞いた。


「どこまで?」 


「この後……何するか……とかさ」


「な……っ!?」


 剣道女は絶句した。

 ぼふん、顔から湯気が出た。


「ななななな……ナニだと……!?」


「いや待て! そこまでは言ってねえよ! それはあんたの考えすぎだ! あたしたちはまだ14だぞ!?」


「ななななな……何を言ってるんだ小山! 私は決してそんな生々しいことは……!」


「目ぇ泳ぎすぎだろ! とっくに語るに落ちてんだっての! 黙れ! いいから黙れ! シャーラップ!」


 あたしたちの騒ぎで反応したのか、タスクの頬がぴくりと動いた。

 起きて……はいないようだ。


 セーフ、のしぐさをあたしがすると、剣道女はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあまあ……その……なんだ……14歳として……年齢相応の……せ……接吻とか……?」


「接吻て古風だな……。まあだけど……そのへんが落とし所かな……で、どこに?」 


「どこに?」


「きょとんとすんな! あるだろ! ほっぺとか、額とか……!」


「く……唇に!」


「目ぇキラキラさせんな! 鼻息荒くすんな! 14だって言ってんだろ!」


「じゃ……じゃあほっぺでいい……」


「涙目になるな! わぁかったよ! ほっぺだけど、何回でもしていいから!」 


「な……何回でも……っ?」


「そうだよ! こいつが起きるまで、気の済むまでしたらいい! あたしも……その、そうするから……っ」


 言ってるうちに恥ずかしくなってきて、あたしは唇を噛んだ。


 目の前にはタスクがいる。

 コブがふたつもついてるけど、あたしのタスクが寝てる。


「……っ」


 ごくりと唾を呑みこんだ。


 頬がとっても柔らかそうだ。

 緩んだ口元が、ちょっと可愛い。


 逆側にいる剣道女と、目が合った。


「ふ……」


 なんとなく笑ってしまった。

 ちょっと前まで、こんなことになるなんて考えもしなかった。

 タスクがシロの夫に選ばれて、『嫁Tueee.net』を戦って。

 もう終わりだと思ってた。

 あいつはもう手の届かないところへ行ってしまった。

 そう思った。

 

 でも、ここにいる。

 いまあたしの目の前にいる。

 あたしと剣道女とシロ。

 3人でシェアしてる。 

 

 目覚めたら、こいつはすごいリアクションをとるだろう。

 慌てふためき、顔を赤くするだろう。

 それがたまらなくおかしい。

 その姿はきっと、たまらなく愛しい。


 そんな、他愛もない未来を想像して──

 あたしは笑いながら目を閉じて──

 そっと、タスクの頬に口づけた──


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女(攻略対象)まみれのハーレム・スターウォーズ!! 呑竜 @donryu96

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ